ハベにゃんにウェディングドレス着てもらって結婚式するだけ。

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生まれたばかりの夏の夢

 頬杖を突きながら苦言を呈する視界の端に、はらりとしたヴェールが新雪のように舞っていた。

 

「つまりさ、ボクは花嫁が世界一大好きな妖精なわけだけど、自分がそうなるってのは解釈違いなわけなんだわ! ……と、ボクはマスターであるキミに訴えてみたわけだけど、ちゃんと聞いてる? ねえねえ、まーすーたー」

 

「うん、聞いてるよ。結婚しよう、ハベトロット」

 

「はい、やっぱり聞いてないなー? これじゃあまるでループものだ! マシュ、この狂化EXのバーサーカーをブラックバレルでひと思いにやっておくれ~!」

 

 口に手を当て拡声器代わりに大声を出し、ウキウキと催しの準備を推し進めていたマシュがハベトロットの小さな咆哮に気付く。

 

「はい、お二人の仲については祝福すべきことであると、私自身も常々感じています。マスターとハベにゃんさん……いささか体格差や種族差などはありますが……いえ! マスターは多少の差異などものともしない包容力のある方ですから、目下の問題はすでに排除されていると思われます!」

 

「にゃー!? マシュも手遅れなのかよ、裏切り者ぉ!」

 

「裏切り者? ……私はお似合いだと確信しています。ほら、なんだかフォウさんもご機嫌ですし」

 

「フォーウ!(特別意訳:そろそろ素直になったほうが良いんじゃない?)」

 

「カルデアは話の通じないヤツしか居ないのかよ!? 召喚されるんじゃなかった……は言い過ぎだけど、それ以上にやべーとこなんだわ!」

 

 本気で首を傾げるデミ・サーヴァントの目には、彼女の目にも眩しく映る無垢な花嫁姿の可愛らしい怒り顔と、その左手の薬指に嵌められた小さな銀色のバディ・リングが輝いていた。

 

「マスター、ほんとにボクでいいっての?」

 

「うん。オレは本気だよ」

 

「……ん? ……あ、あー! いや、そういう意味じゃなくってさ!?」

 

 マイルームの机に立って抗議していたハベトロットが唸りだし、立香はそれを愛おしそうに眺めている。その視線が満更でもないことこそが、ハベトロットにとって最大の悩みの種なのだ。

 

「まさか『最高の花嫁衣装』の依頼が、自分のものだって思わないだろ? たしかに要求するサイズが小さいなーとか、どう見てもボクと同じサイズだなーとかは思ったけど! そのほうが採寸前にデザインイメージ固めやすいなーとか納得させて、ミス・クレーンの全然こらえきれてないホクホク顔をスルーしてたときの僕の気持ちがわかんのかよってハナシ!」

 

『このようなデザインは如何ですか?』

『ああ、よくお似合い────いえ、なんでもブ─ふっ、ハァ、ハァ───』

『────ッ、スゥ────』

『いえ、何でもありませんとも。最高の花嫁衣装を縫製いたしましょう。不肖の機織りめは糸紡ぎ妖精の美技に酔いしれておきますとも……』

 

 いまでも鮮明に思い出せるあの鶴女の百面相と言ったら。

 ハベトロットはなぜか自分が採寸される奇妙に目を瞑り、結局流されてここまで来てしまったことは事実である。

 

 製作総指揮:ハベトロット(疑念マシマシ)。

 デザイン協力:ミス・クレーン(超やる気)。

 依頼者(匿名):マスター・藤丸立香(バレバレ)。

 

 もう、その時点でハベトロットの推論は立っていた。あのカルデア経営顧問の名探偵ではあらずとも、たった一つの真実はこのなまくらな妖精眼でもマスターの打算なき瞳を覗くまでもなく、すぐに見抜けてしまっていたのだから。

 

「はぁ……わかったわかった、降参だよマスター」

 

「わかってくれた?」

 

「降参だぜって聞こえなかったの? 耳かっぽじってあげようか、この針で」

 

「そうだね! じゃあ、聞き方を変えようか」

 

 ハベトロットの軽口をものともしない藤丸立香は、彼の人差し指にも満たないハベトロットの小さな手を取り、微笑んだ。

 

「君のまっすぐな瞳が好きだ。打算のない無償の愛がいとおしい。たとえ妖精と人間が相容れなくても、オレがキミと歩めるのなら、どんな結末でも構わない」

 

 ────オレと、結婚してください。

 

 ハベトロットはそのすべてを聞いたのち────彼に渾身の頭突きをお見舞いした。ひりひりとわずかに赤い彼の額と、ジンジンと痛む彼女の頭頂。

 それは一つの訂正のために行われた儀礼であり、ハベトロットはそっぽを向いて、逡巡の後、決意したように藤丸立香と目を合わせた。

 

「マスター……ボクはハッピーエンドしか許さない派なんだわ。そこんとこ、ヨロシクな?」

 

 得意げなしたり顔でそう返す彼女に、彼は一本取られたなと額をさする。

 

「オレとキミだけの最高の結末(ハッピーエンド)を」

「それならボクは文句なしだわ!」

 

 身長が違う。

 性別が違う。

 種族が違う。

 思想が違う。

 

 あらゆるものが違う二人は、しかしてこの日、永遠の契りを交わす。

 

 

 ゴーン、ゴーン、と鐘が鳴る。

 新カルデアベース・ストーム・ボーダー甲板にて、二人の男女の祝福のためだけに、そのささやかながら豪華な式典は開催された。

 

 参列したのはカルデアスタッフに加え、(清姫を筆頭とするカルデアゲリラと化した一部過激派を除く)この式典の主役である男の召喚に応じた、人理に名だたる英霊(サーヴァント)たち。

 

 ある者は純粋に言祝ぎ、ある者は首を傾げ、ある者は経緯を考察し、ある者は顛末を懐疑した。

 だが、彼らは男と女を祝福するために参列していた。そこに大なり小なりの程度の違いはあれど、皆それだけは同じ想いを共有していた。

 

 カルデアの夢を紡ぐ聖火がウェディングケーキの上で揺れる。食べきれるか怪しい量のうず高い空想樹も、いずれは何者かによって伐採されることだろう。

 

 ある者の帽子から飛び出した鳩が羽ばたき、ある者の奏でる麗しきメロディに時折現れる下品な旋律を、別のある者が即座に調整した。

 電報を直流で打ち込むか交流で打ち込むかと不毛な議論をしていたある者たちが何者かに諌められながら、粛々と式は進められる。

 

「汝、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、彼女を愛すると誓うや、否や?」

「はい、誓います」

 

「……以下同文だ」

「ボクの扱い悪くない!? 今どき流行らないぞ、妖精サベツだー!」

 

「────誓うか?」

「っ……そりゃ、誓うに決まってる! こっちゃあ覚悟決めてんだわ!」

 

「そうか。────では、」

 

 ────ここに誓いは成立した。

 K・ウェディングと名乗る完全に正体不明の神父の前ではあったが、二人はどうにか誓いの言葉に同意した。

 

「それでは、誓いの口づけを」

 

 警護の網をくぐり抜けつつある少女の群れが、魔性を斬る炎剣と竜殺しの魔剣の両翼によって阻まれながら。

 その永遠を誓いあった白い花婿と小さな花嫁────藤丸立香とハベトロットは、彼が目を閉じた後、ふよふよと頬をりんごのように赤く染めながらも浮遊して愛する彼の顔に自身の顔を近づけ、(どアップだ)、と場違いで俯瞰的な思考を振り払い。

 

「ボク──わたしだって、本当は自分で花嫁にだってなってみたかったんだ──絶対……絶対ぜったい幸せにしろよな、花婿やい!」

 

 まるで抱擁するように彼の頬に手を当てて、彼女は初めてのキスをした。

 

 

「まさかケーキ入刀が乱入した清姫たちを止めようとしたジークフリートの凄まじい一閃で決まるとはね……」

 

「今だけは妻として謝罪しておくわ。男として最低でしょう、彼?」

 

「まーた惚気(のろ)けてるよ、クリームヒルトさん」

 

「まさか! そんな筈あるものですか」

 

 クリームヒルトは目を見開いて怒りをあらわにしかけ、契りを結ぶ祝いの場であることを思い出して自身に渦巻く狂奔を抑え留めた。

 

 ハベトロットは誓いのキスの後に縁ある者たちへ胴上げの嵐でもみくちゃにされ、俵藤太の大奮発した無尽ライスシャワー砲の餌食となったためにあえなくダウン。

 

 ファーストバイトもお預けをくらった藤丸立香は、解除不可の特殊ガッツで踏みとどまったカルデアゲリラ組の立香・ファーストバイト七番勝負から逃れ、現在は既婚のサーヴァントたちから実に多角的なアドバイスを受けていた。

 

 曰く、結婚した後の方が大変。

 曰く、家庭を顧みるべし。

 曰く、慎み深く尊敬しあうこと。

 

 様々な家庭論が繰り広げられる中、立香は真摯にそのすべてを吸収していた。

 その腕の中に収まる、いまだグロッキーな新婦のために。

 

「あのさ、マリッジブルーって知ってるかい?」

 

「知ってるけど、たぶん今の状況には合わないんじゃない?」

 

「悔しいけど同感だ~……」

 

 やいのやいのと囃し立てられ、飲めや歌えやの大騒ぎ。

 アルトリアがマスターのためならばと一肌脱いで不本意ながらもお願いすれば、すぐに英雄王からキャストオフしてご機嫌王ギルガメッシュとなった最古の英霊がウルク無礼講を宣言したことで、甲板に作られた結婚式場は、既にゴージャスな英霊たちの宴の席と化していた。

 

「やれやれ、主役が書き割りの外に追いやられるとは嘆かわしいですね。あ、コレおすそ分けのニンジンです。香典代わりに」

「御祝儀じゃない?」

「ヒヒン、そうでした。縁起物や験担ぎ等々は陳宮殿にお任せしておりましたので、これは一等(一頭)失礼をば」

 

 陳宮の場合は香典でも合っていそうだなと、立香は半透明に空へ像の浮かんでは消えてゆく、たまに概念礼装のイメージグラフに描かれる女性と激似の壮年軍師を思い出していた。

 

「ところで、新婚旅行はどこへ行くのですか?」

 

 ブラダマンテが目を輝かせて尋ねる。ロジェロとの思い出を大切にする彼女の興味は、常に立香とハベトロットの今後に注がれていた。

 

「あー……それなんだけど、どうすればいいか見当がつかなくてさ」

 

 立香は頬を掻いていると、その場に花びらが舞い散った。

 数瞬の後、ツカツカとやってきたのは花の魔術師にして今日も持ち前の千里眼で登場の機会を見通していたキャスターの英霊だった。

 

「お困りのようだね、マスターくん」

「マーリン、丁度よ……ちょっと丁度よすぎない?」

「都合のいい時に都合良く登場するのは魔法使いの十八番(おはこ)なのさ」

 

 マーリンはウィンクをして、立香の懸念にこれまた都合よく華を添える。

 

「たぶん、考えている場所は同じだろう? アルビオン……メリュジーヌにも協力してもらって、もう一度あそこに至ろうじゃないか」

 

 

 ────数日後、あるいは二千四百年後。

 花嫁姿の妖精と、彼女を花婿としてその腕に妖精を収める人間が居たのは、星の内海アヴァロンに咲く一面の花畑の道半ばであった。

 

 もっとも、これはシミュレーターによる仮想空間。

 マーリンが自身の記憶から糸のように引っ張り出した幻想の空間に過ぎないものだ。

 

 だが、ここには糸紡ぎの妖精が居て、確かにこの地を覚えているマスターがいた。

 

 ならば、それはもう現実と変わらない。

 少なくとも、二人の間では。

 

 花婿にとっての冬の記憶。花嫁は自分のいない時に起きた数々の激戦に身震いした。

 花婿にとっての秋の記憶。花嫁は人類最後のマスターとしての彼の重責を体感した。

 花婿にとっての夏の記憶。花嫁は崩壊していく妖精國で、消滅した自分を垣間見た。

 花婿にとっての春の記憶。花嫁は自分の認めた理想の二人の見上げた空を共に見た。

 

「春の記憶にボクいないじゃん。夏のほうってどうなのさ~?」

 

 ジト目で花婿を見つめる花嫁に、花婿は納得したように笑っていた。

 

「そう。これで良いんだよ、オレとキミは」

 

「はー? そんなんじゃ納得いかないね! いくらボクのイチオシ最強カップルだからって、ボクとキミを差し置くなんて……まぁ、それがマシュならそれでもいいかって思えるボクもボクなんだけどさー?」

 

「その辺似た者同士だわ、やっぱし。……ボクとキミは、ね?」

 

 にしし、と花嫁は屈託なく笑い、花婿もまた笑みを深めてからからと笑った。

 

「それにしてもさ」

「ん。なに、ハベトロット?」

 

 花嫁は浮かない顔で花婿に聞いた。

 最も恐れていた言葉を、自らその小さな喉を震わせて紡いだ。

 

「キミが好きだったのは────ボクじゃない、ボクなんだろ?」

 

 かたや二千四百歳の自分。

 かたや召喚された泡沫の夢。

 

 その二人には、世界を越えた断絶があるはずなのに。

 

 ────なぜ、キミはそんなにまっすぐボクを見るの?

 

「……簡単なことだよ、ハベトロット」

「……なら理由を教えてよ、マスター」

 

 マスターと呼ばれた花婿────藤丸立香は。

 花嫁────ハベトロットの左手を優しい手付きで掬い上げた。

 

「キミが、その後もずっと、ずっと。オレのそばに居てくれたから」

 

 ハベトロットの左手、その薬指には……銀の指輪にそっと輝く、彼女の髪色によく似ている、淡いルビーの宝石が添えられていた。

 

 

『ボクの宝具、なんかゴツくない? へ、妖精國? いや、よく分かんないや』

 

『ねえねえマスター! あのマシュって子、きみの何なんだい? ……へへ、言わなくてもわかるね。ボクの出番だろ~!?』

 

『なんでだろうね。キミはここまで頑張ってるのに、浮いた話がひとつもないんだもんなぁ。ね、オンナ日照りのマスターくーん?』

 

『え、ハベにゃんがいるから大丈夫? っ────そ、そっかぁ~。そこまで言われちゃあ仕方がないな! 君にチャンスが訪れるまで、キミの頼れる相棒として、いつでもサポートしてあげるとも!』

 

『んー、バディ・リング? ボクに? なんで? ……ふふん、もうボクの魅力にメロメロだってか~? そんなロリコンマスターには、花婿修業が必要だと思うんだわ! さぁマシュ、あのデンジャラスな服を着ておいで! なんならボクがもっと可愛くセクシーに仕立て直しちゃうからなー!』

 

『────あのさ。ボクはきっと、大事なことを忘れてる。世界で一番愛すべき花嫁のことを』

 

『そんなボクで良いならおいで。その時はさ……絶対ぜったい、ぜぇ~~~~ったい!』

 

 

『────ボクが、キミを』

「────オレは、キミを」

 

『世界で二番目に愛してあげる』

「世界で一番愛してみせるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────すべては夏の夜の夢の記憶。

 

 ────人間と妖精が手を取り合って、すれ違っているようで同じ想いを語る二人の恋の話。

 

 ────それはこの世界を取り巻く無限の泡沫の中に生まれた、ひと摘みほどもない砂粒のごとき可能性だ。

 

 ────あと、堕ちながら聞かされるこっちの身にもなって欲しいね。鳥肌が立って仕方ない。

 

 ────嗚呼、でも────

 

 ────それでもだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────まったく、呆れたおとぎ話だけど────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹けば飛ぶような砂粒の記憶(幸せ)も。

 別に、それほど嫌いじゃないさ。

 


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