推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


32話

 ドンッ、と激しい衝撃には臨淵(りんえん)が真っ先に反応した。

 

「頭を庇え!」

 

 叫ぶと同時に風が吹き、全員の頭上を覆う。

 が、天井に取り付けられた灯りが風の壁に阻まれて滑り落ちて割れ、船室は暗闇に閉ざされた。

 

「灯りつけます!」

 

 指を鳴らすような音が響き、部屋の中心に白い炎が灯る。

 手のひらに炎を乗せた蒼姐(ツァンジェ)が、浮遊しながら周囲を見渡した。

 

「全員無事ですかっ!雨亭(ユウティン)くん、マーニちゃん、ソルくん?」

「……大丈夫だよ」

 

 子明を柱に突き刺して壁に叩きつけられるのを防ぎつつ、転びかけていたソルとマーニを掴んで止めた雨亭は何とか答える。

 尚、銀烏は滑って転んで額を床にぶつけて悶絶していた。が、即座に起き上がる。

 

「ソルマーニ!平気かい?……うん、平気だね!」

「あ、あはは……」

 

 雨亭に抱えられたまま、ソルは気まずげに苦笑し、雨亭は眉を下げた。

 

「ごめん銀烏さん、おれじゃ手が足りなかった」

「いいよ!ボクは偉いからこんなのどうもないし!……というか、キミたち手慣れてるねぇ。でも何なんだいこの揺れは───きゃあ!」

 

 再びの衝撃が船室を縦に揺らし、銀烏から悲鳴が上がる。今度は臨淵が手を伸ばして、銀烏の襟首を掴んだ。

 

「あ、ありがと……」

「問題はない。一度外に出よう。雨亭、索敵できるか?」

「できます。もう治ってますから」

「よし。ソル、マーニを抱えられるか?」

「あたし自分で歩けるよ!」

「……なら、合図するまで頑張れ」

 

 手早く廊下へ出て、甲板へ進む。

 近づくにつれて揺れはさらに激しくなり、怒号や悲鳴までもが聞こえる。

 一際激しく肌が粟立つ感触に、雨亭はびくりと肩をはねさせた。

 暗闇の底で出会った忌みもの、あれよりも悍ましい気配を感じたのだ。

 

「雨亭?」

「……師匠、忌みものです。多分、人じゃない何かが堕ちて成ったモノがいます」

「人じゃない何か……?豊葦原近海のヤバい忌みものと来たら……レイドボスのヤタウミオロチ……?」

「お、恐ろしいことを言うなよ(ツァン)ちゃん!あ、あんなのボクでも倒せないのにっ!」

「あなたに戦闘は期待していませんよ。それより、今からここで起こることをちゃんと記憶して持って帰るのを頑張ってください」

「キミほんと不敬!」

 

 喧嘩しない!と言いかけた雨亭は、眼が捉えた気配で言葉を飲み込む。

 舟の細い廊下の曲がり角から、男が一人現れたからだ。

 目が血走って息が荒く、明らかに尋常な様子ではない。

 何かを探すような素振りをしながら歩いてきた男は、臨淵が先頭に立って連れ出した四人と浮遊する蒼姐が視界に入るや、顔色を変える。

 

「お前、どうしてここにいる!」

 

 指されたのはソル。

 声を荒げながら近寄って来た男に対して臨淵は眉を顰め、雨亭は子明を巻いた腕を構える。

 金髪の少年は怪訝そうに首を傾げた。

 

「どうしてって、舟が揺れたから出てきたんです。一体どうしたんですか?」

「決まってんだろ、忌みものだよ!いいからそこのガキをこっちに寄越せ!」

「ッ!」

 

 隣りにいるマーニ目掛けて伸ばされた腕を、雨亭は弾いていた。

 裏券で腕を弾き、足の甲を踵で踏みつけて怯ませた勢いで男と兄妹の間に割り込む。

 鏢を手にして、男を睨み上げた。

 小柄な少年から、ぎらりと光る翠瞳と刃を向けられ、怯んだ男の肩を臨淵が軽く掴み、流れるように脚を払って背後へ突き飛ばす。

 たたらを踏んだ男に、臨淵は兄妹と弟子を背後に庇って鋭い視線を向けた。

 

「何のつもりだ」

「忌みものが出たって言ってんだろうが!護衛がやられたんだよ!だったら餌をやるしかないだろうが、そいつはそのために載せた貧乏人だ!」

「……なるほど。ならば、遠慮は不要だ」

 

 臨淵の手が槍を空中に投げ、あ、と蒼姐と雨亭が呟く。

 瞬きの間に、真正面から踏み込んだ臨淵の肘が、男の喉元に深々突き刺さっていた。

 白目を剥いた男のこめかみに、手甲がついた裏拳が叩き込まれ、丸太のように男が倒れる。

 拳を振るうために手放した槍が床に転がるより先に男を床に沈め、槍を宙で掴み直した臨淵は無表情で雨亭たちを手招いた。

 

「ソル、妹を抱えておけ。聞こえていただろう。マーニはソルから離れるな」

「は、はい……」

「う、うん」

「雨亭、蒼姐、二人を任せた」

「わかりました」

「はい」

「銀烏は……怪我をするな」

「ちょっとっ!?」

「時間がなさそうだ。行くぞ」

 

 子明を構えたまま、雨亭は師の言葉に頷いた。

 自分たちは、とんでもない舟に乗り込んでいたらしい。

 船賃も覚束ないソルとマーニが何故星舟に乗れたのかと疑問に思わないでもなかったが、その答えをこんな形で知りたくはなかった。

 行く手を照らすためか、鬼火に戻った蒼姐が呟く。

 

「……乗船者と降船者の数が合わない理由は、これでしたか。最悪です。……確かに、忌みものは獲物を喰らうのに時間をかけますけど」

「そうみたいだな。蒼姐、何か未来視えてた?」

「……ソルくんはこれでマーニちゃんを護れなかったら……駄目なことになりそうです……」

「おれがあそこで目玉取られてたら、終わってたのと同じ?」

「……はい。何で思い出せてなかったんでしょう……顔が様変わりしているとはいえ……」

「でも、まだどうにかできるんだろ?」

「はい!」

「なら、頑張ろう。師匠もいるんだから、きっとどうにかなるよ」

 

 小鳥か仔猫にするように鬼火を指で撫で、雨亭はソルとマーニの後ろから走る。

 ソルに抱きかかえられて後ろを向いたマーニと視線が交わり、雨亭はぎこちなく片頬を上げた。

 笑顔らしいものを浮かべた少年に、青ざめたマーニは少しだけくしゃりと笑顔を見せる。どことなく、蛍留を思い出させる幼い顔だった。

 あの子は元気でいるのだろうか、寂しい思いをしていないだろうかと思い出す間に甲板に辿り着いていた。

 船室へ続く階段から飛び出した臨淵と雨亭を見て、何人かの船員がぎょっとしたのか顔を引き攣らせる。

 臨淵は彼らには目もくれず、星舟の先にいるものを睨んでいた。

 

「あれか」

 

 低いその声に応えたのは、巨大な蛇である。

 舟と同じほど巨体はてらてらと光る緑青色の鱗に覆われ、裂けた口からは牙が覗いている。

 牙の一本だけで並みの人間の男の胴体ほどの太さがあり、頭からは尖った短い角が二本生えていた。

 ただし、蛇体はところどころ崩れて抉られ、骨が見えている。銛や槍、矢や剣までもが突き刺さっていた。

 とうに、あれは生命としては死んでいるのだ。空になった眼窩を見ても、明らかだった。

 基本、忌みものは動く死体であると知っていても不気味なのに変わりはない。

 大蛇を見るやいなや、銀烏が頭を抱えた。

 

「ほっ、ホントにヤタウミオロチじゃないかぁ!」

「あぁあ……当たってほしくなかったのに……臨淵、雨亭くん、ヤタウミオロチの特性知ってます?」

「心臓を潰さない限り死なないと言われているほど、生命力の強い海蛇だ」

「……師匠、あれどう見ても既に心臓潰れてます」

 

 常より龍眼を光らせながら、オロチを見上げた雨亭は結論付けた。

 顎下の鱗の一点に、矢や剣、銛が何本も突き刺さっており、その下の肉も見えていた。恐らく心臓であったろう赤黒い塊は、完全に潰れている。

 

 心臓が失われているのに、体は動いているのだ。

 臨淵は、弟子の一言を聞いて顔色一つ変えずに頷いた。

 

「首を落とそう。それで動かなくなるだろう」

「さらっと何言ってるんだい!あれの太い首と骨は────」

 

 銀烏の言葉が終わる前に、臨淵が槍を一閃させる。

 放たれた風の刃が、今にも船体に噛みつこうとしていた蛇の牙を一本砕いた。

 蛇体が大きく仰け反り、耳障りな絶叫を奏でる。

 あんぐりと、銀烏の口が開いた。

 

「……」

「物理的に風が通じるな。行ってくる。雨亭、蒼姐、お前はソルとマーニの側から離れるな」

 

 槍を掴み直して、常人には到底不可能な高さへ跳んだ臨淵を、銀烏は驚愕の顔で見送る。 

 

「ねぇ、塵扶人って皆ああなのかい?」

「いえ、一部がちょっとアレなんです。……そんなことより、現状どうするんですか、宮仕えの銀烏。さっきの船員の話、聞いてたでしょう?」

「……」

「何にせよ、この舟は隅から隅まで調べてもらわないとなりませんよね?そのためには、全員無事に豊葦原につかないと。でしょう、雨亭くん?」

「……そうだね。銀烏さん、武器持ってるなら構えてほしいです」

 

 船室から飛び出してきた乗客たちに、明らかに敵意を向ける船員たちを睨みながら雨亭は応えた。

 よく見れば、甲板には何人か護衛らしい人間が転がっていた。幾人かは手足が千切れており、もう助からないだろうと予想できる。

 舟の護衛では歯が立たないと判断したために、【餌】を与えることにしたのか。

 幼い子どもを、マーニを、家族から奪って。

 

 ────今すぐ、こいつら全員ずたずたに───。

 

「雨亭!」

 

 翠の片眼を異様に光らせ、鋭い犬歯を剥き出しにして唸っていた少年は、名を呼ばれて顔を上げる。

 

「ソル?どうかしたのか?」

「俺は大丈夫だけど、雨亭、眼が……」

「光ってるだけだ。問題ない」

 

 束の間自分の中に生まれた凶暴さを飲み込むように、雨亭は何度も浅く息を吸って吐く。

 星舟の先では、風で自在に空を飛び回りながら大蛇を削りにかかっている臨淵が見えている。

 今のところ、臨淵が大蛇を一方的に攻撃できているようだった。

 あちらはあちらで気にかけはするが、それよりも。

 

「それ以上、近づくな」

 

 大蛇の脅威が一旦臨淵によって遠ざけられたと悟るや、こちらに向かってきた船員たちである。

 引き攣った顔を見れば、敵意があるのは明らかだった。

 

「……あんたたちは、忌みものに人を喰わせて航海していたんだろう?もうばれてるんだ。陸につくまで大人しくできないのか?」

「……」

 

 ろくに答えず、隙を伺ってくる男たちである。多分、痩せた子どもだけだからと人質にでもする気なのだろう。

 最悪、星舟を動かせる人間だけ残ればいいと雨亭は子明を抜いた。

 それを合図にしたように、一人が棒切れを構えて向かってくる。

 即座に子明が空間を走り、棒を絡め取って男の頭を殴り飛ばす。

 同時に、蒼姐が腕を振ると白炎が立ち上った。炎の壁に阻まれた船員たちの動きが止まり、銀烏が胸を撫で下ろす。

 

「き、キミたちが乗っててほんと良かったぁ。じゃあ、ボクは通信術式を使うから護りよろしく!」

「早くお願いしますよ!」

「が、頑張る!」

 

 手早く詠唱を唱え手印を結び始めた銀烏からそっと目を離して、雨亭はソルとマーニを振り返る。

 荒事に慣れていなかったであろう兄は、顔が引き攣っていた。

 

「ソル、大丈夫……じゃないよな。ごめん。でもおれの師匠は凄く強いから。マーニ、怪我ないか?」

「あたしは平気だけど、ねぇ、さっきのおじさんの言ってた餌って?」

「……」

 

 ソルと雨亭は、気まずげに視線を交わらせる。

 

「安全なところに行ったら、説明する。今は、マーニは兄さんから絶対離れるな。二人、くっついておいてもらわなきゃ、護れない」

「……うん、わかった」

 

 一対一なら、雨亭は船員の誰にも負けない自信はある。しかし、人質を取られれば抵抗できなくなる。

 加えて、自分が臨淵にとっての人質になってもいけない。

 その臨淵と忌みものの戦いは、まだ続いている。

 舟を庇いながらの臨淵と、素早い臨淵を捉えられない大蛇という拮抗状態に陥っているのだ。

 そして体力勝負になれば、動く死体も同然の忌みものに軍配が上がってしまう上、臨淵も生身の人間だから、虚海に落ちれば忌みものに成り果てる。

 ちかちかと、龍眼が星の瞬きのように点滅した。

 師の戦いを食い入るように見つめる少年の背に、蒼い少女の指先が触れた。

 

「雨亭くん、行ってきて大丈夫です」

「え?」

「臨淵の援護です。行きたいんでしょう?わたしがいるから、ソルくんとマーニちゃんと銀烏は護れます」

「で、でも、蒼姐、炎使ってて……無理したら消えるだろ」

「これだけ闇々しい空間なら大丈夫です。ほら、わたし陰キャ……もとい陰や月属性だから夜限定で強いって知ってるでしょう?」

「……」

「虚海は永遠に夜に等しい空間です。ここならわたしは大丈夫。だから、臨淵のところに行ってあげてください」

 

 く、と雨亭の喉が鳴る。

 刹那の間瞳を閉じ、開いた雨亭は強く頷いた。

 

「ありがと、行ってくる。炎は下げなくていいから」

「えっ?」

 

 蒼姐が聞き返すより先に、雨亭が跳ぶ。

 軽く足を曲げただけで、並みの平屋の屋根より高く跳び、くるりと宙で猫のように前転した雨亭は白炎の壁を越えた。

 そのまま一直線に、放たれた矢のような勢いで跳んでいく雨亭に、蒼姐は目と口を丸くする。

 確かに足枷が外れてから体が軽くなったとは言っていたが、そこまでとは聞いていない。

 自分の身長、縦に三人分は軽々跳んだのだあの十歳児は。

 ぎょっとした顔で固まりかける銀烏を他所に、蒼姐はほわりと表情を蕩けさせる。

 

「…………はわぁ……」

 

 生き生きと動くその姿が心底眩しくて嬉しいと言いたげなその呟きと瞳に、銀烏は目を丸くしながら手印を組み終えるのだった。

 




次回、師弟二人でレイドボスと戦います。

ちなみに三ヶ月の行方不明の間、雨亭は体の時間が進んでいません。
ので、誕生日どうしようかと残り2名は考えてます。
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