プリンセスダイバーズ~GBNお嬢様クラブはこちらですわ!~   作:二葉ベス

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第20話:淑女には我慢が大事ですのよ

「……おはようございます、先輩」

「ん、おはよ」

 

 バイトの日。

 以前よりも少し距離が縮んだと思ってたけど、この前の1件で相当気まずい関係になってしまった。

 それもそうか。エマさん、もといカヤバさんに直接元チーターですよ、なんて言ってしまったんだから。

 

 GBNでのチート行為は固く禁じられている。

 どのゲームだってそうだけど、GBNは特にそうだ。

 ブレイクデカールの1件。それから新たなる命『ELダイバー』の存在。

 脅かされる悪意は徹底的に排除しているのがこの運営だ。

 

 あたしがやったことだって、本来はGBN永久追放、なんてこともありえた。

 単にそれがなかったのは運営の気まぐれか。それともまた別の要因か。

 その辺の事情は何も知らないけど、あたしがこうしてまだGBNをプレイできているのはその人たちのおかげだ。感謝しなければ。

 

 でも、一般のダイバーはどうだろうか。

 事情を知らず『昔チーターでした』なんて言われたら……。

 やっぱり、ちょっと怖いな。

 

「先輩、今は。やってないんですよね?」

「うん。すべてのブレイクデカールは回収されたし、今はビルドデカールって名前でELダイバーが存続できる鍵になってる」

「知ってます。昔授業で習いました」

「それに、あたしはもうランキングとかそういうのに興味ないから。強さとか、どうでもいい」

「…………」

 

 本当にろくでもない。

 あの頃は強さを求めてブレイクデカールに手を染めた。

 けど、そんなの一時の感情に過ぎない。バレたら、後は面倒な事後処理だけが待ってる。

 だったら海辺でのんびりエナドリを口にしていた方がまだ気楽ってものだ。

 

「分かりました。先輩が悪い人じゃないってのは、アメリアちゃんを見てたら分かりますし」

「まぁ……。あの子は割と特別っていうか。放っておけないっていうか……」

「……ま、アメリアちゃんの顔を免じて見逃すということで!」

「うっす、ありがとうございます後輩。あとでなんか奢ります」

「じゃあバイトが終わったらラーメン1杯で」

 

 まぁまぁまぁまぁ。それぐらいだったらいいか。

 ラーメン1杯で告げ口しないで済むならそれでいい。

 でも。あたし、意外とアメリアさんのこと気にしてたんだなぁ。

 最初は半ば強引に、というか。目と目が合ったからこんな事になっちゃったけど。

 今は……。まるで妹みたいな感じで放っておけないんだ。8歳も離れた妹、かぁ。

 

 悪くないかもしれない。

 

 そんなこんなでバイトが終わり、帰りにラーメンをカヤバさんに奢った。

 あたしもついでにということで久々にラーメン。

 美味しい。油という油が身体の中に染み渡る……。やっぱり身体に悪いものを食べるのは健康にいい。

 精神的な健康ね、うん。

 

 その間もカヤバさんとはいろいろ話した。

 他愛無い話。どうでもいい話題。アメリアさんが可愛いという話も。

 本人に聞かせてあげたい。あの子、意外と自己肯定感低いから。

 

 ただいまー、と帰ってくるとアメリアさんは椅子に座ったままGBNに潜っていた。

 本当にハマると抜け出せない。止まらないがGBNだ。

 今頃何をやっているんだか。

 

「あたしも、久々に1人で遊ぶかぁ」

《GPEX SYSTEM START UP──》

 

 いつものようにエントランスエリアへログインしてから、あたしはこっそりいつもの場所へと向かった。

 中央ディメンションではあるものの、中心部の施設が多い場所と比べれば、郊外区にあるディメンションから外れた位置にあるこの浜辺は本当に誰もいない。

 あたしは1人でここに座っているのが好きだった。

 

「はぁ……。気楽だなぁ……」

 

 一人ぼっち。孤独。それはネガティブな言葉に捉えられかねないけど、あたしにとっては一種の癒やしだった。

 人は基本的に集団を好むもの。でもそこには悪意が必ず混じり込んできてしまう。

 良くも悪くも、人と群れるのは疲れるんだ。

 

 だからこうして1人で海を眺めながら、エナドリを片手に佇む。

 些細なことも、どうでもいいことも、全部ぼんやりと波の音が消していく。

 次第に眠くなって、横になって。それで……。

 

「ヒメリ様? どうしたのですか?」

「うわぁっ!!」

 

 アメリアさんに見られていた。

 え、なんで? 何故ここがバレたんだ?!

 

「ヒメリ様、酷いです。ログインしていたなら教えてください!」

「ひ、酷かったですか? もしかしてアメリアさんを怒らせた罪で打首……?」

「何を仰っているのですか?」

 

 あ、すみません。勘違いでした。

 

「それにしてもどうしてここが……?」

「フレンドが今どこにいるか、という機能がありまして。ヒメリ様はそれをONにしていたので大方の位置は分かりました。後は自力で」

「……そうだったのかぁ」

 

 1人がいいし、今後はOFFにしておこっと。

 

「……お隣、座ってもよろしいでしょうか?」

「あ、どうぞ」

 

 堤防の縁に腰掛けて、ウィンドウから出てきたのはペットボトルの紅茶。

 あ、お嬢様だからやっぱり飲むのは紅茶なんだ。

 

「ここ、素敵な場所ですね」

「まぁ、そうですね……」

 

 でも実際は1人でいたかったんだけどなぁ。

 なんてことは流石に口が裂けても言えない。

 けどなんでだろう。アメリアさんならここにいてもいいかも、なんて思ったのは。

 

「…………」

「…………あ、あの」

 

 なんだろう、改まって。

 

「えっと、その……。ヴァルガでのお話の、ことです」

「あぁ……」

 

 やっぱ、気になるよねぇ……。

 でもこれに関してはアメリアさんに言うつもりはない。

 すでに解決したような問題。だから、外側からとやかく言われる筋合い、というか。

 うーん、なんか違う気がする。触れてほしくない、って考えてるのかな。

 

「あ! ち、違うのです! その……。あぁ、でも。えっと……」

「…………」

 

 それが誰であっても、あまり触れられたくない。

 みんな何かしら持っているデリケートな部分。あたしのはきっと、そういうものだ。

 腫れ物のように扱われたくない。でも、気軽に触ってほしくもない。

 人間ってそういうことに関してはとことんワガママだ。だから人付き合いが……。

 

「わたくし、人の過去というものに触れたことがないのです」

「うん」

「……その、だから分からないのです。こういう時、どんな言葉を口にしたらいいのかを」

 

 うん、難しいよね。

 触ってほしくない。でも声をかけてほしい。

 できるだけ配慮して、できるだけ何もしないで……。

 あたしにも、何が正解なのか分からない。

 

「ですから、わたくしも考えたのです。どうしたら良いのかを」

「うん、それで?」

「全然分かりませんでした。16年生きてきましたが、他人の顔を伺うことばかりの日々でしたから」

 

 この子も多分、歪な生活を送っていた。

 伊達に桜芽財閥のご令嬢だなんて言われていないはずだ。

 それなり以上に、大変だったんだと思う。あたしには分からないことだ。

 

「ですから、その……。こんなこと、初めてなのです。静かに聞かなければいい物が気になってしまって」

「……まぁ、そうですよね」

 

 静かな潮風が頬を撫でる。

 彼女は閉じた目を、少しずつ開く。

 見惚れてしまいそうになるほど美しい、その顔を。

 

「ですが、わたくしは我慢したいと、思います。でも! いつの日か……。おこがましいですが、聞いてみたいです。ヒメリ様のことをたくさん」

「…………すごいですね、本当に」

 

 我慢するって。あたしにはできそうにないのに。

 

「そうでしょうか?」

「うん。少なくともあたしには出来ないかも」

「そうですか? わたくしはヒメリ様と同じようなことをしているのですが……」

「……ふふっ」

「な、何がおかしいのですか?!」

 

 なるほど。この感覚は確かに。姉にしか得られない特権なのかもしれない。

 

「ううん、なんでもありません!」

「気になります!」

「我慢するんじゃないんですか?」

「えっと! それは……。それはそれと関係ないですよ!」

「ふふっ! あはは!」

「本当に何がそんなにおかしいのですか!」

 

 不思議な感覚。

 アメリアさんと一緒にいると心が安らぐ。本当に不思議だ。

 嫌じゃない。全然。むしろ……。

 

「なんでもありませんよ! それよりもうちょっとゆっくりしましょうか!」

「むむむ……。はぁ。ですね!」

 

 流れる風も、揺れる波も。

 それはあたしたちのことを見守ってくれていて。

 なんというか。あたしの中で何かが変わろうとしている。

 そんな歳不相応な感情を抱いてしまうのは、きっとアメリアさんのせいだろう。

 

 でも。あたしはむしろ、それが心地よくもあった。

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