アタシがイチバン!   作:プレリュード

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優等生、ふたり

 部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任――――――ドラマの中の主人公が啖呵を切る。なるほど、社会人なら誰しもが直面しそうな命題だ。

 そしてもちろん、誰だってそんな「クソ上司」にはなりたくないと思うことだろう。

 

「トレーナーに向いていない、とまでは言わないよ。そもそも君はまだサブトレーナーで、最終的な責任を負うのはチーフトレーナーの僕だからね」

 

 だから尚更のこと、梓峰チーフの言葉が突き刺さる。部下の失態は自分の失態。その失態を最小限へ抑え込むためのフォローまでしているのだから。

 そんな杠の内心など知る由もなく、幸いだったよとチーフは続ける。

 

「ちょっと熱が出ただけ。選抜レースを休んだのもあくまで大事を取ってのことだ」

 

 ダイワスカーレットは選抜レースに出走しなかった。それどころか選抜レースの会場に現れることもなかった。

 

「あの後、彼女……ダイワスカーレットは自主練を続けていたんだ」

 

 選抜レースの前日、君と解散した後にね。その言葉に杠は驚きを隠せなかった。

 

「そんな。だって私は今日はアレで終わりだって……」

「でも、寮まで送った訳じゃない。自主練しようと思えばいくらでも出来る」

 

 そもそも監視の目が届かないような場所に抜け出してトレーニングをしているんだ。安全のことを考えても、寮まで送ってあげるのがよかったとチーフは言う。

 

『じゃ、解散しよう。ここから雨が強くなっていくはずだから早く帰ること』

『……言われなくともわかってるわ』

 

 思い出される昨晩の会話。納得しきっていないのは分かっているつもりだった。けれど彼女(ダイワスカーレット)とて選抜レースのためには休むのがいいだろうと、最後にはそう判断して帰ってくれると思っていた。

 

「最後にもう一本だけ……そういう気持ちで追加の自主トレをしたくなったんだろう。それ自体は珍しいことじゃないし、むしろ好ましいことですらあると僕は思う。ただ……」

「……昨日は雨が降っていた」

 

 言葉を継いだ杠に、梓峰チーフは肯首。

 

「もちろん、雨が本降りになったタイミングで止めた。悪いけれど、君のチーフであるということも話させて貰ったよ」

「…………いえ。ありがとうございました」

 

 ただそれでも、結局はダイワスカーレットは体調を崩してしまった。どう考えても、トレーナーである杠の監督不足によるものだ。

 

「体調を崩してしまったのは、これまでのハードワークが積み重なってのものもあるだろうから……なにも昨日の雨だけじゃないよ」

 

 冷えた分ケアするようには伝えたからねと、梓峰チーフは淡々とダイワスカーレットに出した指示を説明していく。それはトレーナーとして学ぶ初歩の知識の組み合わせ。本来ならば、杠が全部やっておかなければいけないこと。

 

「ひとつ。杠君のやったことは褒められたことじゃない。が、手を貸したいという心構えだけは評価に値する。君は存外、トレーナーという仕事が向いてるのかもしれないね」

 

「(手を貸したい……か)」

 

 確かに、梓峰チーフから見ればそう見えるのかもしれない。

 でも実態は違う。確かにそういう体で手を貸すと言い、トレーニングを見た。だが、その動機はもっと不純だということは自分が一番よくわかっている。

 

「(私は成果が欲しかっただけ)」

 

 手っ取り早く成果を挙げたくて、ダイワスカーレットというウマ娘を利用しようとした。

 遅くまで自主トレするほどストイックで、酒飲み現場を目撃しても杠の指導を受け入れてくれる素直なダイワスカーレットは、()()()()()杠のトレーナーとしての手腕を見せるのに申し分ない。

 そう、言うなれば杠は腕試しをするような感覚でトレーニングメニューを作っていた。決して手を貸したいなんて崇高な心からの行いではなかったというのに。

 

「(やったことも、心構えも。到底褒められたものじゃない)」

 

 梓峰チーフなりのフォローなのだろうが、むしろ気遣いのひとつひとつが刺さる。

 無責任がすぎる。その言葉の意味が今になって痛いほどわかる。

 

「…………失望、しましたよね」

「失望などしていないよ」

「でも!」

「君は今日もここへ来た。それで十分。辞表を出しに来たわけではないだろう?」

「それは、まあ……」

「ならいいさ」

 

 しかし世の中とは、これで「ハイ、おしまい」なんて都合よくいかないワケで。

 

「でも責任は取らなければいけないよ」

「……はい」

 

 杠はもう立派な大人であり、社会人だ。自分が招いたことの責任は自分で取らなければいけない。どんな動機があろうと、結果がすべて。杠はトレーナーでもないのにも関わらず、ダイワスカーレットのトレーニングをつけた。そして体調管理を怠り、ダイワスカーレットは体調を崩して選抜レース当日に来れなかった。

 ダイワスカーレットの人生を彼女は歪めた。

 

「責任って。どう取ればいいんですか」

「簡単だよ」

 

 目の前に差し出されるのは一枚の紙ぺら。大人しく受け取る。

 さて、いったいなんの書類なのやら。クビだろうか。それとも減給処分の通達だろうか。どちらにせよ、目を通さなければいけない。憂鬱なことだけれど。

 

「……えっ」

 

 なにかの間違いかと思った。だからもう一度、しっかりと見直した。

 

「梓峰チーフ。これって契約書ですよね……?」

「そうだよ。正真正銘、君が結ぶ契約書だ」

 

 トレーナー契約の書類だった。トレーナー名のところは空白のまま。

 そしてウマ娘の名前に書かれた几帳面そうな文字は、はっきり「ダイワスカーレット」と書かれている。

 梓峰チーフの字じゃない。彼の文字はここ数日間で何度も目にした。行書体のような続け字とは似ても似つかない。

 ならば契約書に文字を書いた人物はひとりしかいないわけで。

 

「ダイワスカーレットは選抜レースに出られなかった。当然、トレーナー契約も結べない。選抜レース前から注目株だった彼女にとって、これは痛手だ。次の選抜レースを待たなければいけなくなったのだからね」

「それだけ、デビューも遅れる……」

「加えて、彼女専用のトレーニングメニューも組まれず、全体用のメニューをしばらくこなすだろう。同期の中で彼女は遅れたスタートを切ることになる」

 

 トレセン学園にも練習メニューがないわけではない。誰がやっても成果をあげることができる。そんなメニューがある。

 しかし、そのメニューは言い換えるならば「誰がやってもそれなりには伸びるメニュー」だ。そしてレースの世界は「それなりの実力」が通用するほど甘いものではない。

 だからトレーナーという存在がいる。画一化されたトレーニングではなく、個々のウマ娘にとって最適なトレーニングを組むことができる能力が必要とされる。

 

「私のせいでダイワスカーレットは……」

 

 続きを言葉にはできなかった。社会人一年目。まだ学生が抜けきっていないほやほやの新人にはあまりに重かった。

 彼女の才能は突出している。まだ原石だが、磨けばきっと輝く。杠はそう直感したし、だから自分の実績作りにもなると踏んだ。

 そんな輝ける才能を自分は潰してしまった、なんて。恐ろしくて口にできるようなものでは到底ない。

 

「杠君。君が彼女の担当になるんだ」

「でも、私は!」

「過ちは過ち。でも、一度の過ちですべて終わりだと決めつけるのは些か早計だとは思わないかな」

 

 少なくとも僕はそう思う。梓峰は落ち着き払って言った。

 

「そしてもう察しているだろうが、すでに話はついている。あとは君だけだ」

 

 入りなさい。その合図を梓峰が出すとチームルームのドアが開く。

 

「ダイワスカーレットよ。よろしく」

 

 艶のある栗色のツインテール。まだ風邪が治りきっていないのか、マスクをつけていた。本当に風邪をひかせてしまったという事実がプラスで杠のメンタルを抉ってくる。

 

「じゃ、杠君。ダイワスカーレット君と一緒に契約書を事務局に出してきてくれるかな」

「えっ?」

「トレーナーだけでも問題はないんだけどね。せっかくなら揃って提出した方がいいだろう」

 

 待って、待って。ウェイト、ウェイト。梓峰チーフ、本気でソレ言ってます?

 この流れでふたりっきりで書類提出して来いと? やらかして危うくダイワスカーレットというウマ娘の将来を潰しかけた女に、潰されかけた当の本人と一緒に行け、と。

 

 正気か?

 

 気まずいなんてものじゃないんですが。マジですか、と視線で訴えかければ特に表情を変えることなく頷く。

 行け、ということらしい。これも責任を取るという行為の一端なのだろうか。だとしたら、なかなかSっ気がある。温厚かつ生真面目そうな雰囲気と見た目をしておいて、その性根はまったくの真逆か。

 あとで藁で作った人形に五寸釘打ち込んでやろう。あ、でもうちに藁なんてないや。ビニール紐でいいかな。廃品回収のために用意して、結局どこにしまったか忘れたやつ。

 

「ねえ」

「はい、なんでございましょうかっ!」

「……なに、そのしゃべり方」

「いやぁ、ねえ。さすがに、その……」

 

 危うくダイワスカーレットというウマ娘の人生を壊す一歩手前だった。それを理解させられてなお、気軽に話しかけることができるほど私の肝は据わっていない。

 

「……悪かったわよ」

 

 うだうだ悩んでいる間にダイワスカーレットが先に口を開いた。

 

「あのチーフさんに怒られたから。努力と無茶は違う。自分のことは自分しかわからないのだから、体調管理はやりすぎるくらいにしなさい、って」

 

 あの狸中年オヤジめ。杠は腹の中で毒づく。

 おそらく、ダイワスカーレットには杠のミスを指摘していない。どころか彼女を叱っている。

 そんなことを杠には露ほども伝えずに。あの穏やかそうに微笑んでいる中年のオッサンの頭部には角が生えていそうだし、悪魔のしっぽが伸びていそうだ。

 だからといって謝らないまま、というのもいかがなものか。

 ダイワスカーレットは謝った。自分のミスを自覚し、理解して。その上で杠の前で正面から謝罪した。

 ついこの間までは学生。しかし今はもう社会人。自分がこれからトレーニングを見なければいけない相手に、謝罪ひとつもできないなんて、まさしく「大人げない」。

 

「私さ。実績が欲しいんだよね」

 

 だから実績欲しさにダイワスカーレットを利用しようとした。才能の原石だと見込んだ彼女を使ってお手軽に経験を積んでしまおう。そんな魂胆を抱え込んだ。

 

「だから責任なんて関係ない外野から口出したんだよ。いやぁ、口にすると我ながら最悪だね、これ」

 

 あっはっは、と空っぽに笑う。自分でもびっくりするほど笑えていない。

 

「ごめんね。巻き込んじゃって。嫌でしょ、こんな学生あがりの素人トレーナーと契約なんてさ」

 

 小脇に抱えていたクリアファイルをダイワスカーレットへ差し出す。その中には紙ぺらが一枚。ついさっき、梓峰から渡された契約書だ。すでに杠も記載事項を記入し、印鑑も打った。あとはトレセン学園の事務局に提出すれば、契約は完了となる。

 提出すれば、だが。

 

「だから拒否していいよ」

 

 その契約書を破り捨ててしまえば、契約は成立しない。そしてダイワスカーレットが自身の意志で契約を望んでいない以上、この契約書は破り捨てられる運命にある。

 

「(あーあ。もったいないことをしてるな、私)」

 

 ダイワスカーレットは間違いなく才能があるウマ娘だ。そのまま契約しておけば、絶対に杠にとっての実績になる。素晴らしい経験を積むこともできるだろう。それを自分から捨てようとしているのだから、もったいないの一言で片づけるには惜しいくらいだろう。

 

 杠凉凪は自分がわりとロクデナシに分類される人間だと思っている。

 

 自身がよく見えるように着飾り、口から飛び出す言葉は美辞麗句。でも着飾った内側には、浅ましいまでの我欲が溢れかえっている。

 だが、たとえロクデナシだとしても罪悪感からは逃れられない。実績目的で近づいた。だがそのせいで相手の人生を壊すまではしたくない。

 

 クリアファイルからダイワスカーレットが契約書を取り出す。いつ破り捨てるか。今か今かと待つ杠を前に、ダイワスカーレットは契約書に視線を落とす。

 

「つまらないわね」

 

 ぽつり、と。杠に話しかけているというよりは、自分に向かって囁いているような言葉。

 

「あの練習メニューをしてから。ほんとに少しだけなんだけどタイムがあがったのよ。手ごたえがあったの」

 

 一度は取り出した契約書をダイワスカーレットはクリアファイルへ戻す。そして杠の胸へ突き返した。

 

「私は一番になりたい。ううん、一番にならなきゃいけないの。そのために必要ならなんだってする。利用できるものは利用するわ。あんたは違うわけ?」

 

 緋色の視線が杠を焼く。ちりちりと杠の中で燻っていたものが火種を生み出す。

 一番。口にするのは簡単で、けれど実現はとてつもなく難しいもの。いつまでその幻想を口にしていられただろう。いつ頃からそれを幻想と決めつけるようになってしまっただろう。

 画一化された「それなり」で満足しようとしたのはいつからだったっけ。

 

「私にとって役不足だと思ったらすぐに切るから」

「それさ。私にとっても、なんだけど。理解してる?」

 

 今、私はどんな顔をしているだろう。

 

 杠凉凪は優等生である。誰かが望む顔を貼り付け、望まれた通りの言葉を返す。他者から好かれ、目上の人から可愛がられる。どこの誰が見ても型にはめたような優等生。できすぎると嫌われるからちょっと抜けたところも演出する、完璧な不完全。

 そういう仮面を被っている。そういうふうに見られることのメリットを理解し、理解して演じている。

 

 だから、まさしく彼女にあてられたのだと思う。

 実績が欲しい。誰もが認めなくてはならないものが欲しい。好かれる十数番ではなくて、嫌われても一番が欲しい。そんな底に押し隠していた我欲に優等生の外面が焼かれた。

 間違いない。今、私は悪い顔をしている。

 

「やっぱりあんたも同類じゃない」

「ありゃ? バレてた?」

「同族嫌悪よ。そっちこそ、わかってたんじゃないの?」

 

 ぺろりと舌を出しておどけてみせれば、顔を背けて心底嫌そうに聞き返される。

 一度、焼き尽くされた仮面。もう彼女の前では被り直すことなんて絶対にできない。取り返しのつかないことをしているのに、不思議なことに思ったより悪い気分じゃない。

 

「ま、なんだっていいじゃん。よろしくねえ、ダイワスカーレット」

 

 

 

 

 

 利用し、利用される。そんなコンビだった。

 それが噛み合ってしまうのだから、世の中とはわからないものだとつくづく杠は思う。

 デビュー戦は鮮やかそのもの。東スポ杯にも勝った。

 

 次走、ホープフルステークス。

 

 

 


 

 

 

「……すみません。こんなものしかありませんが」

「いえいえ! お構いなく!」

 

 何が出て来てもとりあえずこう言っているんだろうな、という感じのする定型文を聞き流しながら、杠は応接セットの向こうに座ったスーツ姿の女性を観察する。大慌てで淹れたお茶とスカーレットが出してくれたお茶請け(備品)の隣には2枚の名刺。

 

 1枚は杠の、そして残りの2枚には誰もが知っている大衆紙の名前が書かれている。

 

 その名も――――――週刊トゥインクル。

 

 この業界にいて、名前を聞いたことがないなんて言おうものならモグリ扱いされる。それくらい知名度の高い雑誌。でかでかと書かれた週刊誌と、そのすぐ下には「乙名史悦子」とスタイリッシュなフォント。

 

 まさか、デビューしたてのダイワスカーレットと新人ほやほやのトレーナーである杠を取材に来たなど、誰が想像できただろう。

 

「(やっば。取材とか何答えればいいかまったく見当つかないんだけど)」

 

 ついこの間まで杠は学生だった。取材されるような機会なんて一度としてない。

 しかもこういう時に限って梓峰は外出中。

 ええい、やけくそよ!

 

「それで、どういったご用件でしょうか」

「本日は挨拶を。」

 

 

「もちろん、ダイワスカーレットを一番にすることです」

「……」

 

 あれ、なんで無言? もしかしてスベった?

 

「す……」

「す?」

「すばらしいですっ!!!!!」

 

 わーお。週刊トゥインクル。ずいぶんとエキセントリックな記者を抱えていることで。

 




乙名史悦子のヒミツ

小学生に「パパラッチだ!」と指をさされてヘコんだことがある
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