ロスト   作:raidou

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心算

球技大会なるものがあるらしい

完全に頭から抜けていた

数日前に出場する競技を決定したはずだ

私はバスケットボールに出ることになっていた

適度に手を抜きながら、というのは逆に面倒だ

今日は体操服に着替えて登校することが許されていた

半袖の服は好きではなかった

腕の夥しい火傷の跡が衆目に晒される

上からジャージを着て、私は学校へ向かった

 

 

 

教室に入るなり、私に気付いた櫻井が歩み寄ってくる

 

「おはよう、今日は頑張ろうね」

「ああ、手を抜くのを頑張らないとな」

「全力で頑張ろうよ」

 

櫻井が苦笑する

全力を出すわけにはいかなかった

 

「僕が普通の人間なら、全力で頑張ってたかもしれないな」

「何の話?」

 

八束と見吉も話に混ざってくる

 

「犬井君が全力で頑張ったら、どうなるか分からないって話」

「やっぱり普通とは違うの?」

「ああ」

「どれくらい?」

「1キロ走るのに一秒掛からない」

 

八束が溜め息を吐いた

流石に馬鹿らしいと思ったのだろう

嘘は吐いていない

 

「冗談だ」

「バスケに出るのよね?誰かと接触したら死ぬわよ。相手の人」

「だから、手を抜かないといけない。もしくは接触を避けるか」

「バスケでそれは無理じゃない?」

「不可能、ではないな」

 

櫻井の表情が引き攣った

見吉は興味がなさそうに欠伸を漏らす

 

「まぁ、無理はしないでね」

「分かってるよ」

 

私は頭を掻いた

 

 

 

開会式が終わり、競技が始まろうとしていた

競技の種類は様々で、野球、サッカー、バレーボール、ドッジボール、女子にはテニスがあった

試合はトーナメント制であり、一度負ければそこまでになる

男子にテニスがあれば、個人競技のテニスを選択していただろう

チームスポーツは好きになれなかった

だらだらと移動が始まり、私たちはコートに入る

3年C組との試合が迫っていた

バスケット部が一人もいない私たちのチームに比べ、3年C組のチームは半数がバスケ部らしい

周りの目さえ気にする必要が無ければいくらでもサボるのだが、

試合の時間が被らない他の競技のクラスメートが見ているとなれば少しはやる気を見せなければ立場が悪い

3年C組も準備ができたらしい

バスケット部を中心に戦術を組んでいるらしい

試合が始まる

ホイッスルが鳴り、ジャンプボールは当然捕られる

1分足らずで相手チームに点数が入った

試合はほぼ一方的に相手が点を重ねていた

構うことは無い

味方から飛んできたボールを反射的に捕った

ゴールまでは5メートル以上の距離

私にマークは付いていなかった

しかし、すぐに他のチームメンバーにマークが付いた

片手でボールを投げる

鋭い放物線を描いた

ゴールを揺らし、ボールが入った

歓声

悪い気分ではない

両チームの動きが一瞬止まる

驚嘆の表情

前半が終わって3倍ほどの点数の開きがある

コートから出ると、八束と見吉が話しかけてくる

 

「お疲れ。見てたよ」

「もう少しやる気出してもいいんじゃないの」

「あれでいいんだよ」

 

点数に大きく開きがある

相手も少しは手を抜いてくるだろう

それでも、このまま逆転は不可能に近い

 

「どうするの。このままじゃ負けちゃうよ」

「勝敗はどうでもいい」

 

後半戦が始まる

時間は短い

相手は攻撃の手を緩めようとしない

それでも、油断が多かった

空中へパスが上がる

5メートル

跳躍

ボールを捕らえた

着地前にゴールへ投げ込む

ほぼ一直線の投球だ

点が入る

遅れて着地

周囲は静まり返った

逆転したわけでもないのに大袈裟な反応だ

試合が再開する

私にマークが付き始める

2人

相手がゴールまで迫った

私はボールを追う

二人もしっかり付いてくる

スリーポイントエリアから放たれたボールを飛んで掴む

着地

ゴールのほぼ真下だ

マークは少し離れた位置にいた

ゴールへ向かって投げる

距離は約20メートル

走り出す

私の投げたボールはゴールから少しずれている

おそらく弾かれるだろう

ボールより速くゴール下へ走り、飛んでボールを掴む

ゴールへ叩き込んだ

今度は誰も声を上げなかった

呆然というやつだ

試合終了のホイッスル

私たちの負けだった

あとは他の試合の観戦で今日は終わりだ

すぐにコートを抜ける

他のメンバーも肩の荷が下りたとでも言うかのようにだらだら歩く

 

 

 

体育館から教室に戻る途中、浅見と会った

 

「見てたよ、さっきの試合。凄かったね」

「凄かった、ですか」

「あんなに飛んでボール捕るなんてプロのバスケ選手みたいだった」

 

浅見は少し興奮気味に話す

どうにか話をはぐらかしたかった

投げられたボールより早く走るのはプロにもできないだろう

 

「犬井君って帰宅部だよね。何かスポーツやってたの?」

「スポーツはやってないです」

 

奴らと戦っている私にとってはスポーツはどれも子供の遊びにすらならない

 

「勿体ないと思うよ。何かやってみたら良いのに」

「夜遅くまで練習とかやりたくないんです。朝練も。うちの学校ってどこの部活も運動部は忙しいから嫌なんです」

「確かに練習はきついし忙しいけどね」

 

浅見が苦笑する

ストレートな物言いに戸惑っているようだ

 

「みんなで頑張って勝って、結果と思い出を残したいの。高校生活は戻ってこないからね」

 

言っていることは理解できる

努力も思い出も私には必要ないものだ

 

「そうだ。今度の大会、応援に来てくれない?全国大会の予選で、最後の大会なの。」

「構いませんけど、親は来てくれないんですか」

「両親は仕事で、ね」

 

流石に高校生の大会に応援に行ったりはしないらしい

それでも、浅見は気丈に振舞った

 

「それじゃ、約束ね」

 

浅見が微笑んだ

 

 

 

大会の全種目全試合が終了した、らしい

閉会式までの間、私は誰もいない教室で惰眠を貪っていた

閉会式が終わったのに気付いたのは、八束と見吉、櫻井の3人が着替えて教室に入ってきたときだった

 

「何で寝てるのよ。しかもさっさと着替えて」

 

やらかした、とは思ったが気にしても仕方が無かった

 

「やっちゃったねぇ」

 

見吉が冷やかすように笑った

ぞろぞろと生徒たちが教室へ入ってくる

もうすぐHRのようだ

私はため息を吐いた

 

「仕方ない。時間は戻ってこないからな」

「開き直ってどうするの」

「どうしようもないな」

「だよねぇ」

 

櫻井は私たちのやり取りを見て苦笑を浮かべる

生徒が着席して数分後、ようやく橘が教室に入ってきた

 

 

 

暗くなるのが遅くなり始めていたようだ

夏が近付いてきているのだろう

7時過ぎだというのに、空はうっすらと明るさを保っているように見える

学校周辺を回ろうと考えていたところ、浅見と会った

疲れた表情

おそらく今の時間まで練習をしていたのだろう

球技大会が終わって直ぐだと言うのに忙しいことだ

 

「今日はよく会うわね」

「球技大会の日も練習ですか」

「そうね。本当に時間が無いもの」

 

疲れていた表情が少し、解れる

他人に対しては隙を見られたくないらしい

 

「犬井君は、どこか出かけるの?」

「そんなところです」

「最近物騒だから、気をつけてね」

「大丈夫です」

 

私は適当にはぐらかし、浅見と別れる

背中を少しの間見送る

浅見は奴らのことを知らない人間だ

事情を話して不安を抱かせる必要は無い

 

 

 

昨晩は、奴らは出てこなかった

普通の人間にとっては悪いことではない

私にとっては奴らが出てこなければ、殺せないし報酬も無い

少し余裕を持って寮を出る

HR前に浅見に会った

朝から疲れた表情のようだ

 

「流石にお疲れのようですね」

「うん、だけど最後の大会だからね。もう時間が無いの」

「身体を壊したらどうしようもないですよ」

「心配してくれるの?」

「一応は」

「そっか。ありがとう」

「礼を言われることじゃないけど」

「それでも、だよ」

 

浅見は笑って見せたが、どこか無理をしているような感じがした

 

「無理してませんか?」

 

浅見が苦笑する

 

「少しくらい無理はしないと」

「ホントに高校最後なんだから」

 

物事には終わりがある

それを自覚できているのはある意味羨ましいと言っても良いかもしれない

私には既に無いもの

普通の人間には必ずあるもの

頑張れるもの

 

 

 

昼休み、私は食堂でうどんを啜っていた

丸テーブルに一人だ

テーブルに備え付けてある割り箸の入った箱に手を伸ばす

 

「相席、いいかしら」

 

浅見だった

手にはA定食

私は黙って隣の椅子を引いた

 

「ありがとう」

 

眠そうな声で浅見が礼を言う

 

「眠そうですね」

 

私の言葉に浅見は苦笑を返した

 

「授業中も眠くってね」

「先生方も一応先輩の事情を汲んではくれるでしょう」

「そうだといいんだけどね」

 

それだけ言うと浅見は箸を取った

私は割り箸を割ってうどんを啜る

浅見を見れば、こくりこくりと頭を揺らして舟を漕いでいた

 

「先輩、大丈夫ですか」

 

びくっ、と浅見の身体が小さく跳ねる

 

「えっ、今寝ちゃってた?」

「少し」

 

浅見が気まずそうに笑った

 

「ちゃんと寝てるんだけどね」

 

この疲労はおそらく精神的なものだ

 

「ご飯に顔から突っ込んでいかないようにしてくださいよ」

「流石にそんなことは無いわよっ」

 

少しだけ自棄になって彼女は怒った

怒った顔は、怖くはなかった

 

 

 

また夜になった

相当疲れた表情で浅見が校門から出てくるのを見た

ちょうど鉢合わせするような形になった

 

「大丈夫ですか」

「大丈夫よ。もう少し、頑張らないとね」

 

あまり大丈夫な様には見えない

その場の会話はそれだけにして、浅見と別れる

時刻は8時を過ぎようとしている

そのまま15分程歩いた

丁度自販機があり、何か飲み物を買おうと財布を取り出した所で、携帯が鳴った

奴らだ

場所は近く

方向は、浅見の帰路の方だ

財布をしまって駆け出す

風を切る音

全てが止まって見える

すぐに浅見の背中を捕らえた

そして、浅見に襲い掛かろうとする影を見た

目玉が中を浮いている

その目玉にはアゲハチョウの羽が生えていた

羽に手を伸ばす

捕まえる

そのまま放り投げた

目玉は空中で体勢を立て直し、私を睨んだ

 

「やらせるかよ」

 

呟いた

殺らせるわけには、いかない

耳の無い奴には聞こえていないだろうか

いや、人の言葉が解るのかすら解らない

 

「―――」

 

奴が何かを話した

しかし、何を言っているのか解らない

私は手から黒い炎を打ち出した

ひらひらとゆっくり飛ぶ奴を捕らえた

あっさりと地面に落ち、小さく燃えながらブルブルと震えている

眼の中心へ刀を突き立て、引き抜く

さらさらと奴は灰のように崩れ落ちて、消える

小さくため息を吐いた

既に浅見の背は小さくなっていた

見送る

その行為に意味が無いことを知りながら、だ

 




社会人ってこんなに忙しいんですね
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