推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


27話

 

 

 三ヶ月の行方不明と、一週間の昏睡と三日の睡眠。

 各種身体能力の不調。

 

 たったそれだけの代償で虚海から戻って来たと言うのは十分に、常識外れのことらしい。何より、魂を損なわなかったという点において。

 雨亭(ユウティン)からすれば、奮闘していたらいつの間にか生き残っていただけなのだが、この世界の常識で言えば十歳の子どもが成したとは到底信じられないことだそうだ。

 それこそ、魔教に知られたならば弟子の階級が一気に五つは上がるほどの。

 世界樹のほとりの村の一室で、蒼姐(ツァンジェ)はふわふわと浮きながら一本指を立てた。

 

「丁度いいから、雨亭くんは死んでしまったことにしましょうってなりまして。虚海からは出て来られたけど、そのあと回復できなかったって天魔にも伝えたんですよ。一方的に臨淵が手紙を送っただけですし、雨亭くんが寝ている間ですけど、要件は伝わるでしょう」

「うん」

「雨亭くんが扶桑樹から落ちて来て五体満足で助かってることは、この場にいるひとたちと鵲渡(じゃくと)将軍と蘇貞(そてい)くんだけの秘密なんです」

「例の天魔の妻の実家も、お前が死んだと思えば追っては来ないだろう。あの凶人の動向は不明だし、あの魔教の少年、地玄(ちげん)はお前の生存を知らないままだが……」

「あいつなら適当に乗り越えそうだし、大丈夫だよ、臨淵さん。メヘラスの自動爆弾人形なんて危ないもの持ち出してくる金持ちの相手なんてまともにやってられないし。ね、先生」

「私に振るな、レーニ」

「えー、何でさ。先生だって賛成してたじゃないか」

「一般的な意見を述べただけだ。それから小僧、雨亭」

「え、は、はいっ!」

「お前、あの天魔の娘に花を貰っていただろう。あの娘はどうするんだ?」

 

 四人に囲まれたまま問われ、雨亭は目を瞬かせる。

 大会が始まる前、蛍留(けいる)にもらった花はもう崩れ、枯れていた。

 虚海の気配に儚い花の生命は耐えられなかったのだ。

 少し考えて、雨亭は答えを選んだ。

 

「おれが大人になって、一人でも大丈夫になったら蛍留に会いに行きます。でも、今は会わないほうがいいと思います」

「そうかなぁ。俺、あの子は放っておいたらダメな子だと思うんだけど。……でも実際、天魔にばれないように雨亭が生きてるってあの子に伝えるのは難しいどころか、不可能だよねぇ。やっぱり諦めるしかないかぁ」

「蛍留が放っておかれることはないだろ。天魔様の娘なんだから」

「俺が言いたいのはそういう意味じゃないんだけどなぁ……うーん……ダメだ。説明が難しいや。まっ、君なら逞しいしちょっと重い女の子の一人二人は大丈夫かな!じゃあ、先生と俺はそろそろ別の世界に行くからさ、またどこかで会おうね、勝負の決着はそのときに!」

「仕切るな小僧」

「痛い!先生叩かないでよ!」

「お前はお前で修行のやり直しだ。土壁の展開をしくじって怪我をしただろう」

「あの咄嗟でかなり頑張ったほうだと思うんだけどな!」

「問答無用」

 

 ブリギッドに襟首を掴まれてずるずると引きずられつつ、レーニはにこにこと笑顔のまま部屋を出て行った。

 扉が閉まるときまで手を振っていたレーニに手を振り返し、雨亭も小さく微笑む。

 ただの勘だが、あの少年とはこれっきりにはならない気がしたし、雨亭もこれっきりにするつもりはない。

 勝負に負け越しているのが我慢ならないのだ。

 

 鍛冶師の師弟が出て行き、部屋に弛緩した空気が漂う。

 これまでずっと、魔教が支配している地域から出たことがなかった雨亭からすれば不思議なのだが、今いる場所は世界樹・扶桑に近い村だそうだ。

 星雲軍の支配下にあり、あの朗らかで底が読めない鵲の将軍の管轄内らしい。

 彼と彼の護衛には、行き掛かり上雨亭が生きていることを知らせないわけには行かなかったそうだ。

 

「龍眼はわたしたちが思っている以上に、こっちの領域では重要みたいなんですよねぇ。概ねの人が龍眼何それ美味しいのレベルだった魔教サイドとはかなり事情が違います。……うーん……ここら辺の知識の断絶感というか空気感は実際に旅をしなければわからないあれでしたね」

「ここには仙人がいるからな。魔教、正教は龍神と直接繋がりを持っていた人ならざる者からの干渉を嫌った者たちが建てた領土でもある。彼らの気配が薄くなるのも当然だ。……とはいえ、仙人が望めば魔教の領域に入るのは容易いようだが」

「あ、だから武術大会にも仙人が紛れてたんですね」

「はい!?いつどこに!?」

「試合が始まる直前ぐらいに、観客席の上に誰かいたよ。山河みたいな気配で人の気配してなかったけど人を嫌ってる気配もなかったから、あれが仙人なのかなって」

「あのそれつまり……自分に敵意のない仙人の隠形を見抜いてたってことなんじゃ……雨亭くん、明らかに眼の精度上がってません……?このままだとどこまで行き着くんです……?」

「……」

「……」

 

 この話はここまでにしよう、と臨淵が咳払いをした。

 わかる者がいないのだから、続けても不毛な話題である。

 

「扶桑樹周辺には特に仙人が見かけられるそうだ。彼らが集めた龍神の体もこの地域のどこかにあると言われている。次元をずらして封印していると」

「意味わかんない術式ですよねぇ。でも、龍神が健在の頃からその手足となっていた彼らならできて当然の技ですか。それで臨淵、わたしたちの周りにいるっていう仙人とお話しする計画、上手く行きそうなんですか?」

「仙人?おれたちの近くに?何で?」

「あっ。そっちの隠形は見抜けてないんですね……。臨淵曰く、わたしたちがこの世界樹の森に来てからずっと、今も、わたしたちとつかず離れずの距離に仙人がいるそうなんですよ」

 

 わたしにはわからないんですけどね、と蒼姐は浮かびながら言い、同じく何もわからない雨亭は首をひねった。

 武術大会のときは人外がいると判断できたが、今はわからない。

 虚海から戻って来てから、眼の精度がやや落ちたようにも感じているのだ。

 いずれ治るような気はしているが、そうすぐに元通りとはならないのだろう。

 

「仙人がどうしておれたちの近くに?」

「わからないな。が、何か思惑はあるのだろう。追いかけて話を聞くつもりだ。彼らは長生きしているから、魔教の枷の外し方も心得ているだろう」

 

 そう。

 大爆発が起きた武術大会に参加したのは、そもそも雨亭の足枷を外すためのなのだ。

 が、結果はこの通りである。

 魔教側には死んだ者と思われただろう雨亭の足首には、まだ枷が嵌っていた。

 千年を超える歳月を生きている仙人なら知っているかもしれないが、彼らが個人の望みを叶えてくれると雨亭には思えなかった。

 

「……師匠、仙人を捕まえられるんですか?」

「やったことはないが、やってやれないことはないと思う」

 

 冗談も本気も、同じ調子で言う臨淵である。

 が、これは本気らしいと雨亭は悟る。蒼姐はとうに知っていたのか、遠い目になっていた。

 

「この時期にこの領域で臨淵に反応する仙人って言ったら……心当たりが一人いますけど……この時期の彼ってどうなんでしょう……性格はもう……龍神にも龍眼にも拗らせで固まっちゃってますよねぇ……でも臨淵が頼めばワンチャンありそうだし……いやでも臨淵の弟子に対しては……」

 

 それだけではなく、ぶつぶつと呟いてふわふわと漂い始める。

 

「俺はその仙人を探しに行こうと思う。雨亭、蒼姐とここで待っていてくれ。まだ以前のようには動けていないだろう?」

「……はい」

 

 元はと言えば自分にかけられた枷を外すためなのに、手伝えないのである。それが何とも不甲斐ない。

 俯きがちになった弟子の少年の頭をくしゃりと撫で、槍を手に立ち上がった臨淵の前にふわりと蒼姐が近寄った。

 

「あのー、臨淵。今から外に飛び出す前にちょっとだけ試してほしいことがあるのですが」

「構わないが、何だ?」

「もしかしたら何ですが、今から全力鬼ごっこしなくても仙人に話ができるかもしれない方法です。二人は招仙旗法(しょうせんきほう)って知ってますか?」

 

 全然知らない師弟の二人は首を振った。

 

「招仙ということは仙人を招く術か?」

「そうですそうです。昔々、塵扶がまだ龍神一柱によって統一され、治められていた頃に仙人たちを招集するために使われていた方法です。……まぁ仙術の中では簡単と言うか、道具さえ揃えば普通の人間でも使えるような方法ですが」

「蒼姐、いつも思うんだがお前の知識は一体どこが源泉なんだ?」

「みみみっ、未来予知です!」

「蒼姐、それ明らかに過去の知識だろ。矛盾してるよ」

「はうぁっ!」

 

 やらかしたと全霊で顔に出ている少女を前にして、雨亭は苦笑いで続ける。

 自分で逃げ道を絶った相手に、助け船も出してやらねばならなくなっていた。

 

「もしかして、未来で誰かが使う知識を先取りしておれたちに教えてくれてる、とか?」

「そそそっ、そんな感じです!……でででっ、出所はアレですけど、ちゃんと使える知識ですよっ!」

「それはわかっている。実際、雨亭もお前から虚海の知識を得ていたから戻ってこられている」

「おれたちは蒼姐を信じてないわけじゃないよ。今じゃなくていいし、蒼姐が言いたいときで良いからさ、何か悩みがあるなら教えてほしい。たくさん助けてもらってるのに、何にも打ち明けてもらえないままひとつも返せないのは嫌だよ、おれ」

「俺も同じだな。蒼姐、お前は俺の正体に関して、知っていようと言うつもりがないんだろう。が、お前の中には何かお前なりに筋の通った理屈や矜持があるのは感じている。尊重するのはそちらで構わない」

 

 どこか似た風貌で、揃って平然と宣う師弟を前に、半透明の少女は頭を抱えた。

 

「あの、あのあのあのっ、二人ともちょっと……わたしに甘すぎませんか!?特に臨淵!あなたが喉から手が出るほど欲しいものをわたしは持ってるかもしれないのに、いいんですか?わたしが言うなって話ですけれど!」

「全面的にいいわけではないが、元から俺の過去は俺が求めている俺だけのものだ。俺は俺で、勝手に過去を手に入れればいい。が、お前と雨亭は何と言うか……揃っていないと色々と駄目だろう。俺はお前たちに不幸せになってほしくない」

「おれは蒼姐に出会ってないと、今頃どうなってるかわからないですからね。ろくなことになってないのは確実ですけど」

「事実かもしれないですけどー!雨亭くんは不穏なこと言わないでくださいよ!哀しくなるからぁ!」

 

 わんわんと泣きそうな顔になる蒼姐を見ると思う。

 こんな顔で心底心配してくれる他人を、嫌いになれるわけがないのだ。

 蒼姐が隠し事をしているのは、雨亭も臨淵もわかっている。

 けれど、雨亭も朧げな過去の中で自分が何をしていたかを蒼姐にも臨淵にも言いたくない。

 言えないことも、言いたいことも皆あって当然だろうと思うのだ。

 触れられない蒼姐の頭を撫でる真似をすれば、少女はうぅぅと呻きながらいつものように浮遊を続ける。

 少しは落ち着いたと見えたのか、臨淵が淡々と問うた。

 

「蒼姐、その招仙旗法とは詰まる所何だ?」

「はっ!そうでした!招仙旗法はですね、名前の通り仙人招くための旗を描くんですよ!それは特殊な旗でして、特定の仙人に直接届けることができるんです!塵扶の仙人には固有の紋章があり、それを用いますっ!」

 

 あくまで【招く】ための儀式であり、強制的な召喚術式ではないが、確実に仙人の注意を引くことができるという。

 

「ならばやって損はないな。招きに応じてくれなくとも、確実に注意を引いて隙はつくれるだろう」

「しれっとした顔で割と脳筋発想かましてますよね臨淵……」

「今回は、今おれたちの周りをうろうろしてるっていう仙人様を直接呼ぼうってこと?」

「はい!」

「……つまりお前は、俺たちを伺っている仙人が誰かをもう知っているんだな?」

「あうっ!?」

 

 自分で掘った墓穴に清々しいほど全力で飛び込み続けるなぁ、と寝台で半身を起こしたままの雨亭は床の上をのたうち回りそうな蒼姐を見下ろした。

 あまりの足元の掬われ加減にちょっと面白くなりそうであるが、おれがもっとしっかりしなきゃと雨亭は小さく拳を握りしめた。

 

「……あれだけ言ったあとだから今更追及はしないが、蒼姐、その仙人の名前や素性が()()できているなら教えてくれ」

「おれ、仙人様はあのとき気配しかわからなかったし。どんな性格かも蒼姐知ってる?」

「や、ま、その……知っていると言えば知っていますけど、わたしはあくまで知識を閲覧しているわけであって、実体験ではないから自己解釈や主観は入っちゃってますよ?」

 

 それでもいいと言うなら、と蒼姐は前置きして口を開く。

 

「わたしたちを追っている仙人の名は、恐らくですが【燕鳴仙君(えんめいせんくん)】、夜雷(やらい)。……かつて龍神に助けられ、今尚失われた神を敬い、魂の安らぎを最も願っている仙人だと思います」

 

 尤も、と蒼姐はどこか遠い目になりつつ続けた。

 

「初めて現れたときは、龍神過激派というか複雑な拗らせオタク化してたんですけどね……。推しと同じ次元にいる自分が解釈違いとか言い出しそうな上、遺される側に立ち過ぎて自己犠牲精神カンストみたいな厄介な感じの……」

「ごめん蒼姐、さすがに言葉の意味がわからな過ぎる。説明してほしい」

「はいっ!すみませんでしたぁ!」

 

 隠し事は受け入れても、言動の意味不明さは受け入れられないこともある雨亭であった。

 

 




孤児になってから悪意を可視化して味わい続け、好意と言えば道端の野良の仔犬に向けられる程度の憐憫以外をほぼ受け取れなかった雨亭が、一般的な好意を感じる機能は低いです。
生まれてきてくれてありがとう、お前が大事だ、君は友達だよ等、どストレートに言わないとわからないし、自信が持てません。若しくは想いの深さを測り間違えられるか。
伝えるのを恥ずかしがって何も言わない/言えないは、一番の悪手。


次で2章はほんとに終わります!

あと土曜日に新作TSラブコメを出します多分。
SF(少し不思議)世界の現代もので、幼なじみがTSしてどたばたします。

こちらとは雰囲気が少々変わりますが、もし目を通して頂き楽しんで貰えれば幸いです。

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