この物語は、ハッピーエンドになると決められている ~毒殺聖女ルクレティア物語~   作:本間・O・キニー

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え、そんなことまで原作に書いてあるの?

 その日、私は本当に珍しく自発的に、とある人の寮室を訪れていた。

 

「久しぶりだな、ルクレティア。親愛なる元婚約者よ」

 

 一月ぶりくらいに目にした元婚約者の顔は、なんだか少し懐かしく思えてしまった。

 

「『聖女様』の活躍は聞いているぞ。絶好調らしいな。なんでも校外学習中に、ゴブリンの巣に毒を流し込んでいたとか?」

「残念ながら、あの計画は中止させられたわ。まったく、ゴブリンにしか効かない安全な毒だと何度も説明したのに、あの村人共ときたら」

「お前もう、完全に外聞を気にしなくなったな……」

「ちゃんと気にしてるけど? だってほら、人間相手には薬を使ってないでしょう?」

 

 あんな事件の後、それも一ヶ月ぶりの対面だ。

 彼とどういう会話になるのか、少し不安もあった。

 でも、いざ話し始めてみると、思っていたよりずっと自然に会話ができている。

 婚約破棄される前よりも、親しくなれたように感じてしまうくらいだ。

 

 ――今回の目的には、実に都合が良い。

 

「ところで、ちょっとどうしても貴方に頼みたいことがあるんだけど」

「ふむ、内容次第だが別に――」

「婚約破棄を無かったことにして欲しくて」

「何を企んでいる?」

 

 おかしい。

 今のは、すんなりと承諾してもらえる流れではなかったのか。

 さっきまでの和やかな空気が、一瞬で吹き飛んでしまった。

 

 気がつけば、目の前の第五王子……うん、第五王子はさりげなく距離を取り、警戒心の塊のような目でこちらを探っている。

 まるで、私が今にも毒薬の瓶を口に押し込んでくる、とでも思っていそうな態度だ。

 なんて失礼なのだろう。私にそんなことをするメリットなんて無いのに。

 

 まあ、警戒されてしまったものは仕方ない。

 出ていけとまでは言わないあたり、話くらいは聞いてくれるつもりがあるのだろう。

 ダメ元で、事情を説明してみるとしよう。

 

「実は、私に言い寄ってくる相手がいて」

「……お前が婚約者を防虫剤程度にしか認識していないのは分かっていたが。だが、わざわざ俺に頼むほどの事か? お前なら言い寄ってくる男の一人や二人、どうとでもあしらえるだろうに」

「甘いわね。確かに私なら変質者の一人や二人、さっさと行方不明になってもらってるところだわ。けど今回の相手は、そんな簡単じゃないのよ」

 

 少しだけ、彼にも興味が湧いてきたようだ。

 伝わってくる気配には、疑問と僅かな心配の気持ち。

 その反応に軽い満足感を得ながら、私は次の言葉を口にする。

 

「相手は五人なの。それも全員女」

「そうか。頑張れ」

 

 抗議する間もなく、私は部屋から追い出された。

 

 

 

「ダメだったわ」

「まあそうなりますよね」

 

 虚無の成果を抱えて自室に戻って来た私を、もはや見慣れてしまったギラつく瞳が出迎えた。

 次々と襲来する『原作イベント』に備えるため、すっかり入り浸るようになったアイリスである。

 その尽きること無いやる気に溢れた様子を見ていると……かえってこの先の過酷な展開を思い返してしまい、つい気分が落ち込んできてしまう。

 重い足を引きずって椅子へと向かいながら、私は先日のアイリスとの会話を思い出していた。

 

「原作の次のイベントはですね、告白されます。女の人五人に。同時に」

「……全員お断りして終わりじゃないの?」

「断られた人は全員悲しみのあまり引きこもって拒食症になります。そしてその悪評が飛び交ってなんやかんやでティア様が死にます」

「なにその理不尽トラップ。というかなんでそんな失敗ルートのことが具体的に分かるの!?」

「地の文に書いてありました。そうなるだろうって」

 

 本当に、いつもいつも原作展開が不条理すぎる。

 原作者は地獄に落ちて欲しい。いやむしろ転生して私と同じ目に遭って欲しい。

 

 まあ、そんなわけで、私はこれから告白しに来る五人のメンタルよわよわ女たちの恋心を、どうにかしてやらないといけないのだ。

 

 定位置に収まった私たちは、さっそく対策会議を再開することにした。

 

「ところで、『メイクドール』って薬」

「ダメです。絶対にバレるじゃないですか。というか、もう少し穏便な手段にならないんですか?」

「穏便な手段は拒否されたもの。流石に昔からの婚約者を盾にすれば、諦めてくれると思ったのに……」

「そうじゃなくて、もっとこう彼女たちと対話して説得をですね。原作では全員ティア様の神々しいオーラと慈愛に満ちたお言葉を前にしてその美しさを独占しようとする愚かさを悟り」

「無理に決まってるでしょ」

 

 それはもはや説得ではない。ただの洗脳である。

 実は原作での『ティア様』って、私より隠れて薬漬けにするのが上手かっただけなのでは? そんな考えすら浮かんできてしまう。

 どうせ、自分には真似できないことに変わりはないのだが。

 

「説得、説得ねえ……そもそも例の五人って、私のどこが好きになって告白してくるのかしら?

原作に書いてあったり……あ、簡潔にね。簡潔に」

「……そうですね、全員いろんな言葉でティア様を褒めてるシーンはありましたけど。でも、どうしてそんなことが気になるんです?」

 

 私には、神々しいオーラと慈愛に満ちたお言葉だけで、他者を説得するなんて芸当はできない。

 他者を説得しようとするなら、相応の材料が要る。

 そして、その第一歩となるのが……『相手が私に何を求めているか』である。

 

 アイリスが虚空を見上げながら諳んじていく美辞麗句の列を、私は注意深く聞いていく。

 

「ええと……『優雅で美しい』、『美しく気高く立派』、あと……」

「だいたい挙げられてるのは容姿と性格かしら。なるほどね……とても参考になったわ」

「え、なんというか、ありきたりな内容だったと思うんですけど。よくある普通の褒め言葉というか」

「そうね。言葉の中身は普通のことばかり。でも重要なのはそこじゃない。注目すべきは……言葉にされてないことの方」

「と、いいますと……?」

 

 どうやら、まだアイリスは理解できていないようだ。

 頬に手を当てて、キョトンとした顔でこちらを見ている。

 そんな彼女に教え諭すように、私ははっきりとその言葉を告げた。

 

「カネよ」

 

 ……どうしていつもは『尊敬してます凄いです大好きですティア様!』みたいなオーラを常時放っているアイリスの瞳に、一瞬、人を憐れむような気配が感じられたのだろう。

 

「だってそうでしょう? 私の一番の価値といえば、どう考えても実家の財産と権力! 私を好きだと言うのなら、それに全く言及しないなんておかしいじゃない!」

「普通思ってても言ったりしませんよ!」

「そう、つまりそういうことよ。思っているからこそ、不自然に言及しなくなる。連中の真の狙いは……私の財産!」

「それどうせ、言及しててもアウトにする無敵の論法ですよね……?」

 

 この子はきっと理解できていないのだろう。

 そもそも貴族社会なんて、陰謀とカネでだいたい全て説明がつく世界。

 私に告白してくるという連中も、どうせそうに決まっている。

 

「でも、女同士では結婚して玉の輿という手が使えないから、実家の資産が狙いというのはちょっと苦しいかしら……となると、私個人の持つ何か? それも、何人もが狙うほどに知られている……」

「劇薬フェチのティア様が持ってて有名なものってそれもう、そこの棚に並んでる薬の山じゃないですか。嫌ですよ薬目当てで告白してくる女性なんて」

「……いえ、もっと狙われそうなものがあるわ。それこそ、女が目当てで告白してきそうなものが、ね」

 

 核心へと近づいてゆく予感に思わず笑みを浮かべる私を、アイリスは未だに疑わしそうな目で見つめてくるのだった。

 

 ……この子、最近たまに私への盲信的な態度が剥げてる気がする。

 それはきっと、良いことなのだろうけれど。

 

 

 

「この小箱の中に入ってるのが――」

「あ! それってまさかアレですか! ティア様の御母上が贈られたという婚約指輪!」

「え、うん。それで、この指輪は――」

「爵位を得る前、一介の錬金術師だった頃のティア様の御父上が入手したとされる逸品で! 今はティア様が受け継いでいて! なんでも持ち主の願いを一度だけ叶えてくれるという伝説があるという!」

「なんで私はウチの家宝を他人に解説してもらってるのかしら?」

 

 最近あまりやらないから、すっかり油断していた。

 これだから転生者という存在は。

 いや、自分も転生者らしいのだけど。自覚も記憶も知識も無いけれど。

 

「まあ、願いを叶えるっていうのはただの噂よ噂。その辺で作られた普通の指輪。でも、私の恋人という立場についてくる付加価値の中では、実家より興味を引くかもしれない噂。それに、いかにも女が欲しがりそうでしょう?」

「……確かに、憧れの品ではありますけど。恋する乙女が贈られたら喜びそうですけど。それをただの物欲扱いって」

「別に、目的がこれだという点が一致していれば、恋でも物欲でも大差無いわ。渡してやれば満足するでしょ」

「酷すぎます……でも、相手は五人ですよ? 指輪は一個しか……まさか」

 

 ……どうやら、ようやくこの子も私の思考が理解できるようになってきたらしい。

 

 

 

 それから、あれこれ準備をしているうちに、半月が経過していた。

 先にイベント発生してしまう可能性だけが心配ではあったが、なんとか間に合ったようだ。

 きっと寮室の扉に、「私に告白したい人は半月後に」との張り紙をしたのが効いたのだろう。

 

 そして、ついにその日が来た。

 テーブルの上には六人分の紅茶とお菓子。それに最も重要な歓迎の品。

 それら万全の準備を整えて、私は五人の敵を自室へと呼び寄せた。

 そして――

 

「少なくとも、目的は達成できたわね」

「まあこうなりますよね」

 

 今、部屋の中には私と、アイリスと、手つかずのお茶とお菓子と。

 それと受け取られることなく置き去りにされた、指輪入りの小箱だけが残っていた。

 その数、五十個。

 

「仮に純粋な恋心だとするなら、全員OKしてやればいい。物欲なら指輪を受け取って帰ってもらう。完璧な案だと思ったのだけれど、この結果は予想してなかったわ」

「場合によっては五股するつもりだったんですか?」

「そうね。たとえこの先五十人くらい増えても受け入れるという、これは覚悟の証よ」

「そんなの見せつけられたら、普通は恋心も冷めますよ……」

 

 まあ覚悟なんて言ってはみたものの、冷めてくれた方が好都合だ。

 五十人ハーレムなんて維持するのが面倒なだけである。

 予想以上に良い結果になったと喜ぶべきだろう。

 

「やっぱりティア様に恋愛なんて無理だったんですね……恋愛経験ゼロって原作に明記されてましたし」

「その攻撃やめない? そもそもアイリス、そう言う貴方に恋愛経験なんてあるの?」

「当然です。私は生まれた時から、いえ生まれる前からティア様に恋い焦がれてましたから」

 

 これが誇張でもなんでもないのだから、やはり転生者という存在はタチが悪い。

 

「いつもいつも思うけど、原作のティア様とやらと今の私の性格って完全に別人じゃないの……?」

「まあ、確かにちょっと違いはありますけど……でも、ティア様はちゃんとティア様ですよ。私の好きなティア様です」

「ちょっと……?」

 

 分からない。どうしてこの子はそんな感情を、私にまで向けられるのか。

 実は顔しか見ていないとでも言われた方が、まだ納得できる。

 それとも、彼女にしか分からない何かがあるのだろうか。

 

 まあ、この世界を物語として知っているなんて、理解できない存在を理解しようとしても仕方ない。

 

「そんなに言うなら、一個持っていく?」

「何をですか?」

「そこの指輪。五十個も在庫ができちゃったから。今なら私のハーレム第一号よ」

「やった! いいんですか!? じゃあ貰っちゃいます!」

 

 にわかに喜びの表情を浮かべて、並んだ指輪を一つ一つ真剣に眺めている。

 本物と同じ設計図で作ってもらったものたちに、大した違いなんて無いはずなのに。

 そこに何かがある、とでも言うように。

 

「どれも一緒よ一緒」

「そうですか? でも……」

 

 意味ありげな笑みを浮かべて、アイリスは「その」箱の中に手を伸ばした。

 その時、直感した。

 先程まで楽しそうに選んでいたのは、演技でしかなかったのだと。

 あの子は最初から、「その一つ」に目をつけていたのだと。

 私がずっと位置を把握していた、その一つを。

 

「あ、それ……」

「不思議ですね。この指輪だけ、微かに薄っすらと紋様が入ってます」

「えっ何それ」

 

 ちょっと待った。それは本当に知らない。

 複製品も、本物も、全部同じように作られたもののはずだ。

 だいたい言われて見ても紋様なんてよく分からない。

 それなのに――アイリスが手を伸ばしたその一つは、その指が触れた瞬間、ぼんやりと光を放ち、確かに紋様を浮かび上がらせる。

 

「きっと、これは後から刻まれたものですね。だから、設計図を元に再現した複製品には刻まれていない。そして『ティア様はこれに触れたことが無い』から気づけなかった。よく見ると文字みたいですね。これ、何かの数字でしょうか」

「待って、なんでそんな。私が知らない」

「――これで、ティア様の『本物』は私のもの、ということになりますね?」

 

 悪夢のように、アイリスは微笑んだ。

 

「……こんなの無効よ。どうせそれも、原作読んで知ってたんでしょ?」

「あ、やっぱりバレますか。でも、ティア様も変な所で律儀ですよね。本物まで一緒に並べなくても良いのに」

「別にいいでしょ。まったくもう、そんなことまで書いてあるなんて」

 

 いけない。

 どうにも、心を乱されてしまっている。

 私の知らない私の情報なんて、害悪も良いところだ。

 

「本当に、これだから転生者は」

 

 冷めた茶菓子を一つ取り上げながら、私は心の疲れを吐き出すようにつぶやいた。

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