アタシがイチバン!   作:プレリュード

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スタートラインは今そこに

 ウイニングライブ。

 

 その起源を辿れば、神マにより神々へ捧げられた舞踊へと繋がる。かの天照皇大神が岩扉を開いたように、舞踊(ダンス)には人を、心を動かす力がある。

 なのに、こんなに心躍らないライブははじめてだった。

 

「46ー30-25-154。これが何か分かるか」

 

 折り(点け)すらもしなかったサイリウムをぼんやり眺めていた杠は、思いもよらぬ声が聞こえてびくりと肩を震わせた。

 

「えっ、ち、チーフ? どうして」

「君の酒癖を知らないとでも? ホテルにバーラウンジがあるなら、君はそこにいるだろう」

「そうじゃなくって!」

 

 どうして阪神(ここ)に。薬品検査(ドーピングチェック)を終えて、控え室に戻ったときには東京に戻ったとメッセージが入っていた筈なのに。

 

「移動の負荷を最小限にするため、最初から東京駅にホテルは押さえてあった。ドリームジャーニーはそこで休ませて、僕だけとんぼ返りさ」

 

 流石にウイニングライブには間に合わなかったけれどねと。そう言いながら梓峰は杠の隣に座る。

 

「それで、さっきの数字がなにか分かるかい?」

「えっと、それは」

 

 杠はその数字を知っていた。正確には、その数字にほとんど似た数字を見たことがあった。

 

「1着46回、2着30回、3着25回。つまり昨日までのチーム〈アルネブ〉の戦績だ。そして今日、2着の数字がひとつ増えた」

「……申し訳ありません」

「なぜ謝るんだい? 計算してみれば分かるけれど、たったのコンマ数%勝率が落ちただけじゃないか。連対率*1でみればむしろ上がっている」

「でも!」

 

 チーフが慰めようとしてくれているのが分かる。それが途方もなく悔しい。

 やっぱり駄目だった。運が良かっただけだった。

 

「チーフなら、どうしましたか」

「……仮定の話にはなるけれど、いいかい?」

「お願いします」

「君と同じメニューをやらせた。勝ち負けは分からないけど、たぶん負けた」

 

 なんで。

 そう言いたかった。けれどそう言えなかった。

 

「理由は主として3つ。ひとつは阪神レース場をスカーレットは走ったことがない。もうひとつはウオッカの存在。未知のレース場と未知の対戦相手、この時点で敗北の可能性を否定することは出来ない」

 

 そもそも始まる前から勝ち負けが分かるレースなんてないけどね。そう言いながら梓峰チーフは手元に届いたグラスに手を付ける。

 チーフが言っているのは正論だ。レースが一度開催されれば誰か一人しか1着になれない。順位付けをした時点で「1番」はひとつしか存在しない。

 

「そして理由の3つ目、最後のひとつ。恐らく僕はチューリップ賞を調整(叩き)に使う」

 

 未知のコース、未知の対戦相手。

 それを知るための練習台として、チューリップ賞を使う。

 

「……じゃあ、最初から勝ちを目指さないと?」

「そうは言ってない。勝てるなら勝つ、でも勝ちには拘らない。本番は桜花賞だからね」

「でも」

 

 自分が駄々を捏ねようとしているのが分かる。それを押し留めようと全身に力を入れる。

 勝てると思っていたのだ。ダイワスカーレットは強い。議論の余地なく強い。だからこのまま全勝して、無敗で三冠を獲得するかもなんて……そんな子供じみた妄想を、本気で考えていた。

 

「杠サブトレーナー。君はトレーナー資格はなんのためにあると思う?」

 

 そんなことを梓峰が聞いてくる。

 

「レースの出走登録を行うためですよね」

「なるほど、正解のひとつだね。忘れがちだけれど、レースはそれ自体が危険行為だ」

 

 陸上競技のようにレーンが決まっている訳でもない。タイムトライアルのように一人でやる訳でもない。十数人のウマ娘が団子になって高速で駆け抜けるレースは、基本的には「極めて危険な」スポーツだ。

 だからこそトゥインクル・シリーズへの挑戦には厳しい制約が課せられる。トレセン学園への在籍、担当トレーナーと契約を交わすこと。煩雑なそのシステムは、全て学生(ウマ娘)のリスクを低減させるために存在している。

 

「なら、君はその責務を果たしたんだよ。サブトレーナー」

 

 その言葉に、杠はチューリップ賞に向けたトレーニング内容を確認した時のチーフの反応を思い出す。

 

「堅実なトレーニング、傾斜のあるコーナーという『事故の起きやすい』環境への対応……そして、無事にスカーレットは走りきった。阪神レース場への経験値と、ウオッカという競合相手を認識することが出来た」

 

 実際、桜花賞への優先出走権は獲得した訳だから仕事としては百点満点じゃないかと梓峰。

 百点満点? 冗談じゃない。

 

「私は、トレーナーとしてやるべきことを何もしてあげられなかった。いえ、やらなかったんですよ……!」

 

 ダイワスカーレットは負けない、ダイワスカーレットは強い。全部主観で、希望的観測ばかりの楽観論じゃないか。

 どうして負ける可能性を考えなかった? どうして彼女の強さに胡座をかいた? それだけならまだしも、どうして自分(トレーナー)に出来ることがないと決めつけた?

 

「あの時と同じです。私はまた、中途半端な所で投げ出して責任を取らなかった」

 

 走るのはウマ娘だと。

 トレーナーに出来ることはもうないと。

 

「それは違うな。君はダイワスカーレットを無事に完走させた。そして敗北を受け止めている。それが責任を取るってことだ」

「だけど……ッ、それでスカーレットは1番じゃなくなったんですよ!?」

 

 無敗だって夢じゃなかったのに。あんなに1番に拘っていたのに。

 

「何も言葉をかけられなかったんです。『がんばったね』の一言だって」

 

 頑張った、そんな過程はスカーレットには要らない。頑張るのは()()()()で、結果を出さなくちゃ意味がない。

 

「2着でスゴい、とか。桜花賞の優先出走権獲得、とか。それは全部、杠凉凪(トレーナー)視点の価値観なんですよ」

 

 梓峰チーフの言ったチームの総合成績だってそう。それはチームの累計であって、ウマ娘それぞれの実績じゃない。数字を並べて実績っぽくしただけのハリボテだ。

 そしてそのハリボテを、杠は求めていた。

 

「実績が欲しかったんです」

 

 杠の言葉に、ふむと梓峰。

 

「負けられない妹がいるんです。私よりずっと優秀で、誰からも褒められる妹が……あの子が同じ土俵に上がってきたら、私は勝てない」

 

 中央トレーナーの門は厳しい。筆記試験や面接、実技、ありとあらゆる考査科目のひとつでも欠ければトレーナーバッジは交付されない。

 だから土俵に登らせない場所を探していた。そこで輝くことが、杠の目標だった。

 

「信じられない話ですけれど。ダイワスカーレットはそんな私を受け入れてくれました。重賞取って、私に実績(それ)を、GⅠトレーナーという称号をくれました……なのに私は!」

 

 なに一つ、あの娘にしてあげられていない。それどころか、彼女が大切にしていた「1番」を奪ってしまった。

 その事実の重さを、ターフから帰ってくる彼女を見るまで認識すらしていなかった。

 

「私は、トレーナー失格です」

 

 グラスを呷る。流れ込んできたウイスキーが喉を焼く感覚。それでも、腹の底に沈んだ感覚は消えてくれない。梓峰は静かに言葉を紡いだ。

 

「これは()()先輩としての助言なんだけど。君は幸運だ」

 

 知っている。

 

「この業界にいると思うよ。世の中にはきっと『運命』がある。信じられないような巡り合わせが」

 

 その通り、そして杠凉凪は失敗した。

 千載一遇のチャンスに浮かされて、スカーレット自身を見ていなかった。

 

「でもね、あまり入れ込んじゃいけないよ」

「なぜです」

 

 殆ど反射だった。入れ込むな? アレだけの才能をドブに落としたのに? 責任を取らなくちゃいけないのに?

 

「君はトレーナーだ。いずれは僕みたいにチームを持って、たくさんのウマ娘を担当することになる」

「……チーフの担当、ドリジャだけじゃないですか」

 

 不貞腐れている自分がいる。揚げ足取りをしてしまうくらい、大人になれない自分がいる。

 でも。入れ込むな、なんて。そんなのあんまりじゃないか。

 

「ウチは原則として年度に1人か2人しか取らないからね。トレーナー1人だと複数のウマ娘のクラシック期を管理するのは大変なんだよ」

 

 それに杠くん(サブトレ)教育(OJT)もあるから、正直もうアップアップさと冗談めかして言うチーフトレーナー。それから笑みを仕舞って、真剣な眼差しを杠に注ぐ。

 

「君はこれから、沢山の教え子(ウマ娘)と出会うことになる。君の責任は彼女たちが走る道を整え、時には導いてやること」

 

 逆にいえば、それしか出来ないんだよと、やっぱり今日もチーフは正論を言う。

 でも、それでは駄目なのだ。

 

『スカーレット! 結果はまぁ、残念だったけれど……』

『トレーナー。その、ごめんなさい』

『え、なんで謝るの?』

 

 私たちは、契約上の関係でしかない。

 トレーナーとウマ娘の契約は、ハッキリ言ってトレーナー側が圧倒的に有利。レースを「走らせてあげる」のだからウマ娘は勝利を目指すべきという契約関係。

 

『勝てなくて、ごめんなさい』

 

 だから、スカーレットは私に謝った。

 あなたの1番を奪ったのは私なのに。

 

「私、ダイワスカーレットのトレーナーになりたいんです」

 

 実績欲しさとか、契約の責任とか。そういうのではなくて。

 あの娘があんな顔をするのが許せない。あれだけの才能が埋もれることが許せない。あの才能を、輝かせたい。

 

「スカーレットと、勝ちたいんです」

「強すぎる運命っていうのも考え物だな……ま、それならトコトンやればいい」

 

「いいんですか? 自分で言うのもなんですけど……入れ込んでますよ、私」

「まあね。でも君はやりたいんだろう? なら徹底的にやりなさい。どうせ中央に定時の概念はないからね」

「……しれっとブラックなこと言いますね!? 一応サブトレの労災はチーフの責任ですからね?!」

「君が倒れてもアル中で誤魔化せるだろ」

「否定できないっ!」

 

 ガックリと項垂れる杠。そんな彼女を見て、今度は梓峰がグラスを呷る。

 

「トゥインクル・シリーズは最強が集う場所だ。最強のウマ娘を生み出すためなら、僕たち(トレーナー)はなんだってやるんだ。酒なんか飲んでる場合じゃないぞ?」

 

 彼はニヤリと笑って、自分のグラスを呷るとバーテンダーにカードを渡す。しまったと気付く頃には、杠の分まで支払われてしまっていた。

 

「ともかく、桜花賞優先出走権獲得おめでとう」

 

 では僕は帰るよと梓峰は立ち去る。バーに残されたのは杠と空になったグラスだけ。

 

「…………桜花賞、か」

 

 負けられない。勝ちたい。

 そんな思いが胸から湧いてくる。ホープフルステークス勝利という望外の結果、ダイワスカーレットという優等生が過ぎるウマ娘で見失っていたものが、蘇ってくる。

 

 もしも、もう少し早くこうなれていれば。そう思わずにはいられない。

 けれど、うん。ようやくスタートラインに立てた気がする。遅すぎたかも知れないけれど、まだ出遅れただけ。取り返せるハズ。

 

「よし、やろう」

 

 もう一杯。そのつもりだったけど、もうやめた。

 次に浴びるほど飲むのは桜花賞の後。勝利の美酒だ。

 

*1
1着か2着を取った率




杠のヒミツ

大学時代に付き合った男は杠の酒癖の悪さで別れた
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