ロスト   作:raidou

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予兆

まだ少し、血が身体を伝う感覚が残っていた

 

いつものような朝だった

気だるく、冷たかった

 

新学期が始まって5日が経とうとしている

高校2年生の春だ

 

 

時間は8時を迎えようとしていた

陽気な天気は春であることを感じさせる

トーストと、目玉焼きで軽く朝食を取る

少しゆったりと過ごした後、身支度を始める

テレビではまた連日の変死事件の報道をしていた

昨夜は二人

被害者は胴体の臓器を失くしていたらしい

 

 

私は聖櫻学園の寮に住んでいる

築30年以上の木造の古屋だ

2階建てで各階に4部屋の計8部屋

しかし、ここに住んでいるのは私一人だ

数年前に新しい寮が何箇所かできて、そちらへ移されたらしい

外観は寮というよりホテルに近く、1つあたり100人近く収容できるらしい

私がこの古屋にいるのは別の理由があった

 

 

身支度を済ませ、寮を出た

学校まで約1.5キロ

歩くには短いようで長い

 

 

始業まではまだ時間がある

道行く生徒たちも余裕を持って登校していた

校門前ではもう竹刀を持った女教師が立っている

気にも留めず通り過ぎた

彼女は欠伸を噛み殺している

彼女の仕事が始まるまではまだ時間があった

 

 

教室についても、話すような友人などいなかった

積極的に話しかけたりなどはしない

窓際の最後列の席に腰を下ろし、頬杖をついて目を閉じる

次第に集まってくる声が始業が近くなっていることを知らせる

宿題をやってきたか否か、休日何をしていたかなど、普通の月曜の会話だ

やがてチャイムが鳴った

背丈の小さい女教師が教室へ入ってくる

しかし、まだ教室は騒がしい

 

「はい、みんな席について静かにしてー、HR始めるよー」

 

声を上げて注意を促すがなかなか静かになりはしない

結局、3分ほどかかってようやくホームルームが始まる

それも簡単な連絡事項だけですぐ終わってしまう

一限目はLHR

生徒たちからの予てからの願望であった席替えが行われる

廊下側の席から順にくじを引いていく

私は最後ということになる

落胆と歓喜の声を聞きながら待つ

最後に余ったくじにはまた同じ席である番号が書いてあった

全員手荷物を持ち、席を移動する

 

「や、よろしくねー」

 

ブロンドのような髪に三つ編みの少女が隣の席に腰を下ろす

誰にでもなくおやすみー、と呟くと数分後には彼女は机に突っ伏して寝てしまっていた

LHRはそのまま今月の行事予定についての説明が始まった

半分上の空で聞いているうちに、授業が終了していた

二限目は移動教室で化学

昼飯の買出しから戻ってくると教室には彼女以外は教室内には数人しか残っていなかった

授業開始まで残り数分

彼女が起きる気配は無い

 

「やっぱり、まだ寝てるのね。見吉さん」

 

ため息の混じった声

八束由紀恵、このクラスの委員長というやつだ

半ば押し付けられたように委員長へ推薦されている

見吉と呼ばれた少女を揺さぶり起こそうとするが、起きる様子は無い

 

「あと、50分寝かせて~」

「長すぎよ」

 

八束は徐にため息を吐き、私を見た

 

「手伝ってくれる?」

 

本来なら八束がここまでする必要性はない

授業へ遅れるのなら見吉の責任だ

私は頷いた

 

「どうしたらいい?」

 

判断を仰ぐ

返ってきた言葉は

 

「背負ってちょうだい」

 

少しの沈黙

そして、わざとらしく頭を掻き、聞こえるようにしょうがないな、と呟いた

八束もうんざりしているようだった

 

 

化学講義室に着いたのは授業が始まってから1、2分経った後だった

数人の生徒から哀れみの視線が刺さる

おそらく去年見吉と同じクラスにいた人間だろう

教師は遅れてきた私たちを見ても一言だけ言って授業を始めた

 

「見吉を起こしておけよ」

 

見吉を席に座らせるとようやく目を開いた

欠伸をして私と八束に向けて笑って見せた

 

「ごめんね~。何か面倒かけて」

 

その言葉に八束は見吉の額を小突いて答えてた

そこからの授業は円滑に進み、昼休みになる

 

菓子パンとカロリーメイトを引っ提げて教室を出ようとすると八束に声をかけられた

両手に赤の弁当箱を持っている

 

「一緒に食べない?」

「別にいいけど」

 

近くにあった席に腰を下ろし、机に菓子パンとカロリーメイトをばら撒く

あんぱんの袋を開き、齧り付く

 

「さっきはごめんなさい。背負ってなんて無理言っちゃって」

「別に」

 

彼女も鬱憤が溜まっているのだろう

そのあたりは察した

 

「彼女とは去年も同じクラスで、あんな感じだったから……」

「それは大変だな」

「おまけに彼女もあんな態度だったから誤解したんじゃないかって」

 

続く三、四限目も続けて彼女は机に突っ伏して注意を受けていた

世界史の教師が目線で語っていた

お前も起こしてやってくれ、と

 

「別に病気とかそういうのじゃないの」

「寝不足にしてはひどいと思うが」

「そうね。その辺りについては彼女にはいい加減にしてもらいたいのだけれど」

 

八束が苦笑する

見吉は昼休み早々から数学の教師から呼び出しを受けている

カレーパンの袋を開き、噛り付く

口の中に餡が残っている感触があった

組み合わせが悪い

 

「とにかく、僕は気にしてない」

「これからも迷惑をかけるわ」

 

これからも、という言葉が引っかかった

文字通りの意味なのだろう

この台詞を吐いた八束自身も罰が悪そうにしている

そのときだった

 

「由紀恵ちゃん~」

 

見吉の声だった

席を立ち、見吉へ歩み寄る

見吉はプリントの束を抱えていた

 

「どうしたのそれ?」

「先生に怒られた~」

 

内容は数学の課題

反省文を書かされるよりは彼女の性格上、多少マシなはずだ

 

「今日中にやって持って来いって」

「今日中にこの量はきついわね……」

 

そう呟いて八束は私を見た

 

「手伝ってよ~。ね、お願い」

 

見吉が両手を合わせて懇願する

これからも、というのはこういうことなのだろう

八束は大きくため息を吐いて手伝うわよ、とだけ答えた

 

「しょうがないわね。本当は為にならないのだけど……」

「やったっ」

 

見吉は小さくガッツポーズをとった

 

「今から始めたほうがいいんじゃないか?何時帰れるかわからないぞ。夜は危ない」

「そうね。じゃあさっさと食べて取り掛かりましょう」

「え~。放課後からでいいでしょ?ちょっと寝たい……」

「駄目よ。犬井君の言うとおり、何時帰れるか分からないわよ」

「今日お弁当忘れちゃったの~」

「ちょっと、しっかりしてよね。私もう自分の食べちゃったわよ」

 

見吉は私が持っているパンを見た

まだメロンパンとカロリーメイトが残っていた

 

「欲しいのか」

「うん」

「メロンパンだけな。カロリーメイトはやらない。フルーツ味だからな」

 

メロンパンを手渡す

 

「ありがとね~」

 

ぱっ、と見吉が笑顔になる

 

飲み物買ってくる、と言い残して教室を出た

自販機でペットボトルの緑茶を三本買い、教室に戻る

二人は既に課題に向かっているようだった

机にペットボトルを二本置き、自分のペットボトルの蓋を開けた

二人は集中しているようで、置かれたペットボトルに視線だけ向けた

すぐにプリントへ視線が戻る

成績優秀な八束が教えているのだ

自分が教えてやる必要性は無い

 

 

昼の授業は流石に見吉は起きていた

これ以上呼び出しを受けるてしまえば時間のロスになる

授業が終わるとHRまでの時間も課題をこなしていく

まだまだ終わる気配は無い

無事にHRも終わり、終礼、解散となる

各々が部活なり帰宅なり慌しくなる

私は一度帰宅し、夜になるまで時間を潰す

銀行の口座には昨日の報酬が支払われていた

15万

あの怪我の割には合わない額だった

 

 

夕食はインスタントラーメンとカロリーメイトで軽く済ませる

19時49分

そろそろ時間だ

寮を出て学校へ向かう

途中で八束と見吉に会った

 

「あ、何で帰っちゃうの~。見吉さんが課題提出しに行ったら私まで説教受けちゃったじゃない」

「ああ、ごめん。ちょっと銀行に用があって」

「そっか。じゃあ、しょうがないね~」

 

何故か見吉が納得する

突然、風が吹き始めた

八束がスカートを押さえた

次第に強くなり、周囲の家の窓が音を立て始める

携帯に連絡が入った

奴らが来たことを知らせる着信音

 

「最近夜になると風が強くなるわよね」

「気をつけないとね~」

 

自然な形で私たちは歩き始める

学校前には私たち以外に人はいないようだった

教室はまだいくつか明かりが点いている

私はすぐに聖櫻学園前、とだけ書いてメールを送る

返信は無い

 

突然、背筋を電流が駆け上がった

上を向く

空には奴がいた

トノサマバッタのような形体

だが、大きさは約3m程

そして街灯とほぼ同じ高さへ飛び上がっていた

 

「何あれっ」

「えっ?」

 

二人が奴に気付いた

私は二人の手を引いて走り始める

奴は着地した瞬間、こちらに気付いた

勘は、良いらしい

二人を物陰に隠した

時間を稼ぎ、他の人間が喰われる前に奴を殺さなければならない

 

「何なのあれはっ。バッタなの?」

「私に聞かないでよっ」

 

二人は初めての事態に混乱しているようだった

ここにいて、とだけ伝えて物陰から飛び出す

奴がギチギチと歯を鳴らす音が鮮明に聞こえた

落ちていた空き缶を蹴飛ばし音を立てる

奴の注意を引くためだ

空き缶が落ちる音が聞こえた瞬間、奴の姿は眼前から消えていた

上へ飛び上がったのだ

先ほどより高く飛んでいる

拳を構えた

右腕には黒い火が燃え始めていた

待ち構え、着地してくる瞬間に拳を打ち出す

私の拳は奴の腹部を捕らえ、空へ吹き飛ばした

が、奴の脚が私の身体を弾き飛ばした

外壁へ頭から突っ込む

頭の中が揺さぶられ、地面へ落ちる

血が目元へ流れる感覚が出血していることを理解させた

すぐさま起き上がり、奴の姿を探す

奴は空の上で黒い炎に焼かれ、霧散していた

やがて姿が跡形も無くなると私はその場に座り込む

頭から出ている血を拭った

携帯が鳴った

メールの着信を知らせる音

女学生2名保護、とだけ書かれていた

私は了解、とだけ書いてメールを出す

頭の傷も身体の傷もすぐさま塞がり、大きく深呼吸

少しだけ身体が軽くなったのが分かる

 




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