昔日の巷塵   作:湊咍人

13 / 15
「人間失効」

今回の話はキメラについての説明回でもありますので、引っ掛かっていた人はここで少しスッキリするかもしれません。箸休めとしてお楽しみください。


Human Betted

 

 

「こうして顔を合わせるのは一年振りかな。君たちの活躍はロドスでも耳にしていたよ」

「それはどうも」

 

 その日、ロドスは普段の喧噪や賑やかさとは異なる、異質な焦燥を帯びた空気に包まれていた。

 理由は大きく分けて二つ。そのうちの一つは私の目の前にある。

 

「そんな怖い顔をしないでくれ。君は対話を求めてここに来たんだろう?」

「ええ、その通りよ。───あなたを再び信用できるようになるか、それを確かめにね」

 

 レインボー小隊のリーダーであるAshが愛用するM45 MUA(SOC)ハンドガン。

 彼女のサブアームであり常に肌身離さず持ち歩いているそれが既に向けられているのではないかと錯覚するほどに張り詰めた空気。

 文字通りに射殺さんばかりに鋭い眼光が、私を真っ直ぐに貫いていた。

 

「......グラベル、少し席を外してもらえないかな」

「仕方ないわね」

 

 執務室の天井にある隠し扉。その向こう側にいる彼女に声を掛ける。

 ここから先は、臆病で心配症でありながら肝心のリスク管理を怠った私が責任を負う番だ。

 人払いが済んだことを確認し終わったのか、いつの間にかAshも少しばかり緊張を解いていた。

 

「端的に問うわ、ドクター」

「ああ」

 

 その瞳に揺れるのは何か。

 恐怖、無理解、怒り。

 

 あるいは、焦燥。

 

 

 

「Blitzは、どうなるの?」

 

 

 

 レインボー小隊の一員であり、フラッシュシールドとハンドガンを用いてトリッキーでありながら着実に戦局を進める堅固な盾。

 その語学の才により現地住民との交流を率先して行うポジティブなムードメーカー。

 

 そしてこの度鉱石病に感染し、私と同じ混成種(キメラ)と成った人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケルシー先生っ!?」

「慌てるな、症例は存在する。───鎮静剤は感染直後に投与済みか。危険度をⅣまで引き下げ、抑制剤を三───いや四パック準備しろ」

「はいっ」

 

 ドクターとAshが顔を合わせる数十分前。数日前の連絡通りの時間にロドス医療部へ担ぎ込まれたのは一人の"元"人間。

 

 

 混成種(キメラ)と成ったBlitzであった。

 

 

「返事はできるか」

「もちろんだ、ケルシー先生。あんたの綺麗な顔もはっきり見えるぜ」

「意識の混濁は見られない、聴覚及び視力にも問題は見られないな。対処を必要とする事態が発生した場合にはフォリニックに伝えてくれ」

「ケルシー先生!?どこへ───」

 

 足早に医療部を後にしようとするケルシーをフォリニックは呼び止めるが、振り返ることも歩みを止めることなく一言だけを残して去っていった。

 

「私には別に為すべきことがある。Blitz、君であれば理解できるだろう」

「俺から言えることは少ないが。───これもあの人なりの気遣いってやつだ、あまり責めないでもらいたいところだが......」

 

 その場に残ったのは、未知の症例を前にたった一つのカルテと端的な指示だけを受け取った医療部のメンバーと事態の一部のみを当事者であるが故に理解できていたBlitz。いくつかの質問と検査の後、抑制剤を投与し経過を見るという当初と変わらない結論に至った。

 しかし、その場にいた全員が。正確にはBlitzを除く医療部の全員が共通する一つの問いを抱えていた。

 

 カルテに示されていた情報のそこかしこに存在する見覚えのある数値と、ある種の執念すら読み取れる治療の記録。

 

 それを受けたのが誰であるか。おおよそ察しがついてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「責めないでもらいたい、か」

 

「それを決めるのは私でも君でもなく『彼』だろうがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼が今際の際で自ら投与した液体の正体。それによって彼の体に齎された変化。そして変質した彼の今後について。君が知りたいのは大別すればこの三つかな」

「ええ、順番に説明してもらえるかしら」

「そうだね......」

 

 当たり前の事であるかのように、彼は言った。

 

「彼が投与したのは、ある方法で液化させた高純度活性源石だよ。私と医療部で数個保有している特殊なものだ。

 端的に言ってしまえば彼は活性源石を摂取し混成種(キメラ)になったんだ」

「信じられないわ。ここを含め何人も感染者を見てきたし閲覧できる資料も全て───まさか」

 

 脳裏を過るのは、他分野と比較し閲覧に権限を必要とする情報が多かった「鉱石病そのもの」に対する資料。

 ロドスは鉱石病に関して文明水準を超える解釈を有しているのかもしれないと仮説を立てたのだが。

 

「テラに住まう人間が鉱石病に感染した場合どうなるのか、その結末も含め君達はよく知っているだろう。

 では、テラの外から来た人間が感染した場合には?正確には、体内に源石を一切保有しない人間が感染した場合にはどうなると思う?」

「Blitzのようになる......前例があるのね」

「ああ、それが私だよ」

「っっ!!」

 

 彼はそう言って、フードを脱ぎマスクを外した。

 そこにいる人物はそう、まさにBlitzの現状とよく似ていた。

 

 額の両脇から生えた角は根元から切断されており、その存在を長い白髪の隙間から申し訳程度に覗かせている。

 顔の左半分の一部は一瞬焼け爛れているのかと錯覚したが、実際には大型爬虫類を思わせる鱗に覆われている。

 左目の瞳孔は真っ赤に染まりながら縦に割れ、対となる灰色の目よりも一枚多い瞼に守られている。

 

 彼が既に人間でないことが、容易に理解できる有様であった。

 

「......あなたは、どこから来たの?」

「北極圏近くの小さな村だよ。もっとも君達と全く同じ世界である確証はないが、言語や装備を見るに"近い"のは確かだろう」

「そうね。───Blitzにだけ活性源石を渡していたのは、彼があなたの正体に気付いたから?」

「その通りだよ。彼とは何度か会話しただけなんだが、他のオペレーターから得た情報と会話の端々に織り交ぜたブラフで判断したらしい。あの時は焦ったよ」

 

 苦笑する彼に対し、私は続けて問うた。

 

「致命傷を無かったことのように再生したのは、感染した場合それだけの回復力を得るという事なの?」

「いや、あれは一度だけのバグ技みたいなものだよ。そりゃ元の体よりも回復力は上がるだろうけどね」

 

 依頼自体が私たちを嵌める為のブラフであった数日前の作戦。

 

 そこでBlitzは同行者であったミノスの戦士から大槌による一撃を受けた。完全な不意打ちであったものの何とか反応し攻撃を逸らしたが、斜めに侵入した致死の打撃は抉るように彼の腹部を打ち据えた。

 

 ぽっかりと空いた穴。明らかな致命傷を受けながらも彼は即座に拳銃弾を脳天に数発撃ちこんで返礼とした。

 手術台の上でもまず助かる見込みが薄い致命傷。私と残りのメンバーは隣のフロアに潜む伏兵にブリーチング弾を用いて強襲し周囲の安全を確保しなければならなかった。

 

 私たちは合理的判断の元、彼を切り捨てることを選んだ。選ぶ余地など無かったとしても、そこに一言も議論が交わされなかったとしても事実は変わらない。

 

 だから、残党を制圧しているときに現れた超常的存在が彼であるという判断が遅れたのも、ある意味では必然であった。

 

「ここから先に話すことはあくまで仮説だ。信じるか否かは君に任せる」

「聞かせてちょうだい」

 

「───テラに住まう人々の種族的特徴は源石により齎されたものである可能性が非常に高い。数万年以上昔に飛来した源石は、今は偽りの天蓋に閉ざされた空の彼方からの来訪者───ある意味では我々の同類かもしれない。

 話が逸れてしまったね。つまり源石は人間を種族的特徴を有した生命体に変質させると仮定する。つまり現状でテラに存在する人間は既に───いや、一部の例外を除き全員が鉱石病に感染していると言える」

 

「......なかなかに衝撃的な理論ね。つまり私達が感染すると『本来の』感染が引き起こされるということしら」

「その通り。複数の種族的特徴を有した姿に変質する理由は不明だけど、何らかの不具合が起きているのかもしれない。

 そしてもう一つ、そうして引き起こされる変質に私たちの体は当然ながら本来は耐えきれないが、実際にこうして私は生きている。この事実とBlitzの現状を鑑みて、君はどのように考える?」

 

 耐え切れないものに耐えた。Blitzの体はドクター同様に変質した。

 考えられる事象はいくつかあるが、まず前提として「耐え切れない」というのは「元の体では」という枕詞が付く。

 

 元の体から、混成種(キメラ)への変質。

 その過程に本来は耐えられないのであれば、つまり───

 

「───混成種(キメラ)への変質の前。その段階で変質に耐えられるように肉体が変質するのね」

「正解だ。正確には変質に耐えられる存在に再構築される訳だが、それに伴い損傷を受けた組織が再生する」

「それは実体験かしら」

「実体験もあるが、"以前の"私が残したデータに詳細な記録が残っていたんだ。私の場合は不測の事態と感染爆発を避ける為にすぐ処分してしまったからね」

 

 感染爆発の防止。その言葉と地球出身だという彼の言葉から察するに"そういう事"なのだろう。

 彼の歩んできた道のりに興味はある。或いはあちらに還るための手がかりも掴めるかもしれない。

 

 しかし、今は他に知らなければならない事がある。

 

「聞かせてちょうだい。......Blitzは、今後どうなるの?」

「そうだね、そこが今最も重要だ」

 

 そう言うと彼は一枚の紙を差し出した。血中源石濃度及び源石融合率と記されたラベルと横這いのグラフを指差しながらドクターは端的に説明した。

 

「血中源石濃度はテラの人々の平均値よりやや上、源石融合率はゼロのまま。つまり名実ともにテラにおいて一般的な数値になる」

「......良かったわ」

「まあもっとも、活性源石を追加投与すればこの数値に揺らぎが出るし今後も源石との直接接触は避けるべきだけどね」

 

 そこまで聞いてからふと思い至った。

 彼自身はおそらく地球で感染したのだろうが、"以前の"彼とは別人のような口ぶりであった。

 

 ドクターは記憶喪失であると他のオペレーターから聞き及んでいる。だが彼の記憶は間違いなく存在し、それは地球由来のものだろう。

 しかし彼が記憶喪失であると判明したのは噂に聞く救出作戦の折であったはず。

 

 それ以前のドクターは、今の彼とは別人物なのではないか?

 

(これは、気付かなかったことにしておいた方が良さそうね)

 

「最期に二つ質問してもいいかしら」

「私に答えられる範囲であれば、何でも」

 

 権限すら必要な領域の質問をするリスクを負う必要はない。しかしこうしてドクターと顔を合わせ話せる機会はそう無いだろう。

 だから代わりに、個人的な興味によって生じた疑問をぶつけることにした。

 

「以前のあなたは、どうして感染したのかしら。あなたほど源石に精通した人物が事故や襲撃で安易に感染するとは思えないわ」

「ああ、その通りだね。───簡単に言えば賭けたんだよ、『人間』であることすらチップにして賭けに乗り、それで為さなければならない事があった」

「......前例も無いのに、随分勝ち目の薄い賭けね」

「何もしなければチップを抱えたまま私が死ぬだけだからね。仮に負けたとしても失われるのは賭博師一人だけさ」

「───呆れた」

 

 久しぶりに、本心から小さな笑みが零れた。もちろん本心も混ざっているだろうが、彼ほどの優秀な指揮官が賭博師を自称したのがやけに面白かった。

 

「じゃあ、最後に一つ。あなたはどうしてBlitzに、貴重な液化した活性源石を預けたの?一時的な協力関係を結んだとはいえ私たちは所詮他人でしかないのに」

「なんだ、そんなことか。───君たち全員が揃って地球に帰る、そんなハッピーエンドが見たかっただけだよ」

「ふふっ、子供みたいな話ね。でもありがとう。あなたのおかげで私たちは大切な仲間を一人失わずに済んだわ」

「礼を言われるようなことじゃ───おや、来客かな」

 

 執務室の扉をノックする音。

 その後に続いた声に、ドクターは恐怖に震えることとなった。

 

「ドクター、話がある。今回の事態においてノーコメントを貫き私や医療部の目を欺けるとでも思っているのであれば、他にも後ろ暗い物品で溢れた執務室にも快く迎え入れてくれるだろう?」

「......まずいな、このままだとケルシーにころされる。シラユキ、縄梯子を───」

 

 俄かに慌ただしくなる執務室。どうやらドクターは今回の件においてケルシー氏に突かれると痛い部分があるらしい。

 周到に逃走の準備を整える手際の良さを見るに前科はいくつもありそうだ。

 

「Ash、ドクターを取り押さえてくれ。シラユキ、グラベル、ファントムは手を出すな。今回は医療部の新人を言葉巧みに騙し貴重な試作サンプルを無断で外部に流出させた愚か者への処罰に来ている」

「......了解」

「あっ縄梯子を仕舞わないで───」

 

 

 

 この後ドクターは数時間の説教コースとなった。

 

 

 

 




おまけで本編の補完するのどうなん?と思ったけどまあ良しとしてください。

......ところで話は全然変わるんですけどアビドス三章でメンタルがやばいです。内容次第では作者がホシノ全力曇らせド畜生短編書き殴りお兄さんになるかもしれないぐらいワクワクしています。続きが楽しみですねぇ......



次に書く短編の登場人物とか

  • アーミヤ
  • パトリオット
  • ホルハイヤ
  • Friston-3
  • モスティマ
  • グレイディーア
  • 歳陣営
  • シャイニング
  • ロサ
  • 医療部モブ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。