太陽のような青年と星の子が出会ってから1週間後。
アクアは再び283プロの事務所に訪れていた。
(借りてたジャージ、返しに来たけど連絡入れておいた方がよかったかもな)
事務所のドアの前に立ってから、プロデューサーが不在かもしれないことに思い至ったアクア。
(…まぁプロデューサーに会ったらウザいくらい心配されそうだし、今回は会わない方がいいか)
頭ではプロデューサーのことを邪険に考えながらも、アクアの顔には確かな笑みが浮かんでいた。
(事務員に事情を話して渡せばいいか…)
まさか先週あったこと全てを他人に説明するわけにはいかない。
通り雨に濡れた自分を心配して、偶然出会ったプロデューサーがタオルとジャージを貸してくれたという一部分を切り取って説明すれば大丈夫だろうとアクアは考えを組み立てる。
(ずっとここに立ってても不審者扱いされてしまうし、インターホンを押すとするか…)
「あの…283プロに何かご用でしょうか?」
「!」
後ろから声を掛けられたアクアは、パッと顔を背後に向ける。
彼の視界に映ったのは、淡いピンクの髪の女の子であった。
「す、すみません…いきなり声をかけてしまって。その、ちょうど私も事務所に入ろうと思っていて…」
「いえ、自分こそすみません、入り口を塞いでしまっていて。実はこちらの事務所にお返しいたいものがありまして、ちょうどインターホンを押そうと思っていたところです」
アクアはそう説明しながら、目の前の少女を観察する。
(この子は確か…283プロ所属のアイドルの櫻木真乃。今まで一緒に仕事は出演したことないけど、間違いないく今売れているアイドルの1人だ)
「あ、そうだったんですね。えっと…星野アクアさんですよね、苺プロダクションの」
「えぇ、そうですけどよくご存知ですね」
「えっと、ルビーちゃんとは何度か話したことがあったので…」
「あぁ、ルビーが…」
「近くで見てアクアさんだと気づいたので、思い切って声をかけさせていただいたんですけど、ちょうどタイミングが悪かったみたいですね」
「そんなことないですよ、むしろ事務所の方に声を掛けていただいてちょうどよかったです」
「ほわっ、そうだったんですね。あの、私でよければ力になります!」
そう言ってほほ笑む真乃。
そんなほんわかした彼女の姿に、アクアの心はぐらっとする。
(ヤバい、癒し系アイドルとは聞いていたけど、どうせそういうキャラ作りだと思っていた。だけどこれは…紛れもなく本物だ)
真乃と同じ空間にいるだけで幸せな気持ちになっていくという不思議現象。
ここのプロデューサーだけが特別だと思っていたが、そんなことはない。
彼が担当するアイドルもまた特別であってもおかしくはないことにアクアは気付いた。
「真乃、玄関で誰かと話しているようだけど、プロデューサーが帰ってき…ってあれ!?」
「あ、灯織ちゃん!」
突如、玄関の奥から女性の声が聞こえると、ゆっくりドアが開いていく。
そして現れた黒髪の女の子は、アクアの顔を見ると驚いた表情で固まってしまった。
(今呼ばれた名前と外見の特徴から考えて、彼女が風野灯織だろう。バラエティー番組だけでなく、ドラマにもよく出演しているアイドルだ。性格は確か、櫻木さんとは真逆だったか?)
クール系アイドルで真面目な性格をしていると聞いていたが、今まで共演してことはなかったのでその情報がどこまで正しいかはわからない。
真乃の件があるため、実は不良だということはないと思うが、もし真面目な性格だとしたら自分とは合わないだろうなとアクアは考える。
「え、えっ…?真乃、こちらの方は?」
「星野アクアさん…ルビーさんのお兄さんだよ、灯織ちゃん」
「ル、ルビーさんの…!す、すみませんアクアさん、突然変な反応をしてしまって…!」
アワアワと慌てる灯織に、アクアは首を横に振って答える。
「いえ、特に問題ありませんし、大丈夫ですよ」
「真乃と誰かが会話している声が扉越しに聞こえたので、もしかしたら真乃がプロデューサーと一緒に帰ってきたのだと勘違いしてしまって…!」
「えっと、だから自分は気にしていないので…」
「あ、自己紹介がまだでしたね!私は風野灯織と言いまして、イルミネーションスターズというユニットに所属するアイドルで──」
(ヤバい、真面目系アイドルとは聞いていたけど、ここまでだとは思っていなかった。いい子なのは間違いないけど、明らかに空回りしている…)
「アクアさんは演者としても活躍しているようで…もしよろしければ演じる上でのコツについて教えてもらいたくて…」
(何でいきなり質問された?いや、風野さんの反応を見るに俺と会話をしようと頑張っているからこそ質問したのか)
真面目…というよりは不器用という言葉が似合う灯織の一面を見て、自分もそこまで人とコミュニケーションをとることが得意ではないアクアは逆に好感触を抱く。
「灯織~、玄関でずっと何やってるの~?」
「あ、めぐる」
「めぐるちゃん!」
「あ、真乃も来てたんだ!それと君は…どこかで見たことある顔だね!」
灯織同様、事務所の中からアメリカと日本のハーフだと思われる金髪な女の子が姿を現した。
(彼女は八宮めぐるか。イルミネーションスターズの最後の1人、天真爛漫でその明るい性格は多くのファンを魅了し、幅広い仕事で活躍しているアイドル…だったか)
もっとも天真爛漫を謳っているアイドルの多くはやらせ気味であり、本人も自分を売るために必要以上に明るく振る舞っている場合がほとんどだ。
しかし、目の前の少女を観察する限り、明るく演じている気配は感じられなかった。
(まぁあのプロデューサーが担当しているんだから、無理矢理キャラを作っているわけがないか)
「挨拶が遅れてすみません、自分は苺プロダクションの星野アクアと言って、先日までこちらの事務所でお世話になっていたルビーの兄です」
「えぇ、君ルビーのお兄ちゃんなんだ!それじゃあ私たち同い年だよね?もしよかったら、もっと気軽に話してもいいかな?」
「もちろん、八宮さんさえよければ大丈夫だよ」
「本当!よかったぁ…それと、私のことはめぐるって名前で呼んでくれていいよ!」
(ヤバい、溌剌系アイドルとは聞いていたけど、あまりに眩しすぎる。あのプロデューサーが担当するだけあって、彼女も太陽みたいな輝きを持っているな…)
まだ事務所にすら入れていないアクアであったが、既にその心は満腹に近かった。
果たして、アクアは無事に借りていたジャージを返すことができるのだろうか?
A.できません。
【追記】
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
短編のため、アクアとシャニP(with283アイドル)の物語はひとまずここで終わりになります。
評価や感想してくれると大変嬉しいです。また、続きを期待する方が多いようなら、いずれまた書くかもしれません。
それではまた、どこかでお会いしましょう。