昔日の巷塵   作:湊咍人

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30日目


「起」

 少女がこの世界を訪れてから、今日で一か月が経つ。

 

 彼女の未だ幼さの残る身体を蝕む病魔───我々も少女と同じく「鉱石病」と呼称を統一することとなった───には連日、様々なアプローチが試みられている。

 

 精密検査において最も重要視されていた、感染サンプルとしての体表鉱石の採取。

 次に、簡易検査により異常が発見された血液中を流れる源石───こちらの正体は依然として不明である───の採取。

 

 その他にも、軽く三桁にも上る検査が行われている。

 

 一部の特殊な嗜好を持つ職員による、ある種の小動物めいた少女の耳への研究もまた、そのうちの一つだ。絵面は完全に事案であり警察に突き出すことも考えたが、結果として聴覚情報を処理する脳領域の発達を確認することが出来た。これは別の分野に派生しうる重要な結果であったため研究者としては何も言えないのが腹立たしい。

 

 特筆すべき結果が得られた検査は、やはりと言うべきか彼女が操る超常の力に対するものであった。

 彼女はそれを「アーツ」と呼んだ。我々もそれに倣って、源石を介し物質に干渉する技術をアーツと呼称することとし、あらゆる検査項目の中で最も特異性を示した為に最優先で研究されることとなった。

 

 もっとも、彼女が実際にアーツを使用し検査を行ったのは三回だけであり、四回目は私が独断で中断させたのだが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「生魚は初めてらしいけど、口に合ったかな?」

「はい!───さんもお一ついかがですか?」

「折角だし頂いておこうか。サーモン単体としてはともかく、寿司として食べる機会はそう無いからね」

 

 慣れないどころか別文明の病室で、それでも少女は数週間で適応した。

 非常に堅牢かつレベルⅤ───当研究室では最高レベルの気密性を誇り「小瓶」とも呼ばれる───の隔離室から、ある程度の快適性に重点を置いたレベルⅡ病室に移ったということも理由の一つとして挙げられるが、それだけではないだろう。

 

 未知の検査に対し、恐怖ではなく興味と関心を以て応えたこと。

 元居た世界に帰れる見込みなど無いと知らされながらも、決して恨み言一つ吐かなかったこと。

 初めて口にする料理に興奮し、言葉や書物、映像から得た新しい知識に目を輝かせ。

 

 我々に、笑顔を向けてくれたこと。

 

 心のどこかで皆が大なり小なり抱えていた後ろめたさ。或いは罪悪感。

 それらは、被検体である彼女自身によって少しずつ熔かされていった。

 

「かなり新鮮なサーモンを使っているね。ここまで美味しい寿司を食べたのは初めてだよ」

「えっ!?そんなに良い物を頂いても良かったのでしょうか......」

「良いんじゃないかな。少なくとも私はご相伴に与れてラッキーだし」

 

 彼女の食費は経費で落ちるので、新しいメニューを考えることが研究者たちの間で流行っていることを彼女は知らない。実は今日の寿司も後輩が握った物だったりする。

 とはいえ、私はここに経費で寿司を食べに来たわけではない。他愛ない雑談に費やす時間も楽しいものであるが、今の私は彼女に対し不誠実であると言わざるを得ない。

 

「その......」

 

 会話の切れ目。いつもはぎこちなさなど微塵も感じないレールの隙間に足を取られるような感覚に陥るが、こちらを真っ直ぐに見つめる彼女は静かに私の言葉を待っていた。

 意を決して、それを口にした。

 

「今日はね、謝りに来たんだ。

 今回の事で君に掛けた負担、そして今後発生しうる問題の責任は私にある」

「......そんなっ、頭を上げてください!───さんは悪くありませんから」

「いや、私の責任だ。これまでに得られた情報で十分に推測しうる情報であったし、何よりも───」

 

「君を、傷つける結果となってしまった」

 

 佇まいを直し、最大限の誠意を込めて眼前の少女を前に首を垂れた。

 

 三回に渡るアーツの実験。数多くの検証を行う中で後手に回っていた血中源石への再検査結果を見て、その足で実験場へと怒鳴りこんだのは昨日の事だ。

 簡単に考えれば理解できたことだった。そもそも、彼女から聞く鉱石病感染者の寿命に対して彼女のそれは短すぎる。

 

 現状で把握していない不確定要素によるものでないとすれば、彼女が原生生物から逃れるために多用したというアーツによるものだと思い当たったはずだ。そもそも、未知の技術であるにもかかわらず危険性を軽視し三年というタイムリミットを前にしてプロジェクトを前倒しにしすぎた自分の責任だ。もっと丁寧に、腰を据えて一つずつ比較対照を繰り返しながら実験を行うことが出来れば一回目の時点で気付けていたはずだ。

 

 全て、私の責任なのだ。彼女に遺された時間を前に焦り、かえって最悪の結果を齎すこととなってしまった。

 

「どんなに謝っても許される事ではない。君を救うために全力を尽くすという、あの日の言葉を裏切る形となってしまった。だけどどうか───」

 

「もう一度だけ。もう一度だけ私たちを信じてはもらえないだろうか」

 

 これは私のエゴだ。彼女との約束を破った私の言葉など信じられなくとも当然だ。それでも、たとえ私自身が見限られようと、彼女を救うことに全力を尽くすというあの日の約束を反故にしてしまったとしても。彼女を救いたいというエゴを貫き通すことこそが、私が見せることのできる最大の誠意だ。

 

 恐る恐る顔を上げると、むすっという擬音が似合いそうな何とも言えない表情を浮かべている少女の姿がそこにあった。声をかけあぐねていると、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「分かりました───今は、何も言わないでおきます」

「ありがとう、私たちは今度こそ、君の信頼に応えられるよう全力を尽くすことを誓うよ」

 

「......」

 

 何故か、納得いかないといった表情を深める彼女を前に私は困惑を極めたが、何はともあれ私の為すべきことは変わらない。

 

 全力を尽くす。それだけだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それで、幼気な女の子相手に啖呵切った結果がそのザマですか」

「耳が痛い」

 

 研究室の片隅に備え付けられたベッドに転がる私を、心底呆れたと言わんばかりの表情で見下ろすのは大学時代の後輩だ。

 大学在籍時と比べ伸ばしており、今は肩口で切り揃えているブロンドの髪が揺れる。

 当時は真面目に勉学に励んでいた私へ何故かよく話しかけてきた彼女に対して、最初の頃に抱いていた警戒心はとっくの昔に無くなっていた。

 

 あの頃は少しの余裕も無くて、どこにゴールがあるのかもわからないマラソンを立ち止まる事すらできないままに走り続けていたようなものだった。当然ながら幾度も体を壊してしまい、その時も今のように見舞いに来てくれたものだ。

 

「あの子も心配していましたよ。部長なんて「俺からの指示書だけじゃなく時計も見ずに仕事してんのか?」なんて吐き捨てていましたし」

「......ははっ、面目ない」

 

 ふと行動を振り返ってみれば、最後に寝たのは三日前の昼だったような気がする。

 逐次パソコンに送られてくる各種検査の結果を一つずつ精査し取捨選択するだけでもかなりの時間を有するが、それに加えて全ての情報が私達の知らない何かを内包していた。

 

 それらのデータには即座に検証を行うべきものも多かったが、何よりも即効性の高い対症療法への手がかりに繋がりそうなものがあり寝食を惜しんでまで研究に打ち込んでいた。

 否、寝食を惜しんでというと語弊がある。ただ単にそれらを行うという選択肢が私の頭になかっただけだ。

 その結果として、研究室の片隅で倒れているところを目の前の後輩に見つかり、その場でベッドに引きずられ点滴をぶち込まれ今に至る。

 

「誰かの為に頑張れるのは先輩の美徳ですけど、それで倒れるようじゃ悪徳と同義ですよ。あなたを必要としている人がいるんですから」

「......ああ、そうだな」

 

 美徳、必要としている......か。

 私には勿体ない言葉だ。誰かの為でも、ましてや私自身の為ですらないこの行為についての誤解を解こうとは思わないが───

 

(いや、今はあの子の為だけに動け。他はどうなってもいい)

(余計なことは考えるな、為すべきことだけを為せ)

 

「少し休んだらあの子の回診に向かうよ。まだ時間に余裕もあるし」

「......休んだ方がいいと思いますけど、一度しっかりとお灸を据えてもらったほうがいい気がしてきました」

 

 この後、いつも通りに回診に向かったら何故か事情を全部知っていた少女にめっちゃ怒られた。

 

 

 

 

 

 

「よう、こってり絞られたみたいだな」

「やっぱり部長でしたか。おかげで年下の女の子に正論で延々と問い詰められましたよ」

「自業自得だ。自己管理もできんアホにはいい薬になっただろうが」

 

 次に同じようなことがあったら本気で怒りますよ、と言いながらブチ切れていた少女の説教(回診も行った)が終わった後。研究室に戻る廊下で大学時代の先輩であり、皆から部長と呼ばれている大柄な研究者と出会った。

 偶然にも肩書が大学時代から変わっていないため、私もまた彼を部長と呼んでいる。

 

「それで、結果は?」

「五里霧中、と言ったところです。身体の基礎的構造は我々と合致していますが、鉱石病に関してはどこを調べても検証が必要なものばかりです。どこからアプローチを掛けるべきか......」

「そうだな......」

 

「まず、対症療法と根本治療を同時に研究できるほどのマンパワーを俺たちは持っていない。最悪、どちらも中途半端な結果に終わる可能性だってある」

「......間接的に身体へ齎される悪影響への対症療法に絞るのであれば、ある程度の効果は見込めるでしょう。ですが───」

「分かってる。だが未知の感染症を数年で寛解させようだなんて正気の沙汰じゃねえぞ」

「承知の上です」

 

 その通りだ。自分の考えていることは机上の空論以下であり、こんなものに賭けるのは研究者失格だと自分が誰よりも理解している。

 腕を組み、かぶりを振った部長は小さく溜息を吐いた。

 

「......悪いが、俺は賛成しかねる。対症療法に関しては人類が積み重ねてきた知識と、俺たちが築いたノウハウがある。だが、根本治療に関しては前例すらない困難なプロジェクトになるだろう」

「......」

 

 

 だから、その後に続く言葉に耳を疑った。

 

「だから、お前らがやれ」 

「......っ!!」

「ベストを尽くせ。今ならできるはずだ」

「───ありがとうございますっ、部長!!」

「礼なんざいらん。結果を出すことだけ考えろ」

 

 とっとと自室に戻って寝ろ、と手で払いのける動作と共に背を向ける彼。ぶっきらぼうにも思えるが、その根底にあるのは溢れ出るカリスマの源泉である言外の優しさだ。

 さて、彼の優しさに報いる為にも......

 

「......十八時か。何か胃に入れてから三時間くらい仮眠をとるか」

 

 この後、食堂で鉢合わせた後輩に仮眠をとるまでしっかり監視された。

 

 

 

 




 感想を頂けると泣いて喜びながら続きを書くので投稿が週単位で早まります。(重要)
 できれば高評価も頂けると......チラッ

 

次に書く短編の登場人物とか

  • アーミヤ
  • パトリオット
  • ホルハイヤ
  • Friston-3
  • モスティマ
  • グレイディーア
  • 歳陣営
  • シャイニング
  • ロサ
  • 医療部モブ
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