Muv-Luv ARMORED CORE   作:秋月艦隊

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プロローグ

 

1939年9月―

 

ドイツ第三帝国は総統の指示を得て隣国ポーランドに宣戦を布告。

それに端を発しポーランドに独立保証をしていたイギリス・フランス両国がドイツへと宣戦布告したことで第二次世界大戦が勃発した。

 

当初、連合国はこの戦争をかなり楽観的に見ていた。

開戦劈頭でポーランドが降伏するもフランスとドイツの間には強大なマジノ線が存在し、イギリスはドーバー海峡を挟んでおり海軍力も世界中に分散しているとは言え本国周辺だけでもドイツ軍を圧倒する軍艦が存在していた。

あるフランスの将軍は『ドイツ軍などマジノ線で全て撃退してくれる!』と豪語していたほどだ、しかし戦況は各国の予想を大きく上回る結果となった。

 

ドイツ軍は潤沢な戦車戦力を全てポーランドへ差し向け、僅か30日で降伏まで追い込むと返す刀でベネルクス方面に戦力を貼り付け連合国軍を拘束し新兵器『ARMORED CORE(アーマードコア)』をフランス戦線へ投入した。

この新兵器はこれまで秘匿され続けていたドイツの切り札であり、整地では時速150kmを叩き出し不整地であっても時速80kmを維持できた…更には短時間ならば地形に限らず時速500の速度を出せるOBと呼ばれる機動をやってのけることが可能な新時代の兵器だった。

携帯火力も潤沢でクルップ社製の200mm砲やACEF社特注の150mmライフルなどのドイツ企業が開発した強力無比な武装で戦車以上の継戦能力を保有するに至った。

 

これほどの戦力を有する『ARMORED CORE(アーマードコア)』通称『AC』をドイツ軍特設機甲大隊では総数50機を運用し、フランス国境のマジノ線を正面から突破した。

このドイツ軍特設機甲大隊は開発企業の私設戦闘団で組織されており、練度は他の親衛隊や国防軍の機体とは比べ物にならず全高10mのACは損失を出すことなく進撃し、フランス首都パリを占領。

パリは無血開城と言って差し支えなく同地にいたフランスの政府関係者や軍の将軍は軒並み捕虜となった。

その報告をAC部隊から受け取ったドイツ軍は投入可能な全戦力を持ってベネルクス方面の連合国軍を攻撃、1週間に及ぶ戦いで連合国軍では25万人以上が戦死又は行方不明となり15万人以上が捕虜となった。

逆にドイツ軍の損耗は非常に少なくACの活躍もあったが、やはり航空機支援と機甲師団の戦いが戦況を優位に進める決め手となった。

この戦いは圧勝と呼ぶにふさわしい戦果を上げ、ドーバー海峡を挟んで向かい側に位置するイギリスにも大きな衝撃を与えた、当時首相であったチャーチルは政権内で大きな突き上げを受け、国内ではフランスへの出兵は大失敗であったと厭戦気分が連合国全体に広がった。

 

特にACが世界に与えた衝撃は大きく『ACショック』として世界中に広がった。

三次元機動に全金属製レシプロ戦闘機の最高速度並みのOB、生産性は決して高くないが整備性は高く現地で搭乗員が応急修理可能な程であった。

 

圧倒的な速度で戦場を突破力し戦車以上の大火力を戦場にもたらすACは正しく戦場の例外であった。

 

ドイツ軍は快進撃を続けフランス・ポーランドを下した後、1940年6月アシカ作戦を発令、序盤は飛行型ACと空軍所属の爆撃機がイギリス上空での制空戦を有利に勧めていたが、9月以降レーダーによる早期警戒網をイギリス空軍が配備した事でドイツ爆撃機は大損害を受け飛行型ACも38機が撃墜された。

幸いなことに機密保持機能が備わっていた飛行型ACは墜落後、搭乗員の判断を待たず大規模な爆破処理を行った。

 

その後、ベルリンで空軍の惨状を報告された総統はアシカ作戦の遂行は現状困難と判断し無期限延長とすることになった。

 

1941年6月充分な準備を終えたドイツは独ソ不可侵条約を一方的に破棄しソ連領内に進行を開始、ここに独ソ戦が幕を開けた。

初動はドイツ軍が連戦連勝を重ねACの機動力と支援砲撃も相まって大粛清後弱体化したソ連軍は敗走に敗走を繰り返し戦線は大きく押し込まれた。

ドイツ支配領域内では日々、勝利の報が飛び交い総統もこの戦争の勝利を確信、大々的に宣伝した。

 

…しかし、東部戦線は1942年以降膠着状態に陥った。

 

理由は複数あるが一番大きいのは補給不足であった。

広大なソ連領内を電撃的に侵略したため最前線では万年補給不足であり、ソ連特有の寒波もドイツ軍を襲い戦車はまともに動かすことが出来なくなり航空戦力は稼働不足…そしてソ連軍が行った鉄道の破壊も前線の部隊を苦しめ、ACは予備部品が枯渇した事で極少数しか稼働出来なくなっていた。

 

この頃になるとソ連軍は前線で放棄されたACを一部鹵獲することに成功しており、戦場にはそれを元に生産を開始したソ連版ACの初期生産型が確認されるようになった。

個々の性能ではドイツ軍に配備されていたACには叶わない粗製と呼ぶべき機体であったが生産性や前線での稼働率は企業製のACを上回っており、OBこそないがその速度は時速120kmと快速であり、ソ連軍は多数の爆撃機とACを用いた物量作戦を実施し各戦線でドイツ軍を押していった。

 

1943年7月―

ドイツ軍は膠着した戦線を突破しようと総統が主張した積極攻勢を元にツィタデレ作戦を実施した。

この戦いでは歩兵78万人・AC300機・戦車2千両・航空機2千機・火砲4千門が投入された起死回生の一大反抗作戦であった…しかし、ソ連軍は歩兵190万人以上・AC600機・戦車3千両・航空機4千機・火砲2万門とドイツ軍の2倍以上の戦力で待ち構えており2ヶ月に及ぶ戦いでドイツ軍は敗北し、組織的な撤退こそ成功させたものの全兵力のおよそ3分の1を失う大損害を出した上で戦略的な目標は何一つとして果たせず終わった。

 

この戦いの後、国防軍は総統の信頼を失い武装SS(親衛隊)軍団と大企業であるACEF社傘下のAC部隊が戦場の大部分を担当する事となり国防軍はもっぱら占領地の治安維持やゲリラ掃討を担当することになり、優秀な将軍の多くが左遷された。

 

同年9月以降は戦線が安定し、総統はSS軍団と企業を大きく信頼した。

総統は国内へ向けた演説でSS軍団を英雄と称え、企業を『彼らこそがドイツに繁栄をもたらす』と豪語した。

 

翌年の1944年7月、連合国軍のノルマンディー上陸を阻止し東部戦線も安定した頃、ドイツ総統アドルフ・ヒトラーはSSのトップと企業のトップを務める男が今後の方針を話し合うため一堂に会していた。

当日の警護は親衛隊(SS)と国防軍が担当しており、開始から30分程は平穏な時間が流れた。

しかし平穏な時間は突如として終わりを告げた、国防軍の服を着た兵士が部屋に侵入し総統に発砲したからだ。

即座に異変を感じ取った親衛隊が総統を撃った兵士を射殺。

 

結果として総統は重症ながら生き延び2日後には眼を覚ました。

総統は親衛隊から暗殺を計画したのが国防軍の仕業だと報告を受けると即座に国防軍を反逆者として捕らえるよう命令、ラジオや新聞で大々的に報道され親衛隊が総力を上げた結果、国防軍に所属する士官以上の人間は全て捉えられ親衛隊が行った簡易裁判で続々と処刑されていった。

 

事態はこれで収集がつくと、そう思われていた…しかし、総統配下のナチ党員の中にもこの暗殺計画に加担した者がいたと発覚し、そこから芋づる式に容疑者が見つかっていった。

この頃になると総統は怪我とストレスが原因で親衛隊と企業の事しか信用が出来なくなり次第にナチ党幹部も自身の命を狙っていると考えるようになった。

そこで親衛隊と大企業ACEFは総統に国家による統治機構はもはや崩壊寸前と説明しドイツを救うには裏切り者を全て粛清し企業が新たな統治機構として台頭するべきと進言した。

総統は数分間悩んだが、彼らの意見を受け入れた。

 

その日の晩、総統の全世界へ向けた演説が行われ企業と親衛隊の正当性を誇示した上で新体制へ移行することを宣言した。

 

演説が終わるや否や親衛隊と企業のお抱えのAC部隊は政府中枢を掌握、ナチ党の幹部を全て粛清し事前の通達に規定時刻までに従わなかった国防軍部隊に対して攻撃を行い、大部分を殲滅。

また、事前に親衛隊が制圧した軍艦以外はその全てを破壊し国内の空軍基地はAC部隊が制圧した。

この軍事行動は極めて短時間の内に行われ一晩で旧体制は一新された。

 

新体制へ移行したドイツは以降大企業ACEFが統治するようになり、親衛隊はそのまま企業の軍事部門に取り込まれた。

組織の改革や人事異動は事前に計画された通りに行われ司法・立法・行政は全てが企業の傘下に収まり国内のACEF社以外の企業は全てがACEF社の下部組織として統合されトップや役員は全てACEF社の人間がついた。

また、国民に対しては一時的に戒厳令を敷き混乱を避けるよう指示を出した。

 

ものの1週間でドイツという国家を解体したこの事件は後に国家解体戦争と呼ばれるようになった。

 

その後、総統の意見を受け入れながら企業は連合国との講話を模索することになり、フランスに対してはヴィシー政権下の地域はそのままにリヨン・トゥールーズ・マルセイユなどの都市を含む地域を返還し植民地はそのままとする形で完全に講和、植民地やイギリスに逃げた者たちの一部は徹底抗戦を主張したがまともな指導者もおらず相手にされなかった。

次にソ連との講話を勧める運びとなった。

ソ連とは開戦前の国境に戻すことで講話を求めたが拒否、彼らはベルリンを破壊し尽くしドイツを完全に屈服させるまで戦争を停止しないと言ってのけた。

そこで企業は切り札として【ネクスト】と呼ばれる新型ACを投入、前線に存在したソ連軍の約半数を殲滅した。

 

これにソ連は大いに慌てた。

前線に存在した軍の半数…つまり200万人もの将兵が戦死したと言うことだ、しかも確認したところ敵はAC1機のみ、圧倒的な速度と破壊力で全てを殺し尽くしたという、更に前線では未知の汚染が確認され被害は全軍の3分の2にも及ぶ。

さすがに人が畑で取れると言うソ連でもこれ程の損失は受け止めきれず、講和会議は長引いたものの概ね企業の望んだ通りになった。

対してアメリカとイギリスの2カ国にはネクストに関する情報を意図的に流すことで講和会議の席に引きずり出すことに成功。

イギリスは賠償金の支払いと現状企業が保有する旧ドイツ海軍の艦艇を破棄することを条件に講話、アメリカは賠償金の支払いとロケットやACなどの技術を開示することを条件に講話が結ばれた。

 

ここに、欧州で四年間続いた第二次世界大戦は終結した。

同年8月には極東の日本帝国が条件付きで降伏し、主要な戦闘は停止された。

 

そして現在、旧ドイツ現ACEFによって統治される地域は企業による秩序が築かれ高い治安と充分な教育環境に医療機関の整備が企業主体で行われ、共産圏の国家以上の社会福祉と経済成長を続けている。

 

しかし、結果として企業と民間職では大きな格差が生まれ市民は企業に入社するため競争し合うようになったため、ACEF支配領域では実力主義的な側面を見せつつある。

これは東西両陣営に危機感を持たせることとなり、緊張は日に日に増している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AC Enterprise Federation社・通称『ACEF社』

 

1950年、企業研究所の所長室で一人の男が熱々のドリップコーヒーを飲みながら社内の報告書を眺めていた

 

「…長かったが、ようやく企業の統治が落ち着いてきたな…」

 

男は疲労を感じさせる声色をしつつも抑えきれない興奮をにじませていた。

彼が書類に確認の印を押そうとしたところ、コンコンコンと部屋のドアが3回ノックされた。

 

「ははっ…人生ってのは分からないものだな、そうは思わないか?」

 

事実は小説より奇なり、俺はコーヒーを一口飲むと所長室に来た見知った研究員に微笑みと疑問を投げかけた。

研究員は怪訝な顔をしてため息を吐いた。

 

「所長、いつもの発作ですか?」

 

メガネをかけた細身の男性技術者はいつもの的を得ない会話が始まったと思っていた。

所長は不思議な人間だ、技術者はそう考えた。

彼は1900年6月22日のルール地方に生まれ、幼少期は一般的な家庭で育ち。

その後、第一次世界大戦に参戦し、戦後は世界有数の大企業となるACEF社を立ち上げドイツ国内で軍を相手に商売を行い事業を拡大させた。

2度目の大戦が始めるとその権限や影響力は民間の企業を大きく超越し、挙げ句の果に国家を解体し全てを簒奪した。

 

腕っぷし一つで成り上がり遂には国家以上の権力を得た所長は充分に英傑と呼べるのだろうが、当人はそれほどの理想を抱いているわけでもなく、金銭欲があるわけでもない。

本来は社長や代表と呼ばれて然るべき人であるのにも関わらず社内では殆どの場面で所長と呼ばれている。

他にも、今後の展望を高らかに掲げ多くの技術者を引き抜いてくるなどなど…上げれば切がない。

 

最もそんなことを考えている自分も彼の言葉に夢を見てついてきた一人なのだが…技術者はそうやって過去をひとしきり振り返ると手元にある書類の一つに眼を落とした。

 

Arms Fort(アームズフォート)計画】

 

この計画は大多数の凡人で運用されるネクストを超える兵器としてスタートした。

最新兵器で未だに実験機が3機しか存在せず、操縦可能な人間が所長一人しかいない兵器を仮想敵としたこの計画は他の社員たちの中でも有効性が疑問視されていたが所長が全力で押しに押した為、大々的に進められる事となった。

 

「ははは…言わないでくれ、未だに夢ではないかと勘ぐってしまう時があるんだ」

 

「国家を簒奪した人間が何を言うかと思えば、少しは休むべきでは?」

 

彼の言う通りだ、そう言えば最後に休んだのはいつだったか…俺は椅子に深く沈み込むと埃っぽい部屋の空気を吸い込んだ。

ふと横の壁を見ると拡大した企業支配領域の地図とACの三面図が飾られていた。

 

「あぁ、全くだな」

 

俺は研究員の言葉に同意すると立ち上がり地図の方に近づいていった。

スッと地図をなぞるとこの世界に生まれてから…いや、生まれ変わってからのことを思い出した。

 

「…(死んだと思ったら、謎の存在に出会ってAC4系の全技術を得てそれらを運用する肉体も同様に手に入れた…)」

 

AC4系列の技術にネクストやアームズフォートなどの兵器を運用可能な肉体。

転生とでも言うべき事態で俺は自身の目的であるネクストACやノーマル更に圧倒的に巨大なアームズフォートを現実で作り上げるため行動してきた。

そして工業技術に優れたドイツに生まれたことで短期間のうちにACを製造することに成功した。

 

「ふぅ…(当時は一次大戦の中なのに全金属戦闘機が飛んでたり既に戦車があったりと技術革新の速さに驚いたけど、それも追い風になったな)」

 

新素材の開発やAC用の機関の開発と、本来ならば苦戦することもドイツの優秀な技術者がいたからこそ短期間で終えることが出来た。

最初こそ元の世界との歴史や技術力の違いで困惑したが、なれてしまえば快適だった。

…かつての祖国である日本が大日本帝国ではなく日本帝国となっていて将軍なる指導者がいると知った時は『なぜ?』と流石に唖然とした。

どうやら五摂家と呼ばれる倒幕派大名と将軍家が大同団結し大政奉還が平和的に成立したらしく、戊辰戦争は起きず首都は京都になったらしい。

 

「所長?」

 

「ん?あぁ、大丈夫だ」

 

俺は纏まりのなくなりつつある思考を元に戻した。

 

「…そう言えば、米欧共同の系外惑星探査プロジェクトが来月から開始されるらしいが、どうなんだ?」

 

「我社は欧州に属しているのに呼ばれませんでしたがね」

 

間をおいて気まずくなった俺は別の話題として最近始まった宇宙開発の事を上げたが、技術者の彼は呼ばれなかったことが相当不満らしい。

 

「ははは…」

 

確かに我社の人工衛星やマスドライバーが彼らに見向きもされず無視されたのは悔しいが、彼らにもメンツと言うものがあると納得しているものだと思っていたが、改めて話題に上がればいい顔は出来ないのだろう。

少し前には日米安全保障条約も締結され、アメリカはますます影響力を増している、そんな危機感も社内に存在するのだろう。

 

「…それはそうと新型AC空母の建造状況を教えてくれ」

 

「はい。新型空母046CV1180の建造は進捗78%で現状…」

 

会話が終わると俺は意識を切り替えて次の報告を聞き、将来的に配備されるハイエンドノーマルとアームズフォートの勇姿を思い浮かべた。

 

―この時はこれらの計画が大幅に前倒しになる事態が起こるとは欠片も無かった―

 

―しかし、決められた出来事は起こり避けることは出来ない―

 

―1958年 米国、探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物を発見、画像送信の直後に通信不能となった―

 




久しぶりに書きました。
アーマードコアとマブラヴのクロスオーバーを探しても自分の見たいものとは違ったので書きました。
アームズフォートとBETAが戦うのが見たいから書いたと言っても過言ではありません、ACの戦いも書きたい…(モチベ不足)
忙しいから続きはかけてませんが、モチベにつながるので感想お待ちしています。
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