自分にとって、幸せとは何か?
答えは単純、普通の学生として生活を送ることだ。
アイドルの妹を見守り、先輩を応援し、友人と電話し、恋人と楽しく過ごす。
そんな幸せな光景を夢想していた。
しかし、現実はいつだって無情である。
『終わってねぇだろ、何一つ』
まだ彼の復讐は終わっていないと残酷に告げられる。
(違う…そんな筈がない…)
『ちゃんと考えればこの程度の結論にたどり着けた筈だ。なのに…』
儚く消えていった幸せは、もう二度と戻らない。
(嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ…!)
『…忘れろって言うのも無理な話かもしれないが、後の事は全部任せろ』
忘れるわけがない。忘れることは許されない。
(終わった筈なのに…)
『お前はゆっくり休め』
復讐の炎が彼を逃がさないように燃え始める。
(アイの仇は取れた筈なのに…!)
これは過酷な運命に翻弄される星の子の復讐譚──ではなく、地に堕ちかけた星が闇を照らす太陽に出会う物語。
★★★★★★★★
星野アクア──役者やバラエティー番組に出演し、マルチタレントとして活躍する彼には秘密がある。
1つは医者であった前世の記憶を持つ転生者であること。
そしてもう1つが、復讐を果たすため芸能人になったことだ。
彼の母である星野アイを殺した犯人…実行犯は既に自殺してしまったが、彼を裏で操った人物はまだ生きている。
その黒幕の正体が自分の父親であり、芸能関係者である可能性が高いことを突き止めたアクアは、すぐに行動を開始した。
アイの仇を探すために芸能の道を進み、疑わしい人物へ接近し、隙を見てタバコの吸い殻などを拝借して、DNA鑑定を行ってきた。
その結果、判明したのが自分の父親は既に故人であるという、呆気ない結末であった。
そう、アクアの復讐はもう終わったはずだった。
これからは正しい道へと…みんなが歩く明るい道へと彼も歩いて行けるはずであった。
しかし、斎藤壱護──苺プロダクションの元社長に犯人がまだ生きていると告げられたことで、アクアは激しく混乱した。
あれからどうやって歩いてきたか記憶も朧気な状態で偶然見つけた公園のベンチに崩れ落ちるよう腰を落とす。
もう一度斎藤が話した言葉を反芻し理解しようとするが、心が嫌な音を立てて軋み出す。
(やっと普通の幸せを得られるはずだったのに…)
今の自分の心を現すように雨が降ってきた。
しかし今のアクアにとって、雨に体が濡れることなんてどうでもよかった。
耳元で声が聞こえる。
──復讐を。
それは幼い自分の声。アイを目の前で殺され、何もできなかった無力な自分を嘲笑う声。
──報いを。
それは前世の自分の声。人を救う仕事をしていたのに、むざむざと見殺した自分を責める声。
──罰を。
幻聴だ。全て幻聴なのに、聞き逃すことはできない。その声から逃げることは決して許されない。
「──み、大丈夫か?」
「うるさい!!」
幻聴を払いのけようと乱暴に腕を振るったアクアであったが、バシッと何かに当たった感触があった。
「ハッ…ハッ…」
「ごめん、気に障ったのなら謝るよ。でも、こんな雨の中、傘も差さずにいたら風邪を引くと思って…」
「…え」
ハッと意識を現実に戻したアクアの視界に映ったのは、いつの間にか自分の頭上にある傘。
そして、アクアが濡れないよう傘を差してくれているスーツ姿の青年であった。
「あ、貴方は…?」
「あ、まだ名乗っていなかったね。自分は283プロダクションのプロデューサーの○○というんだけど…妹さんから聞いていたりしないかな?」
「283プロ…?妹…?」
(待て、その名前はどこかで聞いたことがあるような…)
「君は、星野アクアくんだよね?」
「どうして、俺の名前を…」
「以前に君の妹のルビーさんがうちの事務所に仮所属したことがあってね。そのときにお兄さんであるアクアくんのことも色々と教えてもらったんだ」
「ルビーが…」
(そうだ、ようやく思い出した。前に苺プロから依頼を出して、ルビーと有馬が数ヶ月間所属していた芸能プロダクション…それが283プロだったはずだ)
ぼんやりと目の前の青年を見つめながら当時のことを思い返すアクア。
そんな彼のことを優しい瞳で見ながら、プロデューサーはおもむろに口を開く。
「何か事情がありそうだけど、まずは落ち着ける場所に移動しよう。ここにずっといると風邪を引くよ」
人間観察が得意なアクアにとってその言葉が善意から来ているのは分かったが、それでもその提案に従う気にはどうしてもなれなかった。
「……いえ、大丈夫です」
「大丈夫って、そんな…」
「だから大丈夫です。自分の事なんか放っておいてください」
「アクアくん…」
今のアクアの頭の中は、耐え難い事実が明らかになったことで激しく混乱している。
何なら、このままずっと雨に濡れていたい気分であった。
「…この雨で頭を冷やしたい気分なんです。だから、僕の事は放っておいてください。心配しなくても、すぐに家には帰りますので」
もちろん最後の言葉は嘘だが、こう言えば目の前の男は自分の事を諦めて帰るだろうとアクアは予想する。
心配そうな顔をしながらも「あまり遅くならないうちに帰るんだよ」と言い残すかもしれない。
もしかしたら1つしかない傘をアクアに貸すほどのお人好しかもしれないが、それでもこれ以上自分には関わってこないだろうと考えていた。
しかし、アクアの予想はいい意味で裏切られた。
「──わかった、それじゃあ君の頭が冷え終わるまで俺も一緒にここにいるよ」
「……はぁ?」
アクアの予想を遥かに越えた発言に、思わず素っ頓狂な声をあげる。
何の冗談かと思ったアクアであったが、信じ難いことに283プロのプロデューサーは、雨に濡れるアクアの横に座り出した。
しかもそのまま傘を閉じて自分も雨に打たれ始めたときは、アクアは自分の目を疑った。
「いや、アンタ何してるの」
思わず年上相手にため口になってしまったが、今のアクアはそこまで気にするほど心に余裕はない。
それよりも、目の前の男がどういうつもりなのか問い質したい気持ちで一杯だった。
「ははっ、ちょうど俺も頭を冷やしたい気分だったんだ。だから俺のことは気にしないでくれ」
(なんだ、こいつ…何が目的なんだ…)
観察眼に長けたアクアから見ても目の前の人物の意図が読み取れない。
純粋に自分のことを心配しているようにしか見えないため、アクアは戸惑いを隠せない。
(…俺が知る情報を加味する限り悪い人ではないはずだ。お人好し…にしても、初対面の相手にここまで親身になるか、普通…?)
目の前のプロデューサーについて色々と考えることが面倒になったアクアは、思わずため息を吐く。
「……はぁ、わかった。今すぐ家に帰る。だからこれ以上アンタまで雨に濡れるのは止めてくれ。アンタが俺のせいで体調壊したらきっと妹に怒られる」
「心配してくれてありがとう。そうだ、濡れたまま帰ると風邪を引いてしまうかもしれない。もしよければ事務所に寄って行かないか?」
(裏は…ないんだろうな、きっと…)
「…はぁ、どうせ断っても面倒なことになるし、大人しくアンタに付いていくことにするよ」
ついに根負けしたアクアは、プロデューサーに連れられて283プロの事務所に移動するのであった。
★★★★★☆★☆
283プロダクション。
その芸能事務所について、アクアは他の人より詳しい自負があった。
妹であるルビーが283プロに仮所属することが決まった頃、念のため相手の情報を探り、怪しい所がないかを調べたからである。
アクアの調べた限り、283プロは白。
アイを殺した黒幕がその事務所にいる可能性は限りなくゼロであり、またこの時代に珍しいアットホームな事務所であることがわかった。
唯一気になるとしたら、社長である天井努が過去に問題を起こしたという噂を耳にしたことくらいか。
問題といっても、何か犯罪を犯したわけではない。
当時最も人気があったアイドルが何の説明もなく引退し、芸能界を混乱させたのだが、そのときのプロデューサーが彼であったというだけだ。
どうやら天井という人物は強引なプロデュース方針をとっていたようだが、その才覚は本物なため、彼の指導を受けたアイドルは有名になっていった。
もっとも、そのアイドルは自分の意思を無視したプロデュース方針についていけずに引退したのではないかと噂になっていた。
しかし、アクアが調べた限りでは現在の283プロの方針は昔と180度異なるようであった。
曰く、アイドルの意思を何より大切にしている。
曰く、アイドル同士の仲がとても良い。
曰く、プロデューサーとアイドルの信頼関係が深い。
実際に283プロに所属したことのあるルビーに聞いてみたら「とにかくアットホームな事務所だった!」と言葉が返ってきた。
そこに所属するプロデューサーについても調べてみたが、全くと言っていいほど悪い噂は聞かなかった。
仕事が真面目、若いのによく動けている、爽やかでありながら心は熱血など称賛の評価が多い。
中には否定的な評価もあったが、その内容がプロデューサーなのに商品であるアイドルに肩入れしすぎているなどで、業界人的には失格だろうが、人間としては好印象を覚えた。
『283プロのプロデューサーさんね、めちゃくちゃいい人で驚いた!』
妹のルビーにプロデューサーと上手くやれているか尋ねた際に、彼女はそう答えた。
『まぁ私がレッスンしようとするとやり過ぎだと言って止めてくるのは少しウザく感じていたんだけど…』
『おい、本人の前でウザイって絶対に言うなよ。こっちが頼んでいる側なんだからな』
『え、この前普通に言っちゃったけど』
『いやルビー、お前な…』
『大丈夫、このウザイはいい意味だから。それにね、プロデューサーが何度も私に休むよう言ってくる理由も最近になってわかってきたし』
『理由なんて、他から預かっているアイドルが怪我をしたら管理不行き届きで問題になるからだろ?』
『ぶぶー、不正解ですー』
『あっそ。それで、答えは?』
そのとき、ルビーは何と言ったのだろうか。
…思考が霧がかり、思い出せない。
「アクアくん、もしよかったらコーヒーでもどうかな?」
突然聞こえてきた声に、アクアの意識は現実に戻される。
彼が今いる場所は283プロの事務所の一室だ。
あの後、事務所に案内されたアクアは、プロデューサーにタオルと着替え一式を渡され、水滴を拭き取って新しい服…おそらく練習用のジャージに袖を通した。
アクアが着替え終わってしばらくして、湯気が立つコーヒーが入ったマグカップを2つ手に持つ青年が姿を見せたところであった。
「…いただきます」
「どうぞ。俺が淹れたものだけど、味は悪くないと思うよ」
一口飲んでみると、口のなかにコーヒーの苦さが広がったが、落ち着く味であった。
何より冷えた身体にコーヒーの温かさはありがたかった。
「…美味しい」
「口に合ったようでよかった。それじゃあ、俺も飲ませてもらうよ」
「…どうして、見ず知らずの自分をこんなに気をかけるんですか?」
断りを入れてコーヒーを口にする青年に、アクアは事務所に入ってからずっと抱いていた疑問をぶつけてみた。
アクアの質問を聞いて、プロデューサーは不思議そうな表情を浮かべる。
「見ず知らず?…あぁそうか、君とは初対面だったね。すまない、ルビーさんが283プロに所属していた頃、彼女から兄である君の話をよく聞いていたんだ。だからどうしても初対面だとは思えなかったんだよ」
「ルビーが…」
「うん、よくアクアくんのことを楽しそうに話してくれていたよ。…だから凄く驚いた、雨の中傘も差さずにベンチに座って濡れている君の姿を見たときは」
「……」
何も答えないアクアに、プロデューサーは真剣な眼差しで言葉を続ける。
「もし良ければ、何があったか話してくれないか?俺にできることがあれば、君の力になりたい」
「……ふん」
その言葉を聞いて、ただでさえ限界であったアクアの心は決壊した。
ドロドロとした感情が一気に溢れ、抑えが利かなくなる。
「そんなに知りたいのなら話してもいい。だけど、後悔しても知らないから」
丁寧であった口調は変わり、瞳には黒い星の幻が映る。
尋常ではないアクアの様子に、プロデューサーは動揺することなく頷く。
「わかった。決して後悔しないことを誓うよ」
そしてアクアは語り始める。
アクアの母親はトップアイドルであった星野アイであったこと。
その彼女は十数年前に、アクアの目の前で殺されたこと。
その殺人を自分の父親が仕組んだ可能性が高いこと。
それに気付いたアクアは、仇である父を探すために芸能界に足を踏み入れたこと。
十年以上の執念でようやく父親の手掛かりを掴んだが、その人物は既に亡くなっていたこと。
しかし、亡くなった人物が実の父親ではなかったこと。
まだアイを殺した仇が生きており、アクアの復讐は終わっていなかったこと。
前世の記憶を持っていること以外は全て目の前の青年にぶちまけた。
いつものアクアであったら、決して秘密を暴露することはなかっただろう。
しかし、今のアクアの精神状態は普通ではなかった。
自罰的になっており、破滅願望すら生まれていた。
全てを聞き終えれば、どれほど善人な人物でも自分の事を失望するはずだ。
それは283プロのプロデューサーだって、例外ではない。
そんなことを考えながら、遂にアクアの話は終幕に近づく。
「はは、本当に滑稽だよな。復讐を誓ったはずなのに、仇がもういないと知って、真っ当な道に戻ろうとした。でも、すぐに仇がまだ生きているとわかって俺は絶望した。アイを殺した犯人がまだ捕まっていないことに絶望したわけじゃない。自分が幸せになれる道が消えたことに絶望したんだ。アイのことより、自分のことを優先したことが何よりも許せなかった……俺は最低な人間だよ、本当に」
口元を歪めて笑うアクアをじっと見つめていたプロデューサーは、数秒の沈黙を経て口を開く。
「………違う。君は最低なんかじゃない」
「ハッ、気休めの言葉なんかいらな…って、アンタ…まさか泣いているのか?」
話すの夢中になっていたアクアは、ようやく目の前の青年が静かに涙を流していることに気付いた。
(どうしてだ…どうして、コイツは泣いている…?哀れみか、それとも演技…?)
予想していなかった青年の反応に、アクアの思考に空白が生じる。
「ごめん、急に泣いてしまって…アクアくんの方がよっぽど辛かったのに」
「何を言って…」
「母親のために今日まで戦ってきたんだよね。周りを巻き込まないよう誰にも頼らず、全て君1人で抱え込んで」
「知ったような口を利くなッ!アンタに…今日会ったばかりのアンタに何がわかるんだよ…っ!」
「…すまない、確かにアクアくんの気持ちを完全に理解することは難しい。だけど、俺が想像しているよりも辛くて大変な思いをしてきたのは分かる」
「ハッ、じゃあその涙は俺の境遇に同情して流したのか」
「同情…なのかな?今のアクアくんを見ていると、この胸が張り裂けそうに痛いんだ。だけど無関係な俺なんかよりも、君の方が遥かに痛い思いをしている…そう考えたら涙が抑えられくなってしまったんだ」
演技ではない。
目の前の青年は本心から涙を流し、自分のことのように心を痛めている。
その光景にアクアの理解が追い付かない。
「…アンタは、何で俺なんかのために涙を流しているんだよ」
「上手く言葉にするのは難しいけど…アクアくんにはこれ以上苦しんでほしくないと思っているからかな」
「…口では何とも言えるからいいよな」
アクアは憎まれ口をたたく。まるで自分のことを嫌ってくれて言わないばかりに。
これ以上目の前の男と話してしまうと、また希望を抱いてしまいそうで怖かったのだ。
「すまない……なぁアクアくん、復讐するのはもう止めにしないか?」
提案されたのは一度はアクアが夢見た平和な未来…だが、その道を進むことはもう許されない。
「復讐を止める…?そんなの、無理に決まっているだろう…!これは俺がやらなくちゃいけないことなんだッ!俺がっ、息子である俺がッ!アイの仇をとるためにも…クソッタレな父親を探し出して復讐しなくちゃいけないんだ…ッ!!」
「…それは違うよ、その理屈は間違っている。君自身が復讐をしなければいけない理由はどこにもないはずだ」
内に秘めていた感情が爆発したアクア。
そんな彼を落ち着かせるようとプロデューサーは言葉を重ねるが、その効果は薄い。
「理由がない…?本気で言ってるのか、アンタ。アイの息子である俺がやらないで、一体誰が復讐をするんだよ…ッ!」
「…本当にアクアくんが復讐をするべきなのかな」
「はぁ…?何を言って…」
復讐以外に道はないと強く思っているアクアに対して、プロデューサーは諦めずに言葉を続ける。
「もちろん、復讐は何も生まないなんて綺麗事を言うつもりはないよ。だけど、少なくとも君には復讐は向いてないと思う」
「復讐が、向いていない…?何を馬鹿なことを言って…」
「こうして話しているだけでもアクアくんが優しい人間なのは伝わってくる。だからこそ、君には復讐は無理だ。このままだとアクアくんの心が壊れてしまう」
「ハッ、俺の心が壊れるだけでアイの無念を晴らせるなら安いものじゃないか」
「そんな…そんな悲しいことを言わないでくれ」
どこまでも彼のことを心配する目の前の青年と会話を続けていく内に、アクアの気持ちに変化が生まれてくる。
「……」
押し黙るアクアを優しい目で見つめながら、プロデューサーは言葉を続けていく。
「アクアくんはそれでいいかも知れないけど、君の家族や友人のことはどうするつもりか聞いてもいいかな?」
「どうするつもりって…家族や友人は関係ないだろ」
「いいや、そんなことはない。身体も心もボロボロになった君を見れば、その人たちは凄く心配するはずだ。違うかい?」
アクアはその言葉を安易に否定することをできなかった。
だから、用意していた別の答えを口にする。
「…そうなる前に、親しい人たちとは距離を置くつもりだから問題ない」
「それが何の解決にもなっていないことには、アクアくんも気付いているんだろう?」
(わかってる…そんなことはわかってるんだよ…!)
少しずつ、アクアの思考にノイズが生じる。
捨てたはずの希望が戻ってくるかもしれない。
そんな甘い考えが脳裏をよぎる。
(クソ、俺は…俺は…ッ!)
アクアは激しく頭を振り乱し、胸の内に渦巻く思いをプロデューサーにぶつける。
「じゃあ、一体どうすればいいんだよ…!俺の今までの人生が間違っていたと言うのか!?」
「アクアくんは1人で背負い込み過ぎだよ…後は警察に任せよう。きっと彼らなら犯人を捕まえてこの国の法律で裁いてくれる。これが一番の復讐だと思う」
確かにその方法ならアクアが手を汚す必要はない。
しかし、それでは駄目なのだ。
「甘すぎる…黒幕はアイを直接殺したわけじゃない。捕まってもそんな大した罪にはならないはずだ」
「いいや、それは分からない。犯人は他にも罪を置かしているかもしれない…それを明らかにするためにも、やはり警察を頼るべきだ」
プロデューサーの言葉は一理あるかもしれない。
でも、最も自分が傷つかないその方法を、アクア自身が選ぶことを許せない。
「…俺は復讐するために芸能界に飛び込んだ。純粋にアイドルになるために芸能界に入ったルビーとは違う。そんな俺が今になって復讐を諦めて、自分だけが平和な生活に戻る?流石に都合が良すぎるだろ」
「……」
「身も心も汚れている俺が、今更真っ当な人生を送れると本気で思っているのか?」
「──うん、思っているよ」
即答。その声には一点の曇りは見られない。
少しは回答を躊躇うかと思っていたアクアは、面食らった表情を浮かべる。
「今日初めて会った人間が何を言っても、今のアクアくんには信じられないかもしれない。それでも、君が平和な生活に戻りたいのなら、俺は全力で支えたいと思っているんだ」
アクアを見つめる彼の瞳はあまりにも真っ直ぐで、とても眩しく感じた。
(──あぁ、まるで太陽みたいな男だ)
太陽。
それは星の1つでありながら、地球を照らす偉大な存在。
復讐のために生きてきたアクアは暗闇を好み、光に近付くことを嫌う。
しかし今、例え身体が焼かれようとも太陽に手を伸ばしてみたい衝動に駆られた。
「…ふっ、まるで子どもみたいだな」
「えっ?」
そんな子ども染みたことを考えていたら、アクアの視界がクリアになってくる。
混乱していた思考はようやくいつもの冷静さを取り戻し、荒れ狂っていた感情は凪のように穏やかになる。
「何でもありません………それと、警察に頼るかを含め、今後についてよく検討してみることにします」
「ほ、本当か…!」
「喜んでいるところ申し訳ありませんが、あくまで検討するだけです。完全に復讐を諦めたわけではありませんよ」
安心した表情を浮かべるプロデューサーに釘を刺すアクアであったが、その表情は最初よりも柔らかい。
そんなアクアの変化に気が付いたプロデューサーは、優しく微笑みながら言葉を口にする。
「そうか…いや、そうだよな。十年以上考えてきた復讐をいきなり止めるの難しいもんな。うん、ゆっくり考えてくれて大丈夫だよ」
「そうさせていただきます」
「1人で考えて悩んだときは、いつでも連絡してくれて大丈夫だからな。…これが俺の連絡先だ」
そう言って、電話番号が書かれた名刺をアクアに渡す。
「…どうせ要らないと言っても貴方なら無理矢理渡しそうですし、大人しくいただくことにします」
「ははっ、助かるよ」
「…それと年下なのに途中から敬語も使わず、失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした」
今までの非礼を謝罪するアクアであったが、プロデューサーは一切気にした様子を見せずに言葉を返す。
「ん、俺は全然気にしていないし、もしよければアクアくんが話しやすい方でいいよ。ルビーさんみたいにフランクな口調でも一向に構わないから」
「はぁ…アンタ、流石に人が良すぎだろう。気を遣いすぎて担当アイドルにウザがられても知らないぞ」
「そ、そうならないよう気を付けるよ」
アクアの指摘に心当たりがあったのか、プロデューサーは苦笑いで答えるのであった。
★☆★☆★☆★☆
出会いがあれば、当然別れがある。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ」
雨が降り止んだのに気付いたアクアはそう切り出した。
「わかった。それじゃあ家まで送っていくよ」
「いいよ、別に」
「でも…」
「大丈夫。ちゃんと真っ直ぐ帰るから」
事務所に来たときとは別人の顔付きであるアクアを見て、プロデューサーは言葉を変える。
「…そうか、じゃあせめて玄関まで見送らせてくれ」
まだ濡れている服をもらった袋に詰め、プロデューサーと共に玄関へと移動する。
その途中、アクアはふと気になった疑問を青年へと問い掛ける。
「なぁ、もし俺がさっきの言葉を無視して自分の力だけで復讐を果たしたら、アンタはどうするつもりだ?」
「うーん……そのときはアクアくんが復讐する前に何とかして止めるよう努力するよ」
「いや、復讐を果たしたらって言っているだろう……まぁアンタには義理があるし、行動に移す前には連絡するよ」
「っ!ほ、本当か?」
「ただし場合によっては、いくらアンタが止めても自分の手で復讐を果たすつもりだ」
「そのときはアクアくんを全力で説得するよ。例え君に嫌われたとしても」
両者の視線が交差する。
「ふふ…」
「ははっ…」
十秒ほど黙って見つめ合ったアクアとプロデューサーは、どちらからともなく笑い合った。
玄関に着き、事務所から出ると太陽が眩しく輝いていた。
アクアはそんな太陽に手を伸ばし、掴もうとする。
「アクアくん、どうかした?」
「…いいや、何でもない。それじゃあ世話になったな」
「うん、もし近くに来たらぜひ事務所に寄って行ってくれ。美味しいお菓子も用意しておくよ」
「…考えておく」
最後にそう言い残すと、アクアはプロデューサーから背を向けて歩き出す。
アクアは足を進めながら、今の自分の心理状態について冷静に分析していく。
復讐心が消えたわけではない。
かといって、復讐心が激しく再燃しているわけでもない。
今まで経験したことのない不思議な感情がアクアの中に生まれていた。
(283プロのプロデューサー…今まで出会ってきたどの業界人とも違っていた。彼が苺プロに所属してたら過去は変わっていたのだろうか…)
彼が最初から苺プロにいたら、アクアは復讐に人生を懸けることはなかったのかもしれない。
だけど、過去は変えられない。
変えることができるのは未来のみ。
(…くだらない仮定だ。今更復讐は止められない……止められないけど、プランを変更する必要は出てきたかもな)
新しい復讐計画を練り直すアクアのことを、太陽は何も言わずにただ照らし続けるのであった。
おまけ 人物紹介
【推しの子陣営】
星野
今回、アイの仇が生きていることが突如判明し、心がぐちゃぐちゃなときに偶然シャニPに出会った。当初は彼のことを警戒していたが、純粋にアクアのことを心配しているだけだとわかった後は、徐々に心を開いていった。
自己を省みない復讐方法はシャニPの言葉により一旦諦めた。しかし完全に復讐を諦めたわけではなく、自分と周囲の被害が少ない復讐プランについて検討している。
星野瑠美衣(通称ルビー)…アクアの双子の妹で、彼と同じように前世の記憶を持っている。前世からアイを強く推しており、母になった彼女の助言でアイドルになることを決意した。
苺プロからの依頼で283プロに一時的に所属し、W.I.N.G.という新人アイドルの大会で見事優勝を果たした。プロデュース当初はシャニPの過保護っぷりを鬱陶しく思ったこともあったが、彼が自分のことを商品としてではなく、1人の人間として真剣に見てくれていることを知り、徐々に信頼関係を深めていった。プロデューサーガチャでSSR引いた幸運の持ち主。
星野アイ…伝説のトップアイドル。アクアとルビーの母親。彼女の才能は子どもたちに遺伝している。ちなみに、ルビーなら彼女を超えるアイドルになれるとシャニPは思っている。
斎藤壱護…苺プロダクションの元社長。アイが亡くなってから行方を晦ましていたが、独自に彼女を殺した黒幕を探っていた。冒頭でアクアに残酷な事実を告げた人物。アクアの取り乱した姿を見て、子どもに言うべきではなかったと後悔した。
有馬かな…元・天才子役。本来なら雨に濡れたアクアに傘を差すのは彼女であったが、ニアピンの差でシャニPに負けた。でも、今回に関しては負けてよかったのかもしれない。ルビーと共に新生B小町のアイドルとして活躍している。
少し前に、ルビーと並行してかなもシャニPのプロデュースのもとW.I.N.G.に挑戦した。たまにキザなプロデューサーだと思うときもあったが、関係性は良好。天才子役の看板に惑わされず、アイドルである有馬かなのことをしっかり見て、プロデュースしてくれた。プロデューサーガチャでSSR引いた幸運の持ち主その2。
MEMちょ…人気ユーチューバー。じゅうはっさい。アクアに誘われ、夢であった新生B小町のアイドルの一員になる。ルビーとかながシャニPと共に挑戦したW.I.N.G.に彼女だけが出場できなかったのは年齢制限に引っ掛かってしまったという噂もある。
黒川あかね…努力家な女優。有名な劇団のエースだが、まだまだ精神が脆い所もある。283プロのメンタルつよつよアイドルを観察したらいいかも。
【シャニマス陣営】
プロデューサー(通称シャニP)…ミスター好青年。283プロ唯一のプロデューサー。20人以上のアイドルをプロデュースしてただでさえ過労疑惑があるのに、新たにルビーとかなの2人をプロデュースしたことで過労が確定した。
自分のことよりも他人を気遣う優しい心を持っているため、雨に濡れるアクアのことを放っておけなかった。余談だが、警戒心バリバリなアクアの姿がノクチルのあるメンバーの姿に重なってしまったようである。
今回、アクアの復讐を止めさせるという真っ当でありながら最も困難な道を選択した。彼の願いはただ1つ、アクアと彼の大切な人たちが明るい未来を過ごしてほしいだけだ。そのために自分が恨まれることになっても、アクアの復讐を止めようと説得を続けていく。
樋口円香…幼馴染4人とノクチルというユニットを組んでいる。クールで警戒心が高い性格はアクアと似ているかも。シャニPにスカウトされてアイドルになったが、たまに感情がぐちゃぐちゃになるときがある。
浅倉透…独特な考え方とトップクラスのビジュアルを持っている。いつもクールな円香の感情を狂わす元凶その1。ちなみに元凶その2はもちろんシャニP。
市川雛菜…自分のしあわせを大切にしていて、かなり自由奔放。メンタルの強さはトップクラスなため、ぜひあかねに見習わせたい。
福丸小糸…かわいい。
天井努…283プロの社長。とてもダンディな声をしている。283プロにある因縁の大半は社長のせい。何ならシャニマスは天井努が始めた物語でもある。
アクア調べでは、過去に彼が担当していたアイドルが突然引退してしまったようだ。最近、そのアイドルの娘が283プロに電撃移籍したため、結構話題になったりした。
斑鳩ルカ…天井が担当していたアイドルの娘。母親をとても慕っている優しい子。天井のことは敵視しているが、283プロ移籍後は不明。アクアほどではないが、過酷な人生を歩んでいる。早く救われてほしい。
シャニマス×推しの子コラボを記念して短編を書いてみました。
読んだ感想や評価をしてくださると今後の参考になるのでありがたいです。