欲望の褐鉄   作:Damned

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#5 白の宇宙・その2

 僕の名前は、クロエ・ファルティス。

 覚悟も心構えも、現実という重さの前には、天秤に乗せる必要すらない軽さだった。

 

 

 

 

 痛みも遠のく意識も、トラオムの言葉にどこかへ行ってしまった。

 余計なことを言うな、と。

 自分の汚い過去で、高潔な精神を持った彼らを穢すなと。

「あの時が初めてでしたよ、彼とは。ぼろぼろと泣きながら、私の腕の中で()く様は実に愛らしかったですよ」

 だが、動揺と疲労に支配された喉ではまともな発声などできるはずもなく、クロエの過去を彼らに向かって語り続ける。

 恍惚とした声で語るトラオムに、ダメージから立ち直りつつあるアヴドゥルの表情がゆがむ。ひどい嫌悪感に襲われた時、人はこんな気分になるのだな──アヴドゥルはそう感じた。

「それから、寂しかったのか何日と空けずにやってきましたよ……。もちろん私がそうさせたのもありますが、選んだのは彼。フフ……ねえ? 私のガッティーナ」

 悪意を込めた呼び方に、クロエは何度もやめろと言っていた。そして、今も──盛りのついた雌猫(ガッティーナ)という呼び方とこの語りで、彼らも悟ったに違いない。

「ですが、彼を嫌悪しないであげてくださいね。精神的に疲弊している状態では、体温を求めるのは当然のことでしょう?」

 男体でありながら、彼にどのような仕打ちを受け、どのような行為を望み、解釈され、それを赤の他人に詳らかに語られる。

 彼から受けた行為がどれだけマシなのかと思うほどの、屈辱。

 そこが限界だった。

「もう、やめて……くれ……」

 声にならない声で、涙をこぼしながら、クロエ・ファルティスは懇願する。そこにはもう、巧みな言葉を操る聡明さも、己の文字にかけるプライドも、感じられなかった。

 そして。

 部屋の壁が突然、爆発するように吹き飛んだ。

 トラオムが飛び退く。オラァ! と雄叫びを上げ、年季の入った壁を叩き壊した剣闘士の腕が、先程まで彼のいた場所を殴り飛ばす。

 そして、彼らはそれを見た。

 崩れた壁の向こうに立つ、その男を。

 空条承太郎の姿を。

「……悪いが、もう我慢ができねえ。人の尊厳を踏み躙るこいつの声を、俺が聞いていたくない」

 一言、彼に謝罪し、承太郎は部屋へと踏み入った。

 まさに乱入。そう形容するのがぴったりな行動にトラオムは言った。

「驚かせてくれますな。しかし、いくら苛立ったからとはいえ、壁を破壊して入ってくるなど、無礼にも程が──」

「黙れ」

 その矮小な抗議は、短く、しかし拒否を断固として許さぬ言葉に封殺された。淡々と、凪のように静かな怒りがその度合いを示している。

「次に一言でも、その冗談みてーな言葉を吐いてみろ。二度と喋れねえように、その舌と歯を引っこ抜いてやるぜ」

(承、太郎……)

 段々と暗くなっていく視界の中、近付いてくる彼を見て、クロエは思う。

 この男がただ傲慢で、ただその力を自らの正しさの為だけに振るう男であったなら、どれだけよかったのだろうと。彼だけではない。この場にいる彼らが、その高潔な精神を持たず、ただ自らの身内のため、他の全てを犠牲にできる人間であったなら、どれだけ良かったのだろうと。自分を切り捨てて敵を殺してくれたのなら、どれだけよかったのだろうと。

 もしも、あとほんの少しでも、アヴドゥルが、承太郎が、怒りを堪えられる人間であったなら。

 ──僕は、彼らのことを、こんなに好きにならずに済んだのに……。

 彼らの役に立ちたい、仲間になりたいという感情と、死にたくない、この世界でまだ、文章を描いていたいという感情。相反しているが、両立する二つの感情を覚えることも、なかっただろうに。

 スタープラチナの逞しい腕が、僕の身体を抱えるのをぼんやりと仰ぐ。カーペットの上に横たえられながら、クロエは最後の力を振り絞って言った。

「あり……が、……とう……」

 その声が、声になったのかは、クロエにはもう分からない。ただ、その温かさに身を委ね、クロエは不定の闇に落ちていった。

 

 

 

「まずてめーには、確認したいことがある」

「……確認ですって?」

 その落ち着き払った態度に、トラオムは低く発声した。

「ああ。既にここには、DIOは居ねえんだろ」

「な……何じゃと……!?」

 『どこにいる』でも『この先か』でもなく、承太郎はそう言い切った。

 はなからクロエを信じていなかった、という風ではない。おそらく、トラオムの言動を見てのことだろう。

 そして、確信していた。この男は、トラオム・ヴィスコンティは、悪人ではない。吐き気のする──『悪』だ。

 承太郎は『不良』というレッテルを貼られた立場だからこそ、そしてこれまでの旅を経てきたからこそ、この世の善悪が如何に脆く、移ろいやすいモノなのかを知っている。別の角度から見れば、DIOを討とうとしている承太郎たちですら悪になりうるのだ。悪人とは所詮、その程度のもの。

 だが──この男は違う。他人の苦痛を喜び、自らの目的(よくぼう)のために他者を利用する、真の悪。絶対悪だ。

「フフフ……ええ、そうですよ」

 驚く程にあっさりと、トラオムは肯定した。

「やはりな。そしててめーは、移動先も知っている」

「そこの裏切り者とは違って、真に忠誠を誓っていますから。教えられていますよ、どこにいらっしゃるのかも」

「ならいい。これからてめーをぶっ飛ばして、居場所を吐かせる。アヴドゥル、じじい、クロエのことは頼んだ」

「待て、承太郎。こいつは私が倒すと言った筈だぞ」

「……フッ、面白いですね。やれるものなら、やってみてくださいな。ただし今度は、こちらから行かせて貰いましょう」

 仲間割れ──と言うほどではないが、乱入した承太郎に苦言を呈するアヴドゥル。だが、承太郎にも譲る気はないらしい。敵の前で呑気に会話を始める──少なくとも彼にはそう見えた──二人に告げると、トラオムは地を蹴り承太郎へと攻め入る。

 『反射』で殴りかかってきた承太郎を落とすことはわけ無いというのに。

 会話の終わりを待つのが億劫になった、という風ではない。

 二人まとめて倒してしまおう、という風でもない。

 ただ。

 トラオム・ヴィスコンティは『殺し』をその身と血にも染み込ませた人間である。

 たとえ感情が昂ろうとも、思考を冷静に保つことなど造作もない。反射のタネを見抜かれた事には、確かに驚いた。

 だが、スタンドとは不可思議な理に繋がる存在。

 正攻法では殺せないスタンド使いなどごまんといる。トラオムはその部類である。

 スタープラチナにはほとんど確実に、力で押し負ける。そこにアヴドゥルが加われば、常に『反射』を展開し続けなければいけないだろう。そうなれば、非常に費用対効果の悪い白の宇宙(ホワイトユニヴァース)では、いずれスタミナが切れて敗北する。そこまで読まれているのかはわからないが。

 耐久戦となれば自分が負ける。しかし。

 戦術はある。

 アヴドゥルと真っ向から殴り勝ち、逆にパワーで勝る承太郎には攻撃を誘発し、ダメージを『返して』やる。ご自慢の腕から振るわれる重い一撃に歪む顔を想像すると、ゾクゾクと背筋が震えた。

 その為には、彼らに作戦を練る余裕を与えてはならない。だからこそトラオムは踏み込む。未だダメージの抜けないアヴドゥルに向かって。

 そんな簡易的な作戦を立てるトラオムに対し、しかしスタープラチナが素直に迎撃した。

 そして始まる拳の打ち合い。互いにパンチを数度繰り返した後、力量を測ったようにトラオムが一歩、引く。

「射程距離は精々五センチか。強力なスタンド能力には欠点が付き物だ」

「おや、バレてしまいましたか。私の白の宇宙(ホワイトユニヴァース)はほとんど身体と融合していますからね。ゼロのようなものです。そして空条承太郎……中々の精密性をお持ちのようですな、貴方のスタンドは」

 速度は同等、パワーは白の宇宙(ホワイトユニヴァース)が一段劣る。しかしダメージは、『反射』でスタープラチナに全て返ってくるのだ──衝撃を完全に相殺していなければ、の話だが。

 力で叩き潰せば、承太郎の拳は今頃ボロボロだ。

 それが起きていないということは、承太郎がその精密さでもってトラオムの攻撃を受けきったということである。

 さらに承太郎とは逆サイドから、アヴドゥルの魔術師の赤(マジシャンズレッド)が。隙を見出して攻撃してくるのは、隙を見せたトラオムには全く思い通りの行動であった。

 その噴き出す炎を白の宇宙(ホワイトユニヴァース)で返してやれば、アヴドゥルは今度こそ再起不能になるだろう。

 噴き出す炎を真っ向から受けようとした、その刹那。

 トラオムの殺し屋としての血が、どこか違和感を感じ取った。

 その炎も拳も、トラオムの『反射』の前には、意味をなさないものである、と。にも関わらず、愚直にも攻撃を仕掛けてきたのは何故か?

 ──……フフ。

 ──そんな作戦など、話すまでもないという事ですね。

 彼は囮だ。炎の熱は、先の攻撃と同じか、それ以下の火力でもって燃え盛っている。速さこそあれど、鳥人が吐いた炎にはパワーがない。

 こんなものを反射したところで、精々バランスを崩すくらいであろう。

 本命は、大抵のものを破砕するパワーを宿した彼──承太郎の星の白金(スタープラチナ)だ。

 トラオムの動体視力と思考は、二人の全てを読み切った。

 迫る炎の背後。スタープラチナが拳を握っているのを見遣る。

 彼が『白の宇宙(ホワイトユニヴァース)』でこの炎を反射されるのが目的では無い。低威力と分かっていて回避されることを見越した、背後からの奇襲。

 意識外からの攻撃に弱いと見抜いた上での攻撃。よく考えたものであるが、気付かれてしまえばそれまでてある。

 不意打ちは勘づかれた瞬間から、逆に仕掛けようとしている者に対する奇襲となって牙を剥く。だからこそ──トラオムは彼らが望むであろう行動に従ってやることにした。

 『反射』を発動せず、身を翻して回避。背後から襲い来るスタープラチナに対し、能力の鎧を見に纏おうとした所で。

 不意に身体がかしいだ。何かに足を取られ、トラオムはカーペットが迫ってくるのを視認する。

(……は?)

 予想だにしない展開に、トラオムの思考が一瞬、停止する。しかしそこは流石と言うべきだろう、フル回転を始めた頭が結論を導き出す。

 ここで転倒してダメージを受ける事は、自らの能力を開示するも同然。

 ──奴らは私の『反射』の埒外を探している。

 ならばこそ、ここで転倒してはいけない。

 驚異的なバランス感覚を発揮して、トラオムは着地した。倒れ込む足を軸に反転、くるりと回って立つ。その間に、自身を転倒に追い込んだものの正体まで突き止めて笑った。

 隠者の紫(ハーミットパープル)の荊。足首に絡みついていたのは、それだ。

「中々の連携ですな。流石はここまで刺客を退けてやって来た、という所ではありますが──」

 す、とトラオムの目が細められる。

「ここで追撃に失敗した貴方たちにはもう、私を殺すことはできない」

「……あ?」

 言ってろ、と吐き捨て、スタープラチナの拳が振るわれる。今度こそ、パワーで押し切る算段のようで、その挙動には一切の無駄がない。

 この身に与えられた能力がなければ、トラオムは恥も外聞もなく逃げ出していただろう。その自覚がある。それに、『アヴドゥルに殴り勝つ』という過程こそ踏めていないが、スタープラチナと本気の殴り合いをすれば、彼は近付くことも炎を放つことも出来ない。恐らくはだが。

 しかし、こちらの能力が『反射』であると分かっていて正面から殴りかかってくる真意が読めない。何か企みがあるのは確かであり、『反射』を下手に使うのは悪手であると彼は判断した。

 息の根が止まるのを確認するまで、死んだとは思わない。この、一ミリたりとも慢心しない精神であるが故に──トラオム・ヴィスコンティは、ただの一度も失敗することなく暗殺を成し遂げてきたのだ。

 暴風のような連続攻撃を避けることに注力しながらも、承太郎の真意を見抜かんとその目を凝らす。自分のような特別な──自他ともに認めている──目を持つ人間でなければ、スタープラチナの拳一つ一つが増えたように錯覚するであろうその拳には、妙なところは一つもない。

 オラァ! と一際大きく吼えたあとにラッシュを締め、一呼吸置く。

 帽子の下で、承太郎は僅かながら動揺していた。ピンポイントで『反射』を扱える程に反応速度が高いとは思っていたが、この拳を生身で避ける人間などいるはずが無い。頭のどこかでそう思っていた。

 こうも人間離れした動きをする奴がいるのか──自分のスタンドを棚に上げ、承太郎はそう思うのであった。

 射程距離五センチ。身体から離すことさえ出来ないスタンドである代償に、相手は自らの拳にスタンドの速度と威力を加算できるのである。

 それが生身の人間に向かえばどうなるかなど、星の白金(スタープラチナ)の本体である承太郎には容易に想像出来る。おまけに、本人由来の戦闘勘。

 『アヌビス神』に乗っ取られたポルナレフの時と同じか、それ以上の脅威を感じていた。

 『反射』がなくとも、強い。だが空条承太郎は臆さない。

「てめーは、俺が、ぶっ飛ばす」

 確かに、スタープラチナのラッシュを避けきったことには驚いた。『反射』などという無茶苦茶な能力も、誰にも無力化することはできない。

 『スタンドは無敵でも本人が無敵では無い』という欠点が、彼に関しては存在しない。

 ──ならばこそ。

 

 

 

 一方でトラオムは、彼にはもう選択肢がないことを感じ取っていた。

 スタープラチナの拳。もしもトラオムに『反射』が与えられていなければ、一方的に殴り飛ばされていたであろう、重撃。

 攻めてはそのパワーでダメージを与え、守るにはダメージを『反射』してその一切を無力化する。

 そんなスタンド使いを相手に、よく頑張ったものだ──何の飾り気も無しに、トラオムは承太郎を評した。

「空条承太郎。貴方が手にする『結果』は、貴方のこれまでに起因するものでしかない。冥土の土産に、私のもうひとつの能力も見せて差し上げますよ。アリヴェデールラ(さようなら)……ジョースターご一行。もっとも、二度と会うことはありませんがね」

 そして承太郎の驚愕に塗れた顔を拝み、砕けた拳を踏み潰して嗤うのだ。

「『星の白金(スタープラチナ)』!」

「『白の宇宙(ホワイトユニヴァース)』」

 スタープラチナの拳が、複数に分裂したかのような乱打を再三。パワーで敗北すると分かっているトラオムも、改めて回避を選択する。

 その選択さえも封じられつつある、と感じた時にはもう遅かった。

 余裕ぶってこのザマだ。鼻で笑われても仕方がない。

「く……なん、です。そのスピードは……!」

 ギアが上がる、速度が上がる、上がる、上がる。一発ごとに僅かずつ、だが確実に振るわれる腕の動作が加速していく。

 トラオムは驚嘆する。スタープラチナの成長性に。空条承太郎の精神性に。

 しかし、それでいい。──それがいい。

 ラッシュの終わりと宣言するように加速しきった右腕の振り抜きが、白の宇宙(ホワイトユニヴァース)に直撃する、その刹那、トラオムはもうひとつの『反射』の鎧を纏った。

 スタープラチナの放った拳が『反射』され、承太郎の体勢を大きく崩す。

 予定外のことに焦ってしまったが、読み切った、承太郎を掌で踊らせきった、とトラオムが暗い愉悦に唇を歪ませたその時。

 ぐしゃり、と肉を潰し骨を砕く生々しい音とともに。

「ぉ゛、が……ッ?」

 スタープラチナの左拳が、トラオムの脇腹に、深々と突き刺さっていた。

 反撃に転じようとしたその身体が、崩れ落ちる。

 何故、と疑問を覚える猶予もなく。

 

 

 

 

 

「あっぶねえなぁおい。……なんてやり方すんだよ、承太郎」

 吐瀉物と血を散乱させながら倒れたトラオムを見遣り、ポルナレフが言った。

 ピクリとも動かず、完全に気絶した様子の彼を冷静に見下ろす承太郎。そのひたいから、汗が一筋流れた。──冷や汗である。

「やれやれだぜ。……クソ、気にいらねえ」

 苦虫を噛み潰したような顔で、独りごちた。

 しかし、アヴドゥルにはどうにも疑問が残った。トラオムの能力と攻撃を受けた彼だからこそ、分からない。承太郎は一体、どうやって白の宇宙(ホワイトユニヴァース)を無力化したのだろうかと。

「なあ承太郎。お前、どうやってアレ躱したんだよ。俺には分かんなかったぜ」

「……躱しちゃあいねえ」

 トラオムを縛りながら、アヴドゥルの心中を代弁したかのようにポルナレフは問う。

「は?」

「見ろ」

 承太郎が右腕を差し出す。言葉に従ってその手に視線を向けたポルナレフ達は──その惨状に言葉を失った。

「なっ……!」

「承太郎、その傷はっ」

 制服は袖から肘にかけて破れ、その下の皮膚は当然無事ではない。シュレッダーか何かに巻き込まれたかのようにずたずたになり、繊細な動きを司る指先は数箇所、骨まで達している。動かすことも躊躇うあたり、骨折も当然あるだろう。

 ということは、つまり。

 承太郎は言葉の通り、『反射』を破ってはいない。トラオムの当初の計画通り、『白の宇宙(ホワイトユニヴァース)』は確かに、『星の白金(スタープラチナ)』の拳を砕いた。その読み通りに。

 しかし、トラオム・ヴィスコンティは読み違えた。

 空条承太郎という男の為人を。

 自らの負傷をかえりみぬその精神を。

「……奴はもう、俺には手がないと思っていた」

 人間というものは、自らの目論見通りにコトが運んだ時に最も油断するものだ。

 この世の邪悪を煮詰めたような男でも──嫌、そんな男だからこそ、その例外にはならなかった。自らのもう一つの『反射』で承太郎の腕を破砕し、愉悦した。

 そしてそれが致命的な隙となった。

 承太郎が待ち構えていたその時に。

「俺はあの野郎の能力を、ダメージだけでなくベクトルも操作できると踏んでいた」

 『私のもうひとつの能力も見せて差し上げますよ』──トラオムはそう宣言した。

 仮にトラオムがベクトルを『反射』した場合、承太郎の右半身は大きく後ろへ仰け反る。その勢いを借りて左腕を振り抜き、その強靭な拳でもってトラオムの腹を砕いたのだ。

 トラオムの能力、慢心を踏まえた上での行動。

 技術も美しさもない、ただ力に任せた殴打。

「無茶苦茶なことするなぁ、承太郎」

 肉の芽の暴走を止めた時を含めて。

 思わず、ジョセフの口から言葉が漏れた。

「……精神(こころ)も身体も尋常じゃあないね、君は。その上桁外れのポテンシャルを秘めているなんて、まるで磨く前から美しい石だ」

「おい、起きたのかよっ」

「うるさいな。君の声は頭に響く」

 目を覚ましたクロエに声をかけたポルナレフが、溜め息を吐いた彼にバッサリ切られる。

「諦めろ。お前の声は通りやすい」

「ア、アヴドゥルまで!」

「それで、クロエ。怪我はいいのか」

「問題ない。日陰にいれば、このくらいどうとでもなるし、紙でも捻じ込んでいたら勝手に塞がるんだ。そんな事よりも……」

 うむ、とジョセフが頷く。

「DIOが移動したという発言には嘘がなさそうじゃ。振り出しに戻ってしまったのう……」

「ジョースターさんのスタンドで念写するのは?」

「カメラかテレビがあれば可能じゃな。探して見つかるかは分からんが……」

「カメラならしまってありますよ。どこでやりましょうか」

「今すぐにでも。じゃが、ここだと敵がいつ来るか分からんし、こいつが目を覚まさんとも限らんじゃろう」

「では、僕の『書庫』はどうでしょう。炎以外には堅牢です」

 満場一致で、欲望の褐鉄(ラスティラスト)の中に入るという意見に決まった。主であるクロエ、ジョセフにポルナレフが同行する。他の二人と一匹は外を警戒することになり、この部屋に『書庫』を展開した。

 まるでホログラムのように、本棚の立ち並ぶ部屋が広がっていく。ぱちんとクロエが指を鳴らすと、本の乗ったテーブルが目の前まで滑ってくる。

「カメラはこれで大丈夫ですか?」

 形を変え、机上に鎮座するポラロイドカメラを示した。十二分だ、とばかりに数度頷いて、壊してしまうのに断りを入れ、ジョセフは荊を纏った手刀を振り下ろした。

「『隠者の紫(ハーミットパープル)』ッ」

 

 

 

 

 

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