欲望の褐鉄   作:Damned

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#3 欲望の褐鉄・その3

 僕の名前は、クロエ・ファルティス。

 僕は……僕の半身は、あの夜に焼け落ちてしまった。

 

 

 

 

「スタープラチナ」

 酷く静かな声で、承太郎は自らの半身を呼んだ。

 明確な敵意でもって、拳を握って。

「んはっ、何をして……」

 ゆっくりと、腕を引き。

 雄叫びと共に、その拳を振り下ろした。

 無駄なことをする、と笑った僕の余裕はしかし、一瞬で崩れた。

「──ぅ、そ……」

 激痛に苛まれているはずのスタープラチナが。

 拘束されているはずのその腕が。

 フォーチュンセラディの霧を、殴り飛ばした。

 ソニックブームのような音が轟き、セラディが吹き飛ばされヒトの形を取り戻す。

「何故だっ。あいつのフォーチュンセラディは、霧で……だからスタープラチナの攻撃は……」

 体の状態を確認するように手首を振った承太郎が、未だ混乱の渦中にいる僕に問いかけた。

「クロエ・ファルティス。てめーの理解を超えたスタンドは、どうなるんだ?」

「何を……何を言って……」

「あれだけの能力を持ったスタンド使いを、一人の人間が理解しきれるはずがねえ。まして、何十人ものスタンドを分析して理解している頭の容量なら尚更だ。今度こそ見切ったぜ、てめーのスタンドを」

「あ……ッ」

 唇が戦慄く。信じられない思いで、承太郎とセラディを交互に見た。

「嘘だっ。僕の『欲望の褐鉄(ラスティラスト)』は……」

 一瞬のうちに、承太郎が踏み込んできた。彼我の距離、一メートルもなし。

「むて、き……」

 スタープラチナの、射程距離に。

「確かにてめーのスタンドは無敵だろうな。だが、てめーは違う」

 ほとんど本能的に、僕はスタープラチナに手を伸ばしていた。

欲望の(ラスティ)──」

 こちらに向けられた右手が、僕の口を塞いだ。

「一つ、てめーはスタンド能力を使う時、必ず名前を呼ぶ。奪ったスタンドでもだ。そんな致命的な隙を、俺が見逃すとでも思ってんのか」

「んぐ、ぐ……っ」

「二つ、てめーはてめーの()ったスタンドの扱いに慣れていない。もし使い慣れているのなら、さっきの霧がぶっ飛ばされる事も無かったはずだぜ」

 ああ、と思った。

 僕の負けだ。

 完敗だと、悟って。

 だらり、と伸ばしていた手を下ろして。

「てめーの敗因は戦術の多彩さだ。何人ものスタンドを扱える反面、それぞれの練度は高くない」

 僕は、抵抗するのをやめた。

 彼らを害した代償に、スタープラチナの拳を受けることを覚悟した。

 そのはずなのに。

 ぐわん、と脳が揺さぶられるような感覚がして。

「『銀の戦車(シルバーチャリオッツ)』……」

 なぜ、僕の身体は彼の手を振り払い、チャリオッツを『開いて』いる?

「な……っ、やめろ! 何をしている『欲望の褐鉄(ラスティラスト)』!」

 しかし、いつもならすぐに現れるはずの彼は、一向に姿を見せない。

 スタンドが出せないっ、何故……!

 想定外の自体に混乱し『本』を閉じようとするが、その手は、指は『文章』を書き連ねようとペンを握る。

 焦りばかりが大きくなる僕を嘲笑うように、チャリオッツがレイピアを構えた。

「何故だっ。ラスティ、なぜ出ないッ!」

「てめー、これは、どういう事だ」

 スタンドが、暴走しているのか……? 今までは、こんな事一度もなかったというのに。

「私は……僕は、っ……」

 自分の意思に反して口角が上がる。自分のものでない笑い声が上がる。

「ぼくは……きさまをころす……。クウジョウ・ジョウタロウ……!」

 自分の声を、どこか遠くで聞いていた。

「逃げろ承太郎! 何かおかしいぞ!」

「ぐ……っ、違う、待てラスティ! 僕たちはもう負けたんだ。何故こんな事をするっ?」

「スタンドが制御できねえのか……!」

 ぶるぶると震えるペン先が紙へと到達した。崩れた筆跡が『文』を連ねようとするのを僕では止められない。

「何故だ、いやだっ……やめてくれ……」

 僕の思考を、何かが揺さぶる。

 ──こいつを殺せ。

 ──こいつを殺すんだ。

 ──私のために、やってくれるね。

 DIO様の声が、蘇った。

 頭が、痛い。

「ぼくは、DIO様に、忠誠を誓う……もの……」

「まさかてめーも……」

「だから、クウジョウ・ジョウタロウ。殺す、きみを……!」

 スタープラチナの手が手帳を叩き落とす。ペンを奪い取るのに抵抗して、鋭い痛みが走った。

 振り払おうと身を捩って、その肩ががっちりと固定された。いやいやと首を振ると、肩を掴んでいた手が後頭部に回り、まるで恋人のような距離感に殺意と混乱と訳の分からぬ胸の高鳴りが混ざりあってスタープラチナを見つめてしまう。

 シルバーチャリオッツが指示を待つようにこちらを見ている。声が出ない。DIO様の命は絶対なのだ。だからこいつを殺さなければ。動きが止まっている今なら、彼のレイピアはその正確性でもって承太郎を切り裂くことができる。

 いいや、殺してはいけない、その本を使ってはいけないんだよ、欲望の褐鉄(ラスティラスト)。それは、彼の仲間のものなのだから。

 スタープラチナが僕の長い前髪を上げる。一体何をして──頭が割れるほどの頭痛が襲って、血を吐くように叫んだ。

「……ここを、燃やせ。モハメド・アヴドゥル!」

「私に言っているのかっ?」

「それだけでいいっ。僕に殺されたいのか……!」

 僕の『書庫』は、斬撃、打撃、刺突、本来であれば天敵であるはずの水流すらも意に介さない。

 たった一つの弱点は、全てを灰に変える炎だけ。

 魔術師の赤(マジシャンズレッド)でなくてもいい。小さなライターの火でもいい。

 どんな炎であろうとも、この『書庫』は無力だ。

「いいや動くな、まずは君から殺してやるッ! 『銀の(シルバー)』……んぶっ……!」

 僕はペンを持たない左手で、自らの口を塞いだ。承太郎たちを殺さなければならないと主張する自分と、それを止めようとする自分が身体の主導権を奪い合っているような感覚がする。頭が痛い。……割れそうな、ほどに。

 頭が、痛い。

 気が、狂ってしまいそうだ。

 スタープラチナが僕の体を捕まえていなければ、絶叫しながら床をのたうち回るだろうと思えるくらいに。

 月の灯りの中で微笑む男。右肩に宿した星。どんな彫刻にも優る美しき造形。好奇心と恐怖がせめぎ合う中で聞いた、何もかもを遠ざける響き。

 ──君の、捜し物の、手がかりは。

 ──大丈夫だ。私が、見つけてやる。

「ぷ、ぅえ……」

 ぐちゃり、と頭の中で、嫌な音がした。

「ァ゛あが、っ、は゛……ッ」

 敗北感も恐怖もなにもかも、DIO様への忠誠と承太郎への殺意へと変わっていく。分かる。僕が、つくりかえられていくのが、

「ぐ、でぃお、さま゛、ぁ……」

 それでも、僕が正気に戻る前に。

「ぃ゛、が……っ゛、ぼくの、声を聞け。ら゛すてぃ、らすと……」

「……承知した。『魔術師の赤(マジシャンズレッド)』ッ!」

 炎を裂き、現れる鳥人のスタンド。金属でさえも溶かし燃やすその炎であれば、僕の『書庫』を燃やすことなど容易。

 だから、火は恐ろしい。

 ……ほのおは、こわい。

 ぼくのすべてを、やきつくしてしまうから。

 ずるり、と全てが無に帰すような虚脱感があって。

 僕の記憶はそこで途切れている。

 

 

 

 豹変した彼に気を取られることもなく、空条承太郎は冷静だった。

「待て、アヴドゥル」

 言い終わるよりも先に、スタープラチナの手がクロエの首を掴んで床に押し付ける。あくまで丁寧な手つきで行われた動作に、頭が打ちつけられることもなく厚みのある手が彼の首を絞めた。抵抗せんと弱々しくスタープラチナの腕に爪を立てるが、まるで縋り付くようにさえ見える力の差だ。

 ひゅ、と呼吸に失敗した音が漏れ出る。クロエの青かった顔がどんどんと赤くなって、長い睫毛が涙を蓄えてすぐに溢した。

「──っ゛、ぐ」

 まずいと思う間もなく唇が震え、全身の力を失い黒い瞳を瞼が隠す。

 やがて、銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の姿が消えた。そして、危険だと悟ったのか奥に引っ込もうとする肉の芽を、スタープラチナの眼は見逃さなかった。

 嫌な音と共に引き抜かれたそれを潰し、差し込む太陽のもとに翳すと、あとすら残さず消えていく。

「じょ、承太郎……」

 呆然とした声で、アヴドゥルが声を掛けた。いたってシンプルな返答が届いた。

「ここを燃やしてしまえば、ポルナレフが戻せない可能性があった」

 なるほど合理的である。アヴドゥルだけでなくジョセフも得心した。

 おそらく、先程の現象は『肉の芽』の暴走だろう、とジョセフが言った。

「DIOに近いからか」

「可能性はある。じゃが、真相は本人から聞くしかあるまいよ」

 

 

 

 

 

 走った。

 全速力で。

 僕の身を焼き尽くす炎を。

 消さなければ。

 止めなければ。

 走った。

 全速力で。

 あの場所へ。

 悠長に構えすぎたのだ。いつか、やがていつかと思っていた。甘かった。いつかでいいと自分を騙していたのだ。

 逃げていたのだ。

 探しているその『世界』から。

 それを渇望する自分から。

 走った。

 その中にあるのだから。

 炎に包まれたその中に、僕の捜し求めるモノが存在するのだから。

 走った。

 炎の中へ。

 早く。

 『本』を。

 でないと、焼け落ちてしまう。

 僕の半身が……。

 

 

 

 

 

「ぅ゛、あ……」

 喉が、からからに乾いている。

 最初に自覚したのは、それだった。次に、遠く聞こえる喧騒。

 差し込む日差しと、見慣れた天井。

 頭が、僅かに鈍痛をうったえていた。

「ぼ、くは……」

 痛む頭を無視し、僕は周囲を渡した。

 強い太陽光が窓から差し込んでいる。僕はどうやら、自分のベッドに寝せられているようだ。

「自分が誰かわかるか」

 訳の分からぬ質問に、僕は訝しげに思いながら答えた。

「クロエ・ファルティス。小説家だ」

「意識ははっきりしているみてーだな。てめーはDIOに肉の芽を植え付けられていた。覚えているか」

「でぃお、にくの、め……」

 僕の脳裏を、小説をぱらぱらと捲るように次々と記憶が流れていく。……そうだ。僕は承太郎を殺そうとして、できなくて、それで、

「肉の芽は危険なモノじゃ。かなり危険な状態じゃったが、承太郎が摘出しているから、もう大丈夫じゃよ」

  ぞっとする感覚が僕を襲った。心拍が一気に上がって呼吸が苦しくなる。

 僕の周りの酸素が奪われて、

 僕を、

「早速じゃが、お前さんに聞きたいことがある。DIOの居場所についてじゃが──」

 ジョセフ・ジョースターの声が右から左に通り過ぎていく。身体は発熱しているのに、指先が氷のように冷たいのを自認する。熱い炎のきらめきが、記憶を照らして直視させようとしてくる。やめろ。僕が奥底にしまった記憶を流すのを、もう、

「っう゛、ぁああああああああッッ!!」

 熱い、熱い、あつい。

「何だっ?」

「や、ゃめ、ろ! いやだ、っ゛ぁあああ!」

 燃え盛る炎が、僕の身体を焼き尽くすのを見た。

 もうやめてくれ、と口にしたいのに喉は引き攣っていて、かひゅ、と喉の奥で音がしたのを感じた。

「何か様子がおかしい。何故じゃ、肉の芽はもうないはず……」

「いや、違う」

 がっと何かが僕の肩を掴んだ気がした。ここには誰もいない、はずなのに。

「ぃ、い゛ゃっ! あついのはっ、やかないで、たすけて」

「クロエ・ファルティス、気をしっかり持ちやがれ……!」

 揺らめく炎が彩度を失い、像を結んで、黒い人影を映す。違う、これは僕の知っている光景じゃない。消失するあの世界を、僕は、僕は──

「ぁ……こほ、っ、ジョウタロウ……?」

 ひんやりとした風が頬を撫で、僕の目の前にいるのは承太郎だった。焼け落ちる建物も、燃え盛る炎も、立ち尽くす僕も、どこにもいない。

 安堵から全身の力が抜けると、肩を掴んでいた承太郎が溜め息を吐いて手を放す。差し出された水を飲み干したあと、僕は静かに謝罪した。

「ごめんなさい」

「大丈夫か」

「……ごめん、なさい」

「気にするな」

 そういわれたところで、僕が彼らにやったことも、取り乱し驚かせたのも変わらない。

「僕は、ポルナレフさんを、殺してしまったから」

 自分の胸に刻みつけるように、僕はそう呟いた。

「いや、待て」

 アヴドゥルの声だった。気遣わしげな声を聞くに、目覚めてからずっと黙っていたに違いない。

「私はスタンドを焼いてはいない。もし戻せるのなら、可能なはずだ」

「……焼いていない? あの状況からどうやって、スタンドの暴走を止めたんですか」

「承太郎じゃよ。肉の芽を抜いてな」

 ああ、と合点がいった。それならば、僕の欲望の褐鉄(ラスティラスト)を呼び出せば戻せるのだ。

 スタンドに関しては、僕が使い切っていなければ……だが。

「貴方たちの前で、出してもいいのですか。僕のスタンドを」

 しっかりとした発声で、その意味を問う。スタンドが暴走するかもしれないし、また貴方たちを害するかもしれない、と。

 目の前でやってくれた方が対処がしやすい、と答えた承太郎に僕は頷く。

「来てくれ、『欲望の褐鉄(ラスティラスト)』」

 眼鏡を掛け、アカデミックドレスを着用した人影が現れる。男とも女とも取れぬ容姿をした、いつもと変わらない、ラスティの実体だ。

「……君、何ともないのか」

 ラスティは答えない。いつも通り、彼は何も言ってはくれない。手を差し出すと、意図が伝わったようで二冊の本が現れ、その重みを伝えてくる。

 『ジャン=ピエール・ポルナレフ』と『銀の戦車(シルバーチャリオッツ)』。二人で一つの、人生の重み。

「『欲望の褐鉄(ラスティラスト)』」

 本が開く。ばらばらと装丁がほどけて、やがて人間の形に戻っていく。銀の戦車(シルバーチャリオッツ)も、使ってしまったけれど残数は切れていないようで安心する。

 本にしたときそのままの姿でポルナレフが立っている。復元に成功した証だった。

 ポルナレフが瞬きをする。『隠し部屋』から突然ここに連れてこられたのだから、仕方がないことだろう。一方で僕はというと、よほど疲弊していたらしく、ラスティを引っ込めるとベッドへ崩れ落ちる。

 ……僕はこんなに、体力がなかっただろうか。

 そんな平和的なことを考えていると。

「うわああぁっ!」

 本から戻ったはずのポルナレフが、そんな声を上げた。

「承太郎、アヴドゥル、ジョースターさんっ。気をつけろ、こいつはスタンド使いだッ!」

 僕が彼を『本』にしたのは、彼との戦闘のさなか。そこにまで、僕の頭は回ていなかった。銀色の切っ先がこちらを向く。正直なところ、自分がいかなる行為をされようと、それに文句を言う気はなかったから、口を閉じる。

 対して、三人は至って落ち着き払った様子で返した。

「そうだな」

「そうじゃな」

「ああ」

「お、お前ら!」

 状況を把握するためか、きょろきょろと周囲を見渡すポルナレフに、ジョセフが噴き出した。

「おい、何だよっ? まさか倒したとか言うんじゃ……」

「大丈夫だ。そいつはもう戦えねえ」

 僕は、彼に謝罪するために身体を起こした。亀のようなとろさに苛立つが、なんとか座り直す。

「ジャン=ピエール・ポルナレフ。ベッドの上で無礼を承知の上だが、君に害をなしたことを心からお詫び申し上げる。僕のことは、殺してくれたってかまわない」

 深く、頭を下げる。許しをもらうか、殺されるまではこの姿勢を崩さないつもりで。

 狼狽しながらポルナレフが答えた。

「いや……とりあえず頭上げてくれよ」

「わかった。しかし、君を害したことに変わりはない。痛むところはないだろうか……」

「無ぇよそんなもん。にしたって、お前らよく無事だったよな。こんな華奢なのに強かったぜ?」

「それはまあ……な?」

「今はそんな事を気にしている時間じゃあねえ。話せるくらいに回復しているのなら、クロエ・ファルティス。てめーに聞きたいことが沢山あるぜ」

 僕をこんな目に遭わせた……などと被害者ぶる気はないが、僕にも思うところはあるので、分かる限り答えると返した。

「単刀直入に訊くが、DIOの居場所が分かると言ったな。教えろ」

「もちろん。ああ、スタンドをくれなんて言わないから安心してくれよ。地図を出すから、少し待ってくれ」

 欲望の褐鉄(ラスティラスト)。博士然とした僕の分身が、一冊の本を差し出してくる。それの書籍化を解除して、僕はこの町の地図を広げた。

「便利なものだ」

「それほどでも。誰か、ペンは持っていませんか?」

「ここだ」

 おそらく僕とやりあった時に取ったままだったのだろう。承太郎がペンを差し出してくる。……手帳と共に。

 能力の媒介だけではない。ネタも書き込んでいる、小さなバインダーだ。

 自らの命と、同じくらい大事なもの。

 僕はかぶりを振った。

「その手帳は、ジョウタロウ。君が持っていてくれませんか」

「……何故」

「いや、何故って。逆に、さっきまで敵だった相手に攻撃手段を渡す方がおかしくないか、じゃないな。おかしいでしょう」

「てめーがもうやる気じゃねえのは見ればわかる。ついでだが、普通にしゃべってくれ」

「委細承知した」

 承太郎の言葉全てに了承の意を込めて、僕はペンと手帳を受け取った。

 手帳は傍らに置き、ペンのキャップを外すと、書き心地のいいさらさらとしたインクを地図に走らせる。

 ここからほど遠くない場所だ。ルートの書き込みを終えると、僕は承太郎に手渡した。紙面に目を通した承太郎がつぶやく。「……近いな」

「だろうね。僕はどうやら、意外と重宝されていたようだ。今となっては嬉しくないが」

「まだ日は沈んでいないが、どうするよ。一時間くらいしかないぜ?」

「行こう。もう日に余裕がない」

 全員賛成、ということらしい。邪魔したぜ、と去ろうとする四人を、僕は思わず呼び止めた。

「何だ」

「……僕を、連れて行ってくれ」

「てめー、そんな状態で何を言って」

「危険な時は盾にしてくれ。怪しいと思ったら殺せ。倒れたら置いていって構わない。……それだけでいい」

 ベッドから身体を滑らせて、並べられた靴を指先で引き寄せると突っかける。

 そして、彼らの元に跪き弁じた。

「このクロエ・ファルティス、命の恩人に報いぬことはないよ」

 この左手が書き連ねる、世界にかけて。

 

 

 

 

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