推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


11話

 

 天魔とその娘は、あのあと帰って行った。

 蛍留(けいる)は名残り惜しげであったものの、まだ体が治り切っていないという天魔に抱きあげられたまま、彼女は去った。

 

 艷やかな黒い髪と紅い瞳の可憐な少女が小柄な少年へ向ける視線に、何がしかの熱を感じたのは臨淵(りんえん)だけでなく蒼姐(ツァンジェ)も同じであった。

 視線を注がれていた当の雨亭(ユウティン)は、ただ蛍留の体調を心配する顔をしただけである。

 

「うーん……気のせいか蛍留ちゃんの目がこわかったような……彼女、あれで主人公ガチ勢の一人と言うか……情のこわい女の子ですからね……雨亭くん、きみの瞳に蛍留ちゃんは引っかからなかったんですよね?」

「ん?……うん。何もなかったけど」

「ならまだ安心……安心ですよね?……あ、でも今の雨亭くんの翠瞳がオートの敵意センサーだとしたら、もしや害意じゃないけれど強烈な感情は見えなかったり、雨亭くんに馴染みが薄い感情に関して鈍かったり……ええと……考えても現状キリがないので安心と言うことにしましょう!はい!それでは武術大会の話を!」

 

 くるり、と火の玉が宙で宙返りし、水色の衣の少女へ転じる。

 鬼火から人型への転身を見て、臨淵も目を丸くした。

 

「俺にも見えるようにしてくれたのか、蒼姐」

「だってこうしないと一緒に話がしにくいでしょう?鬼火のときより疲れるので、ずっとはできないのですが。でも臨淵はわたしとかなり相性がいいほうですから、普通の人とこうするよりは疲れませんよ」

「相性があったのか。……雨亭とお前が難なく話せているのは、相性がいいせいか?」

「そうですねぇ。今のところ、相性最高値ですよ。まぁ、こればかりは生まれつきでほぼ決まってしまうものだから、如何ともし難く。雨亭くんに見つけてもらうまで、わたし、かなり長い間さ迷っていましたからねぇ」

「お前が雨亭に拘るのは、それが理由か?」

「いえ、普通に以前から雨亭くんのことが好きだったんです。出会ったときはこの子がそうだとはわかりませんでしたが」

「……そうか」

 

 考えるのを一先ずやめたらしい臨淵は、庵の円卓についたまま腕組みをした。

 

「武術大会の話だったか。雨亭、何故黙っていたんだ?」

「……気がついていませんでした」

「……なるほど」

 

 俯き気味に答えられ、臨淵は目を瞬く。

 雨亭は落ちこぼれと言われ続けていたらしいので、そんなこともあるかと青年は納得する。

 

「確か、十歳から参加が認められるんだったか。十歳から十五歳の違いは、人間の中では大きいんじゃないのか?」

「それはそうですが、稀に逸材、もしくは天才鬼才はいるでしょう。十の子が、戦士になりつつある十五の少年少女を打ち負かすこともなくはないのでは?」

「……四大魔人の流喬(りゅうきょう)様の直弟子の誰かが、そんなことを言ってたと思います。十歳のときに出て、十四歳に勝ったから弟子に引き抜かれたって」

「やはりスカウトマンもいるってことですか。武器の使用もありですからね、あの大会。ハルバード対拳で拳が勝つとかいうよくわからない展開もあったとか」

「蒼姐、はるばあどって何?」

「えーと……方天画戟ですかね?」

「えっ」

 

 何でそれで拳が勝てるのかと雨亭は思うが、そこで勝てる武人を探してこその武術大会なのだろう。

 魔教と不可侵協定を結んでいる正教と星雲軍(せいうんぐん)も、この大会には人材探しで訪れるときがあると聞く。

 塵扶(じんふ)を実質三分割して治めている三勢力が、最も平和的に集う場が今回の武幼練大会であった。

 

「とはいえ平和と言っても、魔教に恨みを持ったどこぞの誰かによる暗殺計画とか、お忍びで来ている星雲軍の将軍を狙った襲撃とかがないわけじゃないのですが。その上で、閉鎖するより開催するメリットが大きいからやるのでしょう。塵扶編でも襲撃ありましたけど、普通に魔教と主人公に薙ぎ倒されて大会続行しましたし」

「それにおれが出たとして、勝てると思えないんだけど……」

 

 話はそこに戻る。

 臨淵により、雨亭が勝てば自由にすると天魔から口約束をもぎ取ったわけだが、前提勝てる算段がない。

 十歳の雨亭は大会最年少枠であり、弟子の頃から訓練では叩きのめされっぱなしである。

 

「……俺から見て、雨亭は回避と見切りに関しては光るものがあるが……確かに剣や槍の才能はないな」

「ないですよね。独眼呼(どくがんこ)のステータス覚えてますが、メイン武器であるはずの剣と槍の適正値最低でしたから。……適正最低値の武器を振るわされていた辺り、闇ですけど」

「独眼呼とは誰だ?」

「あーっと……覚えちゃ駄目な人の名前です!」

 

 臨淵にじろりと視線を向けられ、おたつく蒼姐の話は毎度の如く半分以上わからないが、師匠の話と合わせればわかった。

 要するに、雨亭は剣と槍が下手で弱い。

 剣と槍は、魔教でも修得者が多い。

 四大魔人の胡陀(こだ)や流喬は曲刀と大剣を使うが、彼らも剣から学び始めて己に合う武器を選んだ。

 四大魔人残りの二人は、片方が槍使いで片方が毒使いだが、毒使いも剣の熟練者であったはず。

 

 二大武器に適正がないとなるとその時点で道が狭くなるし、臨淵は槍以外の武器となると。

 

「記憶にある限り、俺は槍しか握ったことがないんだ……」

「知ってましたぁ!あなたって天命宝器も槍だし、とにかく長柄武器に才能振られすぎて他の適正低いですから!」

 

 あー、と蒼姐が頭を押さえて唸る。

 と、そのまま唸り続けるかと思いきや、彼女は頭を上げた。

 

「雨亭くん、牢獄で胡陀に襲われたときですが、あのときってどうやって凌いだんですか?わたし、きみが胡陀を怯ませてくれたのはわかったんですが、何をしたのかがあまり見えてなくて。武器なんて持っていなかったですよね?」

「あのとき……」

 

 胡陀に眼を抉られかけ、すんでのところで臨淵に助けられたあのときのことである。

 雨亭は思い出すように目を細めた。

 

「あのときは、胡陀……様が割った粥が入ってた器があっただろ。食べながら大きめの破片一つ手に隠して取って、曲刀が抜かれるのに合わせて投げたんだよ」

「え、そんなことしてたんですか!食べながら?」

「うん。胡陀様が陶器の器を使ってくれて助かった。眼に当てたかったんだけど、それは無理だったろ?でも、一回でいいから曲刀を空振りさせたら、蒼姐が転身して逃げられる隙ができるから」

「……い、色々ツッコみたいですけど、どこからツッコんでいいのか……。わたしあのときキレてるばっかりで何にもわかってなかったのに……そこまで考えてたんですか?」

「考えてたというか……他に方法わからなかったし……でも、警戒されて最初から二刀抜かれてたら無理だった。完全にあっちがおれを雑魚と思ってたから助かったんだ。蒼姐、動きが見えない読めない相手に殺気出したら駄目だよ。運が悪いと殺されるから。腹が立っても我慢しなきゃ」

「それは本当に肝に命じます……」

 

 言いながら、蒼姐は臨淵を見る。

 青年は考えるように顎に手を添えた。

 

「お前は……こう言ってはなんだが、暗殺者に向いているのかもしれないな」

「え」

「あくまで能力の話だ。勧めていない」

「……師匠、もしかして暗器の話をしてますか?」

「ああ。投擲武器を使ったことはあるか?弓矢は?」

 

 いえ、と雨亭は首を振る。

 

「ありません。小石を投げて鳥を取るくらいでした」

「それ相当上手いのでは……?」

「……雨亭、お前の霊性は何だ?」

「水です」

「水か……」

 

 あらゆる生き物は、生まれつき基礎の七霊性に分けられる。霊力が操れず、巧力に目覚めない者でも、霊的な特徴は備えているのだ。

 木、火、土、金、水、風、空のうちの一つの名を少年は口にし、青年は呟く。

 

「俺は風だな。水と相性は悪くないから、教えられることはある。蒼姐はどうだ?」

「わたしは火ですね。やっぱり雨亭くんとは正反対の属性でしたか」

「え、蒼姐、火属性の火で冰蘭華(ひょうらんか)様の氷を消してたのか?あれ、氷の炎かと思ってた」

「違いますよー。あれは火の炎です。わたし氷属性は全然ですよ」

「水と火じゃ相性一番悪いだろ。当たれば人間が凍りつくくらい強い攻撃だったのを火で?」

「たかが桶一つ分の氷で山火事を消すのは不可能でしょう?」

「……」

「……」

 

 さらりと事も無げに答える少女に、師弟は黙る。

 えっ、と少女が狼狽えた。

 

「いやでもあの……あれって相当長いこと溜め込んだ力を使っただけで、今は空っ欠ですほんとです。元から夜にしか使えないし!」

「夜?火は陽の霊気に満ちているだろう。なのに、陰の気が強い夜にしか使えないのか?」

「蒼姐は、夜の間だけ気配を消す術使えるって言ってたよな」

「こんなときに協力しないでくださいそこ二人っ!単にわたしは夜型なんですー!はいっ!わたしの話は一旦やめ!雨亭くんに武器を探すって話を続けましょう!武術大会までは半年しかありません!可能性があるなら大会出るんでしょう!」

 

 ぱんぱんと蒼姐が手を打ち鳴らし、臨淵は何か言いたげな顔をしながらも雨亭の方を見た。

 

「雨亭、明日は街に行こう。今、街には俺がよく知っている武器商が来ているはずだ。そこでお前に合う武器を見つけよう。【天命の武器】の選定もしたことないんだろう」

「はいっ」

 

 うん、と臨淵は頷き、少し躊躇ってからとすりと雨亭の頭に手のひらを乗せた。

 今度は、雨亭はびくりと跳ねなかった。ただ、戸惑ったように青年を見上げる。

 

「師匠?」

「今日は天魔もいる中、よく頑張った。これからも、そういうことがあったとき俺はお前の頭に触れる。構わないか?」

「構いません、けど……」

 

 撫でられながら、雨亭はもの問いたげにちらりと蒼姐を見る。

 

「あーっ!あっ、あー……っ、いいです、ほんとにイイぃ〜!絵面が最っ高……!カメラがないのが悔やまれすっ……ぅ、ううゔゔゔゔぅ……」

「…………」

 

 絶妙に人語を話せなくなっている少女はそっと見なかったことにし、少年はただ目を閉じてあたたかくてやさしい手のひらの感触を覚えた。

 

 

 

■■■

 

 

 

「雨亭くん、起きてますか?」

「起きてるよ、蒼姐」

 

 明日は早く出るから早く寝るように、との師匠の言葉で、いつもより少し早く寝床にもぐり込んだ少年の耳元で、そう鬼火が囁いた。

 一人と一つの鬼火は、現在同じ寝床を使っている。

 といっても、現在の住まいである庵は厨を除けば客間兼居間と寝室の二部屋しかないので家主の臨淵も同じ部屋なのだ。

 天魔父娘の突然の訪問で読みたい書物が残っているという臨淵の寝台は、まだ空のまま。

 そこからちょうど反対側の床に敷いた布団の上に、雨亭は寝転がっていた。

 枕元には、光を抑えて熾火のように微かに瞬く蒼姐がいる。

 

 最初のうち、蒼姐は雨亭や臨淵の寝顔がどうのと光輝いて眩しすぎたが、最近はようやく落ち着いたのか光量を調節できるようになっていた。

 尚、部屋に鬼火が飛ぶことについて、臨淵からは灯火の油を節約できると好評だった。墓場で野宿したこともある旅人は図太かったのである。

 ぽぅと蒼白く光る鬼火は、少女の声で続ける。

 

「雨亭くんは、武術大会に出ること、怖かったりしますか?」

「ん?そんなことはないけど、どうして?」

「……雨亭くんは……もしかしたら……戦うのは怖いと言うか……嫌いなのかなと思いまして。変態とはいえ、魔人相手に立ち回ってわたしを逃がせたきみが、落ちこぼれと言われるのは何だか……おかしいと言うか……」

 

 仰向けになっていた雨亭は、蒼姐の声にころりと転がってうつ伏せになり、肘をついて蒼姐を見つめる。

 鼻先が触れ合いそうな距離になるや、ぴぃ!と変な悲鳴を上げられた。

 天井近くまで飛んでしまった蒼姐を、雨亭は呆れた目で見上げる。

 

「蒼姐はいつになったら間近で師匠やおれの顔見ても悲鳴上げなくなるのさ……最初なんておれの顔触ってたのに」

「あ、あれはきみがきみだと気がついてなかったからで……!す、すみません結構慣れたんですが、ふとしたときが不意打ちで……多分五年ぐらいしたら完璧に慣れます……!」

「十五歳のおれじゃ顔変わってるんじゃない?……それで何だっけ?戦うことが嫌いか、だっけ?……好きじゃないけど、平気だよ。やらなきゃいけないからやるし、怖くはないよ」

「なら、どうしてわたしと出会ったときのきみは、あんなに傷だらけだったんですか?」

 

 その問いに、少年の両眼がふつりと昏くなった。肘をついて、床の上に起き上がって座る。

 

「蒼姐、ここだと戦いは一回勝てば終わりじゃないんだ。勝てば恨みを買う。だったらさ、最初から勝たないほうがマシだった」

「……勝てる人にも勝とうとしなかった、と?」

「おれに剣や槍の才能ないのは確かだし、避けてばっかりだから勝てるとは言えない。けど……うん、確かに、あそこまで一方的に殴られる前に避けることはできた。だっておれ、眼はいいから。でもさ、そうしたらもっと強いやつや怖い大人が来るだろ?それが怖かったから、多めに殴られてたのは本当。殴れたら満足するやつ、多いからな」

 

 とん、と雨亭は翠の眼を瞼の上から軽く叩いた。ふわり、と蒼姐がその前へ降りてくる。

 

「蒼姐、ここには親やきょうだいや、師匠や弟子や、友人や、他にもたくさん人の繋がりがある。名前もない、どことも繋がれない人間は、どうしてもその繋がりに傷つけられる。……名無しのおれが勝ったって、誰も喜んでくれないしな。……そこで全員打ち倒すぐらい戦うことが好きで得意だったならよかったんだろうけど、おれはそうじゃなかった。そうはなれなかった。殴られるのも蹴られるのも痛いだろ?だから、落ちこぼれなんだよ」

「……」

「……まぁ、ちょっと前に急所外して蹴られたり殴られてたりしてたのがバレてさ、生意気だって最近は食べ物を取り上げられるときが多くなってたから、そのうち体力なくなって終わってたろうな。だからやっぱり、おれは強くないんだよ……師匠は、期待してくれてるみたいだけど……」

「えぇえ!」

「ほんとあれドジ踏んだなって思ったよ。上級弟子の眼力舐めてた」

 

 あはは、と自嘲するような笑い声を漏らした少年の周囲を、ぶんぶんと鬼火が舞い飛んだ。

 

「笑い事じゃありませんよっ!そりゃ雨亭くん小さいわけです!使う度翠瞳に体力吸われてる上にそんなことになってたんですかっ!」

「お、怒らないでって。おれがしくじっただけだし、今は平気だろ?」

「おーこーりーまーすっ!きみが怒ってないことに怒りますっ!臨淵に言いつけます!」

「何で師匠!師匠関係ないだろ!」

「あるに決まってるでしょうが!師匠という言葉の意味を辞書で引き直してくださいっ!」

 

「賛成だな」

 

 少年と鬼火だけの部屋の戸がすぱんと開かれる。扉の向こうには、寝間着姿の青年が半眼で立っていた。

 

「し、師匠……」

「まったく……何を騒いでいるのかと思ったら……雨亭、早く寝ろ。蒼姐もこいつの(あね)なら夜に騒がせたら駄目だろう……」

 

 とす、と雨亭の頭を軽く撫でるように一度触れて、臨淵は寝台に横たわってすぐに寝息を立て始める。

 

 少年と鬼火は顔を見合わせた。

 どこまで話を聞かれていたのだろうか、と。

 

 ほどなくして、ふつり、と部屋の中で瞬く光が消える。

 小さな庵は、穏やかな闇に閉ざされたのだった。

 

 





Q. 独眼呼(どくがんこ)はストーリーであれだけ主人公たちと何度も戦った強敵なのに、何故魔教側からは【出来損ない】【塵】【落ちこぼれ】などと言われているのですか?

A. 彼の基となった人間は性格が魔教に向いておらず、自我が不要と判断されたからです。

【虚海航路】一周年記念/一問一答コーナーより
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