1話
ふり返ってみれば、その少年は確かにろくでもない人生を送っていた。
気がついたときには孤児で、気がついたときには周りにいた同じ境遇の子どもらとまとめて攫われ、攫った人間たちに言われるまま、魔教という武術集団の仲間にされていた。
魔教とは、ひたすらに己が強くなることを掲げる武術集団である。
血を吐いても骨が折れても、武術の修行はやめられない。泣き言など聞いてもらえない。
同じように拾われた子どもらは、何人も消えて行った。
それが物心ついたころからの少年の当たり前の毎日だった。
多分最初は泣いていたし、逃げたかったはずだ。
だが今や、少年はすっかり過去の己を忘れ果て、ただただ修行に励んでいた。
それがたとえ、同じ時に拾われて同じように生き残った仲間と争えという命令であっても、兄弟子や姉弟子に命じられれば従っていたのだ。
ただただ、そうして命令通りに他人を傷つけ生きていた少年は、ある夜に【運命】に出逢う。
いつものように武術の修行をして、いつものように成果が出なくて殴られてついでに飯も抜かれて、ぼぅっと木の根元で膝を抱えて蹲っていた彼の目の前に、ふい、と【運命】は現れたのだ。
少女は地面の上を滑るように動きながら、こんなふうにぶつぶつと呟いていたのだ。
「あー……もう最悪ですよ最っ悪……せっかく健康な体への生まれ変わりだったのにこんなことになっちゃうし……人生最悪……って今のわたし人でもないですけど……しかもここ、原作の激ヤバステージっぽいし……主人公今どこにいるんですか主人公ぅ……」
ふわりふわり、と水色の衣と黒髪をなびかせて宙を浮いていた彼女は、そこで地べたに座る幼い少年に気がつく。
少女は、壊れかけの人形のようにぼんやりと座る小さな少年を見て、何と驚いて跳び上がった。幽鬼の分際で。
「うわびっくりした!何でこんなとこに子どもがいるんですかっ!……あ、でもわたしのことなんて見えてませんよね。見えてたらやばいけど。……うわぁ、凄い青あざだらけ……修行でこんなにボコボコにするなんて魔教ってほんと容赦ないですよねぇ……さすがアタオカバーサーカー集団……」
少年はこの時点で、もう少女を幽鬼───亡霊だと思っていたのだ。
何故って体が半分透けていたし、地面から浮いていたから。
だけれども、明らかに敵意がないおしゃべりな亡霊よりも、笑いながら骨をへし折ってくる兄弟子姉弟子たちのほうがよほど恐ろしく、彼は何もしないでいた。
そうしてじっとしていたら、少女は少年へそっと手を伸ばしてきたのだ。
「はぁ……この子だってアイドルみたいにかわいいのに、ここにいるって言うなら将来モブ敵になるのでしょうかねぇ……って……んん?どこかで見たことあるような、顔……?」
するりと頬に触れてそのまま固まった少女に、ようやく少年は反応を返す。
亡霊だとしても、他人が顔に手を伸ばしてきたのだ。
触るな、という代わりに少年は少女の半透明な手を弾いた。
「触るな。汚れる」
ついでに、思い切り冷たい声も出す。
少女の反応は、少年の予想を超えていた。
透き通った声を張り上げて叫んだのだ。
「えっ、えっ!きみ、わたしのこと見えてるんですか!見えてたんですか⁉」
「見えてる。幽鬼だろ」
「見えてたのにお化けを無視していたと⁉」
うるさいな、とこの時点で少年は耳を手で塞いでいた。
しかし、あまり効果はなかった。少女の声は、直接頭の中に響くように聞こえるのだ。
諦めて、少年は幽鬼に応えることにする。
「だって幽鬼なんだろ?殴って来ないんだろ?なら、放っておけばいいじゃないか」
「えぇえ……こんな夜の森で人間じゃないものに出会ってるのに冷静過ぎません?きみ何歳ですか?七歳くらい?」
「……ふん」
「じゃあ名前は?」
「ない」
「ないって……普段はどう呼ばれて……?」
「おい、お前、野良犬」
「え、ならこの子将来的に傀儡兵ルート一択……?こんなにかわいい顔で、残酷設定モブ悪役なんてそんな……」
ぶつぶつぶつぶつ、と今度は聞き取れない声で呟き始めた少女は、はっきり言って少年には煩わしかった。
何しろ、喋る言葉に所々意味がわからない言葉が混ざっていたからだ。
こんなやつ放っておけばいい、と少年は立ち上がる。
立ち上がってよろよろと歩き出した少年を、少女は当たり前のように追いかけてきた。
「ちょっとちょっと!きみ、そんなふらふらとこんな夜の森を歩くのは危ないですよ!」
「慣れてる。あんたはうるさいからどっか行けよ。あの世とか」
「行けるならとっくに行くべきところに行ってますーっ!わたしだって、好き好んでこんなゴースト状態でバトルものソシャゲ世界に入り込んだんじゃないですからね!しかもこんな、SSR級敵キャラ勢揃いの激ヤバエリアに!メインストーリー第一章のエリアがまだよかった!」
「……帰り道がわからないなら、麓の寺に行けばいいだろ。坊さんが祈ってくれるぞ、きっと。あいつら死んだ人間には優しいからな」
生きてるやつらは無視するけど、と続けると少女は無言になった。
「かっ、帰り道がわからないわけじゃありませんから!朝になるまできみを見守るくらいできます!だから、せめて今すぐ森を歩くのはやめましょうよ!」
が、やはりぺちゃくちゃと続ける。
うるさいやかましいついてくるな、と言おうとして少女を振り返った瞬間、木々の葉の間から月明かりが少年の顔を照らす。
しろじろとした光の下露わになったのは、とろりと濃い緑の左眼と漆黒の右眼。
左右で異なる瞳を見た少女は、大きく反応した。
「き、ききききみっ!その眼っ!」
「眼?」
「もっとよく見せてくださいっ!」
飛び掛かってきた少女は、ぐわしと少年の顔を両手で挟む。
鼻先が触れ合いそうな距離で薄墨色の少女の瞳を見た少年の頬が、少し血の気を帯びる。
「ね、ねぇきみ、お姉さんに教えてほしいんですけど、その綺麗な緑の眼、誰かに欲しいとか言われたこと、あったりします……?」
「……」
一方少女は、記憶にある限り始めて他人から優しく触れられたことで薄っすらと赤面する少年のことなどまったく気がつかず、ずばずばと言葉を重ねた。
「ねぇどうなんですか?もしあったりしたら、教えてくれません?」
「な……いけど」
「よっしゃならまだ余裕ありますね!」
「だけどこの前、刀持った目つきのこわい上の兄弟子に眼玉べろってなめられた。気持ち悪かった」
「既にアルティメットド変態に目ぇつけられてるじゃないですかこのショタァ!幸うっすっ!」
恥も外聞もなさげに叫ぶ少女である。
しかし何か思い直したのか、よろよろと起き上がった。
「よーし、で、ではここで一つ。時間軸のすり合せと行きましょう」
「……あんた大丈夫か?顔色、悪くなってるぞ」
「大丈夫です!お化けだから!とりあえず、わたしは今からきみをユウティンと呼びます」
「ゆうてぃん?」
「お天気の雨に、駅亭の亭の字で、
「……わかった。名前をありがとう、お姉さん」
「んっ、ンンっ!……ちなみにわたしは、えーっと……偽名はどうしましょう……真名は名乗れないし……」
───この人……。
顔は美人になりそうなのに、頭ちょっとアレだなと雨亭は冷静に判断した。
初っ端から意味の分からない言葉を撒き散らす時点で相当だったが、とっさの偽名も思いつけずに自分の名前を名乗れなくなるのはどうなのだろう。
だったら、と雨亭は口を開いた。
多分このひとは、自分が余計なことを言っても殴らないだろうから。
「思いつかないなら、
「採用です!わたしは今日から、きみの前では
えへん、と胸を張った少女もとい蒼姐に、少年────雨亭は頷いた。
うるさいのは確かだけれど、蒼姐は自分に名前という何かをくれた。しかも、見返りもなく。
今急いで帰って休んでも、どうせ自分は明日も殴られる落ちこぼれ。
ならば、この幽鬼の少女と話をしたほうがきっと楽しい。
地面に座り直した雨亭の前に、蒼姐も座り直す。尤も彼女は、地面から少しだけ浮かんでいたのだが。
「まずですね。わたしはこの世界の未来が視えるんです……と言って、信じてくれますか?」
「……信じるけど」
「え?そんなあっさり?」
「だって、修行した天魔様なら未来もわかるって言ってた」
「お、ぉお?……クソやば武術とチート霊術入り乱れるソシャゲ世界での未来視持ちってそんなものですか……」
「蒼姐は全然外功力高そうじゃないけどな」
「何ですと!わたしがフィジカルクソ雑魚の肉弾戦性能カスだと言いたいのですか!正しいですが!」
「でも内功力は高いだろ。わかるよ、おれ」
「つまりきみに、わたしは格闘家タイプじゃなくて魔術師タイプに見えてるってわけですね。大正解ですよそれ。……マジでこの時点でもショタ雨亭って相当優秀じゃないですか。……やっぱり出会いが悪かったんですよ……」
ぐぬ、と雨亭には見えぬ何かと戦うように顔を顰めた蒼姐は続ける。
「とにかく、わたしはこの世界の未来を知っているんです。それは、一人の男の子か女の子が旅を始め、仲間と一緒に世界を救ってしまう物語みたいなものなのです。あと、ついでで魔教も滅びます」
「ついで?」
「ついでで、です。確かに魔教のボスの天魔が主人公パーティーの一人の仇なので敵ボスには違いないんですが、あくまでソシャゲでしたから。ガチな復讐モノしてたらウケないでしょ?」
「……ごめん、おれ帰ってもいい?眠い」
「待ってください雨亭くん!きみ、このままだとひっどい人生になってしまうんですよ!」
さすがに聴き逃がせず、雨亭は大人しく口を閉ざす。
死に方を選べると思っていないが、ひどいと前置きされて何も聞かないわけにもいかなかった。
「おれ、未来でどうかなるの?」
「……きみはですね。その綺麗な緑色の眼を無理やり取られて、ちょっとその……大人の言うことを何でも聞くように頭をぐちゅっとされて、何度も同じ人間を襲っては殺されかけて、最期は……最期だけ少し救われて、でも、死んでしまいます。多分、今から十年後くらいに」
「……何それ」
蒼姐は、頬を叩かれたように怯んだ顔になった。
「し、信じたくないのはわかりますけどっ!でもですね、この時期に魔教にいる緑と黒のヘテロクロミアの少年って、もうあのバーサーカー筋肉ダルマしかいないんですよっ!わたしだって信じたくないですよ!どうしてこんなツンデレイケメンになりそうな子が、将来的にはあんな傷だらけのハゲクリーチャーに────」
「蒼姐、落ち着いて。おれ、半分ぐらいあんたの言ってる意味わかんない」
「え、ごめんなさい」
「よくわかんないけど、おれってこのままだと死んじゃうんだな?禿げになって?」
「……ええ」
「禿げはやだ」
「えぇえ……」
正直、本当に雨亭には蒼姐の言葉の意味はわからなかった。
ただ、自分がこのままではろくでもない死に方をするというのだけは理解した。
毎日毎日血反吐を吐いて、誰かを殴って傷つけて涙と血を流させて、ろくなことをしていない自覚は幼いながらもあった。
しかも、禿げるという。最悪だ。
「蒼姐、おれがその禿げ何とかにならずに済む道ってあるのか?」
「それは……正解がわからないんです。……わたしが知っているのは、きみが十歳の誕生日にその眼を取られてしまうってことで………」
「え?」
「え?」
十歳、と雨亭は口にする。
青褪めた幼い顔に嫌な予感を覚え、少女は震える声を出した。
「ゆ、雨亭くん、きみって今、何歳なんですか……?その体格なら、な、七歳ぐらい……です、よね?」
「………………九歳」
「えっ」
「で、明日がおれの十歳の生誕日らしい」
「ちょっ」
「だから、明日だけは修行、休んでいいって言われてた」
「おぇ」
卒倒しそうな顔となった黒髪の少女に、少年は無表情で告げる。
「蒼姐、おれが眼を取られるの、いつだって?」
「あ、明日じゃないですかぁぁぁぁ!」
龍の咆哮のような少女の声は、雨亭の耳だけを劈いて夜の森に響き渡ったのだった。
【虚海航路】
ジャンル: バトルアクションRPG
これは七つの世界を巡り歩み、あなたの真実を見つける物語───。
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