昔日の巷塵   作:湊咍人

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「生温い抱擁」

アホなのでコメント付き評価の存在に今更気付きました。もうめっちゃ嬉しいです(小並感
あとお気に入りが200件に到達していました。感謝ぁ!!






Lukewarm Embrace

 

 

「来たか」

 

 龍門の一角にて。

 

 そこにはフロストノヴァが佇んでいた。フロストノヴァだけが私たちを待ち構えていた。

 彼女の周囲にスノーデビル小隊の姿はない。その代わりに以前も見た黒い氷塊が漂い、その身を守るように周回軌道を描いている。

 

 二度と出会わない事を祈っていた。だが同時にもう一度会って話がしたかった。

 こうなることは分かっていた。あの場にいる誰もが理解していた。

 

 次に出会った時が、どちらかの最期になると。

 

 黒い氷塊は罅割れるような音を立てながら現在進行形で増殖し、その切っ先を我々へ向ける。

 それを一種のアーツユニットと以前の私は評したが、半分不正解であった。

 

 あれは、ある意味で彼女の手足の延長なのだ。析出し滲出した源石結晶とアーツによって作り出した氷塊を混合させることにより生成される、より自由度の高くアーツ適性の高い即席アーツロッド。

 

 それが自然に発生するというのはつまり。

 

「痛くないの!?それで痛くないっての!?

 ねぇ、痛くないのかって聞いてるんだよ、白ウサギ!」

 

 以前の戦闘後に私とフロストノヴァを掘り出そうとしていた最中に合流した、エリートオペレーターであるブレイズの悲痛な声が響く。

 彼女がフロストノヴァと対峙するのは二度目であり、接した時間を合計しても一分に満たないはず。そうであるはずなのに、彼女はフロストノヴァのアーツ特性から戦法に至るまでの多くを短時間でおおよそ理解していた。

 

 減速と加速。相反するアーツであり、ある意味で最も近い二人。

 故にフロストノヴァの現状を、二番目に理解した。文字通りに生命を削り、残された時間を擦り減らし、全身を激痛に苛まれながらも悠然と佇む彼女を前にして何を感じたのか。

 

 

 

 

「待ちわびたぞ、ロドス。

 ......レユニオンの指揮官を殺したいのだろう?」

 

 

 

 

 彼女が一歩を踏み出す。応えるように、私もまた一歩歩み寄る。

 その場にいる全員の視線が私に集まる。

 

「フロストノヴァ、それが君の決断なのか?」

「ああ」

「後悔はしないか」

「......後悔か」

 

 どこか遠くを見た彼女は、一拍おいて答えた。

 

「兄弟姉妹たちが周りにいる限り、私は全力を出すことが出来ない───ドクター、あなたと同じようにな」

 

 彼女は目を伏せるように振り向く。そこにはもう誰も居ない。

 彼女の仲間はもう、誰一人として。

 

「だがもう、私の側には誰も居ない。皆、もう死んだ。

 もう体の中にあるこの"冬"を抑えておく理由も、一つしか残っていない」

 

 故に、と区切る。

 

「改めてあなたの質問に答えよう、ドクター。

 進み続けると、戦い続けると決めたことに後悔など微塵も無い」

「そうか......君を軽んじる質問だった、謝罪しよう」

「あなたらしい質問だった、不快とは思わないさ」

 

 緩みかけた空気を締めなおすように、彼女は一つ提案をした。

 

「一分待つ、余計な人員を撤退させるといい。ドクター、あなたも───」

「それは断らせてもらおう。私がその選択をする訳がないと知っているだろう」

「最後通牒のようなものだ。......力を使う気が無いなら、距離を取るべきだろう」

「忠告痛み入るよ。見届けると言いながら肝心な時に凍った蓑虫になっていては話にならないからな」

 

 さて、と。

 

「準備はできたか、ロドス」

「もう始まってるよ!」

 

 ハンドサイン通り、身を躱した私の背後から突撃するブレイズ。その更に後方からクロスボウとアーツを構えるアーミヤとグレースロート。

 

 最期の戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪くない強襲だ。しかし───」

「今っ!」

 

 爆発。

 

 正確には膨張と呼ぶべきだろうか。私が展開した氷と冷気の壁、その表面のみに熱量を集中し瞬時に気化させ疑似的な爆発が起こる。

 

 私と、子ネコの間でそれが起こればどうなるか。

 

「っ......」

 

 眼前に迫るのは漆黒のアーツと六本の矢。瞬時に体勢を直し、冷気の帳を下ろし乱流によって叩き落す。

 ───なるほど。

 

「ある程度は対策済みといったところか」

「そりゃね、天災と身一つで戦う馬鹿なんてそういないでしょ!」

「はっ、よく言う───っ!!」

 

 まずは子ウサギの指輪を凍結させる。アレックスの命を奪ったというアーツは無視できない脅威だ。

 既に目視不可能な段階まで分解した源石結晶を空間に循環させている。彼女たちが容易に砕けない強度まで凍結させるに十分な量が付着しているはず───

 

「......あなたの入れ知恵か?ドクター」

「私は少しアドバイスしただけだ。実際に対策を考えたのはアーミヤ、実行したのはブレイズさ」

 

 凍結させられない。彼女たちの体表に付着している源石粉塵の量ではアーツを媒介させるのに全く足りない。

 

「───源石粉塵に対してではなく、冷気そのものが体に触れないよう微弱な気流を形成したのか」

「ご名答!アーミヤちゃんってば天才でしょ!?」

「......ふんっ、まあ及第点と言ったところか」

 

 源石粉塵を介した凍結を回避すれば勝てるかと問われれば、もちろん答えはノーだ。これが躱せなければ敗北する、そういった敗北条件の一つから逃れたに過ぎない。

 

 だが戦いのスタートラインに立ったことは確かだ。

 私は、彼女たちを初めて自身を脅かす脅威となる"敵"として認識した。

 

「どうやら、見縊っていたのは私の方だったらしい。

 ......本気で行くぞ」

 

 生成するのはこれまでにも何度か見せた黒い氷塊。そして内部に閉じ込めた数滴の液体。

 これまでとは真逆、冷気を拡散させずに凝縮する。

 

 こちらの世界で、この液体の正体を知る者はまず居ない。

 

「───ブレイズ、避けろっ!!」

「っ......!!」

 

 ロドスの狙撃手と似て非なる六連射。本命は五発目と六発目だ。

 

 一発目───直撃する弾道、これまでの癖通りに左側に熱風で押し流す

 二発目───やや右側に逸れた弾道、体を軽く捻って躱す

 三発目───足元を狙った弾道、大きくバックステップを取る

 四発目───頭を狙った弾道、身を屈めて回避する

 

 そして五発目───右上半身を狙った弾道、右上方に押し流した瞬間に爆発する

 

 予想外の衝撃に仰け反った体に直撃する弾道の六発目。

 咄嗟に自傷し流した血液によって強力なアーツを放とうとする子ネコを前に私は───

 

 勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブレイズさんっ!!」

 

 一条のアーツが氷塊を貫く。漆黒の帯のようなそれ───アレックスを、殺したアーツ。

 貫き、引き寄せて地面に叩きつける。氷塊に含まれた活性源石から一瞬火花が散り、瞬時に爆発する。

 

「ドクター、あれは何!?急に爆発したんだけど!!」

「......おそらく液体窒素か液体酸素だ。直撃した場合、運が良ければ酸欠か酸素中毒。悪ければ大爆発だな」

「対策は!?」

「加熱しないこと、強い刺激を与えないこと───つまり君とは相性最悪だ」

「りょーかい!!」

 

 距離を詰める。先に狙うべきは子ウサギ、次点で狙撃手───子ネコとの戦闘中に入る横槍は的確であり、このままだと間に合わないと理解した。

 

 湿度を調整、空気中に飛散させた源石結晶を再度集積させ核とする。

 冷気を空間全体に拡散させ、十分に行き渡らせながら気温を徐々に下げる。

 

 狙いに気付いた子ネコが、挑発するような口ぶりで問う。

 

「これってあれでしょ、ダイヤモンドダストってやつ。───綺麗だけど、目視できるだけ私達にとっては有利なんじゃない?」

「いや、そうでもない。試してみるか?」

 

 巻き起こすのは自然界で起こりえないダイヤモンドダストの吹雪。微小な結晶の一つ一つは軽く、故に数は膨大。光を乱反射する結晶を束ねて気流に乗せてやれば───

 

「......目くらましとは。小細工もお手の物って訳ね」

「この結晶はお前でもすぐには溶かせない。そこで指を咥えて待っていろ」

 

 このアーツは、"エレーナ"が最も練習したアーツだ。その完成度と強度は限界まで高められている。

 

 小さすぎる結晶は溶かしても直ぐに再凝固する。一部を吹き飛ばしても全体から見れば微々たる量であり、例えるのであれば魚群をつつくようなものだ。一時的に流れが乱れても止めるには至らず、少し時間を置けば元に戻る。

 

「まずはお前だ、子ウサギ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ......あぁっ!!」

 

 頭の中に流れ込んでくるのは、彼女の感情。

 

 嚇怒。彼女の身を動かしているものはそれだけだと、あの時はそう感じました。ドクターと二人で地下空間に閉じ込められる前までは。

 

 でも、今の彼女は───とても悲しんでいます、泣いているんです。

 ドクター、あなたの姿を見る度に。

 

「う、うぅ......」

 

 もう戻れない故郷を語る、ロドスで保護された民間人。戦友を亡くしたオペレーターの方から伝えられる、些細な日常の一コマ。郷愁や寂寥とも言い表せない、そこに"在った"だけの幸せを振り返っても眺める事しかできないような。

 そういった寂しさや悲しみを煮詰めて喉の奥に流し込まれるような、そんな感情をずっと胸に秘めたまま。

 

 彼女はずっと、そんな精神状態のまま戦い続けています。

 ドクター、あなたは────

 

「どこを見ている、子ウサギ。討つべき敵はここに居るぞ」

「───っフロストノヴァ、さん......」

 

 私たちは進み続けなければなりません。立ち止まることは許されませんし、引き返す道などありません。

 

 それでも私がフロストノヴァさんのように怒りと悲しみを抱きながらも進み続けられるか、分からないんです。こんな感情に暮れながらも抗い続けられる自信がないんです。

 多くの仲間を喪い、それでも尚残った人たちを守ろうと。

 文字通り命を燃やして全てを出し尽くし戦う彼女の前に立っても同じことが言えるのか、分からないんです。

 

 私たちはどうしても戦わなければならないのでしょう。状況が、時代が、立場が、運が悪かったのでしょう。

 

 それでも。誰が何と言おうと。

 彼女の悲しみを放っておくことなんて私にはできません。

 

「通してください、フロストノヴァさんっ!!」

「ああ、断る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苛烈な戦闘も終幕の時が近付きつつあった。

 

 アーミヤは指輪を複数同時に励起させている。ブレイズは既に相当量の血液を消費している。グレースロートは矢の八割以上を損耗している。

 

 フロストノヴァは咳き込む感覚が徐々に短くなってきた。彼女がその細い肩を震わせる度にアーツは精彩を失い、その隙を縫って攻撃する。即座にアーツを再発動させた彼女がアーツで迎撃し、天災を思わせる規模のアーツを行使する。そんな流れが形成されていた。

 

 

 私は───何もしていない。何もできていないと言った方が適切かもしれない。

 

 

 部隊単位での指揮は可能であるが、初見でのボス攻略じみた多対一の戦闘に関しては門外漢もいいところ。

 何より、私はこの期に及んで自らの立場を決めかねているのだ。

 

 ロドスは先に進まなければならない。戦闘を収束させ、黒蓑による虐殺を止めなければならない。

 フロストノヴァは止めなければならない。先に散っていったというスノーデビル小隊員に報い、生き残った仲間を守り、リーダーであるタルラに今回の事態について問いたださなければならない。

 

 双方の言い分は正しい。それらは正義であり、大義があり、そのどちらも間違っていない。

 ───だが、二つの正しさは時に両立し得ない。

 

 ロドスは私を保護した。フロストノヴァは私が彼女の側に付くことを拒んだ。その二点で判断するのであればロドスの側に付くことが妥当であるだろう。虐殺と騒動の鎮静化は公共の利益及び全感染者の救済という最終目的とも合致し、一見すれば他の選択肢など存在しないかのように思える。

 

 目の前の一人を切り捨てるのが正義だろう。彼女の脇を通り抜け、より多くの人の手を取ることが正解だろう。

 

 一を殺す者は悪。一を救う者は善。

 十を救う者は聖人。一を殺し九を生かす者は英雄。

 

 

 そして一を切り捨てられず九を失う者は愚者だ。救いようのない暗愚だ。

 

 

 それでも、身勝手にも考えてしまう。

 

 一人を切り捨てることでしか維持できない秩序であれば壊れてしまえばいいと。

 ───君を救えない正しさであれば、投げ捨ててしまえばいいと。

 

「ああああああっ!!!」

「......っ!!」

 

 視線の先では決着が付こうとしていた。立ち上がれないグレースロート、貧血と数えきれない裂傷と凍傷によりまともに身動きも取れないブレイズ。

 そして膝立ちになりながらも右手を掲げ極大の一撃を放たんとする、今にも倒れそうなアーミヤ。

 

 対するフロストノヴァも満身創痍であった。激しい戦闘とアーツの詠唱を並行して行った結果として軽い過呼吸を引き起こし、幾度も咳き込む度に口元には血が滲む。

 

 

 

 

 直感で理解した。あと数秒後に二人のどちらかが死ぬ。

 

 相打ちにはならないと悟った。この戦いにおける勝者が敗者をも背負って行くのだと。

 

 

 

 

 ───私の体は、その時になってようやく動いた。ずっと握りしめていた錠剤を三つ口の中に放り込んで噛み砕き、そのまま歯を食いしばる。この体は覚えていた。アーツの使い方を、それをアーミヤに教えた日々を。

 

 手を翳すだけで脳の一部が切り替わるのを感じる。最適なアーツを放つだけの機械になったかのような感覚のまま、右手に集う輝く闇を向けて───射出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレースロートが私を見る。これまでは傍観者に過ぎなかった私による遅すぎる介入、あるいはその方法に驚いた様子であった。

 

 ブレイズが私を見る。アーミヤのそれと酷似したアーツに驚いたのか一瞬目を丸くしたものの、千載一遇のチャンスを逃すまいと最後の気力を以て立ち上がった。

 

 アーミヤが私を見る。彼女に記憶にあるドクターと同じアーツを使用したことに対してであろうか、喜びと安堵。そして何故か疼痛を堪えるような表情が一瞬浮かぶ。

 

 

 

 フロストノヴァが、私を見る。

 ───その顔に浮かぶのは、安堵であった。

 

 

 

 私が展開したアーツは一つ。アーミヤに教えたアーツの中で最も初歩的で、そして彼女が最も多く使ったアーツ。

 

 それは盾であった。アーミヤとフロストノヴァの間は厚い盾により遮られていた。

 

 数秒後。どさりと、広大な空間に二つの音が響いた。

 極度に消耗したアーミヤが地面に手をつく音。そして限界を迎えたフロストノヴァが初めて膝をつく音。

 

 勝負はついた。

 追撃しようとしていたブレイズを片手で制し、ロドスのドクターとして指示を出す。

 

「先に行ってくれ。私は残る」

「......ドクター」

「アーミヤ......また後で」

「───はい、待っています」

 

 三人の足音が遠ざかってゆく。彼女たちは外で待機していた人員も呼び戻し、その場には私とフロストノヴァだけが取り残された。

 

 彼女との間には、数歩では埋められない距離があった。たった数歩であるにも関わらず、私はその隙間を埋めることが出来なかった。

 

 この期に及んで怯えていたのだ。この隙間は私が認知していないだけで、既に私が手をいくら伸ばそうとも彼女に届かない位置まで広がっているのではないかと。

 

 

 

 私は、彼女を切り捨てた。

 

 

 

 正確には、初対面の時点で強引にでも彼女を救うという手段を取らなかった時点で切り捨てていた。

 彼女の意思と、残された寿命。その二つを天秤にかけた結果として選んだのかと問われれば答えは否だ。

 

 私は彼女の意思を尊重した。彼女の意思を踏みにじる選択だけはしないと決めていたのだ、たとえそれが言い訳に過ぎなかったとしても。

 

 だが結果はどうだ。

 

 あの時よりマシな結果が得られただろうか。一度喪ってなお反省も学習もせず、こうして無様に二度目を迎えている。彼女はまた私の眼前でその短い生涯に幕を下ろし、私はのうのうと生きてゆくのか。

 何のために、こうして生きているのか───

 

「......何をしているんだ、あなたは」

「......っ」

 

 立ち尽くしていた私の前には、いつの間にか彼女が立っていた。アーツロッド兼近接戦闘用の剣を杖として立っている彼女は呆れたような目を向けていた。

 

「あなたがそんな様子では、私もおちおち寝ていられない......」

「フロストノヴァッ!!」

 

 ふらりと力が抜けたように崩れ落ちる彼女を抱きとめる。

 ───まるで、それが当然のことであるかのように温かい体を、しっかりと。

 

「......っ体温が」

「ああ、最期になってようやく鉱石病の影響が抜けたらしい」

 

 震える手で、彼女は手袋を外そうとする。彼女の華奢な手を取り、指輪と黒い薄地の手袋を外してやると私のコートを軽く掴んだ。さながら、縋り付く子供のように。

 その力は弱々しく彼女自身の体を支えるには到底足りないものであったが、その命をこの世に繫ぎ止めているのはそれだけであるかのようにも思えた。

 

「私は───何も守れなかったな。兄弟姉妹は皆死んでいった。生き残った同胞も、これからより苛烈になる感染者差別と迫害により一人ずつその命を落としていくだろう」

「......私もそうだ、フロストノヴァ。私は君を守れなかった」

「私について気に病むことはないと、何度も言った気がするのだがな......」

 

 あなたは割と頑固な方だったなと、フロストノヴァは小さく零す。

 

「ドクター、あなたは私にこう聞いたな。"後悔はしないか"と」

「......ああ」

「私は、進み続けると決めたことに後悔はない。兄弟姉妹たちもまた同様だろう。

 それは嘘ではない......嘘ではないが、それでも私はいつも考えてしまうんだ」

 

 

 ───進むべき道を、いつの間にか見誤ってしまったのではないかと。

 

 

「兄弟姉妹たちを知らず知らずのうちに地獄へ導いているのではないかと、そう何度も───

 なあ、ドクター」

 

 コートの裾を握りしめる力が、ほんの少し。一瞬ではあるが強くなる。

 

「私は、私たちはどこで間違えてしまったのだろうな」

「ッッッ!!」

「私は、何故こんなにも弱いのか......教えてくれ、私は何故こうも誰一人守れないのか、約束一つ守れないのか。───"エレーナ"のように、強く在れないのか」

 

 そこで初めて、私は大きな勘違いに気が付いた。

 

 

 優しく、それ故に強く在った"エレーナ"。

 強く、それでいて優しく在ったフロストノヴァ。

 

 

 私は心のどこかで二人を同一人物だと思い込んでいた。自身の行動を正当化するためにそう思い込ませていた。

 そんな訳が無いと分かり切っているのに。

 彼女たちはよく似ている。ある意味ではほぼ同一といってもいいが、視点を変えれば対極に位置する二人だった。

 

「......アーミヤといったか。あの少女曰く私はずっと怒りを抱いて戦っているらしい」

「君は、何に怒りを覚えているんだ」

「私たちを排斥し、迫害し、殺傷するもの全て。私たちの行動を、意思を無為なものにしようとする意志。

 私は"エレーナ"と違って死ぬのが怖い。失うことではなく、私たちの為したものが無駄であると突きつけられるのが怖いんだ」

 

 寒さに身を縮めるように、彼女は自身の体を抱き締める。

 

「分かっている、自業自得だ───私は多くを奪ってきた。

 最初からどこにも行けなかったんだ、戻る場所はあの凍原だけ。───あなたと共に過ごしたあの病室に戻れはしないのだと、分かっているんだ」

「フロストノヴァ......」

「だから、あなたに託してもいいだろうか。二度目の、最期の我儘を聞いてくれないか」

「......ああ、何でも言ってくれ」

 

 "あの時"と同じ言葉を繰り返す。"あの時"に犯したミスは繰り返さないように。

 

「タルラを、あの泥に塗れながらも進む私たちのリーダーを助けてやってくれ......あなたたちが、彼女の代わりに感染者の希望になってほしい」

「......ああ、任せてくれ」

「そうだな......あと二つ、我儘を言っても、構わないか」

 

 冗談めかして彼女は言った。

 呼吸が浅くなっている。もう、途切れ途切れにしか話せなくなっている彼女を抱きとめる手に力が入る。

 

「ああ、いくつでも構わないさ」

「私のマントの、内ポケット───そこに、私の源石結晶があるんだ。出来れば、私も連れて行っては、くれないか」

「......分かった」

 

 彼女の父親であるボジョカスティのマントを仕立て直したというコート。その内側に誂えられた小さなポケットには、親指ほどの小さな源石結晶が収まっていた。

 戦闘に用いた黒い氷塊とは純度の桁が違うことが、その輝きから見て取れる。まさしく純正の源石結晶と呼ぶに相応しい代物であった。

 

「最後に、一つだけ───

 思い切り、抱き締めてくれないか───」

「ッッ!!」

 

 彼女の上体を支えていた左手で、そのまま彼女を抱き寄せる。

 それに応えるかのように、彼女もまたその震える左腕で最後の力を振り絞り私を抱き寄せた。

 その息遣いを、取り戻した温もりを腕の中に収める。

 

「......また、会えるだろうか」

「ああ、きっとまた。その時は私から君を抱き締めに行くよ」

「そうか───それまでは、私は"エレーナ"と共に、君を守ろう」

 

 腕の中で小さく震えた彼女は、安心したようにポツリと零した。

 "あの時"のように。或いは"エレーナ"のように穏やかな表情で。 

 

「ありがとう、ドクター。最期まで、面倒を掛けたな」

「ああ。さよなら、フロストノヴァ」

 

 Доктор(ドクター)ではなく、ドクターとして。

 "エレーナ"ではなくフロストノヴァとして見送る。

 

「......また会おう、ドクター───」

 

 それが、彼女の最期の言葉となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後続のオペレーターに声を掛けられるまで、私はずっと彼女の亡骸を抱き締めていた。

 

 アーツによる影響が抜けきらない空間は未だに吐息が白く染まるほどに冷え切っていて、頑なにその温度を変ずることはなく。

 

 彼女の亡骸は死の間際に取り戻した温もりに拘泥することなく手放し、その残滓である非生物的な生温(なまぬる)さだけが私の手に伝播されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








遺体冷めちゃった

あと感想お願いします(定期




次に書く短編の登場人物とか

  • アーミヤ
  • パトリオット
  • ホルハイヤ
  • Friston-3
  • モスティマ
  • グレイディーア
  • 歳陣営
  • シャイニング
  • ロサ
  • 医療部モブ
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