アタシがイチバン!   作:プレリュード

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ダイワスカーレットと新人トレーナーの物語です。ようやく形になりました。


ジュニア編
東スポ杯に勝って


 

 

 

 ーーーーアタシが、いちばんなんだからッ!

 

 

 

『はやくも第3コーナー回ってダイワスカーレットが先頭に立ちます。やや仕掛けが早いかブレッドフェニックス控えたまま、コンベアマスター追走』

 

 東京レース場、芝1800。

 500メートルの長い直線が待ち構えるこのレース場において、第3コーナーで仕掛ける。

 新進気鋭の若駒揃うクラシック級、盤外戦術すら定石のシニア級ともなれば、その意味はまた違ったかも知れない。

 

「おいおい、13番(はや)ったな」

「デビュー直後でいきなりの格上、しかも重賞だろ? そりゃ無理だよ」

 

 しかし、ここはまだジュニア級。荒削りの原石たちが団子になって走る世界。いかに重賞レースといえどトゥインクル・シリーズの最前線と比べれば児戯に等しい。

 観客たちは仕掛けた13番より、むしろその「暴走」に引っ張られない残りの12のウマ娘たちに感心していた。

 

 いや。

 

『おっとここでドリームジャーニー外へ持ち出します。仕掛けましたドリームジャーニー2番手へ』

 

 引っ張られたウマ娘が、ひとりだけ。

 今年の芙蓉ステークスを制したドリームジャーニー。今日はゲートでの出遅れも響いて後団に隠れる格好となっていたが、第3コーナーも終わらぬうちにその小柄な体躯で隙間を縫って外へ飛び出し、ダイワスカーレットを追撃する格好に。

 

「おいおい! ダメでしょそれは……」

「13番は沈むって、付き合わなくても!」

 

 コーナーで外に持ち出すことは、見かけ以上に距離のロスが大きい。たとえ先頭に立てたとしても、待ち受けるは緩やかな坂と500メートルの直線。

 ドリームジャーニーは進出のために間違いなく脚を使ってしまっている。これでは持久力(スタミナ)が、持たない。

 

「いや、いい」

 

 だが彼女(ドリームジャーニー)の決断を、最前列で見守る背広姿の男だけは肯定する。

 

「ここで仕掛けなければ……」

 

 双眼鏡を覗き込む。第四コーナーを回っていよいよ直線へと向こうとするウマ娘たち、その先頭。

 13番、ダイワスカーレット。1000メートルを激走してなお消えない、むしろ増した闘志を見て。

 

「……()()()()()()

 

『最終コーナー回って直線。ダイワスカーレット脚色衰えない、ドリームジャーニー伸びないか、ブレッドフェニックス、フライングレッド。いやダイワスカーレットだ!』

 

 歓声がどよめきに変わる。沈むと見切りを付けられたウマ娘が、何故か先頭にいる。

 

『ダイワスカーレットここで伸びる!』

 

 どうして。先頭(そこ)にいるのかと。

 スタミナ管理だって覚束ないジュニア級の早仕掛け、メイクデビューからの重賞直行。

 そこには沈む要素しかなかった筈なのに。

 

『ダイワスカーレット粘る粘る、ブレッドフェニックス追い縋るが厳しいかッ!?』

 

 見誤った全ての観客とウマ娘の困惑が直線をねじ曲げる。好位追走、王道の走りをしていたブレッドフェニックスも()()()を差す用意まではしていない。

 

『ダイワスカーレット、ダイワスカーレットだ!』

 

 

 ーーーー1着でゴールインッ!

 

 

 沸き上がった歓声がどよめきに覆い被さり、東京レース場の興奮は最高潮へと。

 そして双眼鏡を持った背広の男は、小さく息をついてから脇へと視線をやった。

 

「おい」

「ひゃ、……!」

 

 背中を軽く叩いてやると、びくりと身体を震わせてから大きく咳き込む女性。

 

「げほっ、かはっ!?」

「息、止めてただろう。ちゃんと呼吸はしなさい」

 

 すみません、と言おうとするも言えず。

 必死に息を整える女性の胸には、新品のトレーナーバッジ。

 

「(まあ、無理もないか……)」

 

 緊張と興奮、そして酸素不足で真っ青になった女性にため息を吐いて。男は再びターフの上へと視線を走らせる。

 

『ダイワスカーレット、東京スポーツ杯ジュニアステークスを制しました! 初挑戦で見事に重賞制覇です!』

『素晴らしい粘り勝ちでしたね。これからの活躍が楽しみです』

 

 100秒と少しの激闘を終え、レース場には余韻覚めやらぬ熱狂が残されている。

 しかしターフの上はもはや別世界。肩で息をする者、呆然と立ち尽くす者、足早に地下バ道へと向かうもの。

 

 そして唯一、勝者として君臨する者。

 

 


 

 

 

「えー、まずは東京スポーツ杯ジュニアステークスの優勝、おめでとうございます」

 

 ダース単位のカメラが構えられた記者会見。いつも通りの祝辞からインタビューは始まった。

 

「メイクデビューから期間を開けずの重賞挑戦、そして制覇となりましたが練習不足などの不安はなかったのでしょうか」

「はい、ちょっとデビューは遅れてしまいましたが、その分たくさんトレーニングを積んできました。ですので、自信をもって挑むことが出来たと思っています!」

 

 うん、百点満点の回答だと思う。ハキハキと答えるダイワスカーレットを横目に、私……担当トレーナーの(ゆずりは)凉凪(すずな)は舌を巻いた。

 GⅢとはいえ重賞は重賞、記者会見はもちろん生中継だし、明日の新聞にはここで撮られた写真が使われる。

 

 カメラを向けられるだけでも緊張するだろうに、堂々と答えるスカーレットは立派なものだ。

 

「今回の優勝で、ダイワスカーレットさんも来年のクラシックへと名乗りを挙げたかと思います。次走の予定などは決まっているのでしょうか」

 

 チラリ、と視線がこちらに向いたのを感じる。口元と目元は微笑んだまま、しかし眼の奥に宿るのは強い意思。

 言うわよ? 止めても言うから。そう言わんばかりの眼差しにもちろんどうぞ、望むところよと返事をする。

 

「ーーーーホープフルステークス」

 

 おおっ、と声があがった。

 ジュニア級のGⅠ、最高峰のレースへ一気に駆け上がると宣言したのだから、当然の反応。

 

「では、一挙にジュニア級の頂点を目指すということですね?」

 

 こくりと頷いてみせるスカーレット。

 ただでさえ向けられていた視線がより集まる。メモ帳の上をペンが走り、キーボードの上で指が踊り、打ち震える感激に記者のひとりは叫びかけ、後輩らしき記者が止めにかかる。

 

「黒潮スポーツです。自走はホープフルステークスとのことですが、ジュニア級GⅠであれば阪神JF、朝日FSへの出走も選択肢にあがるかと思いますが」

 

 おっと、これはスカーレットには任せられない質問だ。(ゆずりは)はマイクを手に持った。会見場の長机に置かれたマイクスタンドが擦れて、僅かに耳障りな音を立てる。

 

「お答えします。登録期間の問題もありますが、いちばんの理由は出走間隔です。メイクデビューから日がたっておりませんので、1ヶ月空けてのホープフルステークスが最適と判断しました」

 

 まあ本当は、今年はもう出走させる予定はなかったのだけれど……というか、東スポ杯(このレース)にすら出す気はなかったのだけれど。

 もちろんそんなことはおくびにも出さず、杠は続ける。

 

「残り1ヶ月を有効に使い、年末の大一番に挑もうと思います」

 

 記者たちの顔が感心したような、驚いたような顔に変わる。大方、ジュニア級ウマ娘のように勝利に小躍りするトレーナーの顔が撮れるとでも思っていたのだろう。

 しかし残念だったな記者諸君! お隣で澄ました顔をしている中学生を横目に、大のオトナがはしゃぐなんてことはないのである。

 

「週刊トゥインクルです」

 

 そして杠が悦に浸るまもなく次の質問へと。立ち上がったのはスーツを着こなした女性記者だ。

 

「優勝おめでとうございます。今回の勝利でダイワスカーレットさんのみならず担当の(ゆずりは)トレーナーも重賞初制覇となりました。おふたりのコメントをお願いします」

 

 質問はやや変化球。重賞制覇についての想定問答はもちろんあるけれど「ふたりのコメント」となると難しい。

 そもそもこれ、どっちから答えたらいいのだろう?

 

「えーと……」

 

 いや、そもそもこれ、()()()()()()()()()()()()私が答えて良いものなの? 杠サブトレーナーがチーフトレーナーである背広の男へと視線を泳がせると、彼は視線でマイクを示す。

 

「(マイクを持っているのは誰か……って? いやそりゃ私ですけれども!)」

 

 いやでも、うん。ダイワスカーレットと契約しているのは他でもない自分なんだし、いいのか。よしいいね! ええいままよ、スカーレットなら合わせてくるでしょ!!!

 

「えっと。ありがとうございます。そしてなにより、担当のスカーレットにお礼を言いたいです。新人トレーナーである私を、挑戦初年度から重賞トレーナーにしてくれて…………」

 

 

 


 

 

 

 

「お疲れ様」

 

 そうして、記者会見後のウイニングライブもつつがなく終わり。

 

「あら、アンタにしては気が利くじゃない」

 

 杠の差し出したボトルを、彼女の担当ウマ娘であるダイワスカーレットは受け取った。

 

「ううん、それにしてもお化粧直しばっかりで疲れちゃったわ」

 

 そう言いながら身体を解すように椅子から立ち上がって腕を伸ばすダイワスカーレット。

 レース前のパドックアピール向け、レース後の記者会見向け、そしてウイニングライブ向け……本格的な化粧を1日に3回もやったのだ。そりゃ嫌になっても仕方がないだろう。

 

「でもその割には、楽しそうに化粧してたじゃない」

「当たり前でしょ? メイクさんはアタシのことをもっと輝かせてくれるんだもの! それに……」

「『優等生』だものね、スカーレットは」

 

 そう、彼女が記者会見の場やメイク担当のスタッフに見せるのは『優等生』としての表の顔。インタビューにそつなく答え、ライブスタッフにも挨拶を欠かさない礼儀正しい模範的ウマ娘。

 

「なによ、アンタこそ猫かぶりじゃない。というか今日の記者会見なによ、『スカーレットにお礼を言いたい』なんて言っちゃってさ」

「えぇ? 本心だよちゃんと!」

「本当かしら」

 

 感謝しているのは本当のこと。実際、初年度から重賞を勝てたのは非常に大きい。

 そう伝えるも、ふーんそうと素っ気ない返事。

 

「ま、アタシも感謝はしてるわよ……トレーナーがいなかったら、ホープフルステークスに挑むことも出来なかっただろうし……」

「ま、チーフは真向から反対したもんねぇ」

 

 実のところ、チーフトレーナーだけでなくサブトレーナーの杠も内心ではダイワスカーレットがホープフルステークスに挑むのには反対だった。

 ジュニア級にとっての2000メートルは長すぎる。息の入れ方も怪しく、本格化だってピークには程遠い。クラシック級での連戦を考えたら、無理はさせたくない。

 

「なによ、もしかしてアンタ、この期に及んで反対したりしないでしょうね?」

「……まさか。スカーレットが出たいって言うなら、トレーナー(わたし)は道を作るだけだよ」

 

 それに、と。杠サブトレーナーは続ける。

 

「スカーレットなら、いける」

 

 それを証明するための根拠だって集めてある。マイルが主流のデビュー戦であえて中距離2000メートルを選び、飛び込みで重賞にも挑戦、そして制覇……チーフの課した条件は今日クリアした。

 これでもう、ダイワスカーレットのホープフルステークス挑戦を阻むものはいない。

 

 道は完成している。後は走るだけ。

 

「でも、無理はしないこと。いいわね?」

「当たり前でしょ」

 

 それでも、不安要素は残るものだ。スカーレットはもちろん……他ならぬ、自分自身にも。

 

「よし、じゃあ次の目標はホープフルステークス。頑張りましょ?」

 

 そう言いながら、杠はスカーレットとの最初の出会いに想いを馳せる。

 彼女との出会いは……まぁ、なんというか。

 

 想像し得るなかで、いちばんに最低な出会いだった。

 

 

 

 





杠凉凪のヒミツ

実は合気道有段者
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