魔女夜行録 作:えらいこっちゃ
空の旅はびっくりするほど優雅なものでした。ここまでの高度を維持して飛んだ事は今までありませんでした。それ故に遥か上空の気温が、頬を撫でる風の疾走がとても心地良く、何より三十秒以上飛行してるのにお師匠様がすっ飛んで来て捕まえに来ません。
そう、この心地の良い開放感の名前は、自由でした。
「…まぁ、相変わらず鼻を突くこの匂いは最悪ですがけどね。」
難点を二つほど挙げるなら、この匂いと悪化する空腹ですかね。あ、後森を抜けてどこに行けばいいのかが不明ってところでしょうか。三つになってしまいました。
そんな風に誰にも縛られない快感に浸って空を飛びますが、そろそろ疲れてきました。まだ飛び始めて十分程度で、魔力も全然残っているのですが、飛行中は姿勢を変えるだけで多少魔術構築を弄らないといけないので、基本同じ姿勢で居続けるのです。
これが意外と辛いのだと、今になって初めて知りました。幼い頃、絵本の中の魔女がなぜ箒に跨って飛んでいるのか謎でしたが、恐らく座ってる姿勢の方がリラックス出来るのでしょう。魔術を習って十年目、長年の疑問の解決です。
このまま何十分も飛び続けるのは退屈ですしね。いっその事彼方の、北の方(推定)まで突き抜けて森を抜けてしまいましょうか。今の速度だとそこら辺の鳥と同じか少し遅いくらいですし。
そう決めた私は膝を曲げて身体を浮遊したまま前に倒し、前傾姿勢へと移します。それから杖を前に掲げて加速を開始しました。
「『
曲げた膝から先、更にその先の足の、靴の裏側に魔法陣が構築されます。それから一秒の間もなく、体の加速と同時に魔法陣から小さな流砂の様な光が溢れ出て、私を動かす原動力となります。
これ、お師匠様には一蹴されましたけど、一つ一つの粒が星型になっているお気に入りなんです。やはり出来る乙女と言うものは形にも拘るものなのです。これによって高速で駆け抜けた私の軌跡が星の一閃となるのです。自分で見たことはないですけど。
て言うか、思ったより速いでですね。もうそろそろ森を抜けれそうです。前に全力でお師匠様から逃げてみようと思った時は五秒で捕まりましたからね。ここまで長時間、言っても一分程度ですが、飛び続ける事自体初めてなのではないでしょうか。
「おや?あれって街ですかね。」
遠目に見ても白い靄が立ち込めている霧の森から一転、青々しい緑の目立つ普通の森へと変化していた。そして更にその森を抜けて、段々と木々の密度が低くなったその先に、幾つかの住宅や建物が見えてきました。
しかし、よくよく見てみると、いつもお師匠様のおつかいで行く街とは異なるようで見知らぬ街でした。どうやら私は北に向かえなかった様です。
とりあえず再び私のお腹が鳴ってしまう前に何か食料を手にする必要がありますし、あの街に行く事にしましょう。建造物があると言うことは文化があると言う事、文化があれば営みはあり、営みに食事は不可欠です。この方程式によれば私の空腹は収まります。完璧です。
街が近くなったところで飛行速度と高度を落として着陸に移ります。そこまで規模の大きい街では無いようで、上空から大体の構造も把握できました。近くも遠くも無い距離で十数分ぶりに地に足をつけました。
トントンとつま先を地面に着け、何も身体に問題がないことを確認してから改めて街を眺めます。遠くからでも人の動きが確認出来、やはり私の予想は的中しそうです。ようやくありつけた食事の予感に、私は鼻歌混じりに歩を進めるのでした。
_____
「完全に誤算でした…。」
私は街に設置されているベンチに杖と一緒に座り、一人項垂れるのでした。
「営みがあれば商売が発生するとは…誤算でした。」
そう、何を隠そう私は銭なし、無一文なのでした。これには流石の私も驚きでした。思い返せば朝起きてからいきなりお師匠様に呼び出され、促されるがままにいつもの魔女セットに着替えて、その後一分と経たず家の外でした。
唯一の持ち物が着替えの流れで手にしていた杖だけが私の持ち物でした。しかし魔術が使えても腹は満たせません。むしろ今のところこの杖
_ぐぐぅ〜
私のお腹から本日二回目の警鐘が鳴り響きます。しかし一回目とは異なり、今度は人の目があります。名も知らぬ街で、名も知らぬ住人達が私の方をチラと見ては忙しげに去っていきます。
どうやら唯一の
立て続けに襲いかかる不幸、しかしこれからどうしましょうか。空腹に文無し、おまけに頼れる人脈もなし。八方塞がりです。私はベンチに並んで立て掛けてある杖を眺めます。
「もうこの際、これを質に納めてでも…。」
空腹により曖昧なった私の思考回路は、いよいよ取り返しのつかない所に手を伸ばし始めます。追いついてきた理性が私の右手に宿り、慌てて杖を掴もうとする左手を押さえます。
「ぐっ…抑えなさい。これはもはや魔女見習いとしての最終ラインです…ぐぎぎ…。」
「いや、誰と戦ってるのさ。」
それは勿論、今も尚少しずつリミッターが外れて行く私の飢餓本能とですけど。
ん?てか私は今誰と会話してるんですか?
あまりにも自然な流れで答えるものだから一瞬気づくのに遅れましたが、声のする正面を見ると見慣れぬ少女が私に話しかけて居ました。
「…幻覚ならせめて知ってる人にしてくださいよ。」
「いや、なんで初手から非現実認定なのさ。」
だって魔術の探究ってのは疑うことから始まりますからね。しかし、気を確かにして目の前の少女を見つめますが、現実の人間であるようです。どうやら空腹と羞恥が見せた限界幻覚では無かった様です。
「え、じゃあ貴女誰なんですか?」
こんなに絶望感ひしひしにベンチを占領してる私に話しかけるなんて、一体どう言った要件で私とのコミュニケーションを望んだのでしょうか。
そもそも私ってお師匠様とリープを除いてここ数年ロクに会話してない気がします。急に緊張してきました。
「あ、アタシ?アタシの名前はバンディ・フューラー。気軽にバンディって呼んでね。」
そう言ってバンディは器用に片目だけをパチリと動かし、ウィンクを私に向けました。堂々とした振る舞いが特徴な明るい人間。と言うのが第一印象でしょうか。年は私より少し低いくらいでしょうか。初めての年下ですね。
「なるほど、それでバンディちゃんは私に何用なんですか?」
「バンディちゃん…できればちゃんは無しが良いけど。ま、いっか。」
何か少し不満な様子ですが、バンディちゃんは指を器用に動かしながら話し始めます。
「いやね、アタシもうるさい連中から一時避難するためここに来たんだけど、ちょうど貴方が『魔女見習い』とかなんとか話してるのが聞こえてさ。」
成程、家出でしたか。年頃の少女とあれば一時はもつ反骨心と言う奴でしょう。私も丁度二年前くらいに反骨心の赴くままにお師匠様悪戯を仕掛けた事がありました。
私の場合次の日丸一日家の柱に磔にされると言う罰を受けた為、反抗期期間わずか1日で終わりましたけど。
きっとバンディちゃんにもそのような衝動的で反動的な気持ちが芽生えたのでしょう。これは人生の先輩として教えを説かなくては。
「成程、私に目をつけるその審美眼には賞賛しますが、家には早めに戻った方がいいですよ。磔にされたくなかったらね。」
私の言葉に苦い顔で「磔…?」と呟くバンディちゃん。
「よくわかんないけど、とりあえずこれ以上は運営にも差し障るし、今日帰ろうと思ったんだけど、肝心の
そう言って動かしていた指先を私の左手が握る杖に向けます。
「帰るのに私の力を借りたいと言うことですか…些か実利的な理由で不満ですが、いいですよ。お姉さんとしてここは一つ連れて行ってあげます。」
「本当?いやー、助かるよ。ちょっと遠出しすぎてさ。」
しかし、わざわざ家に帰るのに魔女の手を借りるとは、少し贅沢ですね。
「ちなみに場所はどこら辺ですか?」
「アルデックまででお願いしたい。細かい場所とかは大丈夫だから。」
あるでっく…聞いたことありませんが、ひとまず知ってるふりをしましょう。年上のプライドです。私は立ち上がり杖を持ちバンディちゃんに近づきます。
「…ってうわっ!臭っ!!」
ここで私の残機が一つ消えました。心が折れそうです。気にしない体面を装ってそのまま話しかけます。
「ただ、一つ問題があります。」
「問題?…ていうかなんでその、なんていうか…悪臭がさ…」
ここで残機が三つ無くなりました。心が崩れそうです。年下に気遣われていることも合わせて崩れ去りそうです。しかし気にしないふりをして話し続けます。
「私はひどく空腹と言う事です!」
ビシッと人差し指を立てて堂々と宣言します。なんかバンディちゃんの目線が相談を後悔し始めているような顔をしてますが、気のせいでしょう。
「あー…相談役間違えたかも」
小さく何かを、バンディちゃんが言ったような気がします。
どうも、私です。え?私が誰かって?私の名前はテル…あ、これはまだ非公開な情報らしいです。では、そこら辺にいる可愛い魔女見習いだと思ってください。
どうやらここは私が次回予告をする為のスペースだとか。てか次回がまだ出来上がってないのに予告するのはどうなんでしょうか。魔女見習いなので分かりません。
さて、今回踏んだり蹴ったりな目に遭ってる私ですが、個人的にはこの悪臭がキツイですね。書かれてないですけど会う人会う人に有り得ないものを見る目で見られます。
次回にはどうにかなってると思いたいですね。
そろそろ空腹が限界で喋るのも億劫になりそうです。では次回予告だけして帰るとします。
次回「よろしくです」
てかこのタイトルの付け方だと次回予告の意味極薄ですね。きっと今回でこのコーナーは廃版です。では、次回もよろしくです。