ロスト 作:raidou
また、眠ろうとしている
屋上のフェンスに凭れ掛かった
フェンスは鉄だが気にもならない
空は曇り
夕方には雨が降り出すだろう
傘はある
瞼を閉じた
少しでも、眠りたい
「あ、犬井君」
声に反応し、眼を開けた
佐伯が屋上へ入ってきた
天気は良くない
何の用だろうか
私と佐伯の他に人はいない
目が冴えてしまった
「ごめんね。起こしちゃって」
「授業中か、帰って寝るから気にしなくて良いよ」
「授業中に寝ちゃ駄目だって」
そんなことは分かっている
本来なら、学校なんて行っているほどの余裕は無いはずだ
律儀に毎日登校している自分がいる事実には笑いも出てこない
全て自分の言動が招いた結果だ
「そういえば、今朝校門のところで浅見先輩といたよね。バレー部の子が地面に正座してたし」
「色々あったから」
「色々って?」
「洒落にならない悪戯とか」
「なにそれ」
流石にあのことは口に出せない
欠伸が出た
睡眠を邪魔された証だろう
「辛いなら早退したほうがいいんじゃない?先生には私のほうから言っておくから」
「なら、寝かせておいてくれ。放課後まで」
「それは駄目だって」
そう言ってから佐伯が黙った
風が吹く
佐伯の髪を揺らした
ふわり、と柔らかそうに靡く
「私じゃ、力になれないよね」
「そうだな」
「即答、か。そうだよね」
「気持ちだけ受け取っておく、ってやつだな」
「何それ。犬井君らしくない台詞だね」
「確かに」
苦笑が、零れる
「神崎先生も心配してるよ」
「分かってる。そんなことは」
「誰かに代わってもらえないの?」
「僕の稼ぎが無くなる」
「普通のバイトでもいいでしょ?」
「駄目だ」
また、沈黙
「私たちって、何度も同じ会話してるよね」
「それだけ話題が無いってことなんじゃないか」
「じゃあ、今朝のこと教えてよ」
「あのバレー部の子に聞いてくれ。全部あの子が仕組んだ事だ」
「クラスとか知らないし、聞きにいけないわよ」
まさかお見舞いの品があれだったとは言えなかった
「浅見先輩に聞いたら教えてくれるかな」
「教えてくれないかもな」
「え~」
佐伯が不満を漏らした
「女子の口からは言い難いことだったんだ」
「えっ」
佐伯が一瞬固まる
無理も無いだろう
佐伯が何を想像しているのかは知らないが
「犬井君、浅見先輩に何したの」
「別に何もしてないって」
「怪しいなぁ」
「本当に何も無い」
誰かが階段を駆け上がってくる
栗色セミロングの髪
椎名心実
去年は同じクラスにいた
今は別のクラスだ
「あっ、椎名さん。どうしたの」
「えっと、佐伯さんを探していて」
「どうしたの?」
「怪我をされた方がいたのですが、保健室の先生がいらっしゃらないそうです」
「わかったわ、すぐに行く」
佐伯が駆け出す
もう私は見えていないようだった
佐伯の背を見送る
溜め息が出た
「あの」
再び目を閉じようとする私に椎名が声を掛ける
「どうかしたのか」
「朝はバレー部の方と何を話されていたんですか?」
「またその話か」
「また、ってどういうことですか」
「さっき佐伯と同じ話をしてたところだ」
また誰かが階段を駆け上がって来る
赤っぽいポニーテール
浅見だった
少し息を切らしている
「あ、いたっ。犬井君」
「何かあったんですか。そんなに急いで」
「どうしよう。今朝のこと広まって手が付けられないの。
こんなことが砂夜ちゃんに知られたらどうしたらいいのっ」
椎名が私と浅見を交互に見る
全く話が見えていないようだ
いくら新聞部とはいえ、下衆な記事は書かないはずだ
「流石にこんなことは記事にはならないと思いますけど」
コツン、コツンと乾いた音が聞こえる
誰かが階段を上ってきている
紫掛かった黒髪
神楽坂砂夜
「砂夜ちゃんっ」
浅見が声を上げた
「経緯は大体分かったわ」
「まさか……」
「ええ、バレー部の子から話は聞かせてもらったの」
「やっぱり」
浅見が項垂れる
また面倒なことになりそうだ
「もうお終いだ……。砂夜ちゃんにまで知られるなんて」
「落ち着いてください」
「何を考えてるのか分からないけど、こんなことは記事にして広めたりしないわ」
浅見の表情が明るくなった
「本当?砂夜ちゃん」
「当然よ。今回の件は間違った形で広まらないことを約束するわ」
「やった。ありがとう砂夜ちゃん」
「友達として当然よ」
「それでもだよ。ありがとう」
二人で盛り上がっているようだ
「えっと、よく分からないんですけどとりあえず落ち着くところに落ち着いたみたいですね」
椎名が胸を撫で下ろす
「犬井敬君」
神楽坂の声が私に刺さる
硬い声だ
私は何も答えない
「今回は景を信用するわ。貴方も今後は気をつけなさい」
「はぁ」
別段私がどう悪いという話ではないはずだ
勝手に外野が騒ぎ立てたに過ぎない
「私の友達を泣かせないように、ね」
神楽坂の顔は笑っていたが、椎名の顔は引き攣っている
その笑顔が意味することを知っているのかもしれない
♪のエイプリルフールには笑ってしまいました