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【ホープフルステークス! 新進気鋭ダイワスカーレット!】
いま、レースファンの間でダイワスカーレットの注目が高まっています。ダイワスカーレットのデビュー戦は年後半でしたが、11月の東京スポーツ新聞杯ジュニアステークスで見事な勝利を収め、一気にジュニア戦線のトップに躍り出ました。
なんといっても彼女の持ち味は安定した走力とスタミナです。所属するチーム〈アルネブ〉の関係者からは「世代最強」という強気の評価も受けています。興味深いのは、彼女を担当するトレーナーが新人トレーナーであるということです。
トレーナーは杠(ゆずりは)涼凪(すずな)。昨年度にトレーナー資格を取得したばかりの彼女は、今年度よりチーム〈アルネブ〉のサブトレーナーとして府中トレセンに勤務しています。チーフトレーナーの梓峰氏も期待しているという、期待の新人です。担当ウマ娘のダイワスカーレットとの相性は素晴らしく、最高レベルの信頼関係が築かれていると言えるでしょう。次のレースは年末のホープフルステークスです。ダイワスカーレットのスタミナであれば距離が長くなるクラシック戦線でも活躍し、勝利を掴むことでしょう。
ダイワスカーレットと新人トレーナー、2人の成長に期待が高まりますね!
「へん」
気に食わねえ。ウオッカは鼻を鳴らしながら新聞を投げ捨てる。阪神ジュベナイルフィリーズに勝ったのは自分だ。だというのに、まだ結果が確定していないどころかレースも開催されていないホープフルステークスの方が盛り上がっている。
「おんなじGⅠだってのによ」
ウオッカが勝利した阪神ジュベナイルフィリーズについて書いている欄はずっと下。ダイワスカーレットの記事よりも小さい。
新人トレーナーとデビューしたばかりのウマ娘が連勝。センセーショナルで話題性はばっちり。読者の食いつきもいい。だから記事も大きくなる。
面白くない。まったくもってつまらない。
「スカーレット……。俺だって負けてねえのに」
「ダイワスカーレット。彼女のことが気になるのかい?」
コツコツと杖が床を叩く音。右ひじを支えるカフのついたロフストランド杖をつきながら、ウオッカのトレーナーがやってくる。ウオッカは手を貸そうと腰を浮かせ、しかしトレーナーは空いた左手で制した。
「気になるっていうか、気に食わねえんすよ。俺だってデビュー戦は勝った。そんでGⅠも。なのに……!」
「メディアなど放っておけばいい。結果さえ出せば自ずとついてくるものだよ。そしてウオッカ君にはその力量がある」
ウオッカが投げ捨てた新聞を拾い上げ、目を通す。なぜウオッカがダイワスカーレットの話をしていたのか。その新聞を読めば一発だったに違いない。
「ホープフルステークスの出場を宣言したんだね」
「みたいっすね。勝てるんですかね、アイツに」
「レースに絶対はないさ。勝つも負けるもゲートが開くまでは誰もわからない」
「でもトレーナーも新人なんすよ?」
「あのチームは梓峰君のチームだ。彼が教導する後輩なら不思議はないさ」
「梓峰?」
新聞には出ていなかった名前だ。いや、ちらっと見たかもしれない。ただあまり出てきたわけではなく、どちらかといえばダイワスカーレットのトレーナーである杠凉凪という名前の方が多く出ていた。
「彼女が所属している……なんだったかな。ああ、そうだ。チーム・アルネブのチーフトレーナーさ。技量は文句なし。教え子ではGⅠを複数回取っているウマ娘も多い。彼がバックについているなら、この戦績も頷けるね」
「詳しいんすね」
「知ったる顔、というやつだからねえ。まあ、チーム・アルネブの話はこれくらいにしておこうか」
トレーナーが新聞を畳む。
「今は目の前のレースを応援してあげようじゃないか。我らチーム・ベテルギウス、もうひとりの新人であるアストンマーチャンのレースを」
「トレーナー。これ、VTRっす」
レースに絶対はない。だが、今見ているこのレースは結果が既に確定した「絶対」だ。泣こうが喚こうが、どれだけ声援を送ったところで変わらない。
まあ。
喚く必要なんてこれっぽっちもないのだが。
『アストンマーチャン! アストンマーチャンが先頭だ! 大外からドリームジャーニーが飛んでくる! 凄まじい末脚!』
『ひょええええええ! ドリームジャーニーさんの末脚ぃぃぃぃ! あの末脚があの方の持ち味でしてね? やっぱり最後まで諦めずに駆け込む姿は尊の一文字で! でもアストンマーチャンさんの逃げ脚も輝くものがありまして。あ、もちろんあたしは彼女のウマチューブアカウントをフォローしてるんですけどこの間ですね……』
『アグネスデジタルさん、解説の仕事をしてください!』
『えっ? でもこれからいいところなんですけど……』
『ああっと、アストンマーチャンも逃げる! 差は……縮まないか?!』
解説を無視して実況は続けていく。
実際問題、差は縮んでいた。あの時、確かに距離は短くなっていた。ドリームジャーニーは確実にアストンマーチャンへ詰め寄っていた。ラストスパートの上がりはドリームジャーニーに軍配があがっていたのだ。
だが、ゴールまでに届かなければその努力に意味はない。
『アストンマーチャン! アストンマーチャンだ! 朝日フューチュリティステークスを制したのはアストンマーチャン!』
ドリームジャーニーの末脚は間に合わず、スピードを脚に乗せて集団の先頭を取ったアストンマーチャンが逃げ切った。泥汚れにまみれながら、笑顔でカメラに向かって手を振っているアストンマーチャンの映像に切り替わる。
ウオッカは横目でトレーナーの様子を伺う。表情に驚愕の類はなかった。掲示板に確定した結果が表示された時でさえ、一瞥したのみで平然としていた。
「(そういえば、俺が阪神ジュベナイルフィリーズを勝った時も驚いてはいなかったな)」
勝利を喜んでいた。同時に熱っぽい視線をしていたことを覚えている。この勝利は当然であり、まるでその先のなにかを求められている。そんな感覚に陥ったことを記憶している。
「お待たせしたのです」
「準備はできたようだね」
未だに映像でカメラに向かって手を振り続けている彼女と比較すると、だいぶこざっぱりとしたアストンマーチャンがそこにはいた。シャワーを浴びてきたのだろう。
記者会見の前には少しばかり時間がある。
それはレースで疲労しきったウマ娘たちが一時、その呼吸を落ち着ける時間。汗で、泥で。汚れた身体を清め、人前に出られるように身なりを整えるための時間。
忘れてはいけない。彼女たちとてアスリートである前に少女なのだ。
「記者会見用の勝負服にも着替えました。ほら、ふりふりー」
くるりとアストンマーチャンはその場で一回転。スカートのフリルが揺れる。
勝負服は二着用意するのが通例だ。レースで走るためのものが一着。そしてもう一着は記者会見などメディアの前に立つためのもの。
レースで泥汚れも汗染みもできてしまった勝負服で写真を撮られるのは格好がつかない。
「さて、最後の打ち合わせだ。予想される質問への返答は暗記したね?」
「もちろんなのです」
すげえな、とウオッカは感心。阪神ジュベナイルフィリーズを勝った後の記者会見で用意されていた返答をまったく覚えられなくて、結局適当にいろいろ答えてしまった。大まかに回答内容を記憶して自分の言葉で話せばいいんだよ、とトレーナーから助言をされる始末。
「では行こう。長く待たせると、邪推でいろんなことを書かれるかもしれないからねえ」
「その前に。ひとつお願いがあるのです」
「お願い?」
カフ付きの杖を取って立ち上がろうとしたトレーナーをアストンマーチャンは引き留めた。
「次回の出走はGⅡ。フィリーズレビュー。でしたよね?」
「君も今回はタイトなスケジュールで走った。三月のフィリーズレビューまで調整するべきだからねぇ」
「そこに異論はないのです」
「では『お願い』とは?」
「フィリーズレビューを一着で勝ったら、次の出走レースを私に決めさせてくれませんか」
無茶苦茶だ。ウオッカは言葉を失う。普通、出走レースはトレーナーとウマ娘が相談の上で決定する。適性、体調、そしてウマ娘本人の意向。そうしたものを含めて決定するのだ。
アストンマーチャンはそうしたもの一切を無視して自分の意向だけで出走レースを決めさせろ、と言っているのだ。
「その話、記者会見では話さないでくれよ」
「もちろん。では了承してくれるのですね?」
「トレーナーという職業にありながら、それを認めることはできないだろう」
「むー。いじわるですね」
「希望を叶える努力はしよう。約束まではできないけどね」
難しいと突っぱねて。けれどその要望は頭に留めておく。
この言い方には覚えがあった。
ウオッカは思い出す。自分がスカウトされた時のことを。
選抜レースの日。風邪を引いたダイワスカーレットが寝込んだ一方で、ウオッカの体調はすこぶる好調そのものだった。
目覚めは最高。全身には力が漲り、けれど緊張で余計な力みが入っているわけではない。自分でもわかるくらいに絶好調だった。
けれど、一着ではなかった。最高のコンディションで全力を尽くして負けた。一着になったウマ娘にスカウトのトレーナーたちが群がっていくのを横目に奥歯を食いしばることしかできなかった。
だれも自分のことを見ていなかった。
「(なんだよ、なっさけねえ)」
勝てると思っていた。一着になる光景以外、まったく見えていなかった。だがいざフタを開けてみればこのザマだ。同室のスカーレットに対して「余裕の一着を取ってくる」なんて叩いた大口が恥ずかしい。
選抜レースに出られる実力までようやく伸ばせたというのに。実際に競ってみれば、誰からの期待もかけられず、スカウトのひとつも来ない。
腹立たしかった。だれも自分の実力を評価してくれない。その事実が。
悔しかった。だれも振り返させることができなかった自分の実力が。
「やあやあ。君がウオッカ君だね」
シャワーも浴びず、当然着替えることもせず。ただ自分の無力感と悔しさを壁に叩きつけることしかできなくて。
そんなウオッカに声をかけてきたのは、カフ付きの杖をついて歩くウマ娘。
「なんすか」
「君、私のチームに入りたまえ」
そのウマ娘はあまりにも突飛なことを言い始めた。
口元に不気味な笑みを貼り付けていて。そのくせ熱にうかされたような目は狂ったように情熱的。
「なんすか、急に」
「君の脚はまだ未熟だ。しかし素晴らしい素質を秘めている。このまま伸ばさずにおくのは惜しい」
「慰めなんて要らねえんすよ」
「そうかな。確かに選抜レースでは敗北したかもしれないね」
腹立たしさから怒鳴り返そうとして、言葉を飲み込む。事実だ。言い返そうにも言い返せない。ここで言い返したら言い訳して見てるみたいでダサい。
負けは負け。事実として受け入れなくてはいけないのだ。
「しかし、君の可能性はそこ止まりじゃない。私はその秘めたる可能性の先を見たい」
「私と来たまえ。君の秘める可能性を最大限引き出してみせようじゃないか」
そのウマ娘はウオッカに向けて手を差し出す。
「俺、目標があるんすよ」
安易に手を取ることをウオッカはしなかった。その誘いに対して気軽に乗ることはあまりに胡散臭い。小さく肩をすくめてから、そのウマ娘は手をおろす。
「言ってみるといい」
「日本ダービーで勝ちたいんす」
「日本ダービーか」
「昔、親父が連れてってくれて。そこで初めてレースを見たんすよ」
ウオッカの原点とも言える場所だった。初めてレースを見て、その速度に圧倒された。父親のバイクの後ろに乗せられる時に感じた風より、もっと強烈な風を受けた。
幼少期のウオッカにとって、その衝撃は憧れを覚えるのに十分だった。
「高い壁だよ。簡単に勝てるようなレースではない。そもそも出走することだって難しい。一生に一度しか出ることができず、そして同世代の中でも突出した傑物がその栄冠を掴む。そういうレースだ」
「そんなこと知って……」
「私も出ていないレースだよ」
さらりと言われた言葉にウオッカは黙る。このウマ娘がどれほどのものかわからない。ただ、感じるものはある。佇まい、纏う空気。そういうものが、只者ではないと思わせてくる。
「勝てるさ。君がその可能性を全て引き出し、果てに手を伸ばすことができればね」
「果て?」
「おいおい話すこともあるだろうね。まあ、すぐに回答がもらえるとは思っていないよ。ゆっくり考えるといい」
「いや、考える時間なんてなくていいっす」
この決断を同室のダイワスカーレットが見たら笑うだろうか。いいや、あいつなら小馬鹿にするだろう。
勝算があるわけでもなく。そしてこのウマ娘についていったところで成果が出るという保証もない。ただ、ウオッカの直感が囁いていた。この人についていけばきっとうまくことが進む。
あとから理屈をつけるなら、選抜レースで負けた自分をなおも見出してくれた恩義、といったところだったのだろう。そんな殊勝な思考でウオッカは動いていなかったが。
自分に賭けようとしているウマ娘。その魂胆にウオッカも賭けてみたくなった。それだけのお話。
「俺、行きますよ」
目標を叶えるためならなんだってやってやる。スカウトしてくるヤツは誰もいなかった。このウマ娘を除いて、誰一人として。
だったらこのウマ娘についていって、日本ダービーを勝ってやる。それだけで済むものか。誰もが想像できないような結果を出してやる。
「いいねぇ。いや、実にいいよ。歓迎するよ、ウオッカ君」
背を向けると、杖をついて歩き出す。付いてこい、という言外の言葉を感じてウオッカはその背中を追いかけた。
「そういえば名前、まだ聞いてないっす」
「おや。私としたことが名乗ることを忘れていたよ」
「それにチームに入るっていっても、トレーナーと契約しないといけないでしょう。俺、これからあんたのトレーナーに会って認めてもらわなきゃいけないはずです」
どんな気まぐれで行動したのかはわからない。が、彼女はウマ娘。チームの加入についてはチーフトレーナーの承認が必要になる。今この場で彼女がOKを出したからといってはい加入、と話が運ぶようなものではないはずだ。
まずはトレーナーの紹介をしてもらわなければいけない。契約が成立して、ようやく話はそれからだろう。
「うん? ああ、そうか。そういえば、私はそんなこともまだ話していなかったね」
うっかりしていたねえ。くつくつと笑いながらくるりとそのウマ娘は振り返る。
「ひとつ、誤解を訂正しておこう。私は競争バではない。すでに引退した身でね」
脚を壊して引退した。それを強調するように彼女は高らかに音を鳴らして杖をつく。
「私はチーム・ベテルギウスのチーフトレーナー。アグネスタキオンだ」
ウオッカのヒミツ
スカーレットが焚く香料のニオイが苦手