推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


26話

 

 

「お前の弟子だが、私の弟子を───レーニを心底怒らせるという難行をやらかしたそうだな」

「……難行なのか?」

「ああ。あいつは常に飄々とし、身内に数えた者以外をどうとも思っていない節がある。通り道の蟻を踏み潰す程度の感覚で、他人を巻き込むんだよ。二親に至極真っ当に育てられて尚ああなのだから、元々の質なのだろう。ま、それでいて家族に手紙を出す可愛いげもあるが」

「……」

「とはいえ、私も弟子に言えたものではない。我の強さがなければ、他人の天命や生命を左右する宝器の職人にはなれん。その点ではレーニは一級の才能がある」

 

 お互い、突出した分欠落した弟子を取ると苦労するな、と銀の髪の美しい女が嗤った。

 夜。

 神木・扶桑樹の森のほとりの村である。

 

 円筒状の家々がまるで樹木のように並ぶ村の中、一件の家に二人はいた。

 家の外壁をぐるりと取り巻く外廊下の手摺に背中を預け、言葉を交わしていたのだ。

 

 女から嗤いを向けられたのは、短い黒髪の青年。

 槍を携えた彼は、応えずに夜空を見上げる。雲を貫いて聳える巨木の枝が、星空を割っていた。

 

「辛気臭いぞ、臨淵(りんえん)。三ヶ月行方不明だった弟子が手元に戻ったのだ。素直に喜べばいいだろうに。その仏頂面では怖がられるぞ」

「……まだ、目覚めていない」

「ああ。極度の疲労と魔力の枯渇だったか。眠れば治るだろう。龍眼を宿して虚海に降り、五体満足に戻った時点で、あれも────雨亭(ユウティン)も凡人から外れたろう。どうということもないさ」

 

 女、鍛冶師ブリギッドはあくまで軽く言葉を紡ぎ、臨淵はただ眉をひそめた。

 

「ブリギッド、お前は生前の龍神を知っていたんだろう?神としてではなく、友人として。どんな神だったんだ?」

「何だ、いきなり。お前は神々には興味を持たなかったろう。関心は己の記憶と記憶の中の面影だけだったはずだ。鞍替えか?」

「必要ならば俺だって学ぶ」

「……ふん。手っ取り早く知りたいなら、私に聞くのは正解だな。やつの瞳が、あの子どもに与えている影響でも知りたいのだろう」

「……」

「お前の弟子が変わり者なのは事実だ。両親の記憶もない孤児で、随分と虐め抜かれて育ったらしいじゃないか。なのに、ああまで世を拗ねたところがなく道徳があるのは珍しいとレーニが首をひねっていた。今回、その性質が諸刃の剣になったようだがな」

 

 虚海で化物に襲われたとき、雨亭は迷いなくレーニと地玄を逃がして囮になった。

 雨亭がどうやって化物から生き延びたかを、まだ臨淵は知れていなかった。

 

「……他人を護るのは、自分自身を護る力があるときだけだと俺は伝えたつもりだったんだが」

「これまでろくに他人に興味を持っていなかった上、表情に乏しいお前の教えや言葉が、すぐに染み付くわけがないだろう」

 

 ブリギッドは腕組みをし、手摺に背中をもたせかけた。

 

「確かに、あの生まれ育ちで咄嗟に他人を優先する人格は得難いし、己を切り捨ててしまえる性質は私の知るあの馬鹿に似ている。結局、あいつはそのせいで己を失くした。……なまじ死ぬよりも、さらに歪な運命に身を落とすことになったわけだ」

「神なのに己を失くしたのか?」

「神であるからこそ、だ。……生まれながらにすべてを与えられた者らしい鼻持ちならないところはあれど、高潔なやつだったよ。我欲の方向が狂った馬鹿だったが」

「親しかったんだな」

「私だけではない。鵲渡(じゃくと)もそうだ。これ以上知りたければ、私ではなくあいつに聞け」

 

 ふん、とブリギッドは視線を逸らし鼻を鳴らす。

 話す気がなくなったのを悟り、臨淵は眼下に広がる神木の森を見下ろす。

 神木が聳えるこの土地は、魔教とも正教とも違う星雲軍の領域である。

 扶桑樹を守護する仙人もおり、龍眼を彼らがどう扱うかに関しては不透明なままだった。

 

 不意に、がたん、と背後の部屋から音がする。

 ちょうど雨亭が眠り蒼姐(ツァンジェ)が付き添っている部屋からの音に、臨淵は槍を握ったまま手摺りの欄干から身を離した。

 

「ブリギッド、失礼する」

「ああ。とっとと行け」

 

 ひらりと手を振る鍛冶師の横をすり抜けて、臨淵は廊下を走る。

 板張りの床を踏みしめ、借りている部屋の扉を勢いよく開け放つと、あろうことか床に倒れた少年がいた。

 側では蒼い衣の少女が、慌てたようにくるくるとその周囲を回りながら浮かんでいる。

 

「雨亭!どうした!」

 

 牀の上から落ちて打ったのか、額を赤くしている少年は顔を上げる。

 左右色違いの瞳は、きちんと焦点を結んで臨淵を映していた。

 

「あ、師匠。……すいません。水、飲みたくて……」

「無理して起きようとしてバランス崩してベッドから落ちたんですよ!雨亭くんはずっと寝て……どころか昏睡してたんですからすぐ動いたらダメじゃないですか!」

「大丈夫だと思ったんだよ……」

「どーこーがーでーすーかっ!言っておきますが雨亭くん!きみ虚海で自分が囮になったでしょう!わたし、あれ怒ってますからね!臨淵もです!」

 

 うげ、と雨亭が首を縮めるのが見えた。

 一先ず床の上から牀の上へ小さな体を戻し、臨淵は傍らの椅子に腰かける。

 蒼姐もその隣に座り、ふたりに見られることとなった雨亭は掛け布を襟元まで引っ張って身を縮めた。

 

「……まず、無事でよかった」

「……はい」

「だが、虚海での振る舞いはよくない。歯を食いしばれ」

 

 ごん、と臨淵の拳骨が一発雨亭の脳天に落ちる。

 少年が頭を押さえるより前に、臨淵はその体を抱きしめていた。

 

「し、しょ、う……?」

「心配した」

 

 臨淵は親を知らない。

 兄弟や姉妹がいた記憶も何ひとつなく、家族という繋がりの中にいた過去自体が記憶にない。

 それでも旅をしていれば、親子の営みを目にすることはある。

 雨亭ぐらいの歳の子どもならば、男であっても抱き締められて無事を寿がれるのはおかしくないはずだった。この子が並外れて大人びていても、間違ってはいなかろう。

 う、と雨亭の喉が鳴る音が聞こえる。

 臨淵の服の裾を、雨亭の手がおずおずと掴むのを感じた。

 

「俺も、蒼姐も、心配したんだ。雨亭、お前が無事に戻って来ることが俺たちには一番大事なんだ」

「で、でも、おれ、おれのせいで、二人が……」

「そうであっても、それが事実でも、俺たちはお前の無事を最も優先させる。お前は、それを忘れないでくれ」

 

 頼むから、と最後にもう一度強く雨亭を抱きしめ、臨淵はそっと体を離した。

 顔を紙屑のようにしている雨亭を見るに、言いたいことは伝わったらしい。

 その頭を撫でながら雨亭が静かに泣き止むのを待ち、水の入った器を渡す。

 雨亭が水を飲んで落ち着いてから、臨淵は口を開いた。

 

「雨亭、お前、虚海の中で化物に襲われたと聞いたが怪我をした記憶はないのか?」

「化物……?あ、最後に出てきた龍ですか?」

「龍!?雨亭くん龍に会ったんですか!?」

「……多分?でも、あれって龍神様なのか?蒼姐、この世界の龍って龍神様しかもういなかったよね?」

「……はい。龍神は塵扶最後の龍でした。他の龍は生きることに飽いて虚海へ融けたりヤンキー気質だから【天】に逆らって消されたりで……とにかく、龍と呼ばれる生命体は龍神が最後でした……」

「じゃああの龍、やっぱり魂だけ……?」

 

 寝台の上に座ったまま、雨亭は首を傾げだす。

 正直、そのようなことは脇に置いて休んでほしい臨淵は口を横一文字に結ぶ。

 

「何でおれ、龍に飲まれたのに生きてるんだろ……」

 

 が、ぽつりと雨亭が漏らした一言には反応せざるを得なかった。

 

「飲まれた?」

「あ、はい。転んでしまって、ぱくっと。子明刺しても全然利かなくて。……そこから後の記憶、無いんです。何か龍に言われたような気もするけど……何て言ってたのかなぁ……戻れとか、還って来いとか言われたような……」

「お前はここに帰って来ようとしていたんだろう?」

「はい」

「なら、気にしなくていい。そんなことよりも、レーニが心底激怒しているぞ」

「えっ」

「お前たちが虚海に落ちてからもう三か月経っている。あいつらが帰ってきたあとも、お前だけ一ヶ月戻らなかった。有耶無耶になった武術大会の決着をつけるから覚悟しろよ、だそうだ。地玄は無事に魔教へ戻ったから安心しろ」

「何も安心できるポイントがないって顔してますけど雨亭くん……でもこの分なら……地玄くんのお友達も無事そうですね……ポジションズレはどうにかなったようで……」

 

 今にも頭を抱えて唸りそうな少年と少女に、ふ、と臨淵は頬を緩めた。

 

「今はとにかく休め。レーニも先に体を治してから勝負だと言っていた」

「勝負は絶対したがるんですねあいつ……自分だっておれたちを庇って怪我してたくせに……」

「お互いさまってやつじゃないでしょうか。ほらほら雨亭くん、もう眠ってください。まだ体の疲れ、取れていないんでしょう?霊性がまだ少ないんだから。大丈夫です。起きたら絶対わたしたちがいますから」

「……うん」

 

 冬眠に入る小さな獣の仔のように、雨亭はもぞもぞと掛け布に包まる。

 頬にかかった髪を臨淵が指先でのけてやれば、雨亭は安心したように小さく微笑んで再び目を閉じる。

 ことり、と落ちるように子どもが眠りにつくのを確認して、臨淵は蒼姐と目を合わせる。

 宙に浮いた少女は、大いに安心したようだった。

 

「……はぁぁぁ、本当に良かったです。生きた心地がしませんでしたよここ三ヶ月ぅ……」

「そうだな。魔教から出てきたこと、雨亭は気がついているだろうか?」

「どうでしょう。わたしはここがどこか言ってませんし、雨亭くんはまだちゃんと外を見てませんから。……びっくりしますよね、きっと」

「するだろうな」

「結局天魔からの追手は全員倒してここまで来ちゃったわけですが……何か追跡生温かったですよね。もう臨淵の能力に興味なくなったんでしょうか。それとも……あんな馬鹿みたいな爆弾持ち込むやつらに狙われてるわたしたちが、邪魔になったとか」

「俺たちが邪魔になったからだと俺は思っている。今の天魔には、明確に蛍留(けいる)という弱点がいる。その天魔に、胡陀(こだ)が龍眼の存在をばらしたんじゃないだろうか」

「龍眼を?それがどうしてこうなるんですか?」

「ブリギッドから聞いたが、龍の亡骸を継いだ者は周囲に波乱を呼び込む。胡陀は龍眼を知っているような素振りを見せていたというし、それを天魔にも伝えた可能性はある」

「あー……蛍留ちゃんがいるから、今の天魔は以前のように戦乱波乱何でも来い状態になれなくて、今回のあの大爆発が原因になってわたしたちを追い出すことにしたと?……なら、今の天魔って史上最も弱くなってるって言えますね。蛍留ちゃんが強くなれば、また天上天下唯我独尊に戻ってそうですが」

 

 むーん、と腕組みをしたまま蒼姐はふわふわと部屋に浮く。

 最近気がついたことだが、どうやらこの少女考え事に集中するとより高く凧のように浮き上がる癖があるらしい。

 どういう認識で己の体を操っているのか。

 考えている間に腹が立ってきたのか、蒼姐の目がみるみる尖りだした。

 

「何か腹立ってきました!天魔が臨淵の能力より蛍留ちゃんの安全を取ったのはちょっとだけ好感持てますけど、天魔の馬鹿は雨亭くんの枷外してないじゃないですか!これだけこの子の人生振り回しておいて無責任ですあり得ませんっ!天魔に責任問うても意味なんてないのはわかってますけど!あいつボコボコに倒す以外絶ッ対に反省とか後悔とかしなさそうですし!」

「……反省や後悔の念が天魔にちらとでもあるなら、魔教の頂点になど立たないだろう」

「そうですね!そして臨淵、あなた最近毒舌入って来ましたね!そのまま自分の考えをもっと率直に出して行ってくださいっ!」

 

 ほわほわと浮かびつつ、びしりと蒼姐は臨淵に指を突き付ける。

 それはこの三ヶ月決して見られなかった明るさだった。

 思わず、青年は苦笑する。

 

「善処していこう。……本来思っていた流れとは違ったが、もう俺たちは魔教に戻ることはないだろう。天魔の妻の実家からも離れられたしな。無論、これからも警戒は怠れないが。……雨亭の枷については、この村に時折現れるという仙人を頼ってみよう」

「確かに、この扶桑樹の村には仙人が現れるって話でしたけど……人間から基本遠ざかる仙人ですよね?都合よく現れてくれるでしょうか」

「現れてくれると言うか……数日前から俺たちの周りをうろうろしている人間以外の気配を感じているからな。追いかけるつもりだ」

「うわぁこれ追いかけて追いつく気満々ですよ……でも、このタイミングでこの村にいて臨淵に反応する仙人と言ったら……【彼】でしょうか……確かに彼なら枷ぐらい……」

「蒼姐?」

「あっ、いえ何でもありません!雨亭くんが回復したら仙人追跡作戦ですね、了解しました!」

 

 ぴしり、とお道化た様に敬礼する少女にうんと臨淵は頷く。

 雨亭が目覚めて安心したからか、臨淵も眠気を感じていた。ここ三ヶ月、まともに眠れていなかったのだ。

 

「臨淵も眠いんでしょう?今のあなたは人間なんですし。わたし起きていますから、眠ったらどうでしょうか?」

「ああ、頼む。そうさせてもらおう」

 

 部屋にもう一つある寝台に座り、臨淵は靴を脱ぐ。

 掛け布を被る前に、臨淵はつと心を掠めたことを口に出した。

 

「蒼姐、さっき雨亭が()()()()()()()と龍の亡霊に言われたと言ったが」

「はい?」

「お前に、何か心当たりはあるか?龍の言葉の意味を、お前は理解できたろうか」

 

 先ほどの会話の中、その一瞬だけ蒼姐が顔色を失ったように見えたのだ。

 青年に見つめられ、しかし半透明の少女は何でもないことのように首を傾げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そう、か」

 

 傍らに立てかけた臨淵の槍の穂先が、ぎらりと光る。

 

 蒼い少女は今、()()()()()のだ。

 

 己に宿る嘘を見抜く力の確かな反応に臨淵は目を閉じ、再び瞼を開く。

 

「蒼姐、俺はお前を信じている」

「……はい」

「それだけだ。おやすみ。また明日」

 

 言って、青年も弟子と同じように掛け布に包まって目を閉じる。

 数ヶ月ぶりの眠りの安らぎは、すぐに訪れた。

 




師匠も弟子もおやすみなさい。

ちょっと仕事がごたついております…。あと資格の勉強…。
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