ロスト   作:raidou

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閉口

短いゴールデンウィークが終わった

運動部が慌しい

ほとんどの部の3年生が最後の大会を来月末に迎えていた

練習を頑張るのは構わないが、夜は奴らが出る

だが、先日は5時過ぎから奴らが出始めていた

組織の連中もそのことについてはある程度は把握していたらしい

嫌な予感

こういうときの予感は当たってしまう

 

 

 

小さく、櫻井が溜息を吐いた

どこか愁いを帯びた表情だった

私は、何も言わなかった

 

「犬井くんはさ、夢とかあるの?」

「忘れた」

「忘れたってどうなの」

 

櫻井が苦笑する

力の無い、笑いだった

私はどんな夢も、叶わないと悟ってしまっていた

また、櫻井が溜息を吐く

 

「何かあったのか」

「親と、ちょっとね」

 

彼女が言うには、進路のことで親と揉めたらしい

一通り話を聞く限り、彼女の夢に対して親は反対の意思を示しているらしい

 

「私は真剣なんだよ。なのにさ……」

 

他人の進路のことなど、私にはどうしようもないことだった

また櫻井が話し始める

愚痴ばかりだった

私は特に口を開かず、彼女の話に相槌を打つ

また一通り話し終えると、彼女は力なく笑って見せた

 

「ごめんね、私の愚痴なんて聞きたくなかったよね」

「いや」

「聞いてもらって少し楽になったかな。ありがとね」

 

櫻井が笑った。

いつもの彼女の笑みだった

彼女がそれでいいのなら、そういうことでいいのだろう

 

「で、貴方は進路調査票を提出してないのだけど」

 

背後に八束が立っていた

 

「まだ提出してないのは、貴方だけなんだから早くしてよね」

 

八束がプリントを差し出す

進路なんて、まるで何も考えてはいない

これから先も組織の意向に従って戦うだけだ

 

「でもさぁ、犬井君どうするの?」

 

見吉が話に割り込んでくる

 

「進学する?それともどこか就職するつもりなの?」

 

あれは就職といえるのだろうか

公的な組織ではなく、企業でもない

人知れず化け物と戦い報酬を受け取り、世間からは何の理解もない

八束からプリントを受け取った

 

「今はまだ、何とも言えない。戦わなくちゃいけないからな」

「そうだよね」

「具体的な学校名を書かなくていいなら進学だな」

 

就職となると担当の教師から特別指導が入るだろう

結果的に状況をかき回すだけになる

私は進学の文字に丸をつけ、八束にプリントを手渡した

 

「一度は、ちゃんと考えたほうが良いわよ」

「そうだな」

 

私はこれ以上、語ろうとはしない

それは八束も同じだった

 

 

 

昼休み

私は購買でパンを買い、屋上へ足を運んだ

高校にしては珍しく、屋上が開放されてはいるが有刺鉄線の柵が尋常ではなかった

一つ目の5メートル程のフェンスの上から倍以上の高さの有刺鉄線の柵

その柵を覆うように約20メートルの有刺鉄線の柵が広がっている

普通の人間が見れば、登る気を失せさせるような高さだった

風が小さく吹く

雲は少なく、日光が眩しい

屋上へ来る途中、櫻井と擦れ違った

険しい表情

普段の彼女からは考え難いことだった

目尻には滴があった

深くは考えないようにした

他人のことだ

パンとカロリーメイトを食い終えるとフェンスに凭れ掛かり、目を閉じた

少しでも睡眠時間が欲しかった

4時前まで奴らと戦い、朝になってから家に帰って仮眠は取った

それでも全くと言って良いほど足りなかった

私のほかには、屋上には誰もいない

今日のような日には中庭で食事をしたほうが良いだろう

ガサッ、っとフェンスが揺れた

 

「あ、大将駄目だって。起きちゃうよ」

 

薄目を開き、音の出先を探した

猫がフェンスに凭れ掛かろうとしていた

太めの猫だった

近くにはオレンジの髪を後ろで束ねた少女が猫へ歩み寄っていた

制服は2年生

しかし猫はフェンスに興味を失ったのか、私の足元へ寄ってくる

私の足に体を擦り付け、周囲を歩き回る

私は猫を持ち上げ、少女へ手渡す

猫は私が持ち上げても大人しくしていた

 

「ごめんね。この子、落ち着きが無くって」

「飼い猫ってわけでもないみたいだな」

「野良だよ。学校の敷地内がお気に入りみたい」

「餌があるからじゃないか」

 

私が言うと、少女は苦笑した

おそらく生徒や教師に餌を貰って可愛がってもらっているのだろう

猫は少女の手を離れ、コンクリートの上に降り立ち、寝転がる

日の光を浴びて大きく伸びをすると寝てしまった

 

「猫っていいよね。自由で」

 

少女が猫の傍らに座り込む

ゆっくりと猫を撫でた

 

「昔って言ってもそんなに前のことじゃないんだけど、身体が弱くて入院したり退院したりを繰り返してたんだ」

 

私は興味の無い振りを装い、空を見上げる

 

「病院でずっとベッドの上だったから今は体調が良くなって学校にも行けるようになったんだけど、

 じっとしてられないんだよね。寝てばっかりだったからその反動かな」

 

少女がコンクリートの上に寝転ぶ

予鈴がなった

あと5分で授業が始まる

 

「たまに授業サボって寝てたりするんだけど、これがまた心地良いからなかなかやめられないんだよ」

 

気持ちは分かる

私はコンクリートの上に座り込んだ

フェンスにも垂れる

目を閉じた

眠気

心地の良いものだった

 

「サボるか。ここで」

 

呟いた

少女が頷いたような気がした

 

 

 

目を覚ました頃には既に放課後になっていた

少女は既に猫と共にいなくなっていた

立ち上がる

気分は良い

教室へ戻り、荷物を持った

教室には疎らに生徒が残っていた

玄関を出てすぐに昼間の猫に出会った

 

「あ、また会ったね」

 

昼間のオレンジ髪の少女が猫を抱き上げた

 

「あの後、怒られた?」

「いや」

「へぇ。怒られてないってことは意外とサボり慣れしてるのかな」

「起きたのがさっきだったんだ」

「そっか。あ、あたしは鈴河凛乃。よろしくね」

「犬井敬だ。よろしく」

 

猫が欠伸をした

鈴河が猫の首元を撫でると気持ちよさそうに目を細める

 

「制服に毛がつくんじゃないか?」

「それくらいどうってことないよー」

 

足音がいくつか、近付いてきた

 

「あ、いた。犬井くん」

 

八束と見吉だった

 

「授業サボるなんてなかなかのワルだね~」

「いいだろ、少しくらい」

「よくない」

 

八束が一蹴する

 

「次サボるときは私も誘ってね」

「見吉さんっ」

「あはは」

 

八束がやれやれ、とため息を吐く

対し、見吉はばつが悪そうに笑うだけだった

 

「ばれちゃったみたいだね」

「まぁな」

「鈴河さんまでいっしょになってサボってたのね」

「そーだよ」

 

鈴河の腕の中で猫がくしゃみをする

また鈴河が笑みを零した

見吉もそれに釣られる

 

「そろそろ帰ろっか」

「そうだな」

 

鈴河の提案に賛同した

体育館のすぐ隣を通る

女子バレー部がレシーブの練習をしている

バスケ部とバドミントン部が体育館を使用しているのだろう

バレーボールが二つほど転がってくる

 

「ごめんなさい、ボール取ってもらえませんか」

 

転がったボールを追ってきたのは赤いポニーテールの少女だった

背は私より少し高い

ユニフォームの上から存在を誇張した大きな胸が揺れている

ボールを拾って手渡す

 

「ありがとう」

 

少女が笑う

どこか疲れが見えた

 

「浅見先輩、バレー部は外で練習ですか?」

「ええ。体育館は使えないけど最後の大会に向けて追い込みの時期だからね」

 

3年生らしい

八束とは知り合いのようだ

 

「そっか、もうそんな時期なんだねぇ」

 

鈴河が呟く

 

「私は帰宅部だから関係ないけどね」

「奈央ちゃんはモデルがんばってるじゃない」

 

浅見を追って、バレー部員が駆け寄ってくるのが見えた

 

「そろそろ行かないと」

「頑張るのは構いませんけど、夜は早めに帰ってください」

 

一応の忠告

聞いてもらえるとは思えないが

 

「そうね。善処するわ」

 

浅見は苦笑を返した

知らないということは幸せなのか、罪なのか

浅見の背中を見送った

 

 

 

八時前、奴らの情報はこない

住宅街へ足を勧めていた頃、浅見と再び出会った

 

「あら、さっきの」

「どうも」

 

表情は疲れが見えていたが、それを隠すように少し笑っていた

私は自然に浅見の隣を歩く

 

「そういえば、自己紹介してなかったわね。私、浅見景。バレー部の3年生よ」

「犬井敬です。敬うって書いて敬です」

「敬うで敬ってかっこいいかも」

「そうですか?」

「誰に名前付けてもらったの?両親?」

「知り合いです」

 

私は短く答え、それ以上は話さなかった

答えてはならない、と判断した

住宅街に差し掛かったあたりで浅見が足を止めた

一軒の二階建ての大きな家

浅見の二文字が表札に書かれている

 

「ここまで、ですね」

「そうね。それじゃあ、また」

 

浅見はひらひらと手を振って家の中へ入る

軽くではあったが、にこやかに笑っていた

私は軽く手を上げて浅見に背を向けた

学校の方向へ足を進めた

公園へ差し掛かったところで、ベンチに座る櫻井を見つけた

小さく涙を浮かべ、俯いている

声をかけた

奴らについて話はしたはずだ

 

「どうしたんだ」

「犬井くん?」

「夜は出歩くなって言ったはずだ」

 

視線を感じた

 

「両親と喧嘩しちゃって」

「喧嘩?」

 

おそらく夢やら進路についてのことだろう

 

「ねぇ。自分の夢を否定されたら、どうすればいいの?」

 

視線は人間のものではない

確実にこちらを狙っている

 

「何とも言えないな」

 

櫻井が黙り込む

視線の正体が姿を現した

3メートルほどの蜥蜴だった

ぎょろぎょろと目玉を動かし、私と櫻井を捉える

 

「何よ、あれっ」

 

櫻井が狼狽する

 

「下がれっ」

 

櫻井を庇うように前に出る

ようやく、携帯が鳴っていることに気付いた

蜥蜴の口が開く

舌の先端には大きな刃物のようになっている

鋭く、鈍く光り飛び掛ってくる

狙いは、私の後ろの櫻井だろう

私は剣を生成する

黒が闇に溶け込むように揺らめく

 

「ひっ」

 

櫻井に届く前に舌を掴み、切り飛ばす

落ち着いていた

切られた舌が地面に落ちて灰のように崩れる

残るは本体のみ

蜥蜴が走り出そうとする

逃げる気だ

剣を投げる

脚を捕らえた

動きが止まる

距離を詰めた

零距離

蹴り上げた

身体の中心

蜥蜴の身体が二つに分かれた

分かれた身体が黒い炎に焼かれる

消え失せるまで時間は掛からなかった

消え去ったのを見届けて、私は背を向けた

櫻井は座り込み、私を見つめている

 

「何なの、あれ……」

「あれが話をした化け物だ」

 

櫻井に手を差し伸べる

一瞬躊躇ったが、櫻井は手を取ってくれた

 

「櫻井」

「どうしたの?」

「櫻井の両親は櫻井の具体的な考えが知りたいんだと思う」

「私の、考え?」

「櫻井が夢を叶えるためにどういう勉強が必要なのか、どういう学校に進学しないといけないのか。

 なりたい、って言うのだけじゃどうにもならない」

「そっか。そうだよね」

 

そう言って櫻井は俯く

 

「それと、死んだらどんな夢も叶わない」

 

櫻井は俯いたままだった

月が陰る

また奴らが出てくる前に櫻井を送っていかなくてはならなかった




あけましておめでとうございます

今年も適度にやっていくつもりです

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