フロストノヴァの短編(三部構成)です。
Skew Position
あの日、私はこの世界を煉獄と評した。
私に与えられたのは罰でも救いでも、ましてや休息でもない。
苦悩する権利、選択する責任、あるいは贖罪の機会であると。
───そう認識していたはずだ。
覚悟していたはずだ。対策などいくらでも存在したはずだ。
───この日が訪れることを、予測できたはずだ。
それでも敢えて私の心情を言語化するのであれば、そう。
全くもって───度し難い。
◇
孤立しレユニオンからの攻撃を受けていた偵察隊の救助に向かった先で見たのは、およそ地獄と形容せざるを得ない惨状であった。人の焼ける臭いは何度嗅いだとて慣れる気がしないが、こればかりは人間の防衛反応として残ったものだと受け入れるしかない。
そこにいたのはレユニオン幹部の一人、メフィストと名乗る少年であった。
───当然、彼も感染者だ。そして既に私の知識とロドスに存在する技術をもってしても治療は不可能な段階、つまり感染中期に到達しているのが感覚で分かる。彼もまた、手遅れだ。
あの少女と同年代ほどの子供にすら未来はない。この先の戦闘でアーツを多用するのであれば残された時間すらも───
(いや、今は偵察隊の救助が優先だ)
周囲の情報を集めルートの構築と撤退線の指揮を行うのが先だ。そう考え手元のタブレットに目を落とした瞬間、その画面には五十を超える赤いマーク───所属不明もしくは敵対存在を示す───が表示され足元を冷気が吹き抜けた。
(───歌、か?)
吹き荒れる冷気を帯びた風と、僅かに耳に届いた歌声。敵の増援がアーツを使用したのだろう。
その発生源から近いところに立っていたフロストリーフという名の少女は、脚の一部が凍結していた。
「なっ、脚が......!」
「あれは......スノーデビル小隊!まさかあの人たちまでお出ましとはね......」
どこか見慣れたアーツだった。あり得ないと、頭のどこかで否定した。
だって、そんなことあり得るはずがない。
「さて、君たちに新しいお友達を紹介してあげよう。
───この舞台での真の主役をどうか拍手で迎えておくれ」
大袈裟な手振りで闖入者を指し示す。もう何も聞きたくなかった。何も見たくなかった。
でも、もしそうであるなら───
「西北凍原の悪夢と呼ばれた、スノーデビルのお姫様───
フロストノヴァだ!」
ああ、と声が漏れた。
こんなことがあり得ていいのだろうか。彼女のアーツはもっと繊細で、緻密で、誰かを傷つけないために丁寧に編み込まれたものだったのに。
穏やかな微笑は、あまりにも冷たい表情に遮られてその片鱗すら見えなかった。
慈愛を湛えた瞳は、冷徹な殺意だけを纏って私達を射抜いた。
今際の際に見せた些細な奇跡は研ぎ澄まされ、喉元へ突きつけられた刃となった。
「......エレーナ」
それでも、あの少女なのだ。
あの美しい銀髪も、吸い込まれるような灰色の瞳も、ウサギを思わせる柔らかな耳も。
戦場を覆う冷気さえも、あの少女と同じものなのだ。
装いを変え、所属を変え、年を重ね大人になったとて一目で理解できた。
たとえ地獄に堕ちようとも、幾億年の責め苦に苛まれ正気を失おうとも彼女だけは見紛うことは無い。
私の業。私の罪。私の信念。私の運命。───私の救い。
今回こそは、必ず───
「案ずるな、ロドスの者たちよ。
───お前たちのことは、苦しまないよう死なせてやろう」
少し、声が低くなっていた。でもよく通る声だ。歌うことにより声質に変化が生じたのだろうか。
どこかで、乾いた笑いが出た。どうやら出どころは私の喉だったようで、周囲のオペレーターが怪訝そうに私の様子を窺っていた。
そして理解した。
どうやら───
◇
「温度が......急に、下がってきたような......
!!地面も凍って......っ!」
あちらに居た時とは比較にならないほどに広範囲かつ殺傷力の高いアーツ。
それを振るうフロストノヴァは"エレーナ"でないように、私も今はドクターだ。ロドスのオペレーターを救出した後に本艦へと戻り、次の作戦へ向け準備を整えなければならない。
こちらの勝利条件は全員の生存。では逆に、あちらの勝利条件は何だ?
何を目的として、フロストノヴァはここを訪れた?駄目だ、現状では分からない。
では───私の目的は何だ?あの時、何を為そうと決めた?
私は......
「落ち着いてください、ジェシカさん!陣形の保持を......ドクター?何を───」
気付けば、私はフロストノヴァの元へと歩み寄っていた。
スノーデビルと呼ばれていた、彼女の直属部隊のうち何名かが私に武器を向けていた。鏃の形状が独特なクロスボウ、肉厚で刃渡りの長いマチェット。
凍結した何かへの攻撃を前提としたようなそれらを向けられてなお、私の心に揺らぎはなかった。
並大抵の武器では傷一つ付かない肉体であるから?或いは一度死を経験した身であるから?
否、そのどちらでもない。私はただ視界に映るそれらに意識を割いていなかっただけだ。目的も定かでない、ただ彼女の元に辿り着かなければならないという漠然とした思考のまま、幽鬼の如く覚束ない足取りで───
「ドクター!!」
取るに足らない一撃。
放たれた矢は、急所を外れた位置に着弾する軌道を描いていた。そもそも私の外皮を破るほどの威力も無いそれを気に留めることはなく、私の視線はフロストノヴァに固定されていた。
だから、気付かなかった。
「あぁっ!!」
私を突き飛ばしたのは、先ほどケイと名乗った若手オペレーターだった。実戦経験こそないものの訓練において非常に優れた結果を残していると、今後のロドスを牽引していく新しい世代のオペレーターであるとドーベルマンから太鼓判を押されていた少年。
彼の右肩には、深々とクロスボウの矢が突き刺さっていた。
「ケイさんっ!!」
アーミヤの悲鳴じみた呼びかけに応じ、ケイは苦痛に顔を歪ませながらも陣形から突出していた私の襟首を掴んで一瞬にして引き戻した。それと同時に幾人かのオペレーターが各々の弓を、クロスボウを、アーツロッドを構える。
「......ぐっ」
今度はレユニオン部隊の一角から呻き声が上がる。アーミヤのアーツが腹部に突き刺さり蹲る者、射掛けられた矢から仲間を庇う者。
その瞬間に場の空気が変わった。私の意識も
引き返すことなどできない、致命的で不可逆な変化。
戦うしかない。
「急げ!同胞たちをこれ以上傷つけさせるな!」
「包囲を突破する!負傷者を守れ!」
傷つけ合うしかない。
奪い合うしかない。
殺し合うしかない。
この世界はもしかすると、そんな風に出来ているのかもしれない。
「───♪───♫」
殺意が、吹き荒れる。
◇
「次、方位8距離20!クロスボウを持ったスノーデビル小隊の付近だ!!」
「了解っ!」
彼女のアーツを私はよく理解している。その発動理念、発動条件、効果範囲、効果量。そしてその脆弱性すらも。
まず一つ。彼女のアーツは密度の高い物に対し効果が薄い。
起点となるポイントから範囲を指定しアーツを発動するのだが、熱運動の減速には上限値が存在する。人間を直接凍結させることは非常に困難であり効率が悪いため、極度に冷却した空気を連続して吹き付けているのだろう。
二つ目。アーツ発動の起点となるポイントは本人もしくは専用のアーツユニットの数だけ指定できる。つまり広範囲かつ人体を凍結させるほどの高威力でアーツを発動している以上───
「アーツユニットは推定であと6つ!!次は方位11距離15!!」
その分だけ、アーツユニットが必要なはず。それを破壊すれば戦場での脅威度は一気に低下する。こちらの目的は撤退であり無闇に攻撃を行う必要はない。
最も効率よく戦場を支配するための場所、そしてそれを設置したスノーデビル小隊の現在地を組み合わせればどこに埋め込んであるか自ずと見えてくる。
壊すべきものを壊せば退路が見出せる。たとえ戦うとしても、傷つけ合うとしても殺し合う必要なんてない。
「───♪───♫」
「アーツが来る!!」
「させないっ!」
「っ、邪魔だ───」
フロストノヴァはアーツに歌を使う。そこが"エレーナ"との最も大きな差だ。
一種の詠唱として機能しているであろうそれにより威力及び範囲の拡大を実現しているが隙にもなりうる。
その隙を突かせない為のスノーデビル小隊。制御下から逸脱した冷気から身を守る防具、凍結した対象を殺傷することに特化した武器。独立し他部隊の掩護を行うのに十分であるが小回りの利く小隊規模の人員。
なるほど、西北凍原の悪夢と呼ばれるだけはある強力な部隊だ。
だが負ける気はしない。
こちらの戦力も少なくはないし自由度の高さで言えば上回っている。攪乱とピンポイントな妨害及び破壊工作に集中するのであれば十分以上に戦える。
そう。
───彼女が本気でないうちは。
「このままでは埒が明かない。───十秒稼いでくれ、片を付ける」
「「了解!!」」
強力なアーツを使用し状況を打開しようとしているのだろう。これまではある程度散開していたスノーデビル小隊がフロストノヴァを庇うように立ち塞がる。
少人数の密集隊形など僅かな時間で食い破れる。だが───
(間に合わない。数秒で突破するには単純に火力が足りない)
「攻撃を停止、周囲を警戒!」
防御を破り歌を妨害できないのであれば、攻撃はやるだけ無駄だ。双方の負傷者あるいは死者を
「眠れ、眠れ
ハリネズミの人形と小熊たち」
「静かな、黒に沈め
......壊れた人形よ」
薄氷を砕くかのような、或いは枯れ枝を手折るかのような音。見上げれば真っ黒な氷塊が戦場を取り囲むかのように浮遊していた。
着弾。
平凡な石畳があった場所は、一瞬で氷塊に埋め尽くされた。これまで攪乱に用いていた地形も、有用な撤退ルートのうちの幾つかもまた同様に浸食される。
よく見れば僅かであるが浸食が継続している。試しに小石を投げてみれば一瞬で飲み込まれ氷漬けにされてしまった。
一種の地雷であり、即席の使い捨てアーツユニット。
───これは、少々。
(まずいな。退路の大半を絶たれた)
主力部隊でフロストノヴァの相手をしている間、時間をかけて密かに作り上げた包囲網の穴。狙撃オペレーターによる掃射の流れ弾と誤認させつつ瓦礫を大まかに取り除いた退路。
それらが完璧に潰されている。
退路と呼べるものはもう、一つしか残っていない。包囲殲滅戦において唯一生じる盲点。
つまり───
(敵本隊の背面、つまり正面突破)
包囲殲滅から逃れる術は、基本的に存在しない。包囲された時点で戦力差は明白であり敗北は必至。戦力的に手薄な部分を決死の覚悟で抉じ開けるのが生き残る数少ない方法だ。
だが、今回は違う。
退路は敵主力部隊の背面にしか存在しないが、正面突破も不可能ではない程度の戦力差だ。勝ち目はないが逃げること自体は可能。
その過程で、双方に無視できない数の死傷者が出ることを許容できるのであれば。
(黒い氷塊の生成が終わった。彼女たちの帰り道でもある本隊の背面は当然だが設置されていない。
次のアーツ発動───妨害は可能、やるしかない)
「正面突破だ、敵の背面に突き抜けろ!!」
「っ!!一人も逃がすな!!」
誰かの断末魔を悲鳴と怒声で上書きし、凍り付いた大地を血で染め溶かす。
互いの正義を理解しながらも譲り合えない。大義を為すためには引き下がれない。
そうして殺し合いが始まった。
◇
───その戦いで三人死んだ。
重軽傷を負った者は両手でも数えきれない。
報告によればレユニオン構成員を二人、スノーデビル小隊員を一人殺したらしい。
医療設備が整っているか定かでないレユニオンでは、それ以上に助からなかった者も居るかもしれない。
後日ロドス内で行われた情報共有により、レユニオン幹部の一覧に一人追加され一般オペレータにも公開された。
───西北凍原の悪夢。オペレーター三人の命を奪った氷の姫。
フロストノヴァ。
脅威度は五段階評価中、リーダーであるタルラと同値の四。
ロドスの目的達成において排除しなければならない"敵"であり。
現状における、最大級の脅威であると。
長くなりそうなので分けました。今の外面と内面はこんな感じです↓
ドクター 「職務を全うする」(未練たらたら)
フロストノヴァ「ロドスを追う」(ドクターの正体は"まだ"知らないので本編とほぼ同じ)
作者 「殺す」(殺す)
あと感想お願いします(定期)
次に書く短編の登場人物とか
-
アーミヤ
-
パトリオット
-
ホルハイヤ
-
Friston-3
-
モスティマ
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グレイディーア
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歳陣営
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シャイニング
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ロサ
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医療部モブ