アンケートにより、選ばれたのは病みそうお嬢と胃痛護衛です!
では。
髪でも爪でも、骨の一欠片でもいいからほしかった。
あのひとが、確かに生きていたんだっていう証が。
でも、それすら叶わなかった。
当たり前だ。
わたしは彼の、何でもなかったから。
友人でも、家族でも、何でもない他人。
ただ、あの人の気まぐれで手を差し伸べられただけ。
あなたはやさしいから、わたしじゃない誰かにも、きっと同じように手を差し伸べる。
あなたが手を伸ばす相手が、必ずわたしでないといけない理由もない。
わたしの運命はあなたでも、あなたの運命はわたしじゃない。
それを認めるのは、涙も出なくなるほど、つらかった。
■■■
今日も今日とて、山の中に氷の風が吹く。
触れたものを凍てつかせる霊風に狙われた少年────
「あぅっ!」
冷風を放ったのは、小柄な幼い少女。
自身の放った冷気が絡め取られ、制御を失ったのを感じた彼女は立ち尽くす。
その隙に一跳びで間合いを詰めた地玄は、槍の石突を少女の頭に振り下ろす───寸前で止めた。
「
「は、はいっ!」
少女───天魔の娘、蛍留は剣を手に持ったまま頬を紅潮させたまま頷く。
熱心なその少女に応えるように地玄は頷き、太陽の位置をちらりと確認して口を開く。
「蛍留様、じゃあそろそろ休憩にしましょう」
「わ、わたしまだやれます!」
「なりません。これ以上は体の成長の妨げになります。天魔様が今日はお帰りになりますから、夕食をご一緒にする支度もしなくては」
言い聞かせれば、蛍留は手にしていた鍛練用の両刃の剣を見下ろして肩を落とす。
まだまだ小さな少女の落ち込みっぷりを見ていると、ちくりと地玄も罪悪感に刺されるのだが、いやここで負ければ駄目だと頭を振る。
「……ありがとうございました、地玄師兄」
「蛍留様、俺はあなたの師兄ではないと……」
「わかってます!でも、わたしがそう呼びたいんです!また明日!」
言って、顔に傷がつかないかとハラハラした顔で待つ侍女の下へ蛍留は戻る。
その背中を見送る地玄の肩を、乱暴に叩く手が一つ。
「なーにしょぼくれた顔してるのよ、弟」
「……姉上が元気すぎるんだ」
背後から地玄を引っ叩いた少女、
双子のようによく似た一つ歳上の姉である。
次に何を言われるか予想できて、地玄はため息をつきたくなった。
「あんたが落ち込んで何になるっていうのよ。今はお嬢様の指南役に集中しなさい」
「……わかってるよ」
「わかってないでしょ。勝ち逃げされたからって、いつまでも死んだやつを引きずるものじゃないわ」
「姉上!」
思わず声を上げてしまう。
地玄と黃天の姉弟が、小さなお嬢様のお守り役になってから数ヶ月が過ぎたある日のことだった。
■■■
「あの人の最期を見たのは、あなただって聞きました。わたしに、そのときのことを教えてください」
蛍留にそう言われたとき、地玄は初め誰のことを言っているのかわからなかった。
一秒経ってから、蛍留の言うのが最近自分が最期を見たある少年のことだと気がついたのだ。
彼は、地玄の中に決して浅くない棘を刺していった。
何しろ、地玄が今息をしているのは彼のお陰であり、雨亭はその過程で地玄ともう一人を庇って生命を落としたも同然だからだ。
二人がいなかったら、雨亭は恐らく生きて戻ることができたろう。
少年は、己が助かる機会を、二人を庇ったため失った。
目の前で庇われた地玄からすれば、冗談ではないというのが本音だった。
誰が助けろと頼んだんだとか、俺より弱いはずのくせに余計なことしやがってとか、言いたい文句は悪口雑言含めて山ほどあれど────投げつける相手はこの世にいないという事実しか地玄には残らなかった。
一緒に助けられた、世界を旅する
尤も、レーニはすぐ彼の師匠とともにどこかへ旅立ったし、地玄はもう二度と会うことはないだろうと思っている。
ともかくも、そんなふうに悶々としていたところに現れたのが蛍留だった。
魔教の中で最も尊ばれる、天魔の愛娘が、雨亭を特別好いているのは知っていた。
大勢の目の前で紅繍花まで送ったのだから、魔教に知らない者はいないと言っていい。
小さな紅の花は、まだ龍の神がこの世にいた時代に、故郷を離れる想い人に娘が贈ったと伝えられているのだから、つまり、そういうわけだ。
孤児で教養もなかったろう雨亭は、花の意味を理解していなかったかもしれないが、渡されたものを受け取った事実は変わらない。
まぁ、雨亭は女に好かれそうな顔ではあった。
表情には乏しいが顔立ちはやわらかく整っており、翠色と黒色二色の瞳は不思議と人目を惹いた。
まだ雨亭が魔教の弟子であった頃、やけにつらく当たっていた一部の師兄師姉はあの瞳の奇妙な光に魅せられていたような気さえする。
玉のような瞳ごと己のものにしたいのに、一向に雨亭が折れも靡きもしないのが癇に障っていたのでは、と思うのだ。
ゆえに、地玄は蛍留が雨亭に花を渡したときも驚かなかった。
だが、遺骨でも拾うかのように、蛍留が自分へ話を聞きに来るとは思ってもみなかったが。
そこまで想いが深いとは、知らなかったのだ。
「俺に話せることなんて、ほとんどありません。俺はあいつとあの日ぐらいしかまともに話していないし……」
「いいんです。それでいいんです。あの人のことなら、なんでも教えてください」
そう。
レーニのような友人ですらない、敵と言える間柄だったのに、雨亭は地玄を庇った。
地玄は雨亭がやけに大切にしていた蒼い鬼火を消そうとしたのだ。あのとき、雨亭は本気で地玄たちを叩き潰した。
見捨ててもおかしくなかったのに、雨亭は最期まで地玄を助けることに躊躇いを見せなかった。
だから、地玄には周りの大人たちが言うように弱い雨亭は死んで当然だったのだと思えなかった。
あのとき、あの場で最も強かったのは雨亭だった。
触れれば魂を失って廃人になる海から、二人を守りきったのだから。
引きずってでも足手纏いを助けると言う自分の想いを貫いた雨亭は最も強く、わけがわからないまま助けられた地玄は最も弱かった。
蛍留は、そういう雨亭を知りたいと言ったのだ。
自分も助けられたから、だから、知りたいのだと。
真っ直ぐに告げた蛍留には、本当にまだ十歳にもなっていない少女であると信じられないほどの迫力があった。
蛍留にねだられるまま、雨亭とのやり取りをすべて話して、その過程で以前雨亭が蛍留の生命を助けていたことも知った。
そのときも、やはり雨亭は自分を投げ出すように蛍留を守ったらしい。
「あのひとは、蛍留ってわたしの名前を呼んでくれたんです。自分がこわくても、ぜったいにわたしを離さずに、はげましてくれました。……名前を、あんなにやさしくよんでもらったのも、あのひとがはじめてだったんです」
天魔様ではないのですか、とは聞けなかった。
蛍留の眼が、あまりに真剣だったから。
その眼を見て、地玄はもういない雨亭にさらに文句を言いたくなった。
お前はどうして、これほど一途に想われていたのにあんなことをしたのか、と。
嫌いな人間を庇って自分が戻らないなんて、馬鹿だと。
「おなじですね。あのひとはわたしのことも知らなかった。知らないまま、ただそこにいたから、守ってくれたんです」
「……」
「どうして、なんでしょうね。どうして、あのひとはそんなことができたんでしょう」
わからないんです、と呟く蛍留は黄昏時に立ちすくむ迷子のようだった。
瞳は暗く沈み、星も月もない夜空のようだった。
きらきらと光っていた翠の左眼と違い、常に黒で塗り潰されていた雨亭の右の黒眼と、よく似ていると地玄は思う。
地玄と黃天の姉弟が、蛍留の護衛兼遊び相手として指名されたのはそれからすぐのことである。
黃天は素直に喜んでいたが、地玄は到底喜べなかった。
「蛍留様、どうして俺たちを選んだんですか?……だって」
────あなたは、俺が嫌いでしょう?
そう尋ねられたのは、地玄が素直な性格だったからだろう。
蛍留はにこりと微笑んだ。
深紅の夏の花のような、幼い子どもが浮かべ得ないような笑顔だった。
「よく、わかりましたね」
嫌いですよ、と蛍留は言う。
嫌いどころか、憎んですらいると、淡々と言った。
「だって、あのひとはあなたたちをかばったから、かえれなかったんでしょう?一人なら、あのひとはかえってくることができたのに」
それは事実で、地玄は何も言えなかった。
雨亭が死んだと聞かされた日から、ずっと胸の奥に巣くっている事実を蛍留は淡々と暴いたのだ。
瞳の奥に哀しみを湛えて、笑顔を貼り付けた小さな主の前で動くこともできない。
「わたしはあなたが、あなたたちがうらやましい。あの人が最後にみた人間は、あのひとのきれいな瞳がうつしたのは、あなたとあの旅の人でしょう?わたしはあなたが、嫌いだけど、あのひとが最期にみた人がほしかったんです」
地玄とレーニは、雨亭の最期の記憶に残ることができたのだ。
ほんとうは、あの旅の人にもいてほしかったけれど彼は遠くへ旅立ってしまったから。
だから、蛍留は地玄を選んだと小鳥の囀りのような声で続けた。
「あのひとのお師匠さんと蒼い鬼火さんもわたしはほしかったけれど、どちらもいなくなってしまいました。それが、かなしいです。……わたしは、あのひとがちゃんとこの世界にいて、わたしを助けてくれたという証がほしいのに」
虚海に消えた雨亭の名残りは、何も無い。骨のひと欠片も、髪の一筋も残っていない。
魔教に友人もおらず、無理につれてこられた孤児であったのだから、親戚縁者もいないのだ。墓もない。
魔教の弟子ではなくなったから、建てることが許されなかったから。
雨亭の師匠であった臨淵は、弟子が戻らないとわかったその日に蒼い鬼火だけを連れて山を飛び出し行方を眩ませた。
墓も建てなかったし、悲しむ暇もないと言わんばかりの素早さだった。
彼の力を惜しんだ天魔は追っ手を放ったそうだが、レーニとその師匠が協力したこともあり、彼らは魔教の領域を抜けたと大人たちは話していた。
あの食客殿は、弟子を拾って随分と変わってしまったと。生温く、弱くなったと。
ひそひそと声を潜めて雨亭を貶す言葉だけが流れていては、蛍留は彼を偲びたくても偲べないだろう。
自分を嫌いだと、憎んでいると言う幼い少女に向けて、憎くて嫌いな相手にしか恋した少年の面影を見つけられない一途な子どもに向けて、地玄はひとつ頷いた。
「……わかりました。ではオレはこれから、従者としてあなたを護ります」
もう誰も護ることができない雨亭の代わりに、とは言わない。
それが本心であったとしても、口に出せなかった。
出せないまま月日は過ぎて、地玄は今もこうして、蛍留に稽古をつけているのだ。
蛍留には母親の血筋から水の霊性を受け継ぎ、水を氷結させることに長けていた。同じ水の霊性でも、流体のように変幻自在に操っていた雨亭とはまた異なる才能である。
彼女の天命宝器は【剣】であり、蛍留は氷剣を操るようになった。
天魔の娘だけあってか蛍留には才能がある。一度教えた型はすぐ覚えるし、二度教えれば霊性をまとわせて巧みに斬り込んでくる。
今はまだ年上の弟子であるからと地玄が見ているが、いずれ越えられる気はしていた。
そうなれば、蛍留は四人の魔人の誰かか、天魔から武術を習うのだろう。
この才能の十分の一でも雨亭にあったならばよかったのにと思う。そうすれば、あんなに馬鹿にされて足蹴にされることもなかったろうに。
が、武術大会の際の雨亭は見事な動きを見せていた。
あれはどういうことなのだろうか。
恐らく、彼は本当に魔教と気質がとことんまで合わなかったのだろうと地玄は思う。師事する人間が変わったから、きっとあそこまで強くなれていたのだ。
蛍留の稽古を今日も終えて、地玄はふうと山の木に登って息を吐く。
鳥のように枝に座って山の景色を眺めていると、またしてもあの雨亭を思い出すのだ。
雨亭と初めて出会ったのも、こんな山の中だった。
散々山の中を引きずり回された挙句、肥溜めに突き落とされて出し抜かれたのは、今思い出しても腹が立つ。
よっぽど、雨亭はあの蒼い鬼火が大切だったのだろう。
まるで、本当の人間がそこにいるかのように話しかけていたし、どんな奇異の眼に晒されても平気な顔をしていた。
鬼火憑きだと言われていたが、雨亭はまったく憑りつかれているふうには見えなかったのだ。
あの鬼火は雨亭にとっての何だったのだろう。
どこの誰だったのだろう。
それさえも、地玄にはもうわからない。
思わず鉛色のため息を吐く地玄の耳はふと何かの羽音を聞きつける。
見上げれば、小鳥が一羽真っ直ぐに地玄の肩へと舞い降りてくるところだった。
「……お前かよ」
伝書用の小鳥である。
黒い翼と額に浮かんだ白い星の羽模様が特徴の鳥が、誰からの手紙を運んできたのか地玄はとっくに知っている。
鳥から受け取った手紙を開けば、見慣れてしまった右肩上がりの字が飛び込んできた。
『やぁ久しぶりだね、地玄!元気かな?
俺は元気だよ!
師匠についてまたしても塵扶に来たから、君に知らせようと思ってね。君と別れてから随分経つけどさ!』
「うるせぇんだよ。この龍狂い」
手紙の送り主は、あの武術大会の一件で知り合ってしまった旅人の少年、レーニである。
何かの術を使っているのか、レーニは旅立った後もこうして地玄相手に手紙を送って来た。
二度と会うことはないだろうと思っていたのは、地玄一人だけであるらしい。
手紙の中のレーニはやけに馴れ馴れしく、やかましい。
中身は大概当たり障りのないことばかりだが、どの手紙でも必ず龍の話題を一回は出しているので、地玄の中のレーニの印象は龍狂いで固定されていた。
散々大会で地玄を煽ったくせに、何故こんなことをするのかはわからない。
それでも毎回、手紙が届くと読んでしまうのだ。
同じ、雨亭に助けられた相手だから。
だが今回は一体何なんだと、開いた手紙で地玄は固まることになる。
手紙の中で、レーニは明るく綴っていた。
『今回はさ、もうそろそろ君にある秘密を伝えてもいいかなって思って手紙を書いたんだよ。
実はね、雨亭のことなんだ。
あのときから、一年ぐらい経ったよね?』
「……」
思わず、手紙を閉じたくなる。
今更何なんだと言い返したくなり、しかし読むのを途中で投げ出すわけにもいかずに地玄は字を眼で追う。
レーニは、軽く続けていた。
『あいつはね、生きてるんだよ!驚いたかい?』
「……は?」
『驚いてるよね。いやぁごめんごめん。
あの頃の雨亭は色んな奴に狙われてたから危険でさ。俺の師匠と雨亭の師匠が話し合って、死んだことにしちゃおうってなったんだよ。
だから君にも嘘をついた。どう?
俺の嘘、見破れなかっただろ?』
「……」
この時点で、地玄は一度目を閉じて十数えてから改めて手紙を読み直す。
残念ながら、綴られた文字は変わらなかった。
『無事に雨亭が【豊葦原】に辿り着けてまた旅立てたって連絡が来たからさ、君にだけは伝えておこうと思って。
君なら、よそにべらべら喋る性格じゃないだろ?
雨亭も君が気に病んでいるのは嫌だって言ってたしね。だから俺から伝えておくよ。
……雨亭は生きてる!蒼姐ちゃんと臨淵さんと一緒に、無事に旅をしているんだ。
痛い目見たり色んなことに巻き込まれたらしいけど、素敵な新しい出会いもあったみたいだ。
だからさ、地玄も雨亭が自分のせいで死んじゃったんだ、なんて思いつめたりするなよ?
でも、これをあの第二位魔人にはバレないようにしてくれ。
あいつを、本当に本っ当に雨亭に近づけさせないでほしいんだ。頼んだよ!』
「……余計なお世話な上に、なんてことを頼みやがるこのバカは!」
読み進むうち、あの小憎らしいレーニのにやついた笑顔が頭に浮かんだ地玄は吠える。
その場で手紙を破りたい衝動を何とか抑えたものの、思わず手紙を木の幹に叩きつけてしまった。
硬くて分厚い紙が使われた手紙は、はらりと風に乗って木の下へ落ちていく。
白い落ち葉のように地面へ舞い落ちた手紙を、木の下で拾う人間がいた。
木の枝に座ったまま、地玄はひしりと硬直する。
少年の真下、木の根元には小柄な少女が一人、いた。
小さな白い手が便箋を拾い上げ、手紙を読み解いていくのを少年は木の上でなすすべなく見つめる。
やがて、手紙を読み終えた少女は上を見る。
上を見て、兄弟子と目を合わせて、そうして、天魔のたった一人の愛娘は、幼い顔で嫣然と微笑んだのだった。
全員温度差が色々とあります。
とりあえず、鍛冶屋の弟子は再会したときに2回は殴られます。
ハロウィン記念短編のメインペアアンケートです。どこのペアが読みたいですか?
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①病みそうお嬢様と胃痛舎弟
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②鍛冶屋師匠とウキウキ弟子
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③意味深将軍と僕っ娘護衛