この物語は、ハッピーエンドになると決められている ~毒殺聖女ルクレティア物語~   作:本間・O・キニー

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なぜならそれは、原作に書いてあるのだから

「ルクレティア様はもしや、転生者なのではありませんか?」

 

 不意に投げかけられたその質問に、私は咄嗟に答えることができなかった。

 

 別に、親しくもない少女にいきなり名前を呼ばれて驚いた、なんて理由ではない。

 言葉の意味を理解できなかったわけでもない。

 相手が学園内でも噂の『風変わりな転校生』だったから、などということも――断じてない。

 

 自分にも、その答えが分からなかったからだ。

 

 今の自分は本当の自分ではない。

 そんな感覚に、私はずっと付き纏われていた。

 かつての私はこの心情を、『台本を無くした役者』なんて例えてみたりもしたものだけれど。

 

 『転生者』

 

 我らが神のあずかり知らぬ、異界から来た魂。

 あまりにも荒唐無稽な、おとぎ話の中でしかあり得ないような言葉。

 なのにどうしてだろうか。これが他のどんな言葉よりも、今の私を的確に表している。そんな予感がしていた。

 

 だから、私はつい問い返してしまったのだ。

 

「貴方は……知っているの? 私のことを」

 

 私は、何者なのかを。

 

 言葉に出来なかった最後の言葉すらも、聞こえたとでも言うように、目の前の少女は静かに頷いた。

 いつの間に取り出したのか、その手には一冊の本。

 聞いたことがある。彼女は常に、同じ本を持ち歩いているのだと。

 「風呂場ですら手放そうとしない」なんて噂されていたその本を、どこか愛おしげに掲げながら、この謎めいた少女は私に告げたのだった。 

 

「貴方は転生したのです。この本に記されている物語――『聖女ルクレティア物語』の主人公に」

 

 ……ちょっと、そういう方向の荒唐無稽さは想定していなかった。

 

 

 

 あまり人に聞かれたい話ではない。

 というか転生がどうとか人に聞かれると恥ずかしい。

 そんな諸々の打算的判断の結果、私は彼女を寮の自室へと招いていた。

 

 慌てて用意した紅茶と茶菓子をテーブルに並べ、準備万端で臨んだ彼女の話。

 それは私の想像を超えたものであり――

 いや、より正確に言おう。

 それは、私の想像を遥かに超えて、頭痛がしてくるほどの長話だったのだ。

 

「――というわけで、ティア様はその超絶最高天才的な美貌とエルダードラゴンの鱗の表面積より広いお心であまねく世の中の難題を解決し、幾度となくその名を天下万人に轟かせたのです。それにティア様はただ単に美しく優しく賢く大金持ちで権力者で優秀で天才的で薬学の天才というだけでなく、いえもちろんそれらも重要なのですが、しかしやはり最もティア様を魅力的にしているのはその類稀な独創力と実行力でありまたそこに加えて――」

「お願いちょっとストップ。お願いだから。なんで私は私の知らないプロフィールを延々延々語られ続けてるの? 本筋どこ?」

「ですが、こういったティア様の人物像を余すことなく理解して頂いてからでないとこの物語を正確に理解することは――」

「いいから止めて」

 

 危ないところだった。

 このままでは永久に、私と同じ名前の誰かさんへの歯の浮くような称賛を聞かされ続けるところだった。

 数十回目の制止をようやく聞き届けてくれたこの風変わりな客人は、今は不満そうな顔で一息つき、冷めた茶菓子に手を伸ばしている。

 彼女の気が変わらぬうちに、速やかに話を本題に戻さなければならない。

 その一心で、私は話を切り出した。

 

「つまり、ここはその物語の中の世界で、私も貴方もその物語の登場人物になっている、と。私は『主人公』のルクレティア。そして貴方は『脇役』のアイリス」

「……だいぶ省略しすぎですけど、そういうことです」

「そして貴方は『主人公』である私に、その物語を再現して欲しいと」

「お願いしますね! 大丈夫ですたとえ転生者でも頭と体はあのティア様なんですから目指す物語を自覚さえしてもらえればきっと魂が引っ張られて原作通りのハッピーエンドに」

 

 キラキラを通り越してギラギラした眼で顔をにじり寄らせてくるアイリス――という役名らしい少女――を無視して、私は思考の海に心を沈める。

 浮かんできた言葉は三つ。

 

 いくらなんでもアホらしすぎる。

 まともな人間が信じるわけがない。

 嘘ならもっと普通の嘘をついて欲しい。

 

 常識的に考えれば、誰もが同じことを思うだろう。

 私もそうしたい。

 しかし、非常に困ったことに――私は彼女の主張を否定しきれないのだ。

 

 このアイリスと名乗る少女は確実に、知っている。

 私の秘密を。親しい友人でもなければ知らないような、秘めた過去を。あるいは、親しい友人にでもなければわざわざ話さないような、些細な出来事を。

 それこそ物語を読むように、神の視点で語られる私の行動を読んでいたとでも言うように。

 そして、それを思い知らされてしまった今――私に残された言葉は、一つしかなかった。

 

「……とりあえず、信じるわ。貴方の話を。私が物語のキャラクターに転生したなんていうことを」

「じゃあ! やってもらえるんですね!? 原作再現!」

「お断りするわ」

 

 きっぱりと、私は言い切った。

 

「私ね、本来相部屋のはずのこの寮室を、一人で使ってるの」

「あ、はい。そうですね……? ティア様のご実家は大貴族ですから」

「成り上がり者なんて言われるけどね。でも良い家に生まれて、この学園に通わせてもらって、あといちおう王子様との婚約までしていて」

「はい。全部原作に書いてありますから知ってますよ?」

「…………ええ。だからね、私は今の人生に十分満足してるの。その『原作再現』とやらにも、感動的なハッピーエンドにも、興味が無いのよ」

 

 結局のところ、これに尽きるのだった。

 物語のような毎日。非日常的な出来事の連続。そして辿り着く大団円。そんなものに憧れる人もいるだろう。

 でも、私はそうではなかった。

 これがどこまで未だに思い出せない『前世の自分』の気持ちなのか、それとも物語に書かれた知らない『ティア様』の気持ちなのか、今の私には分からない。そして分かる必要も無い。

 私はただ、このまま普通の令嬢としての平凡な日常を――

 

「ああ! そういえばまだお伝えしてませんでした! この『聖女ルクレティア物語』のストーリーについて!」

「だから、興味が無いって」

「主人公がめっちゃくちゃトラブルに巻き込まれて何度も死にかける話です」

「えっ」

 

 えっ。

 

「ですから原作再現に関係なく、ティア様はこれからトラブル続きの人生です。というか多分すぐ死にます。死にかけて死にかけてまた死にかけてどこかで死にます」

「えっと、あの、アイリス、さん」

「原作通りのティア様でも、もう一度やったら死ぬんじゃないでしょうか。予め何が起きるか知ってて対策を立てる、なんてことが出来れば違うかもしれませんが。ところでここに、この先の原作イベントを全て把握している人間が居るのですが……」

 

 気がつけば、アイリスは笑っていた。

 悪夢のような笑顔で、こちらの心の奥底を覗き込むような眼で。

 無造作に、取り上げたまんまるなクッキーを一齧りするのは、一体何のメッセージなのか。

 

 

 

 ――そういうわけで、私は演じることにしたのだ。

 この物語の、主人公を。

 

 

 

「それで、まず何をすればいいの?」

「私に嫌がらせをしてください」

「……えっと」

「とにかく何でもいいので人前で嫌がらせしてください」

 

 ……まあ、定番の展開ではある。

 聞かなくてもなんとなく、その先の展開も予想できる。

 アイリスの語る『ティア様』像からいきなりブレているような気もするが、きっと初期だけキャラ違ってるとか、それかアイリスが神格化しすぎてるだけとか、そういうのだろう。この子の色眼鏡ドギツそうだし。

 しかしそんなことよりも、まず何よりも不安なのは。

 

「私、ちゃんとできるかしら。人に嫌がらせなんて……」

 

 

 

「この、被害者の体臭をバラの香りにした、というのは?」

「文字通りの意味だけど?」

「親愛なる我が婚約者よ、お願いだから人間の言葉で説明してくれ」

 

 床まで垂れ下がった私の罪状に目を通しながら、その男は頭を抱えていた。

 この国の第三王子、いや第四だったか?

 とにかく、将来的に私が結婚するはずだった男だ。

 といっても、現状は学内で顔を合わせた時に少し話すくらいで、そこまで親しい間柄というわけではないのだが……今日の彼は、いつもより少々お疲れのようだ。

 

「私の趣味は知ってるでしょう? 新しい薬を仕入れたら、普通試したくなるでしょ」

「だから、同級生を無断で怪しげな薬の実験台にしたと?」

「別にいいじゃない毒とかじゃないんだから。筋力を増やす薬とか、感覚を鋭敏にする薬とか、良い香りになる薬とか、無害よ無害」

「ただの学生が突然机を握り潰せるようになるのは無害か? 本当に無害なのか? しかもそれを、何種類だ?」

「そこに書いてあると思うけど……たしか五十種類くらい」

「怪物でも作る気かお前」

 

 失礼な男だ。

 この程度の投薬、上級騎士や金満冒険者なら普通にやっているというのに。彼らはみんな怪物だとでも言うのだろうか?

 バラの香りはともかく。

 

 まあ、そんなどうでも良い話は置いといて。

 「嫌がらせ」計画は幸いにも、実に順調に進んでいるようだった。

 

 本当はもっとオーソドックスに暴言暴行でもしようかと思ったのだが……仕方なかった。

 被害者役が「偉大なるティア様のお口から~!」とか言って喜んでいるようでは、嫌がらせが成立しない。別の方向で評判が落ちてしまう。

 そういうわけで、アイリスには超生命体になってもらうことにしたのだ。

 飲食物にこっそり薬を混入した、というていで、実際には同意の上で飲ませているのだから、楽なものである。

 これも周囲に嫌がらせと認識してもらえるか怪しいところではあったが……まあ認識してもらえなかったら、あの子にかっこいい羽とか便利な触手が追加されていくだけの話だ。

 

 さて、考え事をしているうちに、そろそろこの茶番劇の終わりも近づいているらしい。

 半ばまでしか読まれなかった罪状をゴミ箱に投げ捨てて、一度ため息をついたあと、王子は真面目ぶった顔でこちらを見据えてくる。

 

「ではルクレティア。王宮から送られてきた、お前の処遇を伝える」

 

 とりあえず、彼との婚約が破棄されるのは確定だろう。

 もしかしたら学園追放まで行くかもしれない。

 どちらも未練が無いと言えば嘘になるけれど、死んでしまうよりはまだ――

 

「死刑だ」

「はい……えっ? 婚約破棄は!?」

「もちろん婚約破棄もする。処刑の前に王家とは無関係になってもらわないとな」

「いやそうじゃなくて、なんで死刑!? ちょっと凄い生命体を作っただけなのに!」

 

 私の必死の叫びにかえって呆れを増したような顔で、王子は滔々と語り始めた。

 

「お前は外面も家柄も良かったからな。密かに憧れている者も多かった。それが、突然の豹変だ。噂が噂を呼び、実は魔女だったとか、洗脳されたとか、姿と記憶をコピーできる悪魔に入れ替わられたとか……特に後者二つは洒落にならん、と学生の親たちが騒いでいる。よって処刑やむなし、と」

 

 理屈は一応分からなくもない。分からなくもないが……いくらなんでも、いきなり話が進みすぎている。

 貴族令嬢を洗脳したり伝説レベルの大悪魔がお出まししたりしてやることが、ただ学生を一人薬漬けにしてみただけです、なわけがないだろう。

 私の実家に嫉妬する貴族たちの意思が働いているのか? それとも……

 

「とはいえ、弁明の余地も無しに即処刑というわけではない。七日後に裁判が開かれる。そこでの言い分次第ではどうにかなるかもしれん。それで、親愛なる元婚約者よ……結局、どうして突然別人のようになってしまったんだ? 本性は元々そうだったのかもしれないが、もっと事なかれ主義で、猫を被るような性格だっただろう?」

 

 転生者だからです。

 原作を再現するためです。

 駄目だ。一発で処刑される。

 

 結局、今の私に言えることは何一つ無く……黙って王子の前を去るしかなかったのだった。

 

 

 

「安心してください、原作通りですよ」

 

 そんなアイリスの全く安心できない宣言から、処刑対策緊急作戦会議は始まった。

 

「これが、原作通り……? 私が何か間違えたわけじゃなく……? どうなってんのそのストーリー」

「はい。ちょーっと経緯に違いはありましたけど、正直薬漬けはどうかと思ったりもしましたが、とにかく原作でもちゃんと処刑されそうになります! ではそこに至るまでの流れをよく理解するためにまず」

「ごめんストップ」

 

 相変わらず隙あらば語り始めようとするアイリスを制止しつつ、私は考えていた。

 どうすれば、処刑を回避できるのかを。

 真っ先に思いついたのは、『被害者』であるところのアイリスに事情を証言させることである。

 

 実は二人で仕掛けたイタズラだったんです。

 こんな大事になるとは思いませんでした。

 許してください。

 

 だが、昨日まで表面上は疎遠を装っていた私たちが、実は仲良しでしたなどと言って信じてもらえるだろうか?

 最悪アイリスの方も洗脳されてしまった、などと言われかねない。

 

 実家の権力でどうにかならないかとも考えたが、流石に王家が絡んでいるのでは難しいだろう。

 せめて私領まで逃げ込めれば話も違うのだろうが、望み薄である。

 しかし、他に真っ当な選択肢は……となると……

 

 そんな思考に割り込むように、アイリスの自信ありげな声が部屋中に響き渡った。

 

「お困りのようですねティア様! お忘れですか? 私たちには原作知識という強い味方があるんですよ!」

「ああうん。簡潔にお願い。簡潔によ」

「……はい、わかりました。ではお話しましょう。原作のティア様がこの裁判を乗り切った方法、それは――」

 

 何やら大仰な身振り手振りでもったいぶりながら、アイリスはその言葉を告げる。

 

「美しさです」

 

 あ、駄目だわこれ。

 

「有力貴族からなる裁判官たち。押し寄せる聴衆。彼らの前に颯爽と現れたティア様! その天上の美しさで瞬く間に場の全員を全て魅了! かくして会場はティア様コールに包まれ、無罪判決と――」

「なるわけないでしょう!」

「でも原作にそう書いてありますから」

「どんなクソ展開なのその原作!」

 

 薄々気づいてはいたのだ。

 私が再現すべき原作って実は、かなりヤバいのではないか、と。

 しかし、気づいたところでもう手遅れだ。

 まさか本当にそんな展開を期待して、無策で突っ込むわけにもいけない。失敗したらただの間抜けである。

 となると。

 

「ねえ、『メイクドール』って薬知ってる?」

「名前だけなら、どこかで……でも、どうして今その話を?」

「人間の記憶と人格を破壊して操り人形状態にできる上に、一日以内に専用の解毒剤を使えば元通りで証拠も残らないすっごく都合が良い違法の魔法薬なんだけど」

「なんで今その説明したんですか?」

 

 まったく、どうしてこんな決まりきった話が分からないのだろうか。

 

「だから、全員を操り人形にして『ルクレティア様は美しく善良な令嬢です。魔女ではありません。無罪です』とだけ言わせるようにすれば原作再現できるでしょう?」

「原作のジャンルがホラーに変わっちゃうじゃないですか……!」

「でも、全員毒殺してスプラッターにしちゃうのは流石に」

「もっと王道にならないんですか!?」

「元の展開も相当邪道なの、ちゃんと認識してる……?」

 

 確かに強引かもしれないが、これは仕方ないことなのだ。

 悪いのは原作者だ。

 クソ展開にはクソ解決を。

 それが私の答えである。

 

「……あ、そもそもどうやって飲ませるんですか? 食事に混ぜて全員に振る舞うなんて怪しすぎますし」

「……ガス化させて室内に充満させるとか」

「原作の描写だと、裁判は屋外でしたよ?」

 

 はい、この計画ボツ。

 

 まさか原作者は、私のこの思考すら予測して対策していた……?

 そんな不安が一瞬頭をよぎったが、まあ考えすぎだろう。

 しかし渾身の案が使えなくなってしまった以上、結局他の手段を考えなければならないことに変わりない。

 

 ……実のところ、もう一つだけある。この状況を打破して無罪を勝ち取る、捨て身の一手が。

 これには不確定要素が多い。完璧にこなしたとしても、成功する保証は無い。

 そしてなにより――この計画には、アイリスの深い協力が不可欠だ。

 この、味方してくれる気だけはありそうだけど、不安要素の塊の、原作信者の協力が。

 

 少しだけ、目を閉じる。

 覚悟を決めるまでに、ほんの数呼吸。

 そして、開いた視線をそのまままっすぐ、目の前の少女に向けた。

 

「ねえ、協力して欲しいことがあるんだけど」

「もちろん、協力しますよ」

「成功する保証は無いんだけど」

「ティア様なら絶対成功しますよ」

「これ、原作再現とか全く考えてないんだけど」

「大丈夫。ティア様が考えてティア様が実行することなら、たとえ原作通りでなくても原作通りになりますよ!」

「いや、それでいいの……? でも、ありがとう。それじゃあまず――」

 

 そうして、私たちの計画が始まった。

 

 

 

 日々は瞬く間に過ぎ去り、裁判当日となった。

 今はまだ閑散としている学園の中庭も、もう少しすれば裁判官や付き人やその他職員や野次馬の群れやらで、溢れ返ることになるだろう。

 穏やかな陽が降り注ぎ、風は静かに流れている。

 明るい未来を感じさせるような、真っ青な空の下。

 

 私は磔になっていた。

 

「裁判など必要ありません! 私がこの手で邪悪な劇薬フェチの魔女を火刑に処します!」

 

 足元の方ではアイリスが、そのよく通る声で大演説をぶちかましている。

 その手には燃え盛る松明。そして私の足元には油がたっぷり染み込んだ磔台。

 これこそが、私たちの立てた計画。

 すなわち『死刑にされる前に自演で死刑執行』である。

 

 もちろん、ただ焼死するつもりは無い。

 セルフ磔になる前に、私が飲んだ薬の効能は『火耐性』。それも、エルダードラゴンのブレスをシャワー代わりにできると謳われる最上級の一品。

 実家に泣きついて送ってきてもらった、超高級輸入品である。

 

 以前読んだ古い伝説によれば、かつて聖女と呼ばれた女の一人も火炙りにされて、無傷で戻って来たという。

 大方、今の私と同じような手品を使ったのだろうと確信しているが、今の私には都合が良い。

 教会公認の伝説を再現することで私の悪評を払拭し、この騒動の発端となった噂を、より強烈な伝説で塗り潰す!

 そして勢いでなんか和解したことにして被害者を消滅させる!

 

 当然、裁判官たちが誰もこの薬を知らないなんてことは無いだろう。

 しかし、被害者(魔女狩り)加害者(魔女)が共謀しての事前準備なんて、普通はあり得ない。そんな先入観を逆手に取った、完璧な策略である。

 そう、完璧だ。そう思っていた。

 さっきまでは。

 

 え、磔ってこんなにキツいの……?

 

 肩が痛い。手首が痛い。全身が痛い。とにかく痛い。

 無理な姿勢が関節をすり減らし、呼吸を締め上げ、絶え間ない苦痛から意識は逃避を始め、思考だけがぐるぐる回り続ける。

 

 足元の方では、アイリスが未だに演説を続けている。

 どれだけ続けるのか。どうやったらそんなに話を捻り出し続けられるのか。いいからさっさと火刑を始めて欲しい。

 そんな悲痛な願いが通じたかのように、振り向いてこちらを見たアイリスは……周囲から見えないように、小さく親指を立てた。

 違う。これは火炙りの恐怖に怯えている演技じゃない。痛いだけだ。グッジョブじゃない。

 

 そして、私の必死の念話も虚しく、演説は続いていった。

 もう、どれだけ時間が経ったのか、自分ではよく分からない。演説がいつ終わったのかも分からない。

 朦朧とした意識の中、気がつけば視界が赤く染まっている。

 完璧に効果を発揮しているらしい火耐性に守られ、暖かな炎と、痛みと、痛みと、痛みに包まれながら、最後に私は思った。

 

 ああ、どうして気づかなかったんだろう。

 私の体は、完璧な火耐性を得ている、けど。

 服、燃えるじゃない……

 

 そして、私の意識は消えていった。

 

 

 

 結論から言うと、私は無罪になった。

 理由は聞かされていない。

 聖女伝説の再現というなんかグダグダになった目論見が、観衆ならともかく、裁判官たちにまで通用したかというと怪しいのだが。

 周囲の空気に流されたのか、あまりに間抜けな気絶姿に同情されたのか、間抜けすぎて無害だと思われたのか、それとも他の政治的思惑があったのか……

 まさか、本当に私の美しさ(全裸)に魅了されたなんてことも無いだろうし。

 無い……はずだ。多分。

 

「え、この先ずっとこんな苦労し続けないといけないの……?」

「正直、ティア様が無駄に大変にしていた気もしますが」

「そりゃ美しさで解決なんて雑展開よりはね?」

「まあまあ、全部の原作イベントがここまで大変なわけじゃありませんよ。そうですねでは」

「はいストップ」

 

 アイリスの様子は相変わらずだ。

 聞けば私が気絶した後も、迫真の演技と長演説で観衆を味方に付けてくれたらしい。本当なら、素晴らしい演技力である。

 まあ、この子の自己申告をどこまで信じて良いかは分からないが、実に良く働いてくれたことは確かだ。

 感謝してもしきれない。

 でもそろそろ隙を狙うのは止めて欲しい。

 

「では、次のイベントの話だけでもしておきましょう。真面目に、そんなに大変なイベントではありませんから」

「どうだかね……私、本当に生き残れるのかしら」

「大丈夫ですよ。ティア様の物語はハッピーエンドになります。そう決められています。だって――」

 

 そして、アイリスはそれこそ、伝説に出てくる聖女のような笑顔で微笑んで――

 

「原作に、そう書いてあるのですから」

 

 悪夢のような言葉を告げるのだった。

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