では。
「ごめんよ、キミから感じる気配がふるーい知り合いに似ててさ。つい間違えちゃったんだよ」
許してね、と愛嬌のある仕草で片目を瞑った少女は、
豊葦原の人間で、ソルとマーニの兄妹とは舟の中で知り合い、特にマーニと打ち解け、ソルが舟の仕事で離れざるを得ないときは彼女の面倒を見ている。
「そこのおちびさん、キミは龍の亡骸を継いだ子だろう?あの爺さんの気配があるから間違えちゃったんだよ」
「本当におれを見て、間違えたんですよね?」
「そっ、そうだよ!もちろんそう!キミ以外の誰だって言うんだい?」
「……」
怪しい。
驚愕で凍りついた際の銀烏の瞳には、雨亭だけでなく臨淵や蒼姐も映ったように見えたし、何なら雨亭は銀烏と視線が交わった気がしないのだ。
が、間違えたと言い張られては問い詰めることもできなかった。
鋭い視線を送る虹彩異色の少年から隠れるように、銀烏はソルの背後に隠れて言い立てた。
「ソル!そもそも彼らは誰だい?どう見ても彼ら豊葦原人じゃあない流れ者だろ?……あっ、さてはキミ、まだ武人の夢諦めてなかっただろ!人には適材適所があるってボクあれだけ言ったのに!」
非常によく喋るなぁ、と雨亭はまた頭巾をすっぽり被った下で思う。
黙っていたら精巧な人形のように整っている容姿なのに、口を開けば別人のようになるのは蒼姐と似ていた。
とはいえ、生き生きと喋ってくれるほうが雨亭は好きだった。
と、視線を感じてそちらを見れば小さな少女と目が合う。
ソルと同じ碧眼に、異なる赤枯葉色の髪の少女だった。蛍留と同じか、少し歳上に見える。
幼い少女は、何を思ったのかぱたぱたと兄の膝から離れて雨亭の顔を覗き込む。
「……おめめ」
「ん?」
「あなたのお目め、こっち、どうしたの?ぶつけたの?痛くない?」
少女、マーニが指しているのは翠瞳である。
「これ?……おれは生まれたときからこうだよ。心配してくれてありがとう。見る?」
「……うん」
こくりと頷いた少女の前で頭巾を取る。薄暗い船室の中でも色鮮やかな翠を前にして、少女の口から音が漏れた。
「きれい……。ねぇ銀烏、すっごいきれいだよ!何でかな?」
袖を引かれた銀烏は、事も無げに肩をすくめた。
「何でってそりゃその子の眼って、元々神様の眼だもの。マーニ、キミが大事にしてる絵本に出てくるだろ?月の神様を手伝った神樹を護る龍の話。あの龍のきらきらした眼がこれだよ。片方だけどさ」
「はぁっ!?」
「何で驚くんだよ、ソル。知らないで一緒に来たのかい?塵扶は神が死んでからの七百年、この子みたいに神体の一部を継いだ生命が生まれるんだよ。滅多に塵扶から外へは出ないから、こうして出会えるのは貴重な経験だよ」
「え、じゃあ雨亭は神様なのか?」
「違う違う。少なくとも今のその子は、ちょっと特別な力があるだけの普通の人間。それにしても、キミやっぱり爺さんが使ってたヒトの体と顔が似てるよ。受け継ぐと、顔まで造りが変わっちゃうと聞いちゃいたけど、こうまで似るとはね。大丈夫?身内に拒否されなかった?昔からいるんだよね、顔が違いすぎるから、不貞がどうとかって揉めたり捨てたりする親がさ」
しげしげと銀烏は雨亭の顔を覗き込む。
興味津々な視線を遮るように、臨淵が雨亭を自身の背後に押しやり、銀烏をじろりと見下ろした。
「爺さんと呼ぶからには、お前は龍神と親しかったのか?七百年も前に姿を消した神と?」
「ん?……えっ、あっ!そっ、そんなことないよボク普通の人間だし!絵!絵で見た顔だよ!」
「いやもう誤魔化せるわけないでしょう……」
呆れた声の蒼姐は、ふわりふわりと漂いながら銀烏を見下ろしつつ告げる。
「ソルくんとマーニちゃんに、あなたがどういう説明をしていたかは知りませんが、こちらの知り合いには七百歳以上が二人はいます。天地は広いし、あなたも【ちょっと長生きな存在】と認めるぐらいいいのでは?豊葦原にも長命な者がいるでしょう?鬼とか天狗とか、狐族や猫族とか」
「そっ、そういうキミこそ誰だい!明らかに人間じゃないだろう!あとボクを見下ろすな!」
「わたしが人間でないのは、こちらの二人はとうに知っていますよ。知っている上で、いいと言ってくれていますし?」
「ずっ、ずるくないかい!体もないのに!」
「ずるくないですよっ!あなたは打ち明けられなかっただけでしょうこのチキン!」
「なっ、な、な、何だとぅ!」
天井と床の上で、きゃんきゃんと言い合いう蒼姐と銀烏である。
「蒼姐、落ち着け」
「銀烏も落ち着けって」
臨淵は蒼姐に声をかけ、ソルは銀烏の肩を叩く。
穏やかな顔の金髪の少年は、何とも言えない顔をしていた。
「……銀烏。俺たちは君が人間じゃないって何となく知ってたよ」
「えっ」
「君、暗闇でも平気で歩いてたし、マーニを腕一本で抱えてくれた。力持ちって言うにも限度があるだろ」
「でも、銀烏が言ってくれるまで待とうねって兄ちゃんと言ってたの」
「……ほんと?」
二人揃って頷く兄妹だった。
こちらもこちらで色々とあったらしいと、雨亭は蒼姐と臨淵を見上げる。
臨淵は肩をすくめた。
「……案外いるんだな。凡人でない者は」
「……天魔様も、人間だけど修行して百年ぐらい若いままって。胡陀様も」
「ブリギッドは元々精霊に連なるからと言っていたな。鵲渡はわからないが」
「夜雷様は仙人だから、やっぱりお若いままですよね」
旅路で出会った者は、見た目と中身が一致していないことが多いのである。
まぁ、銀烏が人間でなくともいいかと頷く師弟の背後に回った蒼姐が呆れた目を向けた。
「二人ともまったりしてますけど、わたしたちが出会った彼らは世界的例外ですからね?十連ガチャ一回で、SSR五枚抜きしてるレベルの出会いなんですからね?」
「十連ガチャ……?」
「……えすえすあーる?」
「つまり十枚入りの富くじでアタリ五枚抜きするんです!普通あり得ないでしょう!」
「ああ、そういうことか。確かにな」
いずれにしても、銀烏は普通の人間ではなかったらしいし、ソルとマーニの兄妹に隠していた。
ただ、豊葦原の者であるのは真実で、ソルやマーニと出会ったのはあくまで偶然だったそうだ。
「ボクは、月神の眷属的なアレでさ。月神の代わりにあちこち旅して、情報を送ってるの。ボクみたいなのは他にもいるんだけど。……あっ、権能とかは期待しないでくれ給えよ!何ならそこのキミのほうが神通力じみた力持ってるからね!ボクは単なる宮仕えの凄いやつさ!」
指されたのは雨亭である。
銀烏はその指を一本立てた。
「ボクが本当に宮仕えの者であることを証明しようか。……そっちの面のいいお兄さん、キミ、しばらく前に豊葦原に流れ着いただろ?キミの顔、書類で見たから覚えてるよ。名前は確か……臨淵。塵扶の臨淵だ」
「ッ!」
「ああ、安心してよ。捕らえたりなんかしない。あのとき、流れ着いたキミを、密界者か遭難者かもろくに確かめずメヘラスへ売ったやつらは皆罰を受けた。というか、ボクが属する宮が罰を下したんだ。……キミが受けた扱いを考えたら謝罪なんていくらしても足りないけど、それでもボクたちはキミにとても申し訳ないことをした。……すまなかった」
深々と、銀烏が頭を下げる。
仕草には厳かさすらあり、雨亭は無言で目を丸くする。臨淵も驚いたのか、口を小さく開けていた。
「……頭を上げてくれ。もう、俺には過ぎたことだ」
「……そうかい。……ボクに言う資格はないけどさ、キミが今無事で、一人じゃなくてよかったよ。龍の瞳のおちびさん、キミのお師匠を頼むよ?」
「待て。何故弟子に師匠のことを頼む。逆だろう」
言われ、銀烏はにやりと片頬を上げた。
「だってキミ、なんか大らかで人の心に疎くて足元掬われそうなんだもの。その点、そっちの弱い弟子くんのほうが抜かりがなさそうだ。ねぇ、蒼鬼火ちゃんもそう思うよね?」
「え?えーと……まぁ……最近は良くなってますけど」
「あははっ!否定できてないじゃないか!」
腹を抱えて笑った銀烏を、雨亭はじっと見つめる。
彼女が豊葦原の何か偉い勤め人というのはわかったが、だからこそわからないことがある。
何故、正体を隠して星舟に乗っていたのだろう。
ソルにも、同じ疑問が浮かんだらしい。
「銀烏、聞いてもいいかい?」
「いいよー、ソル。あれだろ?どうしてボクが正体隠してここにいるかってことだろ?」
「……ああ」
「身構えないでおくれよ。……ボクがいるのは仕事さ。豊葦原の星舟の中にどーもキナ臭いのがあってね、疑わしい舟にボクみたいなのが乗り込んで探ってるの」
「疑わしい?」
「そっ。たとえばね────乗り込んだ人と降りた人の数が合わない、そしてその舟は必ず忌みものに襲われている、とかさ」
ぴくり、と臨淵が眉を上げた。
「星の舟は神の加護が授けられているのに、そのような事件が罷り通るのか?」
「加護を授けられた道具を人がどう扱うかは、神と関係ないだろう。神の加護を与えられた宝剣が百人、千人の血に沈もうがそれは使い手の業だよ」
託宣を下すように淡々と告げた銀烏に、ソルが気圧された顔になる。
が、蒼姐は一向気にしたふうもなく、船室の中を夜のクラゲのように漂いながら宣った。
「神であろうと、与えた加護の剥奪ってできませんからねぇ。できるのは上書きだけ。存外使えないというか、厄介の種というか」
「おいっ!厄介で言うなら、キミらの神の置き土産の右に出るものはないだろう!」
「別にわたし龍神君の信徒じゃないですよーっと。臨淵も雨亭くんも、縁はあっても信仰はしてませんし。龍神は神でなくなってその魂はようやく自由になれたのですから、むしろ彼は信じられたくないのでは?」
す、と銀烏の瞳が剃刀のように細まり、雨亭は肌が泡立つのを感じる。
しかし、蒼姐は揺蕩いながら凪いだ瞳で銀烏を見下ろしていた。
「……キミは神の心をかたるのか」
「どうでしょうね?神をかたるのに、わたしより資格がある者はいないと思いますけど」
珍しく、本当に珍しく蒼姐に棘があった。
蒼姐は、喜怒哀楽が三人の中で最もはっきりしている。
臨淵や雨亭への好意も怒りも、裏表なく言葉通り真っ直ぐぶつける。
なのに、銀烏に対して妙に持って回った言い方をしていた。顔は笑顔なのに、目が笑っていない。
銀烏も何か思うところがあるのか、蒼姐から視線を逸らさなかった。
「……蒼姐」
「銀烏」
睨み合うふたりの少女の名を、それぞれ雨亭とマーニが呼ぶ。
「銀烏、やめて。喧嘩、しないで」
「べ、別にボクは喧嘩してるわけじゃ……」
「銀烏」
「わ、わかったよ……」
「蒼姐もやめなよ。銀烏さんに言いたいことがあるなら、いつもみたいにはっきり言ったら?らしくない」
「う……」
この場で最も幼い子どもたちの声に流石に気まずくなったのか、黒髪と群青の髪の少女たちは互いに視線を交わして黙る。
ふたりを眺め、雨亭は首を傾げた。
「二人って、もしかして昔からの知り合いか?」
「違うよ!?」
「違いますけど!」
マーニも、きょとんと首を傾げた。
「でも銀烏は、蒼姐さんを知ってるみたいだよね?なんで?」
「ボ、ボクはほら仮にも月神の遣いだし?そこの鬼火ちゃんの素性ぐら─────」
得意げに胸に手を当てた銀烏が、言葉を言い終わる直前。
ドンッ、と唐突に舟を凄まじい衝撃が襲った。
神を語る/騙るのどちらか。
素性不明トリオは全員龍属性かつ神性属性です。
身体能力等が強化されますが、龍/神性特攻攻撃が全員漏れなく刺さり、刺さる程度は臨淵>蒼姐>雨亭の順です。
基礎的に強くはあるものの、その分特攻ダメージも上乗せ。
蒼姐と銀烏は単なる同族嫌悪みたいなもので、過去の因縁などはマジでない初対面です。