この物語は、ハッピーエンドになると決められている ~毒殺聖女ルクレティア物語~   作:本間・O・キニー

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え、これ原作に書いてないの!?

 自分の家の食卓に、毒を盛りたい人間がいるだろうか。

 それも、大勢の客人を招いた席で。

 少なくとも一人は居るらしい。

 私を社交パーティに招待するような、よほどの物好きが。

 

「ティア様、大丈夫なんですか? ちゃんと人間と会話できますか?」

「え、そもそも行かないけど。怖いし」

 

 それで、この話は終わった。

 そのはずだった。

 

 そんな短い会話をしたことすら、忘れかけていたある日。

 招待状の主が、直接学園に乗り込んで来るまでは。

 

 

 

「うわ、本当にいる……」

 

 閉じたカーテンの隙間越しに、覗いた寮の正面。そこに件の訪問者はいた。

 白い外出用のドレスを身に纏い、髪を結い上げた『いかにも令嬢』という服装の成人女性。

 私の監視に気づく様子も――そもそも、周囲を気にする様子すら無く、威風堂々とこちらを歩いて来る。

 

 門衛から送られてきた連絡によると、アレこそが先日招待状を送りつけてきた、物好きな貴族だということらしい。

 

「お客さんが訪ねて来ただけで、なんでそんなに警戒してるんですか……?」

「私を名指しで訪ねて来る相手なんて、ロクでもない要件に決まってるじゃない」

「その偏執的な猜疑心はどうにかした方が良いと思いますよティア様」

 

 まったく、何を言っているのだろう。

 貴族なんてみんな、凶器を持った山賊と似たようなものだというのに。

 どれだけ警戒しても、警戒しすぎるということはない。

 だいたい――

 

「ほら、見た感じただの普通の貴族令嬢じゃないですか。まさか毒薬を隠し持ってるなんてことも無いでしょうし、別に警戒しなくても――」

「ナイフなら隠し持ってるけどね」

「え……?」

 

 あれが、ただの普通の貴族令嬢なわけがない。

 

「あの髪留め。それに、バッグの中にも仕込まれてそうね。護身用かもしれないけど」

「そ、そうですよね。今どき貴族令嬢だってナイフの一本や二本くらい」

「ドレスは着慣れてないみたいね。時々動きがぎこちないわ。そもそもあの歩き方、あれは貴族令嬢というより軍人の……」

 

 ふと、アイリスの方に視線を向けると、彼女は関心したような、呆れたような、微妙な表情でこちらを見ていた。

 

「驚きました。そんな名探偵みたいなことできたんですね。いつもの被害妄想だと思ってました」

「いつも名探偵しているつもりなのだけど」

「あ、はい」

「そんなことより、これもどうせ原作イベントよね。きっと私を亡き者にするために、貴族令嬢に扮した暗殺者が襲ってくるみたいなやつよ。早速返り討ちにしないと」

 

 少し高揚した気分のまま、薬棚へと向かう私。

 だが、そんな気分をぶち壊すように、アイリスはつぶやいた。

 

「え、こんなイベントありませんよ?」

「……どういうこと?」

「だから、無いんです。不審な訪問者の話なんて。一切。そもそも『聖女ルクレティア物語』はもう終盤で、後はラスボス復活の予兆イベントとか準備イベントとかが続いた後にラスボスを倒して終わりです。暗殺者イベントなんて挟む余地は無いです」

 

 そんな、まさか。

 あの原作の記述のせいで、これまで何度も何度も謎の展開から死にかけることになっていたというのに。

 暗殺者の襲撃なんて王道展開が、何も書かれていないだなんて。

 

「やっぱり、ただの被害妄想なんですよ。彼女の要件も、きっと大したことないんです。物語に記されるような事は起きない。それだけですって」

「じゃあ、何なのあの不審な訪問者は」

「武芸が好きすぎて騎士団に入っちゃった、実家からは半ば勘当状態な一応貴族令嬢とかじゃないですか?」

「いくらなんでも、そんなピンポイントな話は無いでしょ……」

 

 ぐるぐると回り続ける疑問と不安を抱えながら、私はただ訪問者の到着を待つしかなかった。

 

 

 

「実は私はこう見えて騎士をやっていてな……実家からは、半ば勘当状態なんだが」

 

 嘘でしょ……? え、本当に? 本当にそれ?

 思わず振り向くと、アイリスが全力で首を横に振っている。

 その必死な様子からすると「実は原作に書いてありました」とか「実は二人がグルで私をハメようとしている」とかいう話ではなさそうだ。

 どうなってるんだ原作。いや、原作は関係ないのだったかこれは。

 

 そんな私たちの動揺を気にする様子も無く、目の前の女騎士殿は呑気に茶菓子を頬張っている。

 いつもはほぼ消費されずに廃棄してばっかりだから、ちょっぴり嬉しい。そんな場違いな感想さえ浮かんできてしまった。

 

「……その、隠しナイフは?」

「ああ、武器が無いと落ち着かなくてな……目立たないようにしたつもりだったが、かえって怖がらせてしまったか。すまない」

 

 紛らわしい。すごく紛らわしい。

 原作展開でもないのに、そんなことがあっていいのか?

 それとも世界観そのものがヤバいのか?

 

 いい加減、考えるのが面倒になってきてしまう。

 この調子なら、きっと用件も大したものではないのだろう。

 さっさと聞いて、お帰り頂くとしよう。

 

「それで、今日はどのようなご要件で」

「実は、ルクレティア殿。貴方に決闘を申し込みたい」

「……なんで?」

 

 ……唐突に、命の危機が、振ってきた。

 

 いや、別に決闘イコール死というわけではないはずだけど。

 しかし、たとえ刃引きした武器でも単なる握り拳でも、本職の騎士にぶん殴られて私の貧弱な体が無事で済むわけがない。最悪死ぬ。

 というかなんで決闘?

 面識も無い騎士が、私みたいな一般令嬢を相手に。

 名誉とかはどうなっている。

 どうしてこの女騎士は、私を親の仇のように睨んでいるのか。

 

「……以前、貴殿がゴブリンの巣に毒を流そうとした時のことを覚えているだろうか」

 

 ゴブリンの巣。確かそんなこともあった。

 人里離れた洞窟に住んでいるはずの群れが、どういうわけか偶然遠征してきて、そしてその辺にいた私がどういうわけか襲撃を受けて死ぬ。いや、死にかける。

 そんな原作展開を回避すべく、先手を打って根絶やしにしようとしたのだ。

 

 最初は毒を流そうとしたが、水源が汚染されるとかなんとかで周辺住民に反対されて……泣く泣く諦めて代案を考えて……そうだ、国家権力に献金してどうにかしてもらおう、と。

 

「あーあー、あの時ゴブリンの巣を掃除してくれたの、貴方だったのね。ありがとう」

 

 そんな私のお礼の言葉が、かえってこの女騎士を変に刺激してしまったらしい。

 

「私はもっと……危険で強大な怪物を倒して人々の安全を守るために騎士になったというのに……! それがどうして……どうしてゴブリン退治なんか……!」

「選り好みは良くないと思わない? ゴブリンも立派な脅威よ」

「あの巣は人里からも離れていた上に、地形が険しすぎて増える余地も無かった……! あんな所放置でいいだろう! 往復だけでも死ぬほど大変だったし……ゴブリンなんかに人数を割けないからって一人で向かわされて……薄暗い洞窟の中で一匹一匹ぷちぷち潰して回って……返り血を浴びて……帰りがけに寄った村では汚物のような目で見られて……」

 

 最後の方はもう、涙声すぎて聞き取るのも難しい状態だ。

 とりあえず、大変だったということだけは理解した。

 

 しかし、どうしたものか。

 まさか憂さ晴らしに殴られてやるわけにもいかない。

 彼女の方も、一時の感情でそんなことをしても、名誉が余計に傷つくだけである。

 誰も得しない。

 

 彼女の憤りの原因は、徒労感。

 無駄で無意味な苦労をしてしまったことへの怒り。

 だから、円満な解決のためにはまず、あのゴブリン退治には彼女が出向くだけの意味があった、ということを彼女に納得させるべきなのだろう。

 しかし――

 

 実は原作展開が云々で。

 私が生き残るためには仕方なかった。

 駄目だ。一発でキレられる。

 

 ならば、彼女が納得しやすいような理由を、でっち上げるしかない。

 

「実はね、そこの女の子は予知能力があるの」

「……はあ?」

 

 初手は露骨に不審がられるのも仕方ない。

 いや、むしろその方が良い。

 どうせ吐くなら、相手の想像力が追いつかないような大きな嘘を。

 そして、できる限り真実に近い嘘を。

 

「彼女が予知したのは、数百年前に封印されたという伝説の魔獣の復活。そして、もうすぐその予兆が起き始めることと、それを討伐するために必要な準備のこと。あのゴブリン退治もその一つ」

 

 というか、ほとんど真実(原作)である。

 アイリスから聞かされていた、もうすぐ復活するというラスボスの話。

 まあ、ゴブリン退治は一切関係無いので彼女の苦労はその点では無意味だったのだが……いや、私が生き残るのも、あれを討伐する準備の一つといえば一つだろう。

 

「……何の妄想だ。アホらしい」

「もうすぐ、予兆が始まるわ。あの子に聞けば、それがいつ、どんな順番で起きるかも教えてくれる。私がただの妄想に囚われたアホなのかどうか、それを確認してからでも遅くはないんじゃない?」

 

 

 

 女騎士は、黙って帰っていった。

 そしてその夜、月の無い空に不吉な輝きが流れていく。

 それを窓際で眺めながら、私はほくそ笑んでいた。

 

「ティア様は妄想に囚われたアホだと思いますけどね」

 

 そんな言葉も、今の私には効かなかった。

 

 

 

「予兆とやらは全部、言われた通りに起きたよ」

 

 以前とは随分違う目で、女騎士は私を見ていた。

 

「信じるしか無いようだ。予知能力も、伝説の魔獣の復活などというおとぎ話も」

「ありがとう。助かるわ」

「いや。それで……その伝説の魔獣とやらが、この場所にに封印されていると聞いてきたのだが」

「ええ、そうよ」

「……その、やけに真新しい鋼鉄製の建物が、数百年前の封印?」

 

 言われて私も、ずっともたれ掛かっていたそれに目を向ける。

 それは、見上げるほどのサイズの鋼鉄の箱だった。

 そびえ立つ壁面には継ぎ目一つ無く、偏執的なまでにぎっしりとよく分からない魔術的紋様が描かれている。

 

「いいえ? これは……昨日建てたの。封印の魔法陣はあの中よ」

「……何のために?」

「伝説の魔獣だかなんだか知らないけど生き物なら、密閉して毒ガス充満させれば死ぬでしょ?」

 

 その時、ちょうどいいタイミングで、箱の中から唸り声のようなものが響いてきた。

 それは最初、天地を揺るがしそうなほどの怒り狂う叫びであったが……次第に、か細くなっていく。

 そして、ぱたりと音が止んだ。

 

「……やったわ! 私たち皆の力で伝説の魔獣を討伐できたわ!」

「おい」

「伝説とかなんとか言っても、所詮は数百年も前の人間に封印された程度の生き物。現代の最新鋭の封印術と毒の前ではこんなものかしら」

「こちらは、騎士団の精鋭を連れてきていたんだが?」

「もし毒が効かなかったら戦ってもらうつもりだったわ。ちゃんと保険は用意しておかないとね」

 

 ちなみに原作では『仲間たちの絆の力』とか言いながら学生数人で戦って討伐していたらしい。

 それを考えると、この結果も納得だ。

 今の私の方が、大工さんとか、薬を届けてくれた商人とか、あと保険の騎士の人たちとか、よっぽど大勢の絆の力を借りているのだから。

 

「……喜ぶべきなんだろうな。この結果は」

 

 ……いけない。またこの女騎士の機嫌が悪くなっている。

 何が不満なのだろうか。

 前回は散々苦労をさせてしまったみたいだから、今回はこんなに楽な立ち位置にしたというのに。

 もっと喜んでほしいものだ。

 

 まあでも、彼女もそのうち納得してくれるだろう。

 今回の功績を引っさげて凱旋すれば、きっと彼女の名誉は急上昇。彼女の実家にも面目が立つのではなかろうか。

 ただ、一つの条件を守りさえすれば。

 

「伝説の魔獣はとてつもなく強大で、貴方も、一緒に連れてきた騎士たちも、死力を尽くして戦った。そして、辛うじて討伐に成功した。そうよね?」

「……ああ」

 

 未だに不満そうな顔をしながらも、女騎士は頷いてくれたのだった。

 

 

 

 今回は、かなりの大仕事だった。

 腐っても、毒ガス責めで死ぬような貧弱さでも、流石はラスボスといったところか。

 本番は一瞬で終わったとはいえ、事前準備の方でかなり疲れが溜まっている。

 自室に戻ってきた途端、私はベッドに倒れ込んでいた。

 

 アイリスも、私と同じような状態らしい。

 彼女は彼女で建築を手伝ったり、連絡役を買って出てくれたり、色々と働いていた。

 肉体労働という意味では、私よりキツかったのかもしれない。

 机に上体を投げ出して、眠気に呑み込まれている様子だ。

 

 そして、その体の横に、あの本が置いてあった。

 

 彼女がいつも、革製のカバーをかけて、持ち歩いている本。

 既に一文字一文字を覚えているらしく、私の前で開いている所すら見たことの無い、例の本。

 

 気がつくと、その本に手が伸びていた。

 

 どうしてだろう。

 いや、どうして今まで、そうしなかったのだろう。

 露骨にそれを避けられていた。機会が無かったと言えばそうだ。だが、それを作ろうともしていなかった。

 

 どうして、私の偏執的な猜疑心は、この本を調べようと思わなかったのだろうか。

 

 そっと本を取り上げて、カバーを外す。

 その下には、絵も模様も無い、シンプルな題名だけが書かれた表紙があった。

 

『聖女アイリス物語』

 

 その名の書かれた本が。

 

「……ティア様」

 

 いつの間にか、アイリスが目覚めていた。

 その顔を見ることもなく、私はただ問いただす。

 

「説明を」

「……ティア様なら、もう理解されているんじゃないですか?」

「貴方の口から聞きたいの」

 

 一瞬の沈黙。そして……彼女はその言葉を告げた。

 

「……そうです。『聖女ルクレティア物語』なんて本は存在しません。そんな『原作』は存在しません。私がでっち上げた……架空の物語なんです」

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