推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

24 / 43
感想、評価、誤字報告下さった方々、ありがとうございました。

では。


24話

 

 

「何で俺が、お前らなんかと手を繋がないと行けねぇんだ……」

「しょうがないだろ?多少目は見えてるけど、俺も君も何がどこから来てるかなんてろくにわからないんだよ。その点雨亭(ユウティン)なら、周辺一帯の敵全部察知してくれるしね!」

「二人とも今すぐ声を落とせ」

 

 そこは霊性に目覚めた人間であっても、向きあった互いの姿が朧に見える程度の暗闇だった。

 岩が剥き出しの元修行場を、三人の少年が歩いていた。

 先頭を歩くのは、蛍のように淡く光る翠の片眼を光らせる最も小柄な少年、雨亭。

 その後に雨亭より頭一つ高い魔教の少年、地玄(ちげん)がおり、そのさらに後に地玄より頭半分は高い他世界の少年、ク・レーニユ。

 不運と悪意によって、空間のずれた地下迷宮へ落ちた彼らは、外を目指して歩いていた。

 

 が、この暗闇でまともに目が見えてかつ道を選べるのは雨亭だけである。

 

 しかも地下には、ここが封鎖される原因となった理性のない怪物が徘徊している。

 その怪物を遠くからでも探知できるのも雨亭だけとくれば、先頭になって導くことになるのは当然だった。

 暗闇だろうが岩や水などの障害物があろうが、自分に向けられる負の感情や生命体の数を感じ取れる雨亭の眼は、暗闇の地下迷宮と相性はいい。

 ただし、使えば使うだけ体力も消費される。

 重ね掛けされて勝手に発動している暗視能力もあり、時間が残り少ないのは誰より本人がわかっていた。

 雨亭は、能力のどれか一つを自在に切ることができないのだ。

 

 強制的に能力を完全に断ち切るには、気絶するか眠るか、レーニがくれた眼帯で眼ごと封じるかの方法しか今のところない。

 雨亭の意識がある限り、翠瞳は際限なく力を使う。調節できるのは力の加減だけだった。

 使わなければ詰んでいた場面も何度もあるし、そも翠瞳がなければ雨亭はとうに死人だったらしいが、頼りすぎてはならないのだと改めて感じる。

 

「雨亭、ここは虚海に近づき過ぎたから封印されたって話だけど……俺たち、下に向かってない?」

「そうだけど?」

「おい、まさかここから出る方法って……」

「最深部から虚海へ潜って外へ出る」

「正気か!?触れたら忌みものになっちまうだろうが!」

「ならない。させない」

 

 神経を尖らせているために、いつもよりぶっきらぼうな口調になっている自覚はあったが余裕がないのだ。

 姿こそ見えないが、暗闇には確実に【何か】かいる。

 不意に、左眼の奥が激しく痛んで雨亭は足を止めた。

 岩の隙間の細い一本道で急に足を止めた雨亭の肩に、地玄の腕が激突する。

 

「おまっ────」

「黙って、静かにしゃがめ。息も低めろ。()()()

 

 途端、コルニクスを握りながらレーニは岩の隙間に隠れるようにしゃがみ、地玄も渋々の顔で膝をつく。

 ほどなくして、何か重いものを引きずる音が近付いてきた。

 

 ずるり、ずるりと暗闇の奥から響く音に、地玄が口元を押さえ、レーニは長弓コルニクスを握る。

 子明を構える雨亭には、【何】が来ているのかが見えていた。

 

 それは、ぼろ布を引き摺って歩く人に見えた。

 瞳は白目が失せて漆黒に染まり、着ていたであろう衣は布切れとなっている。

 顔の皮が一部削げ落ち、鼻も瞼もないのっぺりとした顔で、筋肉と骨を露わにしたまま歩いていた。

 不気味なことに、その有り様でも腐臭がしない。

 明らかに生きているとは言えないのに、人形は前へ前へ歩んでいる。

 ずるり、ずるりという踵を引きずる足音が消えてようやく、雨亭は肩の力を抜いた。

 

「もう歩ける。進もう」

「あ、ああ……。なぁお前何が見えてたんだ?ぼんやりしてたけど……人、じゃないのか?」

「人の形はしてる。でも、もう忌みものだ。あれはどうにもならない」

「地玄、忌みものはもう手の施しようがないよ。さっさと行こう。雨亭の眼の性能はわかっただろう?」

「……まぁな」

 

 そこからは、地玄の刺々しさも少し和らいだようだった。

 ここに虚海が染み出したとき、地下には一体何人がいて、何人が閉じ込められたかはわからない。

 が、言えるのはその閉じ込められた彼らは雨亭や地玄より遥かに階級の高い弟子だったことだ。

 彼らがそのまま忌みものに堕ちたなら、太刀打ちできるわけがない。

 

「ねぇ雨亭、今って声を出しても大丈夫かい?」

「……多分。声が届く範囲には忌みものはいない」

「そっか。なら質問だけど、君が今向かってる出口って誰に教えてもらったんだい?」

蒼姐(ツァンジェ)だ。……未来が見えるらしい。だから色々教えてくれる」

「そんな意味わからない理由で俺たちを連れ回してるのかよ!落ちた場所で待ってたら助けが来るんじゃねぇのか?」

「来ない。この空間は次元を歪めて封印されてる。それにここは虚海に近付いてしまったから、時間がねじれてるだろ」

 

 ひょい、と暗闇でレーニが肩をすくめた。

 

「そうだねぇ。虚海ってのは不思議な空間でさ。生身で一度落ちて、同じ場所から這い上がっても元の場所や時間に出るとは限らないんだよね。自由に虚海を渡れるのは、そのための加護や設備を備えた舟だけ。落ちた場所で待ってても誰とも会えないよ。降りて来てくれる誰かは、きっと俺たちと違う時間の流れに入っちゃうからさ。そもそも、弱肉強食と自己責任論でこり固まってる君のお仲間の魔教が、助けなんて寄越してくれるのかい?」

 

 立て板に水とばかりにレーニにまくしたてられ、心当たりがあったのか地玄が押し黙る。

 そう。仮に脱出できたとしても、必ず同じ時間に出られるとは限らないのだ。

 雨亭も知っていた。

 蒼姐が知っている【主人公】たちは、この空間に落ちたあと地上に戻ったが、数時間さ迷ったつもりだったのに地上では十日も時間が過ぎていたそうだ。

 運が悪ければ、五年や三年過ぎている可能性もあったという。

 運ばかりはどうすることもできない。人の身で、やれるだけをするしかないのだ。

 翻って現在、雨亭は蒼姐に言われたように下へ下る道を辿っていた。

 この瞑想修行用の空間は、立てた三角錐をひっくり返したような造りだったらしく、壁伝いに進んでいれば下層へ辿り着ける。

 

 元の時間の流れへ還れるかどうかは、賭けるしかなかった。

 

 かつん、こつん、と岩を踏み、小石を靴裏に感じ取りながら暗闇を歩いて歩いて歩き続け、やがて微かな潮騒のような音が聞こえて雨亭は立ち止まる。

 暗闇のさらに奥、瘴気漂う岩の向こうに【黒いもの】が見えていた。

 水も、岩も、夜の暗闇さえも見透かしてきた龍の瞳が初めて捉える漆黒の塊に、雨亭は目を瞬く。

 

 何も、本当に何ひとつ、見えない空間が奥に広がっていたのだ。

 

 生まれて初めての()()()()という感覚に、雨亭は思わず足が止まった。

 

「雨亭?」

「……ううん、何でもない」

 

 何も見通せないなら、この漆黒こそが虚ろの海なのだろう。

 落ち着かないといけない、と雨亭は額の汗を拭った。

 

「レーニ、地玄。虚海が見えた。この向こうにある」

「……」

「おっ、ようやくか。……確かに奥の方は何も見えないね。あそこへ入るってことかい?」

「ああ」

「……正気か?」

「正気だ」

「虚海にあてられたら正気も何も言ってられなくなるよ。もう雨亭を信じて突っ走るしかないだろ」

「いや突っ走らないでくれよ!?」

 

 レーニの言う突っ走るが洒落にならないことは、ここ数ヶ月の付き合いで十分身に染みている。

 龍神がもし蘇って虚海の中にいると聞いたら、飛び込みむぐらいやらかしそうなのだ。

 

「冗談だって。場を和ませようとするジョークだよ!それで雨亭、君、虚海を渡るって言ったけど具体的にはどうするんだい?」

「……」

 

 雨亭はそこで、地玄を見た。

 龍眼についてレーニは知っているが、地玄は何も知らないだろう。が、長々説明している時間もない。

 雨亭は、唇を噛んでから話すことにした。

 

「地玄、あんたにお願いがあるんだ。もしここから出られたら、おれが今から言うことを魔教の誰かには言わないでほしい。特に胡陀様には」

「は?」

「それぐらいいいだろ」

「うんうん。出られなかったら俺たち全員仲良く死ぬだけだしね」

 

 事実だが言い方を考えろという代わりに雨亭はレーニの靴の爪先をさり気なく踏み、地玄は怯んだようだった。

 

「……わかった。ここまで忌みものと出会わなかったの、お前のそのやたら光ってる目玉のお陰なんだろ?その分ぐらいは話、乗ってやる。でも説明はしろよ」

「うん。……おれの眼は龍眼って言って、昔この国にいた龍神の体の一部なんだ」

「……ん?」

「龍の体の一部を生まれつき持った人間が、塵扶には何人かいる。おれの場合はこの眼がそうだ。色々よく見える眼だって思っといてくれたらいい。元々神の身体だったから、虚海にも耐性がある」

「……」

 

 ちょいちょい、とレーニ固まってしまった地玄の肩を突いた。

 

「地玄地玄、考えないで感じたほうが話が早いよ。虚海を渡るのにも雨亭は眼の力を使うつもりみたいだし」

「そうだ。神々は虚海を渡れるから、一部を持ってるおれも通ることはできる。それに、おれが手を握っている間なら他のやつも一緒に渡ることはできるんだ。あまり長い時間は無理だし、おれの意識が飛んだら護れなくなるけど」

「ああなるほど!龍の虚海渡りの力か!水の力が強い龍は、神々の中でも特に虚海と相性がよくて加護を授けた生き物も皆虚海を渡ることができたって言うあの伝説!あれを再現してくれるのかい?」

「何だそれ。知らん」

「ちぇー」

 

 予想通りレーニはあっさり納得し、地玄は完全に目を白黒させていた。

 情報量が多すぎるのは、雨亭もわかっている。いっそ説明しても無駄なのではないかと思ったほどだ。

 が、説明せずにいきなり手を握って虚海に引きずり込んだらそれこそとんでもないことになるのは目に見えていたから説明しないわけにもいかないのだ。

 が、残念ながら肝心の納得の時間は無さげだった。

 通り抜けて来た背後の暗闇から、またしても理性のない咆哮が微かながらも届く。

 前門の虚海後門の忌みものという状況に、地玄は覚悟を決めたようだった。

 

「ああもうわかった!わかりたくねぇけどわかった!要するに雨亭!お前の手を離さなきゃいいんだな!」

「うん」

「だったらとっとと虚海でもどこでも連れて行きやがれ!死んだら化けて出てやるからな!」

 

 虚海で死んだら魂がとけるから化けて出ることもできないだろうという軽口は言わず、雨亭は頷いた。

 とはいえ三人手を繋いでみれば、雨亭の背が一番小さい。

 二人を導くというより、二人に半分引っぱり上げられるというか、吊り上げられるような形になってしまうのは仕方なかった。

 

「……」

「あはっ、よく見えないけど雨亭今すごく不機嫌な顔してるだろ。大丈夫だって。身長なんて数年したらぐっと伸びるさ」

「こいつは小さすぎだけどな。普段何食ってんだよ」

「うっさいちゃんと三食食べれてる!」

 

 反射で言い返し、雨亭は改めて前に横たわる黒い水を見る。

 ゆらり、ゆらりと揺蕩う虚数の海は、何も見透かせなかった。

 見えないものに入ることの恐ろしさを、今初めて雨亭は味わっていた。どんな夜の暗闇でも、雨亭は周囲の光景が見えなくなった試しがない。

 なのに今、先の道はまるで見通せなかった。常に感じる網の目のような無数の生命の輝きも、何もわからない。

 

 蒼姐から聞いた虚海の渡り方の言葉が、祈りのように頭の中に響く。

 

「いいですか、雨亭くん。絶対あってはならないですが、誰かを連れて虚海を渡らないといけないなんてことになっちゃったらもう気力勝負です。絶対に帰りたい、戻りたい人や場所を強く思い浮かべてひたすら前へ進むんです」

「進む……だけ?」

「だけです。でも、想像してみてください。自分の手すらも見えない暗闇に包まれ、自分がばらばらに砕かれそうなほど強い風と水を全身に叩きつけられながら、繋いだ手を離さず、想いを途切れさせずに歩き続けないといけない難しさを」

「……」

「帰りたいと念じるその想いの強さを手放さないというド根性論でしか、わたしは虚海の渡り方を知らないんです。雨亭くんなら、どこを思い浮かべて歩きますか?」

「……蒼姐と師匠」

「……んっ?」

「蒼姐と師匠のいるところ。……一番想いやすいから、おれは二人のこと考えるよ。場所じゃなくてひとでもいいんだろ?……蒼姐?ちょっと蒼姐!?何で固まってるんだよ!?真面目な話ししてただろ!……師匠ー!師匠、助けてください!蒼姐がまたおかしくなった!」

「今度はどうした」

 

 ……何がどうしてか蒼姐が途中で白目を剥いて硬直したり、臨淵(りんえん)を呼んだりで話の結末はうやむやのぐだぐだになってしまったが、一念に集中して前に進むべしという部分だけは覚えていた。

 

 大丈夫、と自分に言い聞かせて雨亭は目を閉じる。

 無口で優しい青年と、騒がしくてあたたかな少女の面影が、色鮮やかに脳裏に結ばれる。

 

 二人の姿を、雨亭(ユウティン)と呼んでくれた声を、頼りに前へ行くしかない。

 

 ────おぉん、と背後で己をなくした亡者の声が轟く。

 

「行こう!」

 

 誰からと言うでもなく、三人の少年は目の前に蟠る漆黒へ足を踏み入れたのだった。

 

 




探索推奨レベル80ダンジョンに、レベル20前後で迷い込んでるのが彼らです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。