昔日の巷塵   作:湊咍人

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「最接近点」

 次回で完結します

 あと今更ですが◇で区切ってある時は時間か視点が飛んでいます
 いつ誰の視点なのかは地の文か口調で判断してください(適当)

 追記
 ドクター(主人公くん)は集中すると五感を強化できます


Closest Approach Point

 

 同胞の一人が腹を斬り裂かれ臓物を撒き散らした瞬間に、私は決意した。

 このまま正面からぶつかり続ければ双方無事では済まない。ロドスに致命的なダメージを与えることは可能だろうが痛み分けに終わる。

 

 アーツユニットは残り二つ。予備のものを含めれば五つ。

 現状を打開できるアーツは───もう一つしかない。

 

「脆性破壊を使う。既定のポイントに設置した後離脱しろ」

「姐さんは!?」

「適当な所で離脱する」

「ちゃんと離脱してくださいね!?」

 

 生き残っている各部隊へ通達。予備のアーツユニットを保有している部隊は腕利き揃いである事が幸いし、全員が指示に従う。 

 専用の射出機を用いてビルの側面に突き立てられるアーツユニット。急激な温度変化により生じる局所的収縮は高いひずみ速度を生み出し、極低温環境は万物に平等な断裂を齎す。

 

 それは脆性破壊と呼ぶには凶悪すぎる効果を生み出した。

 何せ、術者である私ですら関知していない幾つかの変数が紛れ込んでいたのだから。

 

 まず一つ。私のアーツはこれまでにないほど広範囲かつ長時間展開されていた。地形を構成するあらゆる物には既に多大な負荷が生じ、その強度は著しく損なわれていた。

 

 二つ目。激しい戦闘の影響からビルの柱には幾つかの損傷が生じ、一部の柱には建設時の想定を遥かに上回る応力がかかっていた。

 

 三つ目。脆弱化した地面の下にはある程度の空間が広がっていた。

 

 四つ目。地下空間は私の足元にも及んでいた。

 

 そして、五つ目。

 

「───Елена(エレーナ)ッ!!」

 

 たとえ自力で助かる可能性が九割九分存在したとしても。共に過ごした記憶など微塵も存在せずとも命を懸けて助けに走る者の存在を想定していなかったこと。

 

 六つ目。

 

 

 

 

「───Доктор(ドクター)?」

 

 

 

 

 呼び掛ける声。真っ直ぐに向けられた瞳。

 それに───今更気付いてしまったこと。

 

 まさしく奇跡と呼ぶに値する出来事だ。何にも代えがたい幸福であり唯一の救いとも言える。

 彼は何一つ変わってはいない。優しくて臆病で、それでいて私なんかの為に己の身すら案じない。

 

 対して、私はどうだ?

 既にロドスの人員は二名手に掛けている。彼らは私達と同じ感染者だった。

 立場が、所属が、信念が異なっていた。

 

 だから何だ。

 

 同胞であったはずだ。根も葉もない噂と卑劣で謂れのない差別に怒り、その命を懸けて立ち上がった者であったはずだ。

 和解の道は、ゼロではなかったはずだ。

 

 私たちが歩み寄ることは非常に困難だ。一時的に協力することが関の山で、根本は同じはずなのにその行動指針には隔絶した差が存在する。私たちが彼らに手を差し伸べることはない。

 

 その逆であれば、今も目の前にあるというのに。

 

(私を、見ないでくれ───)

 

 彼と共にエレーナとして過ごした記憶はもう十数年前から存在しているが、夢として幾度も反芻するせいでいつまでも明瞭なままだ。彼が、そしてエレーナがどんな人間であったかはよく理解している。

 でも、私は彼の知るエレーナじゃない。彼女のように強く在ることはできない。

 

 もう私の手は血に染まり切っている。

 

(あなたが救うべきは私ではない......レユニオンは止められない、あなたはロドスの一員として他に為すべきことがあるはずだ!!)

 

 エレーナと私が殺し合えば当然ながら私が勝つだろう。それでも彼女の方が強いのだ。

 人は、死を目前に控えて尚あそこまで強く穏やかに在れるものだろうか。残される者を想い、その今後の生に幸福を祈り瞼を閉じることが出来るだろうか。

 

 何度も自らに問うた。答えは当然不可能だ。

 

 私の中に燻る憤りが消えることはない。この大地そのものを凍り付かせる怒りの炎は死んでも消させはしない。それが共に戦った同胞や手に掛けた者への(はなむけ)であると自身に言い聞かせていた。

 

 でも今なら理解できる。私は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離してください、、メテオリーテさんっ!!」

「一旦落ち着きなさい、アーミヤ!!リーダーであるあなたの動揺は部隊そのものの動揺と同義なのよ!!」

「でも、でもドクターがっ!!あの穴に落ちてっ!!」

「よく見て、生命反応は消えてないわ。冷静に状況を判断して、そうすれば助けられる可能性は十分にあるわ」

「......そうですよね、少し取り乱してしまいました。こういう時こそ冷静にならないと───」

「あー、ちょっといいか?」

 

 ドクターがフロストノヴァさんを庇うように落ちていったのを見て取り乱していた私をメテオリーテさんが抑えてくれたとき、場違いな軽い声で私たちに問いかける人が居ました。

 

 フロストノヴァさんの側に控えていた、スノーデビル小隊の方でした。

 

「......今こっちは戦ってる場合じゃないんだけど。あなたのとこのお姫様も落ちちゃったみたいだけど、彼女の心配はしなくていいの?」

「こっちも同じようなもんだ。───一時休戦といこう、ロドス」

「ええ、そうしましょうか」

 

 つい先ほどまで命を懸けて戦っていた相手ですが、フロストノヴァさんはスノーデビル小隊の方々にとって大切な人であったようで休戦には概ね同意してくださりました。

 ロドスの側では───ひと悶着こそありましたが休戦を受け入れることに決定しました。

 すぐにドクターとフロストノヴァさんの捜索が始まりました

 

「そっちはどうだ?」

「駄目だ、瓦礫が重すぎる。......そっちは恐らく崩れやすいから近寄らない方が良い」

「助かったぜ、人手が欲しい時は言ってくれ」

 

 スノーデビル小隊の皆さんは、他のレユニオン構成員と異なり戦闘に対し意欲的でないようです。少しの時間でオペレーターの皆さんとスムーズに交流し協力できる柔軟性も持っていました。

 メフィストがオブジェと呼んでいたアレに対して苦言を呈していたり、現体制への疑問を持つ方もいるようでした。

 ドクターが呼んでいた「エレーナ」という名前はフロストノヴァさんの本名らしく、二人の関係性については私も含め全員が疑問を思っていたので途中からは専らその話でもちきりでしたが。

 

 今私の頭に過るのは、移動中にドクターと話していた「戦場の奇跡」の一節です。

 

(たとえ戦争中であっても戦場に立つのは人間───些細な切っ掛けさえあれば共に酒を飲み交わし、互いの食料を交換し合いスポーツを楽しむことが出来た)

 

 私たちの間に存在する差は何でしょうか。

 

 ロドスで育てられた私と、ウルサスにてパトリオットという方に拾われたフロストノヴァさん。

 そこにどれだけの差があるのでしょうか。感染者の未来を案じ、仲間と共に立ち上がり今日まで戦い続けている私たちは、それでもなお交われないものなのでしょうか。

 

 ドクターであれば、この問いに答えを見出せるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......っ」

「目が覚めたか、ドクター」

 

 全身の打撲。肋骨が二か所と左腕の尺骨が折れているが───まあ、すぐに治る。

 フロストノヴァには目立った傷も無い。"注視"してもすぐに手当てを必要とする大きな怪我は見当たらなかった。

 ───その痛々しい体表鉱石は、言うまでもないが。

 

「......あまり見るな」

「ああ、すまない───その、君は」

 

 あの時、私の名前を呼んだのでは。そう問おうとした。

 遮るように、或いは諭すように彼女は答える。

 

「そんな顔をしなくてもいい。私は確かにエレーナだが、あなたの知る"エレーナ"とは別人だ。記憶を持っているだけの他人と言いたいところだが、幼少期から彼女の記憶を持っているせいで多少なりとは変質しているだろうが」

「......そんなに酷い顔をしていたかな」

「ああ。捨てられた子犬(ペッロー)のように悲壮な面持ちだ」

 

 そう言って微笑む彼女。その笑顔には紛れもなく"エレーナ"の面影があった。

 

「その───駄目だな、言葉が出てこない」

「安心しろ、私も同じだ」

 

 もし"エレーナ"にもう一度会えたら、なんて考えたことが無いとは言わないが。

 実際にこうして対面してしまえば何もかも吹っ飛んでしまった。

 

「体調はどうだ?食事と睡眠はとれているのか?」

「食事は不味いが量はそれなりにある。睡眠もとれているさ。

 ───体調に関してはまあ、言うまでもないことだろう」

「源石浸食率、いや源石融合率は20%といったところか、血中源石濃度もかなり高い。

 このままだと君は───」

 

 あの時と同じように、君に告げなければならない。

 

「分かっている。何せ二回目だ、死期くらいは自分でも判断できる」

「───ロドスに来るんだ、まだ間に合う」

「それは駄目だ。駄目なんだ、ドクター」

「それは、何故?」

 

 このままだと、彼女はあと数か月生きれるかも分からない。アーツを使えば更にタイムリミットは縮まる。

 最悪、もう一度今回より大規模の戦闘が起きてしまえば彼女は───

 

「"エレーナ"は既に救われている。そしてあなたには救うべき人がまだ多く居る。

 ───その中に私を含める必要はない、それだけだ」

「そんな事は───!!」

「あなたは幸せになるべきだ。ここ(戦場)ではない場所で、私ではない誰かと。

 そうでなければ、私は......」

「......すまない」

「いや......私も感情的になってしまった」

 

 冷気を伴った沈黙が帳を下ろし、互いの頭を冷やした。

 彼女が小さく咳き込む。思わず駆け寄るが手で制される。

 

「あまり近付くな......私の素肌に触れればすぐに凍傷を引き起こす。衣服の上からでも部位によっては危険だ」

「......あちらと比べてかなり酷いな。いつからだ?」

「物心つく前さ。ボジョカスティ───パトリオットに救い出された時には既に"そう"だった」

「そうか」

「悪いことばかりじゃない、この体でなければ困る場面もあった」

 

 ところで、と彼女は切り出す。

 

「キャンディを食べるか?」

「随分と唐突だな。頂こうか」

 

 そういえば彼女が手作りした物を食べるのは随分と久しぶりだ。

 そう、あれは確かクリスマスを初めて知った彼女が七面鳥を焼いてみたいと言った時以来───

 

「~~~~っ!!!」

「ふふっ、見事に引っ掛かったな」

 

 凄まじい味だ。かなり度数の高いアルコール、この辺りでは珍しい香辛料の風味をいくつか感じる。

 

「君の悪戯に引っ掛かったのも久しぶりだよ。......このキャンディであれば、君も味わえるのか」

「その通りだ。この悪戯も久々に日の目を見たよ、もう仲間は全員経験済みだからな」

「こんなに驚いたのは背中へ氷柱を差し込まれた時以来だよ」

 

 それから少しばかり話をした。軽く身の上話をして、ある程度の情報共有を行う。

 

「そのケルシーとかいう女は怪しすぎる。信じるに値する人物なのか」

「随分と直球だな......正直に言えば図りかねているが、この体の本来の持ち主と何らかの関係を持っていたのは間違いない。しばらくはロドスに身を置くことに決めたんだ」

「あなたはどうも騙されやすい性格に思えてならないからな」

「どういう意味かなそれは」

「自分の胸に聞いてみればいい......ところで、以前の体との差で困ったりはしていないか」

「いや、どういう訳か殆ど同じ体でね。所々欠けているがまあ誤差の範囲だ」

 

 そうして、何分経ったであろうか。

 ロドスとスノーデビルの面々が私の位置を特定したらしい。直上にて動きが活発になる。

 一時的とはいえ協力関係を築いた彼らの力があればそう遠くないうちに救出されることになるだろう。

 

 ここを掘り当てるまで、あと一時間弱といったところか。

 

「君の部隊とロドス、どちらが先にここを掘り当てると思う?」

「さてな。しかしその順序次第では一時的な協力関係は終わり、再び戦闘が始まるだろうな」

「......協力関係を築いていると知っているのか?」

「君が慌てていない時点で自明だ。何らかの方法で動向を把握しているのだろう?」

 

 一つ賭けをしようと、彼女は言った。

 

「ここを先に掘り当てたのがロドスの人員であれば、私はその場にいる全員を凍り付かせる。数週間は戦場に立てない体になるだろう。私の兄弟姉妹たちが先に掘り当てたときは───そうだな、全員から一発ずつ殴られる覚悟をしてもらおうか」

「それは恐ろしいな。───だが今回は、どちらも遠慮させてもらおう」

 

 彼女は茶化してはいるものの、実際に救出された時に状況がどう転じるかは分からない。言外に戦闘には発展させないと保障してくれるのは嬉しいが、なるべくリスクは抑えたい。

  

 懐から一つのケースを取り出す。名刺大の、厚さ一cmもないケースから錠剤を一つ取り出す。

 

 その正体は錠剤型に成形した源石だ。

 私が一回だけ力を振るえる程度に調整された活性剤でもあり、応急処置用の治療薬でもある。

 

 口に放り込み、噛み砕いて飲み下す。嚥下した瞬間、ウィスキーでも飲んだかのように喉から腹にかけて熱が伝わり、やがて全身を包み込む。

 

 フードを脱ぐ。頭部に出現した光輪を覆ったり遮ったりすると何故か気分が悪くなるのだ。そこで気が付いた。

 

 眼前で表情を歪める、在りし日の少女の成れの果てである今にも泣きだしてしまいそうな彼女の存在に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔立ちは、記憶の中にある彼と合致していた。声も、背格好も、その不器用な笑顔も同様に。

 

 でも、それら以外の全てが異なっていた。

 

 額の両脇から生えたサルカズを思わせる角。根元から切断されているそれは切り株から伸びる新芽のように、長い白髪の隙間から再生を始めていた。

 顔の左半分の一部は一瞬焼け爛れているのかと錯覚したが、実際にはアダクリスを思わせる鱗に覆われている。

 左目の瞳孔は真っ赤に染まりながら縦に割れ、対となる灰色の目よりも一枚多い瞼に守られている。

 

 そして、力ずくで捥がれたかのようにボロボロな輝く翼。砕けたガラス細工と錯覚してしまう罅だらけの光輪。

 

 "以前の体と殆ど変わらない"と彼は言った。あちらの世界の彼は勿論そんな姿をしていなかった。

 彼が何故、そのような姿になったのか。言われなくても分かる、今の私には理解できてしまう。

 

 

 

 私だ。

 

 

 

 無知な私が最期に遺した言葉と些細な我儘によって、彼は───

 

「その、姿は───」

「汚いものを見せてしまってすまない。......危ないから少し離れていてくれ」

 

 彼はそう言って、どこか慣れた所作で跪く。

 神に許しを請うように。───或いは、遥か高みに君臨する何者かを睨めつけるかのように。

 

「主よ───

 我が信念を照覧あれ」

 

 ふっと、蝋燭の灯が瞬くような明滅の後。

 彼の右手には一丁の拳銃が握られていた。

 

 彼が片時も手放すことのなかった銀色の回転弾倉式拳銃、Miséricorde(慈悲の剣)

 その名の由来はついぞ知ることがなかった。彼自身はおろかその周囲の誰も口を開こうとせず、救世主が丘まで背負ったという十字架のように彼を縛り付けていた何か。

 

「......ああ」

 

 思い出した。今際の際でその銃口を私に向けた彼の表情を。

 きっと、今の私もあの時の彼と似たような表情をしていたことだろう。

 

 でも、今の彼は違う。信念を以て希望を胸にその銃を構えている。

 "エレーナ"も彼も、前を見ている。未来に向けて歩いている。

 ───私とは違って。

 

 彼の右手に光が収束してゆく。閉鎖された地下空間の中でそれは太陽の如く私の眼を焼く。

  

 ボロボロの翼を広げ天を見据えるその姿は、まるで日の光に翼を捥がれたイカロスのようで───

 

 

 轟音。

  

 

 空気の停滞した洞窟を一条の光が焼き焦がし、凍結した瓦礫を溶融させ地上に向け一本の道を形作る。

 明らかに常識の外にある威力であった。タルラであってもこのレベルの火力を出すことは困難であり寿命を削る一撃になるだろう。

 

 それを容易く、一切の疲労すら見せず撃ち放つとは。

 

「その力、見せても構わないものなのか」

「駄目とは言わないが、ある程度は秘匿するべきものだ。まあ君の仲間に袋叩きにされるよりかはマシさ」

 

 時間切れだ、と。彼はそう言ってフードを被り直し私の手を取る。

 抉じ開けた穴を登る際に躓かないよう、エスコートでもするみたいに彼は私の手を引く。

 

 でも、分かっている。

 

 彼の左手。私の手を握っていない方は手袋の材質が僅かに違う。正確には、指先と手の甲の部分がより硬い素材で作られている。

 形も違う。明らかに()()()()()()()

 

 それでも彼の右手はあの時と変わらずに大きくて、力強くて。

 

 

 

 けれども暖かさだけは、感じ取ることが出来なかった。

 

 

 

 

 







悔い改めよ

己が罪を慚愧せよ
簒奪せし万物を償還せよ
跪き其の罪業を告解せよ

さすれば主の御名において審判は下るだろう




次に書く短編の登場人物とか

  • アーミヤ
  • パトリオット
  • ホルハイヤ
  • Friston-3
  • モスティマ
  • グレイディーア
  • 歳陣営
  • シャイニング
  • ロサ
  • 医療部モブ
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