推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


22話

 

 

 子明(しめい)────縄鏢は、分類としては暗器である。

 黒縄の先端に、投擲武器の鏢が括り付けられた単純な作りの武器。

 単純ゆえに、変幻自在に操れると臨淵(りんえん)は教えてくれた。

 夢の中に現れては使い方を教えてくれる子明の内側にいる『誰か』、名前を教えてくれない『その人』も、同じことを教えてくれた。

 きちんと使えれば、一人で大勢を相手取ることも、人を護ることもできる、と。

 まるで、自分が過去にそうしたような口調で。

 

 とはいえ、剣という鋼の塊に大して、鏢という小さな刃物があまりに軽いのは事実である。

 剣だけでなく、槍の間合いを掻い潜って距離を詰めるのが並大抵でない。

 

 それでも、何とかかんとか雨亭(ユウティン)は負けなかった。

 

 大会が半分ばかり進み、子どもらの数も半分になった頃、ひょっこりとレーニが現れた。

 待機場所の隅で思いきり遠巻きにされている雨亭に、ひと目で異国人とわかる色白の少年は何のためらいもなく近づいて背中を勢いよく叩く。

 

「やぁ、雨亭(ユウティン)!見てたけど、君の相手、皆やりにくそうにしてるよね!」

「……暗器使いが、元々あまりいないから」

「それは大きいよね。剣槍拳の想定はしてても、縄鏢はね」

「弓も同じだろ。レーニ、あんた弓で相手を殴ってるけどあれはいいのか?」

「いいも悪いも、何のために俺が無理してこの【コルニクス】に金属を使ったと思ってるんだい?木と金属の接合がほんっとうに大変だったんだよ。メヘラスの人形師にまで聞きに行かなきゃ上手いことくっつけられなかったんだ」

「……最初から殴る前提で弓作ったのか?」

「前に言っただろ」

「言ってない絶対」

 

 弓は鈍器じゃない、という一言は、実際に相手を弓で殴り飛ばして沈めているレーニの技を見たら負け惜しみにしか聞こえなかった。

 尚、距離を取ったら取ったで正確無比な【土】霊性で編まれた矢による射撃が飛んでくるのだから、本当こいつの相手は嫌だと雨亭は唸る。

 

「君も人のこと言えないだろ。真正面から突っ込んでも翠眼で避けられるし、武器は引っ張られるし、死角から水魔力に包まれたえぐい曲がり方する子明が飛んでくるし、近寄ったら力を逆に利用されて投げ飛ばされる。君の相手は皆凄くやりにくそうにして負けてってるよ」

「……相手の嫌がることをしろ、自分の得意なことを押し付けろって師匠が」

「なんだ。臨淵さん仕込みか。先生と同じこと言うんだね」

 

 あははっ、とレーニは笑い、雨亭はただ肩をすくめた。

 大会の中で最年少枠の雨亭は、小柄で背が低く力も弱い。普通の拳や蹴りの威力は低いのだ。

 相手の力を受け流しつつ、利用して投げる技が多くなるのは、こうなると必然だった。臨淵もそれを知っているから、柔術を仕込んでくれている。

 あとは、向こうが初めから雨亭を格下に見ているのも大きいだろう。

 雨亭は如何にも小さく痩せた見た目な上に、魔教にいた頃の評判は『落ちこぼれ』や『野良犬』に『名無し』。

 そこに『恩知らず』や『罪人』や『鬼火憑き』が加わったところで、強くなったふうには思われない。

 

 格下と侮る相手の不意を突くその作戦も、もう続かなくなるだろうが。

 

「ま、これで君を舐めて負けてくれる輩はもういなくなったろうね。だって君は、君が強いって自分で証明したんだからさ」

「何でレーニは嬉しそうなんだ」

「君の眼は仮にも龍神の骸だろ?神は信仰で力の増減があるんだから、注目されるようになった君の眼も何某か強くなったりしないかなって」

「……うそだろ?」

「嘘じゃないよ!塵扶の龍は地形を変えるほどの激流を操り、山を薙ぎ払うほどの光を撃ったそうだし!ねぇ、その眼もっとピカって光って何か出たりしない?見たい!」

「そんなびっくり人間に誰がなるか!」

 

 笑顔でじりじり来るレーニの脛を蹴っ飛ばす雨亭であった。

 眼から光線は、蒼姐(ツァンジェ)がいつだったかぽつりと漏らした一言だ。

 いくら蒼姐の言葉でも、さすがにそんなもの出したくない。

 今でさえ翠眼は使うと腹が減るし、あまり強すぎる力を見てしまうと頭が痛くなるし、下手をすれば失神するし、大量の人間に一度に見られても目眩がするのだ。

 今以上の何かしらがくっついた場合、どう考えても燃費が悪くなりすぎる。

 負の感情の察知、生命体の探知精査と透視能力、体の頑丈さ、治癒能力の強化という恩恵で十分である。ありすぎる。

 眼から光線は確実にいらない。どうして眼で何かを薙ぎ払わないといけないのだ。

 

 しかし、今もわくわくの顔をしたレーニは龍がかつて放ったという光が見たいらしい。禿げにしたい山でもあるのか。

 ブリギッドが容赦なく弟子に鉄拳制裁していたのはこういうことかと、拳を構えながら雨亭は思った。

 

「おっいいねぇ、俺とやり合う気かい?雨亭と戦うのは最後がよかったけど、俺は今でも構わないよ?」

「違うそうじゃない!レーニわかってて言ってるだろ!弓下ろせ!」

 

 【コルニクス】という名前らしい漆黒の弓を、満面の笑顔で握るレーニである。

 魔教からの参加者でもないのに勝ち続け、騒ぐ二人は、当然ながら周囲の注目を集める。

 子明とコルニクスを二人の少年が構えたとき、なぁ、と声がかかる。

 振り返れば、背の高い明るい茶色の衣の少年であった。

 あ、と雨亭は少年を見て思い出す。

 数ヶ月前、胡陀に唆されて鬼火祓いの符を山へ持ち込んだ槍使いの少年である。目元の涼やかさには覚えがあった。

 が、自分が体当りして肥溜めに突き落とした相手の登場に、雨亭はびくりと肩をはねさせる。

 如何にも気弱そうなその姿に、槍使いの少年は不機嫌そうに目を細めた。

 

「お前、雨亭(ユウティン)だろ?俺を覚えてるみたいだな。俺は地玄(ちげん)だ」

 

 不機嫌そうな少年から初めて名乗られた名前に聞き覚えがあり、束の間雨亭の動きが止まる。

 硬直した少年をどう見たのか、二人の間に割り込むようにレーニが朗らかな声を上げた。

 

「ああ、君か!仲間と一緒に雨亭にちょっかいかけて泣かされたってのは!」

「!?」

 

 ぎょっとして雨亭は隣のレーニを見上げる。

 口元だけが笑って、目が笑っていない少年がそこにいた。

 何より、雨亭はレーニに山中での出来事を話していない。

 

「俺、雨亭の姉さんから聞いていたんだよね。地玄、君は次の雨亭の対戦相手だろ。探りにでも来たのかい?」

「えっ!?」

 

 蒼姐があの喧嘩騒ぎをレーニに喋っていたのも驚きだが、次の対戦相手が地玄であるのも驚きだった。

 地玄の名は蒼姐から聞いたのだ。

 彼女の【未来予知】の中には、彼の名前もあったから。

 将来的に、彼とその【姉】は魔教の側にありながら【主人公】というこの七世界の特異点になり得る少年か少女に協力してくれる人間になるそうだが、現在の彼は喧嘩を吹っ掛けて来た上嫌な符を持っていた先輩という認識しかない。

 

「地玄は魔教の中の数少ない常識人寄りなので、できれば出会っておきたいんですけど……時期的にまだミニバトルジャンキーのオラオラ弟かもしれませんよね……彼が変わったのは、少年の頃に無様に負けたからって武器のテキストにありましたけど、雨亭くん、地玄って名前の子、知ってますか?」

 

 そのとき、地玄の顔を知っていても名前を知らなかった雨亭は知らないと答えた。

 今、地玄に名乗られ、ようやく本人と蒼姐から聞いた名前が結びついたのだ。

 敵と思わずに眺めた地玄は、客観的に見て整った顔立ちをしていた。

 目元は涼やかで、つんと上向いた鼻は山吹色がかった黒い髪とよく合っている。

 彼はその髪を馬の尾のように束ねており、瞳は黄玉のようだった。

 

 まぁ、数ヶ月前の雨亭はそんな少年を肥溜めに突き落として諸々をどろどろぐちゃぐちゃにしたのだが。

 

 気のせいかもしれないが、蒼姐が【未来予知】の中で名前を覚えている人々は皆、顔が整っていると現実逃避気味に思う。

 臨淵やブリギッドは言わずもがなで、隣のレーニも性格はともかく整った顔立ちをしているのは間違いなかった。

  

「……俺は客人(まろうど)のお前に話しかけに来たんじゃない。用があるのは雨亭だ」

「へぇ、その割に雨亭が一人でぼんやりしてるときは近寄ってなかったみたいだけど?大方、一回負けた記憶が邪魔したか、黙ってる雨亭が薄気味悪くて、話しかけられなかっただけじゃないかい?」

「なっ……!」

「安心しなよ。雨亭は特に何も考えないで、ぼうっとしてただけだろうから。君なんて、最初から眼中にないだけさ。だろ?」

「だろじゃない!ここで話振るなんて鬼かっ!」

「あはははっ!鬼火の姉さんと一緒にいる君に言われてもねぇ!それでどうなのさ。雨亭、君、地玄を知ってたのかい?」

 

 今初めて名前を聞いた雨亭は応えられず、地玄へ視線を向ける。

 

「……その、あれから熱とか出なかったか?」

 

 山中で引っ張り回して擦り傷切り傷だらけにした挙げ句、肥溜めに突き落として追い返すのは、やり過ぎだった気がしないでもなかった。

 とはいえ、あの状況なら雨亭は何度でも同じことをするだろうが。

 

「俺たち五人とも、誰も熱なんて出てねえよ。……聞きたいことがあるんだ。お前、あのとき白楽(はくらく)の弓持ってっただろ。あれ、どうしたんだよ。弓はあいつの宝器だったんだ」

 

 白楽とは、恐らくあのときの短弓持ちの少年のことだろうと思いながら雨亭は答えた。

 

「……壊した」

「は?」

「弓も矢も矢筒も、壊して谷川に落とした。場所なら覚えてるけど」

 

 地玄は一度だけ、黄玉色の眼を瞬いた。

 

「そうか。なら仕方ない。白楽にはそう言っとく」

 

 雨亭は目を丸くする。

 さらりと答えた地玄からは、何の敵意も感じなかったためだ。戦意はあるが、悪意がない。

 少年は鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「何驚いてるんだよ。俺たちはお前に負けたんだから、負けたやつの物を勝ったお前がどうしてようが文句なんか言わねえよ。気になっただけだ。それと、次はもう負けねえって言いに来た」

 

 さくりと、小麦菓子のような軽い裏表のない地玄の言葉に雨亭は頷き、レーニは肩をすくめた。

 

「なーんだ、ただの挨拶か。でも、雨亭は俺と決勝で戦うって約束したからそれは無理だよ。……ってちょっと!雨亭!痛い痛いって!何で俺を叩くんだい!」 

「ちょっと!あんたは!うるさい!」

 

 天井知らずに煽るレーニの腰の辺りをばしんばしんと引っ叩いてから、雨亭は地玄を見上げる。

 

「名乗ってくれて、ありがとう。おれはあんたの言ったように雨亭だ。だからあんたには言うけど、第二位魔人様の言う事はできるなら聞かないほうがいいと思う」

「え、胡陀(こだ)様のことか?何でだ?あの人、魔人様たちの中で一番優しいだろ?」

「その優しい人間に唆されて、どうなったんだい?言い訳できないぐらいに雨亭に負けたんだろ。君たちがどんな話を聞かされたか俺は知らないけど」

「っ……!」

 

 頬に朱を上らせた地玄から、雨亭は慌ててレーニを引っ張って引き離す。

 待機場所を飛び出し、闘技場の地下へ続くひと気のない回廊の端に行ってようやく、雨亭はレーニの腕を離した。

 

「レーニ、どうしたんだよ。あんた、愛想よく振る舞うのはうまいだろ。何であんなに煽るんだ?」

 

 灰色の瞳の少年は、不満そうに口を尖らせた。

 

「だってさ、あいつらは君の姉さんを消そうとしたんだろ。俺だって愛想する相手ぐらいは選ぶよ。友達の身内に手を出そうとしたやつらなんて、俺は嫌いだね」

 

 べぇっ、と舌を出すレーニである。

 雨亭は、何度も目を瞬かせた。

 

「友達……」

「えっ、そこ?ここ半年の半分ぐらい顔合わせてたのにそこ引っかかるのかい?」

「いや、改めて考えたことなくて……そうか」

「そうだよ!これで友達じゃないとか言われたら、勝ったやつが負けたやつの言う事何でも一個きくのを条件にして君に決闘吹っかけてたよ!」

「それおれが決闘受けて自分が勝つまで追いかけ回す気だろ!」

「もちろん!」

「もちろんじゃないっ!おれに拘るのは龍眼があるって理由だけだと思ってたんだよ!」

 

 レーニには龍眼が雨亭の人格や性格に与えた影響に興味はあっても、雨亭個人への興味や情は薄いと思っていたのだ。

 龍眼は雨亭へ向けられる負の感情を見せてくれるが好意は教えてくれない。

 正の感情を感じ取るのは、雨亭本人である。

 レーニは、不満そうに口を尖らせた。

 

「確かに、俺が君に最初に興味を持ったのは龍眼があったからだけどさ、龍の瞳は今や君の一部でもあるんだ。なら、君個人に俺が関心を持つのは自然じゃないかな?」

「……?」

「えぇ?これでもダメ?どう言ったら伝わるのかなぁ?……とにかく、俺にとって君も君の姉さんも友人だから!一緒にいたら絶対に退屈しなさそうだし!」

 

 きらめく瞳を向けられて、雨亭はかくりと首を傾げた。

 

「嬉しいけど、でも、あんたの友情は、おれにはきっとまだ難しい……」

「蒼姐さんにも似たようなこと言われたなぁ。『さすがパーソナリティ難解キャラ筆頭格!星五キャラかつメインスト限定イベスト両方網羅して親密度MAXにしないと性格が読みきれない鬼仕様!ソシャゲでお出ししていい性格してませんね!』って。どういう意味かわかる?」

「ごめん、わからない。……というか、レーニは蒼姐の言葉全部覚えたのか?すごいな……おれ半分くらいしか覚えられないのに……」

「うちの先生の大雑把と比べたら君の姉さんはやさしいよ。でも固有名詞っぽい言葉が多すぎて、結局あんまり意味わかんないけどさ」

「……おれたち、何の話ししてたんだっけ?」

「何だろ。割りとどうでもいい話だよ」

 

 雨亭の肩を宥めるように叩いて、レーニは頭の後ろで腕を組んだ。

 

「ま、細かいことはこのどす黒い場所を出てからにしようよ。俺も戦いは好きだけど、弱いから何でも奪っていいってのは好きじゃないんだ。ここの空気は俺にも君にも合ってない」

「……なぁ、おれたちはまだ塵扶を旅するけど、レーニはブリギッドさんと別の世界へ行くんだろ?また会えるのか?」

「音信不通だったらしい先生と臨淵さんもまた会えてるんだし、自由に生きてればどうとでもなるって。星舟に頼めば手紙のやり取りだってできなくはない」

「そっか」

「そうそう。気楽に行こうよ」

 

 からりと笑ったレーニは、腕を下ろして踵を返した。

 

「もう次の試合だし、戻ろうか。俺の次の相手は黃天(こうてん)って女の子だったんだよね。楽しめるかなぁ」

「……レーニ、その人は地玄の姉だ」

「えっ」

「確か、毒手で匕首使いだったはず」

「毒か、毒……土の毒以外の毒となると……」

 

 ぶつぶつぶつと唸り始めたレーニと回廊を渡りながら、雨亭はふと前を見る。

 十数歩先の位置に、緑の服を着た男が一人佇んでいた。

 縦に無理に引き伸ばしたような長身だが、横も相応に太い。顔は俯きがちでよく見えなかったが、何の敵意も感じ取れなかった。

 

「お二人とも、次の試合の時間でございます」

 

 感情が読めない平坦な言葉からも、何も感じず、だから雨亭は特に疑うことなく一歩踏み出し────。

 

「待って!」

 

 強い力で肩を掴まれて引き戻され、雨亭の体が泳ぐ。

 かちり、と聞こえた不自然な音。

 男が、ぎぃと音を立てて首をもたげる。

 見えたのは、異様にぬらりとした艶のある顔。からくり人形の手足にあるような不自然な継ぎ目。

 同時に、男の背後に現れた地玄の姿。

 レーニと雨亭を見た途端、少年はこちらに駆け寄りながら、不機嫌そうな顔で何かを言おうと口を開いた。

 

 地玄には、男の顔が見えていない。

 

「馬鹿ッ、来るなッ!」

 

 叫んだレーニの肩越しに、雨亭は見た。

 十数歩先で、男の体が膨れ上がる。

 手指がめりめりと内側から膨張し、火と風の霊性がどろりと空間に満ちる。

 顔がひび割れ、体がひび割れ、火薬と金気の臭いが鼻を突く。

 

 少年たちがその場から逃げるよりも早く。

 

 狭い地下回廊の中で、男の体が爆発する。

 炎と熱風と金属片が、回廊を粉々に砕き、大地を砕いて落とした。

 




白楽、黃天、地玄の名前の由来はお察しください…。
尚、レーニのネーミングセンスはそのまんまです。
フィーリングというか、名前は秒で決めるタイプ。

そして眼からビームはガチで要らん主人公。

あと4話とか抜かしましたが、普通に計算間違えました。
もう数話要ります。申し訳ございません。

それから、この作品にて現在pixiv様で開催中の【異世界・中華・和「ベスト相棒」小説大賞!】コンテストに参加しました。
内容はほぼ変わりませんが、応援してくださるととても嬉しいです。
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