272日目
「という訳で、これが完成品のアーツロッドだよ」
「わぁ......っ!!」
新しい玩具を買い与えられたかのように目を輝かせる少女を尻目に、同封されていた開発部からの請求書に目をやる。材料費だけで給料三ヵ月分。
仮に上への申請が通らずに予算が下りていなければ暫くの間は朝食のメニューはホットドッグのみとなっていただろう。おまけにソーセージが消え、切れ込みの入ったパンをコーヒーで流し込むような事態になりかねない。社会保障の充実により伸び伸びと研究できるのは良いことだが、高い税率に物価が引っ張られるのは困りものだ。
一対の枝が絡み合うような意匠の軽量源石合金製の杖には、親指の先ほどの人工源石結晶が嵌め込まれている。実質的な製作期間は一か月程度しかなかったというのに、開発部は想定をはるかに上回る品を作ってくれた。
「結局、アーツは実際に使ってもらわないとデータの取りようがなくてね......勿論、実験への参加は君の自由意思によるから強制されるものじゃない。症状の進行は抑えられるだろうけどゼロにできるわけじゃないから......」
「分かっています。それでも私は、このアーツロッドがあれば何かが変わる気がするんです」
今なら何でできそうだと早速アーツを使用しようとする少女を宥め、日課となっている回診を始める。
体調等に関する簡単な質問、少女が時折思い出す幼少期の記憶から背景を探り、時折世間話も交える。これらの回診は日に二度行い、数十分と長くはないものの私にとっても大切な時間となっていた。
「それじゃあ、また夕方に来るよ」
「はい、待っています」
◇
(27日前)
「人工源石結晶に、軽量源石合金か......」
「アーツの発動を補助し身体に掛かる負担を低減させるユニット。試作段階だが、先述した素材が最適だと考えられる」
開発部からの連絡で足を運んだのは、少女が入院している施設から車で五分掛からないほどの距離にある地下施設。今回のような未知の感染症であったり、あるいは機密情報を含む研究などが行われている施設である。
「体表鉱石の摘出は、医者としては推奨できない行為だ。確かに結晶の再析出の為に血中源石濃度は一時的に減少するが一時凌ぎにすらならないし、何より身体への負担が大きい」
「サンプルの採取は......20gでどうだろう。それだけであれば身体への負担は大きくはないはずだ」
「......彼女の理解が得られるのであれば、私からはこれ以上言うことはない。それに───」
(人工源石結晶、か。或いは大きな一歩にもなりうる)
「話は通しておく」
「良い知らせを期待しておくよ」
地下四階に匹敵する深さの施設を、ほんの少し息を切らしながらも階段を登り切って後にする。送迎を買って出てくれた後輩に礼を言い、助手席に乗り込むと端的に問われる。
「首尾はどうです?」
「期待できそうかな。そう遠くないうちに安全なアーツの実験ができるかもしれない」
彼らがわざわざこちらへ打診してくるということは、既に少量のサンプルから先述の素材を完成させているか或いはそれに近しい状態までたどり着いているのだろう。期待値は高い。
それにしても......
「軽量源石合金については、まあ理解できる。製法としてはシンプルな粉末治金に源石粉末を混合させたものだし、その技術自体は一般に利用されているからね」
「粉末治金法、たしか金属の粉末を型に入れて圧縮した後に加熱するものでしたっけ?」
「その通り。ただ人工源石結晶については───」
(源石の"活性化"か。どうにも嫌な予感がする)
「体表に析出した鉱石は感染能力を有していないし、あの子が口にしていたようなエネルギーを取り出すこともできない。だから感染源となった源石とは別物と考えていたんだが、開発部は活性化により膨大なエネルギーを取り出すことに成功したらしい」
「具体的にはどの程度ですか?」
「推定値だがエネルギー密度はガソリンの数百倍に達する可能性があるらしい」
「......本当ですかそれ」
もし源石が地球においてもエネルギーとして活用できるのであれば、或いはエネルギー革命を起こせる存在になりうる数値だ。
このデータだけでも、目先の欲に目が眩んだ屑どもが群がるほどに。
だが、問題の本質は別の場所にある気がしてならない。
言語化できず、全くもって論理的でない"何か"が喉の奥に絡みついて飲み下せない。
(何だ、この違和感は───)
「......言い忘れてたけど、今の話は全て機密情報だから。飲み会でポロっと零したりしないでね?」
「なら零しても問題ない相手と飲みに行けばいいですね」
「......検討しておくよ」
◇
「その様子だと喜んでもらえたみたいですね」
「まあ、そんなところかな」
アーツロッドは完璧な出来であり、キチンと持ち主の手に渡った。
これでアーツに関する実験を最低限のリスクで再開できる。そうすれば鉱石病の治療にまた一歩近付くはず。
そのはずなのに。
(何だ、この胸騒ぎは───)
「私たちは、何か重要なものを見落としていないかな......?」
「突然どうしたんですか?」
「いや......どうにも妙な胸騒ぎがして」
人工源石結晶。源石の活性化。
それらが何か大きな見落としの影として目の前に転び出ているように思えて仕方がないのだ。
源石には活性状態と非活性状態が存在し、後者はほぼ感染力を有していないが現に感染者は発生している。
今回の検証と人工源石結晶制作の過程で、これらは事実であると立証された。
ならば活性状態の源石が自然界に存在しているのか、或いは活性化された源石が一般に利用されており被曝したのか。
否、そのどちらでも筋は通るはずだ。或いは両方であるかもしれない。
そして源石が体内へ侵入し、増殖することで多臓器不全や各種障害を引き起こす。
感染者は体内外を問わず源石を利用しアーツによって物質や現象に干渉できる。
ここまで得た情報から確定しているのはこの辺りだろう。現状では何の矛盾点も存在しない。
(存在しない筈だが......)
「何というか、先輩らしくないですよ。少し疲れているんじゃないですか?」
「そうかもな......少し仮眠をとってこようか」
このままでは取り返しのつかない、致命的なミスを犯してしまうような。
二度と戻れない分かれ道を既に通り過ぎているような。
踏み出した足が既に泥沼に嵌っているような。
背を焼くタイムリミットの前に抱いた単なる焦燥感と切り捨てるには粘着質であり。
超常的な存在からのお告げなどと受け取るには悪趣味が過ぎる。
勘としか言いようがないものであるが、何故か切り捨てるという決断を下せない。
(考えろ。思考を止めるな、考え続けろ)
(論理的思考により答えが導き出せないなら、その思考そのものか前提が間違っているはずだ)
確定していないものの事実ではあるため前提となっているもの。
必要条件であるが十分条件でないもの。
日常の一歩に横から足を突き出す無音の隣人。
不連続な一と三を悪意を以て繋ぎとめる二。
褶曲する石畳。剔抉された根。
私たちに致命的な躓きを与える何かが───
「───駄目だ、材料が少なすぎる」
「まあ、そんな落ち込まずに。これから検査が進んでいけば分かる事かもしれませんし」
「そうだな......」
これ以上悩んでも答えは出ない。
そう判断し仮眠室へ向かうものの、得も言われぬ不快感を内包した予感は消えることなく燻っている。だがそれを解消しうるだけの材料が無い。
或いは、答えを出せるだけの頭脳がない。
「......検査項目を増やそう。まだ部長から人手は借りられるはず」
判断材料を増やすために検査項目を増やす。今はその程度の対処法しか思いつかない。
今の自分では不足している部分が多すぎる。一度仮眠をとって思考を整理すれば或いは───などと楽観的に考えられれば良いのだが。
......仮眠室には誰もいない。入り口を照らす最低限の明かり以外は消され、ベッドと幾つかの小物が散らばった机を仄かに照らしていた。
まるで霊安室だな、などと益体も無い事を考えていれば、すぐに瞼が落ちた。
半年後。
私の勘は、最悪の形で正解であると証明されることになった。
少女の寿命があまりにも短いのは、作中で説明したように地上に生息する原生生物から逃れる為にアーツを使いまくったからです。
人が歩きやすい道は当然ながら動物にとっても歩きやすいわけで、ばっちり群れに遭遇してしまったと。ですが運がいいのか悪いのか少女には天才と言えるレベルでアーツの才能があったのです。
もちろんアーツユニットなんてないので体内の源石を触媒として感覚でアーツ連打しまくって、数日にわたる追跡の末で力尽きた瞬間に転移したわけです。よく頑張りましたね(|)
追記12/2
AIくんにアーツロッドを作ってもらいました。コレジャナイ感もありますが八割五分くらいは一致しているのでよしとします
【挿絵表示】
次に書く短編の登場人物とか
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アーミヤ
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パトリオット
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ホルハイヤ
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Friston-3
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モスティマ
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グレイディーア
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歳陣営
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シャイニング
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ロサ
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医療部モブ