推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


30話

 

 

 少年は、ソルと名乗った。

 母親が亡くなって故郷に身の置き所がなくなり、父の親戚がいるという【豊葦原】を目指して【メヘラス】から旅に出たらしい。

 年下の妹と一緒に。

 この妹は、マーニというらしい。

 

 二人とも船賃が足りず、舟の中で料理番をするという条件で星の舟に乗せてもらったそうだ。

 

「俺は授かった宝器が包丁でさ。料理が得意なんだ」

 

 故郷の魔術師に授けてもらったという【天命宝器】の包丁は、ソルがこと料理という行為に対して適性があることを示しており、実際彼は味覚の鋭さと手先の器用さが群を抜いているそうだ。

 それを生かして何とか星舟に乗せてもらい、妹を連れて旅をしているそうだが。

 

「俺、喧嘩が弱くて。なのに親父の家って相当厳しくて才能がないなら親子の縁でも斬られるようなキツい武士の家みたいなんだ」

「ブシ?」

「あっと、ごめん。君は塵扶人だったね。近いのは星雲軍の武将の家かな。代々豊葦原の神様に使えてお守りする武人なんだよ。つまり、戦いが強くないと話にならない」

「……戦い以外の才能、認めてくれないってことか?」

「そういうこと」

 

 包丁という天命の形を得てしまったからか、ソルには戦いの才能がまったくと言っていいほどなく、金もない孤児に武術を教えてくれるような武人もそうはいない。

 そんなときに目に入ったのが。

 

「俺と雨亭(ユウティン)だったわけか」

「……はい」

 

 塵扶から乗り込んできた青年と少年の奇妙な二人組は、毎日毎日虚海を征く舟の上で鍛練している。

 常人離れした武人が多いことで有名な塵扶だが、理性ある生き物なら本能で恐れる虚海の側にいて平然と鍛練を重ねる姿は異様だったし、武術のわからない少年でも魅せられるほどに強かった。 

 

「だから見てたのか」

「えっ、それもばれてた?」

「……この子は目がいいからな」

 

 渋い、としか言えない顔の臨淵(りんえん)は言い、腕を組む。

 廊下でソルに呼び止められたあと、ひとまず部屋に戻って来た雨亭は、臨淵とソルを会わせて事情を聞いたのだが、話を聞くに連れて臨淵の眉間にごく微かに皺が寄る。

 聞き終えて、臨淵は答えた。

 

「先に結論を言うが、俺はお前を弟子にはしない」

 

 剣で両断するような躊躇いのない返答である。

 荷物の中から雨亭の肩の上へ移動していた鬼火の蒼姐(ツァンジェ)が、ぴくりと動くのを感じた。

 臨淵は指を二本立てた。

 

「理由は二つ。一つ、俺もこの子も、そこの彼女も身内のない根無し草だ。今後、土地へ居着く予定もない。妹とともに豊葦原へ根を下ろしたいお前の面倒は見られない。二つ、既に天に選ばれるほどの才能があるのなら闘争の道を選ぶ必要はない。武人の家柄に拘らなくとも、生きていける道はあると思う」

 

 だから断る、ときぱりとした口調で臨淵は告げる。

 

「金銭の問題ではない。関わっても、俺はお前に良い道を示せるとは思えない」

「……そう、ですか」

 

 予想していたような諦めがソルの目に宿っていることに、雨亭は気がついていた。

 声をかけられたときは面食らったものの、敵意はなく口調の端々から善人の気配が滲んでいる歳上の少年の言うことは信じられた。

 多分、レーニと同じくらいの歳だろう。

 天真爛漫自由奔放、暴走荷車龍狂いの友人と違い、ソルは故郷を出て、妹を背負って二人だけの旅を続けている。

 雨亭に声をかけてきたときの様子からして、かなり思い詰めた上で咄嗟に声をかけてしまった気配はしていた。

 

 そんな彼の願いを素気なく断った臨淵だが、こちらはこちらで己を疫病神のように思っている節がある。

 生命が二、三個ないと足りないと言わんばかりの今までの人生がそう思わせているらしく、己が他人と深く関わることをあまり良しとしていない。

 最初の頃の【弟子】への振る舞いのぎこちなさも、常に他人と一線引いて接していたから、関わり方を知らなかったためだ。

 

 雨亭や蒼姐に手を差し伸べたのは、自分が関わらなければ、この子たちはいよいよどうしようもなくなる追い詰められた境遇だと察知したからだとか。

 臨淵にそこまでさせる境遇も色々と酷いが。

 

 とはいえ実際、臨淵も雨亭も因果が重なって生命を狙われたし、今もだ。

 臨淵は一つ前の世界から逃げなければならなくなったし、雨亭は自分の死を偽る羽目になった。

 

 妹という無力な庇護対象を抱えたソルは、どう考えても同行しないほうが良かった。

 けれど、ソルと妹も追い詰められているのは間違いなさそうなのだ。

 

「蒼姐蒼姐、何かいい案ある?おれ、ソルは普通に料理人やるほうがいいと思うんだけど。相棒が包丁だって言うなら、雇ってくれる食堂とか豊葦原にもあるだろ?」

 

 小声で尋ねれば、はーい、という呑気な声とともに鬼火がほどけて黒髪黒眼、蒼い衣の少女へ転じる。

 目を丸くするソルを他所に、蒼姐は落ち着いた口調で続けた。

 

「それはそうですねぇ。豊葦原って、民のほぼ全員と言っていいくらい食に拘りがあるんですよ。四季がはっきりしていて食材が豊富だし、人間の食文化を愛しんだ先代月神の名残りもあるし、当代統治神の月神も神饌大好きだしで。多分、腕の良い料理人の社会的な地位はメヘラスより相当上ではないでしょうか?あそこは技術の発展特化で、あまり娯楽や食に関心の薄い世界ですし」

「そうなのか!?」

「はい。そんな世界で天命が包丁と言えば、雇い入れてもらえると思いますよ。ていうか、豊葦原の武士はヤバい方が多いです。首級置いてけ系バーサーカーです。特に、神前武士衆はとんでもない武闘派で、何より神への忠誠心が求められます。ソルくん、きみは月神と妹さんが天秤に乗せられたら、どちらを取りますか?」

「ッ!?」

 

 青褪めるソルを前に、蒼姐は静かに首を振った。

 

「月神と即答できないなら、悪いことは言いません。やめるべきです。あそこはクビと言われたら物理でクビ、詰め腹を斬れと言われたら物理で腹切りです。妹さんを一人にしたらダメですよ、お兄さん」

 

 珍しく穏やかに、諭すような口調で蒼姐は続けた。内容は恐ろしいが。

 思い出したように、臨淵が呟く。

 

「……そう言えば、豊葦原の食事は美味だったな」

「そうなんですか?」

「ああ。囚人にすら雑穀の飯と味の付いた汁物と焼いた魚が出た……らしいからな」

「え、凄い」

 

 同じ牢屋でも、陶器の破片と砂埃混じりのどろどろの粥らしいものを出されたし食べた雨亭は素直に目を丸くし、蒼姐は臨淵の実体験であることを察して頭を抱えた。

 

「牢獄飯をグルメの物差しにする輩がありますか!まともな豊葦原のご飯を食べてから判断して下さい!二人ともですよ!」

「おれも?」

「きみもです!豊葦原のご飯はわたしの故郷に一番近いんです!是非楽しんで下さい!毒魚の安全な解体技術を編み出して、毒草から食べ物を生み出すような世界ですから!」

「修行か?」

「ちがいますー!……美味しい食事を好きな人たちとゆっくり食べたら、幸せになるでしょう?」

「……じゃあ、蒼姐は早くおれたちに体の場所教えてよ」

「今のままだと、俺たちはお前と共に食卓を囲めないんだが」

「あうっ!」

 

 またしても盛大に墓穴を掘って落ちた蒼姐に、じとりと目を向ける雨亭と臨淵である。

 とはいえそこは少女も慣れたのか、すぐ復活するとこほんと咳払いをした。

 

「……ソルくん。見ず知らずの者の意見ですが、そういうわけですから、きみは今のきみを照らしている天命を歩むべきと思います」

「……そっ、か。……うん、いきなり話しかけた無礼な俺に、本当にありがとう。……何だか、こんなふうに話したのも久しぶりだったよ」

「そうなのか?」

「うん。ずっと食事作ってたからさ、だから甲板の君と臨淵さんが、あんなに自由に戦ってるの見て、凄いなって思ったんだ。まるで、父さんみたいだなって」

 

 仄かな憧れらしいものを感じ取り、雨亭は首を傾げる。

 ソルの父、というのは、話を聞く限り彼や彼の妹がこうして兄妹二人の旅をしているのに迎えの一つも寄越していない。

 それは、薄情というのではないだろうか。

 天魔でさえ、娘を危険から守っていたのに。

 けれど、ソルは父を慕っているらしい。

 踏みこむべきではないのだろうが、雨亭には何とも不思議に思えた。

 とはいえ世界には、父母もきょうだいも全員健在なのに、龍に魅せられ故郷を飛び出し、鍛冶師の弟子になって世界を駆け回っているやつもいれば、孤独に旅をしてきた中で血の繋がりは一つもない子どもを拾い、慈しんでくれる者もいる。

 

 ソルと妹がどうなるのか、どうするのか、雨亭には気になった。

 

「……」

 

 臨淵と雨亭、蒼姐に頭を下げて戻ろうとするソルの袖を、雨亭は摘んでいた。

 

「えっ……と?」

「……」

 

 とはいえ雨亭も、別に何かを言いたかったわけではない。

 ただ、もう少し話をしたいだけなのだが、如何せんこれまでまともに会話した人数が少なかった。

 レーニや蒼姐相手では向こうがぽんぽんと話を投げてくるので応えていればよかったが、自分から話しかけることは然程ない。

 

 固まってしまった少年二人を前に、おやまぁと蒼姐が呟き、臨淵が目を瞬く。

 

「ソル」

「はい?」

「……武術は教えてやれないが、受け身ぐらいは覚えていて損はない。それぐらいなら教えよう。雨亭からも教わるといい」

「えっ?」

「その子は幼いが、魔教の魔人に狙われて生き残ったことがある」

「魔人……って、魔教のあの四大魔人ですか!?」

 

 目を丸くしたソルに、臨淵は頷く。 

 

「俺は、お前に必要なものは武の腕ではなく、戦いを察知して妹を連れて逃げられる勘の良さだと思う。……危険を感じ取る能力で言えば、その子は俺よりも優れている」

「ですねぇ。ほら、あれだけ毎日臨淵に投げられても殴られても蹴られても雨亭くんってほとんど怪我をしてないんですよ。臨淵のやり方が上手いのもありますが、雨亭くんは避けるのが得意なんです」

 

 ともかく、と蒼姐は指を立てる。

 

「もう少し、せめて星舟が豊葦原へ無事に着くまでの間、わたしたちと縁を結んでみませんか?よければ妹さんも」

「そうだな。妹は雨亭くらいの体格なんだろう?なら教えられる」

「雨亭くん相手みたいなスパルタはダメですけどね!」

「おれは楽しかったのに。……あのさ、ソル、そういう話なんだけどどう、かな?」 

「……嬉しいよ。ありがとう」

 

 ほんとに、と少年が今にも泣き出しそうな顔になる。

 下から見上げていた雨亭は驚き、首を傾げる。

 

「ソル、どうしたんだ?どこか痛いのか?」

「……何でもないんだ……何でもないからさ……ごめん」

 

 不思議そうに首を傾げる雨亭の耳元で、ひゅるりと鬼火へ転じた蒼姐が囁く。

 

「雨亭くん雨亭くん、ソルくんはきっと安心したんですよ。たとえばですけど、きみが蛍留ちゃんのような……自分が守ってあげなければ死んでしまうような幼い子を一人で護りながら旅をしたら、どう思います?」

「……護るのをどこかで諦めると思う」

「ほんとですか?きみは自分を一番に諦めちゃいそうなんですけど?……えっと、とにかく旅をしてきて、見知らぬ誰かに衝動的に縋ってしまって、その手を乱暴に振り払われなかったらどうでしょう?……きみが、臨淵に助けてもらったとき、どうでしたか?」

「……嬉しくて、ほっとした」

「でしょう?今のきみは、あのときの臨淵の側にいるんです。雨亭くんは、ソルくんを助けたいんですか?」

「……よく、わからない。……でも、ソルはいいやつみたいだから、ひどい目に遭ってほしくない」

「立派な理由ですよ。もうきみは、ソルくんとマーニちゃんに無関心じゃいられないってことです。誰かに何かをしてあげたいって望んでるんです。……臨淵は、きみのその想いを見分けたんでしょうね」

 

 初っ端のふわふわ感が最近抜けてきましたからね!と胸を張る蒼姐からは、雨亭がいなかった三ヶ月の時間の面影がちらついていた。

 ではとりあえず、友達と船室にいるというマーニに一度会おうという話になり、その場の全員で廊下へ出る。

 虚海を渡る間、舟の外は常に闇である。

 照明の明るさで昼夜の区別はつくようになっているが、陽の光がないと全体的に船室内も薄暗い印象は拭えない。

 丸いガラス窓から外を見ても、やはり何も見透かせない。

 龍の瞳でも虚海は見透せないのか、或いは雨亭の力が足りずに龍眼を使い熟せていないのかは、わからないが。

 と、窓ガラスに映ったソルと視線があって雨亭は振り返った。

 

「?」

「あ、ごめん。その、雨亭の瞳って綺麗だなって思ってさ。絵本に似た瞳があってつい」

「……絵本?」

「ああ。豊葦原の神様のおとぎ話なんだ。妹が大好きでさ。大きな龍が出てくるんだよ」

 

 龍、と聞いて雨亭の頭上をほろほろと浮遊していた蒼姐がソルの正面へ降りてくる。

 頬に手が触れる近さで少女の薄墨色の瞳に見つめられ、薄っすらと少年の顔が赤くなった。

 

「ソルくん、それは塵扶の龍神ですか?」

「え、ど、どうだろう?」

「……神同士が交流するのか?」

「臨淵、塵扶龍神は最古の統治神でまとめ役的な面はありましたよ。月神との交流がおとぎ話に変形されるのもなくはないかなと────あの双子神、やっぱり龍神と関わりあったんでしょうか……」

 

 後半の小声は聞こえなかった雨亭は首を傾げる。

 よその世界のおとぎ話の中に龍がいると聞けば、興味は湧いた。

 

「その絵本、妹がずっと持ってるから読めるよ。見るかい?」

「見せてくれるのか?」

「妹に聞かなきゃいけないけど……うん、きっと大丈夫だよ。……お礼にもならないけど」

「そんなことない。見たい」

 

 こくこくと何度も頭を振る雨亭にソルはふと頬を緩める。

 そのまま舟の下の階層へ降り、ソルは一つの部屋の前で足を止める。

 

「ここだよ。ちょっと狭くて申し訳ないけど」

 

 ソルが扉を叩こうとしたときである。

 内側から、ばたんと勢いよく扉が開かれる。

 避け損なったソルの顔面に扉が叩きつけられ、あっと雨亭が声を上げる。

 部屋から飛び出した誰かは、その音で驚いたらしかった。

 

「うわぁ誰!?あっ、ソルか!ごめんよ!」

「兄ちゃん!?」

 

 群青の空に銀砂を溢したような髪の少女と、枯葉色の髪の少女が二人飛び出し、扉に顔面を引っ叩かれたソルを見つけて叫ぶ。

 扉を開けたらしい銀の髪の少女は、ぺろりと舌を出して頭をかいた。

 

「よかったー。ソルで。ボク、見ず知らずの誰かを叩いちゃったかと」

 

 鼻の頭を赤くしたソルは、涙目で唸る。

 

「俺でもよくないだろ銀烏(ぎんう)……!」

「ごめんって!起きたマーニが兄ちゃんどこーって泣き出すからボクだって焦ってたんだよぅ」

「なっ、泣いてないもんっ!兄ちゃんごめん!大丈夫?」

「大丈夫だよ、ごめんな、マーニ」

 

 膝をついた兄に飛びつく小さな少女と受け止めた少年を眺めてから、銀烏と呼ばれた銀砂の髪の少女は臨淵、雨亭、蒼姐の方を向く。

 

 三つの姿を捉えた途端、満月色の瞳が零れ落ちそうなほどに見開かれた。

 造り込まれた人形のように端正な顔に薄っすらと浮かんでいた愉快げな笑いが凍りつき、さっと象牙色をした陶器の頬が青褪める。

 

「こ、こ、ここっ、こ、こんなところで何をやってるんだい爺さん!い、今更化けて出てボクに何の用!?」

 

 わなわな震える指を突きつけられ、臨淵と雨亭は目を瞬く。

 二人の背後で浮遊する蒼い少女だけが、何かを察したかのように遠い目になったのだった。

 




蒼姐は黙っていればクールビューティ美少女です。
師弟のほうも、静かにしていれば無表情がデフォルトで冷たげに見えます。

全員口を開けばどっかアレです。
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