ロスト 作:raidou
気分の良い朝だった
昨夜は久しぶりに奴らは出てこなかった
朝食はトーストとスクランブルエッグ
コーヒーがついてくるのは奴らが出てこなかった次の朝と決めていた
鏡を見る
今日は少し顔色が良く見えた
それでも、まだ眠気があった
朝から周囲は慌しい
校門では、いくつかの部活がチラシを配り、新入生を勧誘する
明日、木曜の放課後に体育館で勧誘会なるものが催されるが私には何の関係も無いものだった
部活など、やっている暇は無い
「そういえば、犬井君って部活しないの?」
そう聞いてきたのは櫻井明音だった
明るく積極的で、誰とでも打ち解けられる長所がある
彼女は放送部に属している
私は時間が無い、とだけ答えた
「放課後はすぐ帰ってるよね、バイトとかしてるの?」
「バイト、みたいなものかな」
私は口では説明できない、とだけ付け加えた
「そう言えば、知ってる?最近起きてる変死事件の噂」
「噂?」
「眉唾物だけど、人間以外の何かが関係してるんだって」
人間以外の何か、というワードに引っかかった
誰かが奴の存在に気付いたのだろうか
「興味あるな。もう少し詳しく聞かせてくれないか」
「うん。私も噂の出所を知ってるわけじゃないんだけどね」
櫻井の話を聞く限り、奴らの話とは直結しているわけではなかった
人間では不可能な犯行がいくつかある、という程度のものだった
数ある変死事件の中で実際に人間が行うことが可能な物も考察している例もあった
肝心な、奴らの正体が確認できていない
奴らがどこから来て何故人を食べるのか、それを調べるのは私の仕事ではなかった
調査する人間は別に組織されている、らしい
「ね。犯人は妖怪か、それとも人間か。そして、複数の事件に関連性はあるのか。気にならない?」
「噂を流している人が、オカルトに関心があるのは分かった」
「オカルトねぇ。信じてるってわけじゃないんだけど、説得力みたいなのが無いよね」
「誰か犯人探しを始めようって人はいないのか?」
「さぁ。私が知る限りはいないかなぁ。もし犯人が人間で、自分が事件に巻き込まれたら最悪だよね」
「ミイラ取りがミイラ、というか、本当に洒落にならないことになるな」
女子はまだ危機感を持っているかもしれないが、男子はどうだろうか
女子に比べて警戒心が薄く、不審者には襲われにくいという難点がある
興味本位で夜に出歩かれるのは迷惑だ
死んだ人間の処理が簡単にできないのも、私たちの欠点だった
公的な機関でない以上、私たちには様々な制約が課せられている
少し寒気のする夜
奴らが出た、と連絡が入った
場所はとある鉄鋼場
日中は稼動していて、必ず誰かがいた
時刻は21時
事務所の電気は点いていた
私が到着すると、奴はどこかに身を隠していた
私は息を潜め、奴が出てくるのを待つ
急に後ろから光を感じた
振り向くと同時に構える
「何だ、子供か。こんなところで何してるんだ」
奴らではなく、中年の男性だった
見回りなのだろう
懐中電灯を持っていた
顔を照らされた
私は、来るなと叫ぶ
次に来る質問は分かっていた
親は、学校は
しかし、その質問が飛んでくる暇なく、男は上空へ持ち上げられた
懐中電灯が男の手を離れ、別の方向を照らす
男は後ろから来た奴に気付かなかったのだ
奴は5メートル熊のような巨体だったが、両腕は蟹のものだった
「た、助けてくれっ」
男が叫ぶ
ブチブチと何かがつぶれる音が聞こえた
両腕の鋏で男の身体を挟みながら、潰している
私は、もう遅いと判断をしていた
今度は何かを砕く音が聞こえた
次に咀嚼音
男の叫び声が聞こえなくなる
闇に目が慣れてきた
男の姿が見える
頭部を失っていた
頭部だけを綺麗に喰われ、男は捨てられた
私は、暗闇の中から刀を取り出した
跳躍し距離をつめる
奴に構える時間を与えず、両腕を切り落とした
切り落とした腕は黒い炎が焼き切った
バランスを取れない胴体はそのまま後ろへ倒れこむ
奴の呻き声が聞こえた
耳障りだった
奴の頭部を切り刻むと、胴体も霧散した
私は頭部を失った男の姿を見る
気にするな、お前の責任じゃない
どうせ名前も知らない相手だった
「お前に責任は無い」
私は、呟いた
誰にでもなく、ただ自分自身に
昨夜はあの1体だけだった
早速朝のテレビでは、頭部を失った死体について報道が行われていた
テレビのスイッチを切った
頭の中でもう一度だけ気にするな、と呟く
死んだ人間はもう、どうにもならない
私たちのようにならない限り
いつものように朝食を取り登校した
テーブルにコーヒーは、ない
教室に着くと、荷物を乱暴に置いた
一息ついた
まだ授業が始まるまでは少し時間があった
「おはよう」
「ああ、おはよう」
八束だった
後ろには櫻井もいる
「お疲れのようね」
「大丈夫さ」
「ねぇ、何の話?」
私は八束と顔を見合わせた
話してもいいんじゃないか
八束が目で語っていた
「時間があるときに、教えてやる」
「じゃあ、昼休みね」
「放送部は?」
「あ、そうだった。じゃあ、放課後ね」
私は頷いた
八束は私を見ているだけだった
櫻井は不思議そうに私たちを見ていた
「おあよ~」
眠そうな声で見吉が席に着いた
おはよう、と言おうとしたのだろう
「眠そうだな」
「まぁね~」
気の抜けた声だった
私は思わず、フッ、と笑ってしまう
「何がおかしいの?」
「気楽そうだな」
「そうでもないんだよ」
「わかってる」
「ホントかな~」
また見吉が欠伸を一つ
「犬井君こそ、何時寝てるの」
八束が聞いてくる
「適当に。授業中とか休み時間とか」
夜はほとんど寝る時間は無い
休み時間や空いた僅かな時間を見つけて睡眠時間を確保するしかなかった
八束が溜息を吐く
「犬井君の場合、仕方ないかもしれないけど授業中はやめておいたほうがいいわ」
「あんまり夜更かしとかしそうには見えないけどな」
「まぁ、人並みには生活できてるはず」
「じゃあ、そのカロリーメイトばっかりの生活をどうにかしないとね」
八束の指摘を受けてようやく私は自分がポケットのカロリーメイトに手を伸ばしていることに気付いた
「これだけはどうしようもないな」
櫻井が、笑い出した
放課後、私たちは誰もいない教室に集まった
何故か見吉もついてくる
「一応、言っておくがオカルトってもんじゃない」
「どういうこと?」
私達は櫻井に奴らについての説明を始める
始めは冗談半分に聞いていた櫻井の顔が青ざめた
「今の話、全部本当なんだよね?」
「信じてくれるなら、嘘はつかないさ」
「わかった、信じる。明らかに今の状況はおかしいって思う」
「誰かに話すのは櫻井の判断に任せる。話した相手が信じてくれるとは限らないことは理解しておいたほうが良い」
櫻井はわかった、とだけ答えた
強張っている顔がいくつかの感情を晒しだしていた
それらが混ざり合っているように見える
私達は、揃って教室を出た
「今日はもう、帰ろうかな。知ちゃんも誘って」
「それがいいと思うわ。自分の身は自分で守らないとね」
教室を出てすぐに櫻井と別れる
「八束さん、ちょっといい?職員室に来てもらいたいんだけど」
橘が八束に声をかけた
「はい。分かりました」
「じゃ、私達先に帰るね~」
「わかったわ。また明日」
八束は橘の後について職員室に向かう
「じゃ、行こうか」
「ああ」
しばらく2人で歩き、玄関へ向かう途中、和服を着て、髪を綺麗にまとめた少女が茶道で使う花瓶を運んでいた
私達のほうへ向かってきている
よく見れば、靴は上履きだった
私は黙って彼女を避けようとした
「川上さん、和服で何してるの」
見吉が声をかけた
結果として彼女が足を止めてしまう
「あ、見吉さん。明日の部活見学の準備です。道具を運ばなくてはならないのですが、数が多くて」
「手伝おうか?男手もあるし」
「ですが、よろしいのですか?」
「いいでしょ。早くしないと夜になっちゃうよ」
いつの間にか手伝うことになってしまっているようだ
和服の少女が、私を見つめる
「まぁ、いいよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
川上と呼ばれた少女の話では一度茶室にある茶道の道具を一式、体育館前に運ぶらしい。
私は、釜と棚、そして茶入を同時に持たされた
見吉は軽い茶筅や茶杓を持っている
「がんばって~」
「うるさいぞ、見吉」
「すみません。重いものばかり持たせてしまって」
「気にしなくていい。わざわざ和服で、って大変そうだな」
「いえ、茶道に興味を持ってくださる方がいれば御の字です」
道具を体育館前に運び込む
入り口に白い箱が立て掛けてあった
2メートルはあるだろう
「あとはあれだけなのですが」
「何が入ってるの?」
「桜の枝です。茶室に飾るんですよ」
「なるほどね~。じゃあ、任せたよ」
見吉が私の肩を叩く
私は白い箱を担いだ
思った以上に重い
見吉と川上は何も持っていない
「そういえば、川上さんとは別のクラスになっちゃったね」
「そうですね。でも、こうやってお話ができないわけではないので問題はありませんよ」
「そうだね~」
「そういえば、こちらの方は?」
「犬井敬君、同じクラスで席が隣なんだ」
「そうでしたか。川上瀬莉と申します。よろしくお願いします」
差し出された手。
しかし、私の両手は塞がっていた
「今手が離せない」
「そこはほら、気合で何とか」
「持つか?重いぞこれ」
「や、無理っす」
箱を見吉に渡そうとすると見吉は川上の後ろへ隠れてしまった
「がんばれ、男子」
「しょうがないな」
そんな私達のやり取りを見て、川上が笑っていた
「仲が良いのですね」
「でしょ~」
「世話が焼けるだけじゃないか。この前も八束に」
「おっと、それ以上は駄目だよ」
見吉に口を塞がれた
桜の枝が入った箱を茶室前の廊下へ置く
「これで終わり?」
見吉が確認を取る
川上は既に制服に着替えていた
「はい。これで終わりです。お2人のおかげで早く終わりました。ありがとうございます」
「これくらいのことは当然だよね」
ね?、と見吉は私に同意を求めてくる
私は頷いて肯定した
空が暗くなり始めていた
「早く帰ろうか。夜は危ないから」
「そうですね」
職員室の前を通ると、八束が合流した
「まだ帰ってなかったの?」
「ちょっと手伝いを、ね」
「ええ、助かりました」
「そうなの。それじゃあ、そろそろ下校時刻だし帰りましょう」
私達は揃って校門を出た
校庭では運動部が片づけを始めていた
少し、肌寒い
「そういえば、お名前聞いてませんでしたね」
「犬井敬だ。よろしく」
ようやく、握手が交わせた
文字制限を4000字と勘違いしていた件