欲望の褐鉄   作:Damned

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#1 欲望の褐鉄・その1

 僕の名前はクロエ・ファルティス。

 DIO様に忠誠を誓うスタンド使いだ。

 そのDIO様の命を受けて、ジョースター一行を殺すために、僕はカイロにやって来ていた。

 強い日差しを防ぐためのスカーフを身にまとい、借りた宿と街を行き来する日々にしかし、僕は既に苛立ちを覚えつつあった。

 DIO様からいただいた写真には、『ニッポン』という国のハイスクールの生徒が着るという制服を、きっちりと着込んだ青年──花京院典明(カキョウイン・ノリアキ)。いわゆる法衣のような者を纏った占い師の男、モハメド・アヴドゥル。奇妙な髪型とくっきりと肉体美が分かるワンショルダーの服を着た男、ジャン=ピエール・ポルナレフ。シャツとテンガロンハットという、どこにでもありそうな服装をした老人。にっくきジョースター家の血を受け継ぐ、ジョセフ・ジョースターだ。写真は無いが、スタンド使いだという犬。そして、花京院とは対照的に、改造した制服を着用した青年──空条承太郎(クウジョウ・ジョウタロウ)。ジョセフ・ジョースターと同じくジョースター家の血を継ぐ、最も危険と言ってもいい男。

 僕が最も気になるスタンド使い。

 どこをどう取ったって目立つ一行だ。見つけるのは容易。だが、彼らが通りかかったという話は聞かない。DIO様の居場所を特定しようとしている、というのは分かっているのだが……。

 

 もどかしさを感じはじめた数日後、ダニエル・J・ダービーが敗北したという報せを聞いた。あのギャンブル狂いの男のスタンドにも興味があったというのに、残念だ。

 しかし、だ。あの男が敗北したということは、近くこの辺りにも一行が来るということだ。俄然、やる気が湧いてきた──などと言うのは、DIO様に失礼であろうか。

「どこに行っているんだい、クウジョウ・ジョウタロウ……。僕は君に逢いたいんだ」

 零れた言葉が酷く熱の篭った言葉であることを自覚した。仕方の無いことだろうと自分に言い聞かせて、僕はまた、借りている部屋から出ることにした。

 カイロの日差しは強い。日除けをしなければ、僕のような貧弱な人間はあっという間に干からびてしまう。いっておいでの声に「ええ。夜には帰ってきます」と返して、ノートとペンを手に僕はふらりと街を散策する。

 僕は今、文章を書くことで生計を立てている。記事を書くことも、書籍を出すこともある。その取材の一環としてここを借りているのだ──と、大家には思われているようだ。半分は本当だが。どうせ今日も見つからない。下手をすれば、自分と相まみえることなくDIO様に殺されてしまうのかもしれない。半ば諦めつつ、いつもとは違う巡回ルートに入ろうとしたその時だった。

「君、ちょっといいか」

 壮年の男の声だった。背後からのそれに振り向くと、立っているのはどこにでもいるようなシャツとズボンを着た、テンガロンハットが特徴的な老人。活力に満ちたその肉体からは、とても彼が古希に近づいているとは推測が付かないだろう。

「──な、」

 直接的に出そうになった言葉がちぎれて消える。何故このタイミングで現れた、という疑問を口にするより先に彼への警戒心が勝ったからだ。

 ジョセフ・ジョースター……!

 思わず不躾な視線で睨んでしまったのに警戒されていると思ったのだろう。軽く手を振って見せた後に、ジョースターの後ろにいた人物が一枚の写真を差し出してきた。真っ直ぐに逆立った銀の髪。顔を見れば分かる。ジャン=ピエール・ポルナレフだ。

 ポルナレフは優しげな表情で僕に尋ねる。

「驚かせちまってすまないな。実は建物を探してるんだ。お嬢ちゃん、見たことあるかい?」

 古式の建築技術で建てられたと思しき、どこかの家の一角。

 何度かあのお方の所へ足を運んでいる僕には分かった。──こいつらは、もうここまで、特定しきって、いる。

 女性と間違われていることより先に、背筋が凍った。それを悟らせないように僕は声を発した。

「……こちらの建物を探しているので?」

「そうそう。急ぎなんだ」

 同時に、ここだ、とも思った。ここが最初で最後のチャンスなのだ。

「……それでしたら。私の家に居らっしゃいませんか? その建築技術からして、古い家のものであることは明らかですし。もしかしたら、私の書庫に何か資料があるかもしれません」

「ンー……」

 ひやりとした。僕は弁が立つ方ではあるが、演技にはあまり自信が無い。見定めるような視線でこちらを射抜くジョースターに、背筋を嫌な汗が伝うのを感じた。

「そんな重く考えなくたっていいだろ? あっちから提案してくれてるんだ、お言葉に甘えようぜ」

「しかしポルナレフ……」

「なぁジョースターさん。何をそんなに警戒してんだ?」

 ジョースターの方は、僕を新手のスタンド使いかと警戒しているらしい。中々鋭い、あんな提案をどこの者とも知れぬ人間にするなど怪しさ満点だ。

 僕は困ったように微笑んで尋ねた。

「何か他に、気になることでも?」

「い、いや、それは気にしなくても大丈夫じゃ。お嬢さん、さっきの提案についてだが、お願いしたい。それから、あと二人仲間が居るんじゃが……」

「構いませんよ。そこまで広い場所ではないので、それが気にならなければ」

「有難い。では、よろしく頼もう」

「──ええ。喜んで」

 僕は顔を隠すスカーフの下で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ──ねえ、きみのスタンド(こころ)をちょうだい?

 

 

 

 

 案内した先にあるのは、どこにでもあるこの地特有の家屋だ。先程自分を見送ってくれた者はいなくなってしまったようで、四人の男達に「こちらです」と僕は告げる。

「狭い家なもので、すみません」

 そんなことはない、と返したのはアヴドゥル。占い師をやっているからか、それとも生来のものか、気遣いもできるらしい。

「そうだ嬢ちゃん、協力してもらうってのに名前言って無かったな。俺はジャン=ピエール・ポルナレフだ」

 既に知っている、とは言える訳もなく、感謝の意を告げる。

「ありがとう。私はクロエと言います」

 クウジョウ・ジョウタロウ──彼がジョウタロウ・クウジョウと告げたことで、僕は漸く『承太郎(ジョウタロウ)』が名前なのだと気付いた──、モハメド・アヴドゥルの二人も名乗った。

 そして、ジョセフ・ジョースターはというと、未だにどこか上の空だった。

「ジョースターさん?」

「──おお、なんじゃ」

「どうした、じじい。さっきからおかしいぜ」

 案ずるような声色で掛けられたポルナレフの言葉と、承太郎の問い。曖昧なジョースターの返答に疑問が深まったらしい。

「何故かは分からないんじゃが、身体の調子がおかしくてのう。具体的にどこが、と言われては分からんのだが」

「新手のスタンド攻撃か」

「分からん。分からんが……」

「よろしければ、お休みになられますか」

「いや」僕の言葉にジョースターは首を振った。「そこまで世話になる訳にはいかん。早速案内してくれんか」

 やはり彼らは急いでいるらしい。ジョースターの言葉に頷くと、僕は本のある地下室への扉を開いた。

 警戒を和らげるために、僕は背を向けて階段を降りていく。「砂が入ってしまいますから、最後の方は閉じてくださいね」と言うのも忘れずに。敵だとわかっていてわざわざ背中を向ける奴など、普通はいない。至極単純であるが、単純であるがゆえに不信感を抱かせにくい。

 下った先のデスクの引き出しを開き、予備の手袋を人数分取り出す。僕より圧倒的に体格のいい彼らだが、入らないということはないだろう。手袋を差し出すと、本の状態に絡んだことであると理解したらしい。彼らは素直に手袋を受け取った。勿論、僕も例外ではない。一瞬、スタンドに異常がないかを確認させていたが、誰がそんな所に仕込むか馬鹿め、と内心罵りつつなにも見えないふりをした。

「この地に関する書物はこちらに」

 何も嘘を告げることなく、僕はそう案内した。

「随分本が多いのだな」

 アヴドゥルの率直な感想だ。ここまで本があるのは、一般的なこの地においては珍しいのだろう。エジプト出身の彼ならではの意見だ。

「私の数少ない趣味です。とは言っても、砂が多い場所ですから、かなり気を使っていますが……」

「そんな貴重な本を読ませて貰えるとは、ありがたいな」

「いいえ。困っている方を助けるのは当然のことですから」

 もっとも、DIO様に仇なす連中以外にはだがな! と独りごちて、僕はまた微笑んだ。

「素晴らしい心掛けだ。私も見習わなくては──こら、ポルナレフ!」

 ふわあ、と欠伸をしたポルナレフにアヴドゥルの叱責が飛んでくる。

「小さい文字追ってると、眠くなんだよ。……わりい」

 彼は見た目に違わず、肉体派なのだろう。スタンドの内容も至ってシンプルであるし、そのあたりも能力に反映されるのだろうか? 流石に安直すぎると僕は自分の思考回路に失笑した。

「本が苦手な方は皆さん、そう言われますね。私もお手伝いしますし、よければ二人で探しませんか? ポルナレフさん」

 まずは彼から、と僕は決めていた手筈通りに進めることにした。

 何らかの方法でこの地下室に連れ込み、四人全員抹殺する。それが僕の立てたプランだった。そして、至って単純なスタンド能力であり、承太郎と違って絡め手を使うことも少ない彼から抹殺するのは当たり前のことだ。

 侮っている、訳ではないが。何より……空条承太郎という一番気になる(おいしい)ものを最後に持ってくるのは、ディナーのメインデッシュのような扱いなのだから。

 助かるぜ、とからっとした声色で言った彼と共に、僕はもうひとつの本棚へと歩き出した。

 そして──その本棚のエリアは、僕の狩場だ。

 そ知らぬ顔で本を取り出し、ポルナレフに見えるようにしながら捲っていく。特に手掛かりになるものは見つからない本だ。他愛もない会話をしながら数冊の本を閲覧し終えて、話すことも無くなってきた頃に僕は切り出した。

「ところで、ポルナレフさん」

 先程まで開いていた本を棚に戻し、僕はを見上げる。……でかすぎやしないか。その柱のような髪を除いても、僕とは首が痛くなるほどの身長差がある。だが。

「どうした?」

「貴方の姿を、そろそろ見せていただけませんか?」

 遠回しでありながらストレートな主張で以って、僕は彼との敵対を示した。懐のペンと手帳を取り出しながら。

「おいおい何言ってんだ? 嬢ちゃん、疲れちまったのか?」

 しかし、案外鈍い。何を言って、と言おうとしたポルナレフの懐に潜り込んで、僕は手を伸ばした。一歩後退る彼を逃がさないよう、僕は踏み込んだ。

「貴方のもう一つの姿……分かるだろう? 甲冑を身に纏った、美しい騎士……精神(こころ)の具現化」

「な──まさか新手のスタンド使い──!」

「それとも、ちゃんと呼んだ方がいいのかな? ねえ……」

 

「シルバーチャリオッツ」

「シルバーチャリオッツ!」

 

 ほとんど同時だった、と思う。張りのある声が鼓膜を揺るがして、細剣(レイピア)を握った白銀の騎士が現れる。美しい……。それ以上『彼』を言葉に表せなくなって、僕は無意識に歩み寄っていた。

 「動くな」というポルナレフの声がどこか遠くに聞こえた。向けられる剣先に鏡のような引力を感じた。これは、もしかしたら。

 僕は、このシルバーチャリオッツというスタンドに、思ったよりも惹かれてしまっているのかもしれない。

「こんにちは、『シルバーチャリオッツ』。そして、初めまして……」

 手を伸ばして、白銀に包まれた頬を撫でる。『彼』の金属の滑らかさと、内に秘められたエネルギーを感じて。

 ──こいつを殺せ、というDIO様の声が脳裏に響く。僕の邪魔をしている、はずなのに。

 ええ、DIO様。貴方の仰せの通りに。

 こちら怪訝そうに見ているポルナレフに、訊く。

「ねえポルナレフ。僕に君のスタンドを、くれないかな?」

「お前、何を言って……」

「本当のことを話すね。実は僕、あの写真に写った場所を知っているんだよ。聞きたいかい?」

「だったら今すぐに、」

「駄目だね。君が僕にシルバーチャリオッツ(この子)をくれるならば、教えても構わないけれど」

 スタンドは精神エネルギーの塊のようなものだ。それを欲しがる人間など、ろくな人間であるはずがない……と、僕は自覚している。

 自覚しているが、この趣味をやめる気など毛頭ない。

「チャリオッツ!」

 敵だと認識したのだろう。ポルナレフが吼えた。

「仕方がないね。『僕はポルナレフの背後へ素早く回り込んだ』」

「おま──」

 気付いた時には、僕はポルナレフの背後に立っていた。

「くそっ、承太郎達は、」

「駄目だよ。彼らはここには来れないし、行けないよ。だって僕と君は今……」

 たった二人の空間にいるのだから。

 僕の作りだした『書庫』の隠し部屋に。

 手帳へペンを走らせ、『僕はポルナレフの背を突き飛ばした』。

「ぐっ」

 思いのほか、否、見た目の通り鍛えられているようだ。バランスを崩したが転倒まではいかず、僕はまた文を連ねる。

「『思ったよりも手強いようだ。僕はそう判断し、賊を捉えるための檻を起動した』」

 がしゃり、と金属音がしたのにポルナレフが天井を見上げるが、もう遅い。『チャリオッツ』ごと囚われたポルナレフは、悪態を吐いて彼のレイピアを振るい暴れる。

「くそっ! 何でだ! 切れねぇっ」

 ふ、と思わず口の端から笑いが零れた。

「いい絵面だね。小説のネタになりそうだ」

 何よりも先に出たのは、その言葉だった。残像さえ見えるような速度での斬撃は、銀色の月のように美しい。しかし、お遊びはここまでにしておくべきだろう。

「あー、もういいよ。見飽きた。改めて訊くよポルナレフ。君が僕にシルバーチャリオッツをくれたら、DIO様の居場所を教えよう。それだけでいい」

「まだそんな事を言いやがるのか! スタンドを奪われたらそいつは……」

「当然、精神(こころ)のなくなった肉体は抜け殻になってしまうよ。……経験、あるだろう?」

 もちろん、ダニエルのことだ。ポルナレフが彼のスタンド攻撃を食らったのかは知らないが、図星らしい。

「んははっ! ぞっとするだろう? 恐ろしいだろう? 自分の精神が誰かの好きにされるのは……。もっと見せておくれよ、その表情。──ああ! 君はあの刀野郎にも酷い目に遭わされていたんだったね、可哀想に。でもごめんねぇポルナレフ。これもDIO様の為なんだぁ……んはぁ……」

 自分でも醜悪な表情で捲し立てている自覚はある。昔、同業者に指摘されていたから。それでも僕は口を動かすことをやめられなかった。

「やっぱり、DIOの……!」

「で、どうする? くれる? くれないの?」

「お断りに決ま──」

 言葉の半ばで僕は檻へと手を伸ばす。相変わらず目にも止まらぬ速さで動く腕をしっかりと掴んで、振り払われるより先に発した。

欲望の褐鉄(ラスティラスト)

 そこから先はあっさりとしたものだった。いやいやをするように首を振る『彼』が本のページのようにばらけ、圧縮され、丁寧に装丁が施される。

 いつもと同じだ。どんなスタンドの持ち主でもこうなってしまうのは、パンをいずれ食べ切るのと同じくらい変わらない光景だ。さあこれで一人目。彼の『本』は表に出すことに決めて、僕は倒れたポルナレフの肩に触れた。

「さようなら、ポルナレフ。素敵な物語を僕に見せておくれよ」

 心の鎧(スタンド)がない今、彼は一般人にも劣る何かでしかない。それでも、ポルナレフに刻まれた経験と感情は、きっと素敵なもののはずだ。

 あいつらとは違って。

 見るも穢らわしいあいつらとは。

 非常に残念ながら、今から読んでいる暇などないのだが。僕はため息を吐きながら『隠し部屋』から元の『書庫』へと戻ることにした。

 

 

 

 

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