推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。




38話

 

 

 まず、と黒い髪の少女は教え子を前にした教師のように指を立てた。

 

「この世界のあらゆる生命は、(こん)(はく)の二つを備えています。心を司る魂、体を司る魄が揃って初めて、生命は個として在れます。忌みものはこの魂を失って代わりに虚海が潜り込まれたからこその、【動く屍】なわけです」

「……そうだな。その法則からは神も逃れられない。だからこそ、魄である己の体を変化させられる神仙や精霊は特別なんだろう?」

「はい。その法則をわたしたちに当てはめれば、わたしが魂、小蒼(シャオツァン)が魄なのです」

「……」

 

 人目につく川辺から橋の影へ移り、土の上に座っていた雨亭(ユウティン)の腕に力が籠る。

 胡坐をかいた少年の足の上には、目を閉じて眠っている小柄な少女がいる。

 

「この世界の【死】とは魂魄の繋がりが断たれ、一つが二つに分かたれることです。たとえば塵扶には僵尸(キョンシー)がいるでしょう?僵尸は術者に操られた動く死体ですが、彼らは要するに魂……心を失った半欠けにあるのです」

「おれ最初、蒼姐は体がないから幽鬼(ゆうき)かと思ってた……」

「ええ。魄の無い剥き出しの魂は幽鬼となります。雨亭くんがそう思って当然です。幽鬼は生前の面影を残してこそいますが、いずれ陰陽のバランスを失って狂うか、元々理性を欠いた悪霊です。だから鬼火は退治されなければなりません」

 

 雨亭はふと、塵扶の将軍、鵲渡(じゃくと)を思い出した。

 彼は蒼姐を指して、陰陽も狂っていない正常な状態だと言い、彼の一言で蒼姐を滅しようとしていた蘇貞(そてい)は剣を納めた。

 蒼姐は以前、自分の状態を完全には死んでいないと言ったのだ。

 魂魄の繋がりが完全に断たれた状態を【死】と呼ぶならば、蒼姐と小蒼が完全な二つに分かれて存在している今は、どうなるのだろう。

 小蒼に名前がなかったことも、彼女が魂の無い魄だからこそと考えれば説明できる。

 小蒼個人を表す名前は、無くて当然なのだ。名前は、魂である蒼姐と揃って初めて意味をなす。二つが一つになってようやく、一つの名前で呼べるのだ。

 魂魄それぞれが違う名を名乗り、個々に確立すれば、訪れるのは二つの存在の完全な断絶である。

 

 そして雨亭は、何の気なしに幼い少女の体を小蒼と呼び、彼女はそれを受け取った。

 小蒼と蒼姐の、二人が生まれてしまったのだ。

 

 声もなく顔色をなくした少年の頭を、半透明の少女は慌てて抱きしめる。

 感触も何もない空気のような腕でも、少女は安心させるように口を開いた。

 

「雨亭くん、もしかして小蒼とわたしが分かれてしまって、わたしが消えてしまうかもと思ったからですか?……大丈夫です。そんなことにはなりませんよ」

「……どうして?だって、蒼姐の体が動いて名前を持って別人になったら、蒼姐は────」

「消えませんから!幽鬼にもなりませんから!……実はその、わたしとっくにこの子との繋がりがありません。戻ろうにも、体には戻れません。……この子も、きっと生まれてから何も貰えなかったんでしょう。こんなに空っぽのままなんて、思ってもみませんでした」

 

 その一言に、臨淵(りんえん)の瞳が剃刀のように鋭くなった。

 

「どういうことだ?」

「は、話せば長くなるんですが……いいですか?」

「この期に及んで遠慮している場合か。すぐ話せ」

 

 風が川の水面を揺らし、水流がうねる。蒼姐はひぇぇと声を上げると口を開いた。

 

「こ、この子は普通にお母さんから生まれたわけではなくてですね!仙術で造られたんです!」

「……?」

「と、とある存在を蘇らせようとした一団がいましてですねっ!わ、わたっ、わたしはその体を目覚めさせるために異世界から急に引っぱって来られた、ただの死人の魂なんですよぅ!でも適合できなくて、ふわふわ漂ってたんです!要らなくなってしまうし、元の世界へも戻れなくなってしまうし!」

 

 元々は普通の一般人です!と臨淵の怒気にあてられたように自棄気味に叫ぶ蒼姐を前にして、元のように目元を緩めた臨淵は首を傾げた。

 

「つまり、お前は元々別人だったのか?異世界とは何だ?七世界とは違うのか?」

「違うんです……。七世界の枠組みの外にあるというか……どこにあるかはわたしにも説明できないんですが、確かに別の世界もあるんです。わたしが最初に生まれた世界は【地球】と呼ばれていました」

「蒼姐はその地球で生まれて死んで、魂だけをこっちへ呼ばれたってこと?」

「本来なら、魂として、魄のみの小蒼の中に入って魂魄揃えた一人分として生まれるはずだった、のか?」

「り、理解が早くて助かります……。というか二人とも、頭の回転速度ジェット機ですか……!」

 

 うまく説明できるわけではないんですと前置きしてから、蒼姐は続けた。

 

「別の世界と言っても、完全に異なっていると言えません。似たような神話や霊術や名前はありますし、この世界の歴史や未来は、わたしたちの世界にも伝わっていました」

「え」

「しかも伝わり方は物語として多くの人々に共有されていました。わたしはそれを読んでいたから、未来が見えるなんて言ってたんです。……未来予知なんてできないんです。嘘、だったんです」

 

 肩を落とす少女の前で、臨淵はあっさりと頷いた。

 

「その点は別に構っていない。お前に予知能力があるとは、大分前から思っていなかった」

「うぇっ⁉」

「過去に読んだ芝居の台本を、無理くり思い出そうとでもしているようだったからな。どういうことかと思っていたが、今の説明で腑に落ちた」

「落ちるんですか今のぼこぼこな説明で⁉」

「少なくとも、俺が感じていた違和感は解消された」

「これで解消されるんですか……臨淵て本当視点がよくわからなくなりますよぅ……あっ、雨亭くんは大丈夫ですか?処理落ちしてませんか?」

 

 雨亭は、軽く肩をすくめた。

 

「……いや、おれも未来予知はないなぁと思ってたよ。だって蒼姐、未来が見えてる割にドジってたし……」

「あぅ!」

「知ってるだけで、見たわけじゃないって何回も言ってたから、たくさん本でも読んでるみたいだなって思ってたんだ。それに蒼姐、おれと最初に会ってくれた日に、健康な体に生まれ変われるとか何とかって言ってただろ。一回は死んだせいで、記憶とか知識が色々絡まってるのかなって。……自分が死んだ記憶は思い出したくないんじゃないかと思って、言わなかったんだけど」

 

 淡々と答えた少年に、蒼姐は飛び上がった。

 

「き、記憶力ありすぎでしょ雨亭くん!あ、あんな些細な愚痴なのに────」

「蒼姐と最初にあった日のことが些細になるわけないだろ。何言ってんだよ」

「ぴぃ!」

 

 衝撃だったのか、半透明の体がさらに透けそうになる蒼姐に、臨淵が手を伸ばして腕を掴む仕草をした。

 

「待て待て待て、蒼姐。今消えるな。説明が中途半端だ。お前の出自はわかった。元の世界では死んでいるが、こちらの世界では死んでいない。というより、魂魄揃って生まれる手前で存在が止まっているんだな?だから幽鬼ではない半幽鬼と名乗ったんだろう」

「何で臨淵はそこまでわかるんですか!普段の発想は脳筋なのに!」

「……俺は迅速に解決したいだけで、何も考えていないわけではない」

 

 かなり不満そうに柳眉を曇らせた臨淵を前に、再び半透明に戻った蒼姐は困ったように腕を組んだ。

 

「あの……二人とも自分たちが異世界で架空の物語として扱われていることに……そこに関して何かこう……思うところは?」

 

 面差しの似た師弟は、顔を見合わせて首を傾げた。

 

「それって、天命みたいなもんじゃないのか?会ってもない人たちにどう知られても、おれは別に何でもいいよ」

「どういった原理で俺たちが記されているかは気になる。物語ならば、書き手がいるだろう。その存在は俺たちを直に観察した上で記しているのか?」

「え、いえ、多分違います……。その、わたしの考えた仮説なんですけど、まず霊力には、あらゆる情報が融けているでしょう?死した魂魄はほどけて宙を漂う霊力になって世界樹へ吸われ、さらには虚海へ還ります。世界樹はアカシックレコード的に……えーと、世界のあらゆる情報を記録しますよね?そして虚海を含めたこの世界と地球は繋がっているんですよ。実際、わたしはその繋がりを使ってこちらに呼ばれましたから。繋がりは霊力でできていて、地球とこちらの世界を霊力は行き来しているんです」

「……この世界の情報が融けた霊力の流れた先が地球だったから、そちらの世界の何者かがこちらの世界を読み取れた、と?」

「そうではないかなと思うんです。わたしの世界では霊力はほとんど言い伝えでしたが、インスピレーションというか、天啓がひらめく人はいました。七世界の情報が融けた霊力を感じ取りそれを読み取って、無意識に物語へと書き下ろす才能のあった人がいたのではないかと。わたしは物語の途中までしか読んでいないから、結論が出せないのですが……」

 

 そうか、と臨淵は呟いて顎に手を当てた。

 

「近いのは巫者だろうか?彼らは精霊や神々と交信すると、己の記憶にない光景や未来を書き殴ると聞いたことがある。それが、神託や予言と呼ばれる代物になるそうだ」

「……それに元々、おれたちの世界は【天】に未来を定められています。その情報も受け取れたなら、未来を物語として書けてもおかしくありませんよね、師匠」

「うん。だとすれば恐らく、蒼姐がいた世界の【書き手】は、こちらの世界では凄まじい才ある巫者になれたんじゃないか?……そちらの才能は俺にはないから、予測しかできないが」

「蒼姐、どうなのさ?」

 

 顔を覆って呻いている蒼姐は、呼ばれてようやく顔を上げた。

 

「ふ、二人とも色々と早すぎません……?わたし、この嘘みたいな状況を人にどう話せばいいのか、ずーっとわからなくなっていたのに……こ、こんなに簡単に受け入れてもらっていいんですか異世界転生……しかも原作キャラに成り代わりしかけたという滅茶苦茶具合で……」

「……俺は誰彼構わず信じたりはしない。共に旅をしているお前だから信じているんだ」

「み゛っ!」

 

 尾をうっかり踏まれた猫のような声を出した蒼姐に、雨亭も続けた。

 

「おれもそうだよ。蒼姐がその……本当に一回、別の世界で死んでたのはちょっと……怖い、けど。……今はもう、いなくなったりしないんだろ?」

「え、えぇ。それはそうです。わたしは小蒼の体には入れませんが、繋がりはあるので彼女が生きている限り、完全には消えられません」

「生身の体になれたりはしないの?それから、蒼姐が体に入れたら小蒼はどうなるんだ?」

「て、適合できる体があればなれます。小蒼も、自分だけの名を持って心が育てば、個として成立できます……。そうしてもらえていなかったみたいですが……」

「なら、二人が二人になれる道、探そうよ。蒼姐、おれはちゃんと蒼姐と生きたいよ。料理食べてもらいたいし、手も繋ぎたい。一緒にやりたいこと、たくさんあるんだ」

 

 こんなふうに、と眠る小蒼の手を握って持ち上げて見せれば、蒼姐はまた固まっていた。

 

「蒼姐?……あれ?聞こえてる?」

 

 おーい、と瞳孔かっ開いて硬直した少女の顔の前でひらひら手を振る雨亭の肩を、軽く臨淵は叩いた。

 

「雨亭、少しそっとしておいてやれ。お前の言葉は、蒼姐を元気づけるのに効き目があり過ぎる」

「……なんでですか?」

「何故だろうな?だが、俺も蒼姐の体を見つけるのに賛成だ。生身の体と変わらない精巧な人形を造る職人がいるとブリギッドに聞いたことがある。世界は広い。方法がないわけではないだろう」

「はい!」

 

 大きく頷いて、雨亭はふと膝の上にいる小蒼を見下ろした。

 蒼姐の体になるはずだったという少女は、無垢な顔で眠っている。

 

「師匠……蒼姐を呼んで小蒼を造ったのは一体誰なんでしょうか?」

 

 蒼姐は、体から弾かれて漂っていたと言った。

 雨亭と初めて出会った夜も、彼女は一人で夜の山をただたださ迷っていた。

 人と語らうのが好きで、世の理不尽に怒ることができて、弾けるような笑顔と言葉を紡ぐ少女が、たった一人で、誰とも話さず地に足をつけられず歩いていたのだ。

 

 小蒼は、まるで獣のようだった。

 雨亭と同じ年頃に見える体をしているのに、あまりにも中身が幼すぎる。

 己の名前を名乗り心を育めば個になれるはずの少女は、何も与えられなかったのだ。

  

 蒼姐をこちらの世界へ呼び、小蒼を造った者は、まさか呼ぶだけ呼んで、造り出すだけ造り出しておいて、己の望みが叶わなかったから捨てたと言うのだろうか。

 二人の【親】が、孤独と白痴を彼女たちに強いたと言うならば、許せるわけがない。

 

 水面を渡る風が、急に槍の穂先のように冷たくなった。

 龍が彫られた槍を握りしめ、臨淵はさぁな、と低く呟いた。

 

「だが、誰であろうと俺は必ずそいつに己の所業の報いを受けさせる。企みがあったからこそ蒼姐と小蒼が生まれ、俺たちと出会ってくれたのだとしても、あまりに無道だ」

 

 はい、と雨亭も冷えた風を感じながら頷いた。その近くの川は、渦を巻いて小さな激流を幾つも生んでいる。

 ちらりと蒼姐を見れば、ようやく硬直が解けたらしい。はっと我に返った顔になっていた。

 

「しっ、し、しし、しぬかと思いました……!わ、わたし推しに認知されたいタイプじゃなかったのに……間近で見聞きしたら劇物ですよ……!」

「あ、やっと戻ったんだ。おかえり」

「た、ただいまです……。あれ?二人ともなんだか目が怖くありませんか?」

 

 ふよふよと近寄ってこてりと首を傾げた蒼姐に、雨亭はそんなことないよ、と平坦に返した。

 

「色々わかって考えることが増えただけだよ。ですよね、師匠」

「そうだな。これからの旅には小蒼も連れて行こう。……この子が、塵扶から豊葦原へどうやって渡って来たのかがわからないが」

「あっ。それはですね、きっと────」

 

 蒼姐がそう言いかけたときである。

 

「みんなぁ!雨亭、臨淵さん、蒼姐さん、小蒼ー!どこー!」

 

 頭上の橋の上から、聞き覚えのある声が響いて三人は顔を見合わせ橋の下から出る。

 見上げれば、橋の欄干からマーニが身を乗り出しており、三人を見た途端顔色を変えた。

 

「いたっ!あの、あのねっ!助けて、兄ちゃんが、大変なのっ!」

 

 市場の方角を指さし、マーニはそう叫んだのだった。

 

 




亡霊系転生者(ガチ)で、原作キャラ成り代わり回避していたという話です。

ちなみに今回一番ダメージ入ったのは、そこそこなブラック職場にて推しのライブ配信で癒やされてたら、とんでもない暴露話と推しのブチギレ模様を聞かされた某少年仙人です。

登場人物増えてきたので、随時更新する五十音順の登場人物一覧でも作成しようかと思いますが、どうしようかとも迷ってます。

また、少し1話のセリフを修正しました。
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