推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


35話

 

 

「おはよう皆!よく眠れたかい?一日ぶりのボクだよ!」

 

 月神の国、豊葦原の港、抱月港に建つ宿二階の窓枠に仁王立ちして、朝から早起きの烏のように囀る少女がいた。

 彼女の名は、銀烏。

 先日、虚海を渡る星舟での一騒動で一役も二役も買った隣界からの客人たちを迎えに来た少女の前に広がっているのは、雑魚寝状態でまだ眠っている四人だった。

 

 草を編んだ敷物、畳の上に寝具を直接敷いて眠るのは、豊葦原特有の文化である。

 寝台で眠る文化の中で生まれたソルにマーニ、臨淵(りんえん)雨亭(ユウティン)は、寝床を整えたはいいものの、お腹がいっぱいではしゃいだり、形が気になったり、疲れで目が冴えて寝付かれなかったり、寝心地が良すぎて眠れなかったりで、寝るのが遅くなった。

 

 銀烏が朝の光とともに現れたとき、のろのろと反応したのはソルだけである。

 その少年にしたところで、妹に寝間着の裾を引っ張られて再び寝入ってしまう。

 

「朝早いですよ銀烏……。皆さん疲れが溜まってるのに、夜明けとともに襲撃しないでくださいよ。早起きの烏ですか……」

 

 霊体でふわふわと漂う蒼姐(ツァンジェ)は、不機嫌そうに口を尖らせる。

 銀烏も、部屋の惨状を見てさすがに小さくなる。

 音も立てず、彼女は手すりから部屋の中に入った。

 

「ご、ごめんよ……徹夜明けそのまま来ちゃった……」

「……星舟の事件の?」

「うん。……詳しいことは言えないけど、相当根が深そうだからね。追加でキミたちにも話を聞くことになりそうだ。ほら、ね?」

 

 銀烏の瞳が、ついとまだ眠っている少年に向く。

 臨淵の傍らで、雨亭は瞳を閉じ胎児のように手足を縮めて眠っていた。

 彼の師匠は、小柄な少年を庇うように布団をかけてやったその姿勢のまま眠りに落ちている。

 二人とも、穏やかに寝息を立てていた。

 

「雨亭くんと臨淵が龍眼に天秤槍だから、ですか。居合わせたのはただの偶然ですよ」

「……そうだろうね。彼らは龍の力で自我を潰されても、欲にも飲まれてもいない。とても強い魂だ。今回も、たまたまなんだろう。たまたま、他所の神の力を持った者が二人もいただけなんだろう」

「……」

「蒼ちゃん。キミが幾年(いくとせ)生きているかは知らないけど、塵扶から神が消えて七百余年。もう次代の神が生まれて然るべきだ。ひょっとしたら、もうとっくに生まれているかもしれない」

「……だとしても、二人は違います」

「うん。彼らはあまりに向いていない。ならないほうがいい。でもそれはボクの感想だし、宿った力は力だ」

 

 はぁ、と物憂げに銀烏は息を吐いた。

 

「忠告しておくよ、(ツァン)ちゃん。キミにも龍の爺さんに連なる力があるだろう。あの炎がそうだ。それを、周りがどう見るだろうか。……キミに体がないのは、()()()()()()じゃないのかい?己に過ぎた力で自らを滅ぼすのはよくある。ありすぎて、ボクはもう悲しめなくなっちゃったくらいだ」

「……」

「キミの体は確かに人間じゃないんだろう。でも、魂はどうだい?……そっちの二人は、キミが誰かをあまり気にしてないみたいだけど」

 

 朝の冷たい風が薄暗い部屋に吹き込む。

 ん、と雨亭が寒がるように喉を鳴らし、その声が聞こえたのか臨淵の手が布団を引き上げて雨亭へかける。

 眠ったままの彼らへちらりと視線を向け、銀烏は肩をすくめた。

 

「なんでなのかなぁ?心を預けあってる相手なら、人間はもっと知りたいって思うんじゃないのかい?曝け出したいし、曇りのないものをこそ信じたいだろうに」

「……でも、あなたもソルくんとマーニちゃんに自分の正体、隠してましたよね」

「んっ!」

「やさしい嘘の中で生きていたい、隠したまま側にいたい。真実は痛いだけで、事実はもう亡い。……銀烏、あなたにもわかるんじゃありませんか?……あなたにそれを許してくれるひとがここにいるかは、わかりませんけれど」

 

 月の神の国の少女の瞳が針のように窄まり、地に足がつかない少女はそれを見下ろす。

 

 二人の少女の間の微妙な均衡を壊したのは、やかましい金盥を叩くような音だった。

 

「ひぇっ!?何の音だよ!」

「臨淵!」

 

 銀烏は飛び上がり、蒼姐は勢いよく振り返る。

 ジリリリリンという音の発生源は、臨淵の枕元に置かれた四角い小箱だった。

 しかし、ばしん、と畳が凹む勢いで小箱を引っ叩いて音を止めた青年は再び布団に潜り直し、代わりに隣の少年があくびまじりに起き上がる。

 のそりと上半身を起こした雨亭は、ゆさゆさと臨淵を揺さぶった。

 

「ししょお、朝ですよ……」

「……ぅ゙」

「どこから声出してるんですか。水、もってきます」

「……」

 

 うめき声を漏らして布団へ潜り直してしまう師匠の横で弟子は立ち上がり、そこでようやく銀烏と蒼姐に気がついたように目を瞬いた。

 

「おはよう、蒼姐、銀烏さん」

「おはようございます、雨亭くん」

「お、おはよう。よく眠れたかい?」

「お陰様で。……えっと、すみません。仕度してきます」

 

 ぱたぱたと少年が駆けていき、少女たちは顔を見合わせて苦笑し合うのだった。

 

 

■■■

 

 

「改めておはよう皆!よく眠れたかい?マーニ、布団はどうだった?」

「ふかふかしてて気持ちよかった!ありがと、銀烏」

「うんうん、よかったよかった」

 

 銀烏は満足げに頷き、改めてきちんと起きて服を着た五人を見渡した。

 場所は宿屋の近くの丘に建てられた東屋である。

 

「自己紹介だね。ボクは豊葦原の月神に仕える神官が一人、銀烏。神通力の類はお粗末だけど、人間でもない。キミたちに通じるように言えば仙人かな。まー、長生きだけが取り柄と思ってほしい」

「不老長生だから、龍神を知っていたのか?」

「そうそう。あの爺さん、神になって間もない頃、うちの神にあれこれ教えてくれてたの」

「なら、銀烏さんは夜雷様も知ってますか?」

「え、キミたちあいつと知り合い!?……もちろん知ってるよ!」

 

 ぴしゃりと額を叩いて、銀烏は続けた。

 夜雷は千年以上前から生きており、銀烏も何度か顔を合わせていたそうだ。

 

「速く飛ぶ翼を持ってて、歌と花の好きな明るいやつだったんだけど、邪仙に捕まっちゃったんだ。で、龍神に助けられて、忠誠を誓ったの。今も妖魔退治して人の世を護ってるんだよね」

「はい」

「やっぱりか。爺さんが消えたとき、うちにおいでよって誘ったんだけどなぁ……。残ってる仙人たちとそりが合わないからさぁ」

「合わない?」

 

 思わず聞き返せば、銀烏はこくりと頷いた。

 

「そうだよ。知らない?燕鳴仙君は、龍神の復活を最初から望まなかった。もう、神君は安らかに眠っていいはずだと言ってね」

「他の仙人は違うのか?」

「うん。だからね雨亭、気をつけなよ。仙人は必ずキミの亡骸から眼を拾いに来るよ。墓を開けてでもね」

「そうなんですね」

 

 平坦な答えの雨亭にソルがぎょっとしたように雨亭を見た。

 己の体が死後腑分けされようが野ざらしになろうが、どうでもいいのは雨亭の本心である。

 少年は葬式に出たことも、墓に詣でたこともない。亡骸は見ていても死者の弔いに疎かった。

 

「銀烏さん、それよりおれを塵扶から出してくれた夜雷様は大丈夫なんでしょうか?他の仙人様と揉めたり……」

「戦いなら夜雷は塵扶の仙人最強だから、平気なんじゃない?少し前にもあいつ仙人たちとごたついたみたいだけど、全員ぶちのめして切り抜けたみたいだし。友と呼べる仙もいないわけじゃない」

 

 夜雷と出会ったばかりの三人は無言で顔を見合わせ、銀烏は苦笑した。

 

「頑固者だけど、いいやつなんだよ。龍の力を継いだ人間はいつも気にかけてる。痛い目見たのも一度や二度じゃないだろうにさ」

 

 懐かしむように銀烏は言い、首を傾げる。

 塵扶からの一行には、今他に聞きたいことがないと感じたのか、黙っていた兄妹へ目をやる。

 

「はてさて、そこの爺さんの縁者の逞し三人は一旦置いとこう。……キミたちだけども、()()()()()()()()?」

 

 母親を亡くし、父親を頼って世界まで越えてきた二人へ向ける銀烏の眼差しは優しかった。

 彼らが知り合った経緯を雨亭は聞いていないが、自分たちと臨淵のようなことがあったのではないかと思っている。

 

「ソルはお父上みたいになりたいって言ってたけども、まだそう思うかい?」

「……いいや。もう思ってないよ。臨淵さんや雨亭の戦い見てて、上手く言えないんだけど……諦めがついたっていうのかな。オレはああはなれないなって思えたんだ」

 

 虚海の闇の上で大蛇を相手取った師弟は首を左右に倒す。雨亭の耳元で鬼火の蒼姐がこそりと囁いた。

 

「雨亭くん、ソルくんの未来なんですけど、わたしが見ていた未来の中だと彼は星舟の事故で妹さんを亡くしてるんです」

「マーニを?」

「はい。……それがきっかけでソルくんは豊葦原の神への復讐者になってしまったから……ただの事故ではなかったんでしょう」

「……」

「わたしたちがあのタイミングで乗り合わせて、雨亭くんがソルくんを呼び止めたから、そうはならなかったんですよ」

「……そっか。なら、よかった」

 

 些細な偶然がなかったら、今目の前で兄の膝にしがみついているマーニの生命が絶たれていたとのは恐ろしい。

 それでも今、無事でよかったと思うのも雨亭の本心だった。

 銀烏は尚も続ける。

 

「丁度いい話があるよ。実はさ、うちの月神は食べるのがだーいっ好きなんだよ。神饌用の宮まであるくらいなんだよ。で、最近そこの料理人に空きができたの」

「え?」

「で、ボクはキミを推薦しようかと思ってさ。無論、試験があるからなれるかはわからない。でも、どうかな?月神の民の血を半分受けているなら、キミにも資格はあるんだ。ボク、キミの料理がだーいすきなんだよ」

 

 磨いた玉のような瞳を輝かせた銀烏が、こてりと首を傾げてソルを見つめる。

 ソルの瞳がはらりとほどけた、次の刹那。

 

「ん?」

「え」

「わわっ!?」

 

 ソルが両手を広げて、銀烏を抱きしめたのである。

 臨淵と雨亭は目を瞬かせ、蒼姐は火の玉のままぽーんと跳ね上がる。

 一瞬凍った銀烏だが、あっという間に滑らかな頬が真っ赤に染まった。

 

「にゃ、にゃ、何するんだいキミはァッ!」

「兄ちゃん!?」

 

 吠えた銀烏の肘がソルの腹に刺さり、浮いた体の顎を掌底が打ち抜く。

 ソルの体は吹っ飛び、雨亭がひとまず後ろに回って受け止めた。

 

「うわっごご、ごめん!いやごめんじゃない!何でボクが謝るんだ!いきなりなにするんだいこのスットコドッコイ!!」

 

 顔から湯気が出そうな勢いの銀烏の肩を、蒼姐がちょんと突く。

 

「銀烏銀烏、今のはメヘラスではまぁまぁに一般的な仕草です」

「えっ。……あっ!」

「ハグまでしちゃうなら、よっぽど嬉しかったんでしょうね。……豊葦原では、家族恋人以外の男女間の触れ合いはほぼないってソルくんは知らなかったんでしょう。それか、知ってても嬉しさが上回ってしまったか」

「うぅううう……」

 

 ソルの瞼を持ち上げて完全に目を回しているのを見、幸い頭は打っていなさけだと確かめていた雨亭は、二人の会話を聞くともなく聞く。

 すっ飛んできたマーニに、兄は大丈夫だと伝えていると、銀烏はようやく己を立て直したらしかった。随分長く生きているようだが、随分(うぶ)なんだなぁと雨亭は思う。

 こほんと咳払いし、銀烏はマーニを見下ろす。

 

「あ、あのね、マーニごめん、あとで薬出すよ……」

「大丈夫だよ。今のは兄ちゃんがドジ踏んだだけだもん」

「そ、そう?……えーと、ボクなんの話しようとしてたんだっけ……あ、そうだそうだ!料理人選定の話!」

 

 手を打った銀烏は、今度は雨亭たちの方を見やる。

 

「ソルがこうなっちゃったから先に言うんだけど、キミたち豊葦原を旅するんだろう?」

「ああ」

「なら、ソルとマーニの護衛と手伝いを頼めないかい?……今回の料理人の試験ってさ、かなり武力が必要で……狩人くらいいないとだめなんだ。でも、ソルが今から見つけて雇うのは至難の業だからさ」

「……料理人を決める試験じゃないのか?」

 

 不思議そうな臨淵に銀烏は首を縮めた。

 

「正真正銘、料理人選定試験だよ!でも今年の試験科目の食材がさぁ……ヤタノハクギョなの」

 

 瞬間、蒼姐がまたしても飛び上がった。

 

「人間丸呑みできるサイズの特大フィッシュモンスターじゃないですか!?出題者何考えてるんです!」

「ボクだって選定基準が()()()過ぎるって言ったよ!けど聞いてくれなかったんだあの食いしん坊が!誰だよぉ!アイツに、八咫之白魚(やたのはくぎょ)の肝は頰が落ちるほどですよって吹き込んだのはぁ!見つけたら絶対どつき回してやる!」

 

 誰かに対しての鬱憤が溜まっていたらしい銀烏は真剣に泣きの入った声を上げ、東屋の卓に突っ伏してしまう。

 そのつむじを見下ろしてから、雨亭は臨淵を見る。

 傍目から見れば無表情だが、見慣れた雨亭には臨淵がかなり乗り気なのがわかった。

 

「……師匠、大きくて美味しい魚、そんなに食べてみたいんですか?」

「……」

 

 はっと我に返ったように、臨淵は雨亭を見る。

 そういえばこの師匠、一人旅が長かった割に料理の引き出しが多かったっけと雨亭はこれからの展開が予想できて苦笑した。 

 




闇落ち世界線でも、ソルマーニ兄妹は銀烏と接点ありで、少年×人外になりそうなのがソルと銀烏です。
別世界線だと悲恋、こちら世界線だと現状ラブコメです。

雨亭にも恋愛的なメインヒロインはおります。

蒼姐は、姉的な誰か及び相棒です。
というか彼女、本来は推しカプの壁になりたいタイプのオタクなので雨亭と恋愛フラグは立ちません。

ハロウィン記念短編書くのでアンケート設置します。
「一方その頃〇〇は…」の要領で別キャラ視点の話になります。
選択肢は
①蛍留と地玄
②ブリギッドとレーニ
③鵲渡と蘇貞
です。
夜雷は三章キーキャラなので今回はいません。
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