「…エレベーターがあると、嬉しかったんだがな」
『止まったら困ります、まあ階段でも奇襲を受ければ同じですが』
二人は暫く階段を上った先で、ついにこれ以上登れなくなるまで登り切った。そして終着点には一つの扉があるのみ、二人は意を決して入ってみることにした。案内役のロボットも行先はこの先だと示している、確かめるしかないだろう。
「罠はなさそうだ、開けるぞ」
『どうぞ』
二人が入ると、そこは何かの倉庫だった。埃の積もった箱が大量に放置されており、人の手が入った形跡はほとんどない。ヘルメットの吸気フィルターがなければ、咳が止まらなくなること請け合いだ。
「ロボットはなんて言ってる?」
『この先に進むようです、別の部屋に繋がる扉があるとかで』
「行くか」
暗い部屋を進み、その奥にあった扉のドアノブに手をかける。そしてゆっくりと回すと、向こう側から光が差し込んで来た。
「こんにちは、貴方がパイルドライバーを倒した傭兵?」
「そうだ、そちらこそは局長代理殿でよろしいか」
「ええ、驚いた?」
「まぁ…少しはな」
ドアを開けた先にあったのは、あまり家具の無い殺風景な部屋だ。中央に大きなディスプレイ搭載型の机と、人数分の椅子が用意してある。そしてここまで案内してくれたロボットは、その机から延びるケーブルの先にあった、充電ポートの上に座った。
「改めてまして、治安維持局の局長代理、アンリよ」
長い金髪と、普段見るものと比べて明らかに装飾の多い治安維持隊の制服。階級章から見るに、確かに局長代理なのだろう。しかしその階級とは裏腹に、傭兵と机を挟んで座る彼女は十代かそこらに見えた。
「傭兵だ、好きに呼んでくれ」
『ミナミです、マスターの随伴支援ユニットとでもお考えください』
「いいAIね、相当経験を積んだように思えるけど」
『それなりには稼働しておりますので』
傭兵は彼女の雰囲気を掴めずにいた、立ち振る舞いから得られる内面の情報が皆無に近い。なんというか、ただそこに居るのが当たり前かのような、彼の仲間達とは全く違う空気を纏っている。
「そちらの要望で話を聞きに来たんだ、本題に入ってもらっても?」
「この星から出たいのです、出来るならば海賊を皆殺しにした上で」
「宇宙船は海賊が独占しているだろう、武力ではレジスタンスが上だ。そこでなぜ俺にその話をするかが分からない」
「貴方が宇宙から来たことは知っています、そしてそれに関する情報は私の管轄内で握り潰しました」
「なるほど、いつから掴んでいたんだ?」
「大気圏突入の際です。防衛軍の連中は今本隊が出払っているので、対宙監視は我々が引き継いでいました」
よくよく考えると、大気圏突入後すぐに襲われなかったのは異常だった。この星の設備が老朽化していること、レーダーの照射を受けていなかったことから、傭兵はその時のことをあまり重要視していなかった。
「まさか、光学…目視で見つけたのか?」
「運のいい隊員が偶然、ですが」
「それで部外者が来たことを知ったのか、それからは何を?」
「局長に少々眠ってもらい席を奪い、情報統制と出しゃばった特務部隊を止めるべく動きました。残念ながら時間はかかってしまいましたが、貴方を特務部隊の要排除リストから消してあります」
『確かに偶発的な遭遇はありましたが、あれから付け狙われてはいませんね』
「今は動きが活発化したレジスタンスへの情報収集にかかりきりですから、しばらくは問題ないかと」
彼女がそう言っても、信じるに足る証拠はない。これまでのことを鑑みると噓ではなさそうだが、傭兵はこれで信頼しろと言うには片手落ちだなと心の中でこぼした。
「統治機構を手中におさめた海賊が今どんな状況なのかというと、仲間割れを起こしてしまっています」
「は?」
『ありそうな話ではありますね』
「開拓惑星を占領したはいいものの、金になりませんでした。開発元の国家に身代金を要求するつもりでしたが、既に開発計画が打ち切られていた星だったからです」
「それで?」
「使えそうな宇宙船を奪い、人々を奴隷として売り飛ばし、機材も運び出して次の星に行くつもりでした。しかし付近の星系で戦争が始まったことで、敵基地を捜索していた艦隊と海賊の船団が遭遇してしまい…」
『あー、なんか分かってきましたよ』
「生き残りが這う這うの体でこの星へ逃げ帰り、遅々として進まない船の修理を待っている状況です。無事な船は物資調達に向かいましたが、帰ってくる気配はありません」
なんでこんな星に海賊が居るんだと思っていたが、存外にも運の無い奴らだということが分かった。恐らく物資調達に向かった船も戻ってはこないだろう、大きな失敗により海賊の長が求心力を失い逃げられたのだ。
「で、中央工廠やら中央都市やらの設備がある場所に陣取って、どうにかその失敗を隠しつつ開拓民の反乱を起こさないようにしてるわけか」
「陸上艦による掃討作戦もその一環です。無人機は数で劣る海賊が万が一の時のために用意しようとしていたものですね、結果は交易拠点であの様ですが」
『この情報が本当なら我々にも勝ちの目がありますね、本当なら…ですが』
思っていたよりも、海賊の内情は悲しいことになっているようだ。この星にしがみつかざるを得ない上に、使える戦力も、外に出る船も、何もない。
「これが海賊を頼れなかった理由か、レジスタンスは?」
「反乱対策として焼かれた拠点の生き残りが集まった者達です。彼らは私の言葉を聞く耳など持たず、中央都市を焼けるものなら焼くでしょうから」
「身から出た鯖だな、とんでもない過激派を作りやがって」
「レジスタンスを頼れない理由も、お分かりいただけましたか?」
『どっちつかずの立場で自分の首を締めましたね、ものの見事に』
彼女が傭兵達を頼らざるを得ない理由は分かった、だがまだ聞いていないことがある。何故この星を出たいのか、そして自らが身を置く海賊勢力を壊滅させたいのか、この二つについてだ。
「なるほどな、まだ幾つか聞いても?」
「なんでしょう」
「この星から出たい理由はなんだ。こんな危ない橋を渡らなくとも、宇宙船の修理とやらを待てばいいじゃないか」
「私は置いていかれるからです」
「そうなのか?」
「父は海賊の人間で、母はこの星の開拓民でした。私が産まれることができたのは、ほんの気まぐれだったと…」
「あぁ、そういう身の上ね」
『微妙な立場と身内への恨み、妥当な範囲ですかね』
「…そこまで簡単に片付けられる話では」
「一から十まで話せとは言ってないぜ、それにそんな顔して話されちゃあなぁ?」
『ですね』
彼女のメッキが剥がれたのは、この話を始めた直後だった。今まで見せていた貼り付けたような表情とは違い、隠しきれないほどの憎しみが滲み出ていた。心拍数や体温やその他諸々、この恨みに対してミナミは嘘ではなさそうだと結論付ける。
「…調子、狂いますね」
「目の前にいるのはそういう奴らでね。俺達が欲しい情報を提供してくれるなら、宇宙行きのチケットを用意してやれるぜ?」
『工廠地下の地図と施工時の設計図、各種設備を統括するコントロールセンターのシステム構成と脆弱性、後は戦力配置図です』
「生産設備は壊さないでくれると助かります、この星の生命線ですから」
事前に用意してあったらしく、彼女は机の下から箱型の記憶媒体を二つほど取り出した。そして紙の資料もあり、施工時に残されたものであることが日付の古さから分かる。
「助かるが…地下に行くことを知ってたのか?」
「私から聞いたことだけでは、証拠として使えないですからね。地下のメインフレームからありったけの情報を引き抜くというのは、あり得る策でした」
中々出来るお嬢さんだと彼は思いつつ、貰えるものは貰ったので席を立つ。そして部屋を出る前に立ち止まり、彼女が居る方へ振り返る。
「上手くいったら迎えに来る、敗走するようでは取引相手にならんだろう?」
「ええ、攫いに来てくださいね」
「…ヘリポートにでも立ってろ、迎えに行く」
『合図は送りますねー』
降って湧いた伝手によって、喉から手が出るほど欲しかった地下の情報が手に入った。彼女の語ったことは真意に基づくものなのか、渡された情報は真実なのか、それは分からない。だが表情の裏に燻る怒りを見て、傭兵は信じてみることにしたようだ。