後藤ひとり、伝説に遭遇する。   作:ぐだぐだ

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後藤ひとり、伝説を検索する。

 ライブハウス『STARRY』でのアルバイトは、後藤ひとりには辛い時間であった。

 作業内容そのものは、数をこなしたこともあってどうにかこうにか覚えている。

 覚えてはいるのだが、元より要領が悪く、なにより他人と関わることが苦痛でならないひとりにとって、やはり接客というものは辛く厳しいものであった。

 どれほどのことなのかと問われれば、友達がいなければ、すぐにでも逃げ出していると答えただろう。

 裏を返せば、そんな苦しさにも耐えられるほどには、バンドを通じて出会えた友人たちはひとりにとって大切な存在でもある。

 

 偶然が運命を変えるなら。

 四人が出会えた偶然は、間違いなく、ひとりの運命を変えたのだろう。

 

 先日とは打って変わって、その日の作業は予定通り、ひとつの問題もなく完了した。

 外に出れば、まだ太陽は空にある。

 夏の夕暮れはもう少し先のようで、うだるほどの暑さが空気をじりじりと焼いていた。

 普段であれば家路を急ぐひとりであったが、今日はダラダラとした歩調で友人たちの背中を追いかけている。

 見慣れ始めた街並みを眺めながら、雑貨屋を覗いたり古着屋を覗いたり、およそ友達らしい時間を過ごす。

 いつまで経っても苦手意識はあるし慣れないものの、ひとりにとって大切に思える時間のひとつだ。

 四人が最後に向かう行き先はいつものファミレスで、目的は次回のライブに向けてのささやかな決起会……と呼べば、多少はそれっぽい。

 そういう余分な言葉を取り除いてやれば、もっともっと簡単なこと。

 夏の一日をもう少し、一緒に過ごそう。

 誰が言い出したわけでもなく、誰が口にしたわけでもないものの、皆が思っていることだった。

 時刻は四時に差し掛かる頃合いで、下北沢の街並みは少しずつゴミゴミと混み始める。

(あっ……あそこ、確か……)

 そんなだから、喧騒から外れた横道の向こう、ひっそりと佇むスーツ姿の男がやたらと絵になっている。なにやら残念そうな顔をしていたが、見ず知らずの他人を話題にするような勇気は、もちろんひとりには存在しない。

 四人で行く道を、少し遅れて着いていくのが精一杯だ。

(ガーンだなって顔、してる……常連さんだったのかな……常連……私みたいなのが入ったら、きっと目をつけられて店内が嫌な空気に……ダメだ、想像だけでも爆発四散する未来しか見えない……)

「ぼっちちゃん、どうかした?」

「あっ、うっ、な、なんでも……いえ、あの、さっきの横道、ピザ屋さんがあったみたいで……あっ、でも、もう移転かなにかで、閉店しちゃってて……」

「あー、私そこ知ってるかも。お姉ちゃんが連れてってくれたんだよね、なんか、古い感じのお店でしょ?」

「た、たぶん……わ、私は、その、は、入れないまま、でした……」

「予想通り、いつものぼっちだった。おひとり様とか気楽でいいのに」

「リョウ先輩、ひとりちゃんにはハードルが高いと思います……」

「問題ない、高いハードルって潜りやすいから」

 しれりと言ってのけるリョウの言葉に、虹夏と喜多が楽しげに笑う。

 少し遅れてひとりも笑い声を出そうとしてみるものの、ひっひっと息苦しい呼吸音のようにしかならなかった。

 

 待ち時間をどうやって潰すかは、ひとりにとって重要な問題だ。

 店に到着するまでの道のりでも、笑うタイミングはズレがあって、自分を除いた三人が盛り上がることは日常茶飯事。

 四人で固まって歩いていても、いつの間にかひとりだけが背中を追いかける形になっている。

 そんな状況に時には胸が苦しくなるものの、阻害されているわけでもないから、逃げ出そうとまでは至らない。

 むしろこうして、ボックス席に通されてからが本番なのだ。

「チケットノルマ、即日、検索」

「さすがに出ないと思うなあ」

「大丈夫、いざとなれば私が先輩に貢ぎます!」

「いや、貢いじゃダメだってば! ベーシストには貢がない、さんはい!」

 賑やかに、和やかに、結束バンドの面々は和気藹々と盛り上がっている。

 とっておきの小話を披露するような空気ではなくなって──披露するような小話なんて最初からありはしないが、さておき──ひとりはまた手元の端末へ視線を落とす。

 この状況で逃避するのではなく、自分もなにかしらの話題を探そうと行動する点に関しては、成長していると言えたろう。

(下北沢の、なにか……こう、私でも拒まれないような、なに、か……)

 思いがけない閃きは、まさにその時だった。

 指の先で、単語を選ぶ。それだけのことなのに、恐怖の記憶が蘇って身体が小刻みに震えてしまう。

 心臓の音が聞こえるほどに、ばくんばくんと脈打っているのがわかる。

 それでも、好奇心は消えないままだ。

 

 下北沢 カミシロ けんか

 もしかして:神代ユウ

 

 どうにか検索ボタンを押し込むと、一秒も経たずにずらりと結果が表示される。

 検索結果にはSNSやBBSの、うさんくさい都市伝説めいたワードが並ぶ。

 ざっと目を通してみても、とてもではないが現実の話とは思えなかった。

(カミシロ、さん……えっ、えっ、不良(ヤンキー)狩り、ドラッグ、えっ、怖い……)

 多種多様のうわさ話は、尾ひれはひれのついた大袈裟なものばかり。最後はケンカの末に刺されて死んだなどと、死亡説まであるほどだった。

 あの日、あの夜、あの場所で出会ったカミシロさんは、この人なのか。まともに顔も見ていないひとりには、記憶の中の声と並べ立てられるうわさ話があまり上手く結びつかない。

 そんな風に黙り込んでいるものだから、隣に座っていたリョウに気づかれるのだ。

「ぼっち、なにしてんの」

「ひいっ?!」

 ひょいと携帯を覗き込みながら、リョウは遠慮なく話しかけてくる。緊張で心臓が口から飛び出しそうになりながら、ひとりは視線を素早くテーブルの上のフォークへと逃がしていた。

「び、びっくりした……あの、リョウさん、こ、これはですね……」

「……ほう、下北不良(ヤンキー)狩りですか」

 かけてもいないメガネを持ち上げる仕草と共に、リョウがわけ知り顔で呟く。

「知っているんですか、リョウ先輩!」

「いや、前にどこかで聞いた気がするけど、ちゃんとは知らない。ぼっちが検索するには物騒な話だったから」

「なになに、なんの話?」

「あっ、あっ、うっ、あっ、あの、これは、あのっ」

 そこからは、胃が痛くなりそうな四人での会話だ。

 普段であれば会話の主導権は他の三人であるけれど、今はひとりだけがカミシロさんを知っている。

 なにから説明したものかわからずに、身振り手振りが大きくなる。顔が熱くなって、胃散がぐるぐる渦巻いているような、酷い心地になっていく。

「お待たせしました、やみつきポテトたこ焼き味です!」

 そんな状況だったこともあって、本来ひとりの苦手とする店員の明るい声が、この時ばかりは救いのそれに聞こえていた。

 

「つまり、ひとりちゃんは、その……カミシロさんに、助けられた……ってこと?」

「た、たた、たぶん、はい、あっ、あの、私なんかが助けられるはずないって、わかってるんですけど……」

「ぼっち、下北沢の都市伝説と遭遇する……これ、動画のネタとかにならないかな」

「どんな動画にする気なの、リョウ。いやそれより危ない人だったらどうするの」

「物陰から見守る」

「あっ、こいつ安全圏から眺めてるつもりだっ!」

 なにを言おうか迷ったままのひとりを置き去りに、三人はそれぞれ自分のスマホでカミシロさんのうわさ話を調べ始めている。

「でも、なんだか意外ですね。下北沢で、こんなことが起こってたなんて」

「それも含めての都市伝説でしょ。まあ、確かに時々ガラ悪いのはいるけど、ドラッグとかは尾ひれじゃないかな」

「言われてみると、夜の暗がりとか細路地は歩いたらダメだってお姉ちゃん言ってたなあ。喜多ちゃんもぼっちちゃんも、気をつけてね」

 まさにその細路地で巻き込まれたのだが、この空気で言い出すこともできないままひとりはハンバーグにナイフを入れる。

(夜の細路地は、本当に危ないところです……あの場で死んで翌朝未明にはドラム缶と一緒に東京湾に沈んでるかと思いました、私……)

 目玉焼きと一緒にもぐもぐしつつ、耳だけで会話に参加する。ひとりにとっては、これでも会話しているつもりである。

「伊沢マサキも、カミシロさんの関係者だと……」

(えっ、知らない名前出てきた……)

「あー、格闘技の人だっけ。チャンピオンなの?」

(あっ、格闘技の人なんだ……えっ、なんで、あっ、カミシロさんの関係者だっけ……)

「そこまではわからん、挑戦者って書いてる。店長とか廣井さんなら、世代的に詳しいかも?」

「おー、イケメン。お姉ちゃんに聞いてみよっかな」

(世代もだけど、男の人の方が詳しいのかな……お父さんは、格闘技とか知ってるかな……)

「あの、ひとりちゃんがハンバーグと幽体離脱してます!」

「いつもの光景」

「おーい、戻っておいでぼっちちゃーん!」

「あっ、あっ、す、すすす、すみませ、あっ」

 目の前でぶんぶんと揺れる手のひらに慌てて反応したせいで、フォークから滑り落ちたハンバーグがひとりのジャージに悲しいシミを作るまで、あと二秒のことであった。

 

 夕暮れの街並みを、四人はやはりまたダラダラとした歩調で駅へと向かう。

 行き交う人々の数が増えてきて、喧騒は先ほどよりも大きくなったように思える。

 そんな中でも、不思議と聞こえる単語があった。

「──だから! オレは、そういうチャラいのは苦手だって言ってるだろ!」

「まーまーそう言いなさんな、STARRYは今すっげーアツいんだよ。せっかく戻ってきたんだからお前も体験してみろって、特に結束バンドってのが評判良くてさー」

「やめろシン、引っ張るんじゃねえ! いいか、オレは鍛錬をしようと思ってだなぁ──」

 心臓が跳ねる音が聞こえた気がして、ひとりは思わず隣の喜多へと視線を向ける。顔は見られなかったものの、喜多が満面の笑顔を見せているのを雰囲気で感じる。

「聞いた? 結束バンドの評判いいって、そう言ってたよね?」

 照れ臭そうに、それでいて嬉しそうに、虹夏はひそひそ声で話しかけつつはにかむ。リョウはいつも通りの無表情であったものの、ふふんと得意げに鼻を鳴らしていた。

「これは確かな知名度を感じる。少なくとも、今回のチケットノルマは余裕を持ってクリアできると私は踏んだ」

「やめて、そうやって盛大なフラグを立てるのはやめて」

「でも、なんだか嬉しいです。私たちの演奏が、知らない人のところにもちゃんと届いてるんだなって思えて」

 雑踏を振り返って探しても、さっきの声の主の姿は見えない。

 見えないおかげで、ひとりは少し安心もしている。次のライブで彼らの顔を見たりしたなら、緊張で卒倒しかねないとさえ思っている。

 だから、顔も名前も知らない誰か、というのはひとりにとってはありがたい話なのだ。

(……アツいって、どんな感じなんだろう。私たちの演奏があるから、STARRYがアツいのかな……)

 友人たちとの会話に耳だけで参加しながら、ふと思う。

 自分の動画が褒められるより、結束バンドが褒められる方が嬉しいと思うようになったのは、いつ頃からだったろう。

 そんなことを考えながら、ひとりはゆっくりと、夕暮れの街を歩くのだ──




怖い思いをするだけなのもちょっと可哀想だし、せっかく感想も頂いたので追記程度に。
今回の下北沢作品枠ゲストはちょっとした思いつき、ドラマ版の肉巻きおにぎりもいいけど漫画版で。
ぼざろも街並みは駅の改装前だったりするし年代的には曖昧な感じの嘘時空でお楽しみください、ホーリーランド勢の年齢とか深く考えてはならない。
マッスルコアラ出してえなあ、誰なら行きつけっぽいだろう。
雑踏で知ってる単語を聞き取れるやつはカクテルパーティ効果って呼ぶよ。

ここまで書いておいてあれですが、あくまで大嘘プロローグです。
本編は永遠に未実装。
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