「優等生」の回答
【朝日FS】(中山)〜快速ウマ娘アストンマーチャン熱戦を制す
中山11Rの朝日FS(ジュニアオープン・GⅠ・芝1600m)は注目のアストンマーチャンとドリームジャーニーの一騎打ちとなった。前走のファンタジーSでレコード勝ちを収めたアストンマーチャンは、期待通りにその快速を発揮しペースを作ると、最終直線では圧巻の走りで主導権を譲らず、見事勝利を飾った。2番人気ドリームジャーニーは最終直線で末脚を見事に発揮したものの、あと一歩及ばず2着に終わった。この勝利でアストンマーチャンは、ジュニア級代表バ選出を確実にした。1番人気クニサキチュードウは4着に敗れた。
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紫色の空に、白い吐息が溶けていく。
「はっ、はっ、はっ……」
河川敷の土手には行かなかった。どうせ皆考えることは同じ、人だかりが出来ているのは想像に難くない。
いつものコースから逸れて、坂道の方へ。ペースは落とさず脚も使わず、跳ねて無駄なエネルギーを使わないように慎重に登る。
小柄なウマ娘は、それだけで不利だと言われている。
歩幅が小さい、接触に弱い、スタミナがつきにくい。挙げればキリがないが、要は「大は小を兼ねる」というヤツである。
けれど、身体が小さいのだって悪いことばかりじゃない。
小柄ゆえの妨害しにくさ、体重が軽いゆえの加速力……けれどそれは、どうしようもない短所を言い繕っているだけ。
「クソッ……!」
ドリームジャーニーも理解はしていた。身体作りに専念するべきだとの
「(けど、アイツだって小柄じゃねえかよ)」
朝日FS勝ちウマ、アストンマーチャン。
届かなかった。仕掛けどころは完璧だった。
スピードが足りない。最高速度が足りない。
スタミナが足りない。スパートの距離が足りない。
パワーが足りない。加速力が足りない。
根性が足りない。競り合いに勝てない。
戦術が足りない。レースを支配できていない。
しかしなにより、速度。スピード。速さが足りない。
レースはスピードだ、早ければ勝つ、遅ければ負ける。単純だ。
「はっ、はっ……は……」
脚を止める。脚は第二の心臓だ。完全には止めず、緩やかな歩行に移行しながらその景色を見る。それからスマホを取り出して。
パシャリ。
なんでもない街と紫色が消えて行く空。それをメモリに収めて、コミュニケーションアプリの『LANE』を起動。
「『初日の出』……や。んな当たり前のこと書かなくても分かるか。写真だけ送信っと」
既読のついている『みてやがれ』なんてメッセージの下に、何の変哲もない朝日と町並みを写した画像が載る。送信時刻が記録されるのと、そのとなりに既読マークがつくのはほとんど同じだった。
「げ、既読はやっ……うわもう返信来た!? って『ばかやろう』!?」
とんでもない言い草に思わずスマホを取り落としそうになる、続いて通知音。増える吹き出し。
「『なに写真家きどってやがる』『黙って走れ』……走ってるよ! ばかやろっ!」
走りスマホは
毎日走っている。走って走って。しかしライバルたちもまた、走り続けている。
そして恐らく、そこまでお見通しなのだろう。『渡すものがある』とメッセージは続く。
「『そのままウチにこい』…………か。やっぱ、そうなっちまうよな……」
凱旋は許されそうにない。肩を落としたドリームジャーニーは、次の踏み込みのため息を入れ直すのであった。
アイサツは大事。古事記にもそう書いてある*1。なので新年の挨拶は大切…………なのだけれど。
「うわっホーイ! ハッピーニュ~イヤァ!!!」
来るんじゃなかった。ダイワスカーレットの感想はそれに尽きる。
「えっと……トレーナー、さん?」
しかしダイワスカーレットは挫けなかった。目の前にいるのはもしかすると
「おっ! スカーレットじゃない! あけおめことよろヨロヨロヨロ~!」
「あ……ハイ、あけましておめでとうござい、ます」
見込み違いだったかもしれない。
「あーっはっはっは!」
目の前でひたすら爆笑しながら、満タンのビール瓶を一気に飲み干している杠凉凪(23)。結んでいる髪は解いてただのロングだし、きっちりと首元まで留めているボタンは外されて谷間が思いっきり露出している有様。タイトスカートも捲れあがり、タイツは脱ぎ捨てられて太ももまで全開だ。それでも
「あれぇ、空っぽだぁ。つぎ、つぎー」
手早くビールの栓を抜き、王冠と栓抜きをテーブルへ転がす。グラスへ注ぐ、なんてお上品なことはしない。瓶へダイレクトに口をつけてそのまま傾けるだけ。規則的に杠の喉が動き、ぎゅぽんと音を立てながら口を離す。
「くぁーっ!」
この人についていって本当に大丈夫だろうか。あの時の判断は本当に正しかったのだろうか。そこはかとなくダイワスカーレットは不安になる。もう、なんか女性としてというか人としてダメどころか最悪の様相を呈している杠だった。
「びーる飽きたぁ……。焼酎がいいな。芋、芋」
「まだ呑むの!?」
杠の足元には軽く見積もっても10本、ビール瓶が転がっている。お酒には詳しくないダイワスカーレットだが、かなりの量を呑んでいるのではないだろうか。
「ちょっと、トレーナー……」
「やめておいた方がいいよ」
さすがに止めに入ろうと声を荒げかけたダイワスカーレットを止めたのは部屋の隅っこで手酌していた梓峰。
「触らぬ神に祟りなし、さ」
酒癖の酷さに触る神扱いされていた。
「さすがにあの娘も未成年に呑ませるようなことはしないだろうけどね……ってこらドリジャ! 空いた瓶に『ウマころし』を入れようとするな!」
「でもよ、どーなるか見物だと思わねーか?」
ケラケラ笑うドリームジャーニー。もちろん着ているのはトレセン学園の学生服。左手に空瓶、右手には焼酎の紙パック。もう絵面だけで犯罪である。
「こらぁドリームジャーニーちゃん! お酒はハタチになってからだぞぉう!?」
そしてドリームジャーニーから徳用紙パックを奪い取る杠。良かった良識だけは残っていたのだとスカーレットは胸を撫で下ろーーーー
「ーーーー
「ええぇぇぇ…………?!」
地獄のような光景に、スカーレットの顔面がFXで現金溶かしたヒトみたいになる。そんなことは露知らず、当の杠本人はお椀に焼酎をドカドカと注ぎ入れ、氷と水をちゃちゃっと入れるとぐいぐい干していく。
もう滅茶苦茶である。なのにドリームジャーニーは笑っているし梓峰チーフは微動だにしない。
「ちょっとチーフ! なんでこんなことになっているんですかッ!」
サブトレーナーである杠の管理はチーフトレーナー梓峰の仕事である。いやなに、簡単な事だよと彼は机に置かれた重箱を示した。
「ドリームジャーニーのお母さんがお節料理を差し入れしてくれてね、それでこうなった」
「いや説明になっていませんからね?」
少なくとも、ビール瓶や焼酎はお節料理とは呼ばないハズ。というか酒臭過ぎるとスカーレットは内心でぼやく。
「まぁ忘年会兼新年会、あとは慰労会とか歓迎会とか祝勝会みたいなもんだよ」
年末、ずっとバタバタしていたからねと言って梓峰は杯を仰ぐ。もしかしなくてチーフも酔ってるなとスカーレットは思った。
ところが梓峰チーフは、まあなんだ、と続ける。
「ストレスを溜めてるんだろうね。彼女、基本的に外面を取り繕うタイプだから。たまに開放しないとやってられないんじゃないかな」
「にしたって……これは限度が過ぎるって言うか……放っておいて大丈夫なんですか?」
杠の酒癖は知っている。コンビニで購入した酒をその場で開けて飲みながら帰るレベルの悪さだ。けれどこれは、いくらなんでも……。
急性アルコール中毒とかにならないのだろうか。下手に倒れたりすると、チーム名もろもろ公開されたりしないのだろうか。悪評が世間を走りそうで非常に怖い。
「飲む前にウコンとか飲んでいたし、大丈夫じゃないかな」
「そ、そうですか……」
この人、さては酔っているのでは?
「君も似たようなものじゃないかな、ダイワスカーレット君」
「私は飲んでません。未成年ですから」
「君、本当にトリプルティアラ狙いなのかい?」
ホープフルステークスの勝者は、クラシック三冠路線に進むことが定石とされている。
その理由はホープフルステークスの条件だ。中山芝2000、条件は三冠のひとつめ「皐月賞」と同じ。
一種、クラシック三冠路線への肩慣らしとも言える。だからホープフルステークスへ出走して勝利したダイワスカーレットが次走をチューリップ賞に定めている、と公表した際には少なからぬ衝撃が世間を走った。
「次走は弥生賞ではなくチューリップ賞。僕は杠から事前に聞いていたから驚かないし、東スポ杯の時みたいにドリジャとブッキングしないのは助かるけれど……」
「……いえ、その節はご迷惑をおかけしました」
頭を下げるスカーレット。
三冠路線とティアラ路線。クラシックの王道として知られるこの2つのレース体系は、残念なことにティアラ路線の方が「格」が劣るとされている。理由としては、旧八大競走の名残やティアラ終着点の秋華賞の歴史が浅いことがあげられるが……。
「『弱い』ドリームジャーニーよりも『強い』スカーレットをクラシックにいかせるべき、東スポ杯で格付けは終わった。まあ、外野の意見はこんなものだ」
「ですけど、ティアラにいくことは決めていましたから」
「決めていたのはチューリップ賞への出走ではないのかい?」
ちらり、と梓峰の視線がスカーレットに向けられる。
スカーレットはティアラ路線……これは半分間違いで、半分正解というのが現状であることは事実である。
なにせスカーレットは、次走がチューリップ賞だとしか言っていない。
チューリップ賞はティアラ三冠路線のスタート「桜花賞」のステップレースではあるが、だからと言ってそれは桜花賞への出走宣言とはならないのだ。
「……」
「いや、いいんだ。君は賢いから、そこに関しては卒なくやるだろう。実際、ジュニアGⅠを制したウオッカがティアラ路線にいくと宣言している。むしろ今年はティアラの方が格付けは上。誰も文句は言えないさ」
梓峰チーフの言うことは正しい。そしてそれは、スカーレットの用意していた「優等生としての回答」と一致している。いや、スカーレットのそれより理路整然としていた。
そして梓峰は「優等生としての回答」に対して事実上の承認をした。スカーレットから一切の事情を聞こうともせず。おそらく、その承認はあくまでこの場かぎりのもの。スカーレットが無茶をしようとすれば、止めるだろう。
だけど、今この場では黙認してくれた。
「ありがとう、ございます」
「いやなに、むしろこっちがお礼を言いたいよ。これでドリジャは三冠を取れる。君のティアラとあわせてクラシック六冠、有馬を取れば八冠だ。かのシンボリルドルフを越えてやろうじゃないか」
「チーフ、やっぱり酔ってますね?」
「さて、どうかな……杠くん! 酒もいいが料理も食べなさい。というかその為に君を呼んだんだから」
「は~~~い!」
呼ばれた杠が瞬間移動のごとく梓峰のそばに寄り、光の速さで酌をして重箱へ向かう。そろそろ僕も限界なんだけどな、と呟いた梓峰はなにかを我慢するように目を閉じてから杯を煽る。
「もしよかったらスカーレット君も食べていくといい、なかなか旨いよ」
「なにおう、スカーレットちゃん、わたしのお節が食べられねぇっていうのかぁ!」
「いやサブトレの料理じゃねーからな!? うちのおふくろのだからな!? ああ、あとこれマジでうめえからスカーレットも食え!」
箸を振り上げる杠、突っ込むドリームジャーニー。ダイワスカーレットは苦笑。
「もうっ、仕方ないわね……そんなに言うなら、食べてあげるわよ!」
そうして食べたお節料理は美味しくて。
ほんの少しだけ。胸が苦しくなった。
ドリームジャーニーのヒミツ
親が低学年ウマ娘向けの陸上教室を開いている