推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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架空原作杯を25日までと思い込んでいた大ポカ作者が通ります。

では。


4話

 

 

 目が覚めたら、雨亭は牢獄の中にいた。

 到底壊せそうにない金属の格子と、冷たい石の床に囲まれた真四角の部屋だ。

 黴臭く血臭蟠るその部屋の中、手足に包帯を巻かれて床の上で倒れていた少年は、やたら元気のいい声で目覚めた。

 

雨亭(ユウティン)くん雨亭くん!起きたんでしょ?ほら起きてくださーい!」

「……蒼姐(ツァンジェ)。あんたの声、すごく頭に響く」

「あ、ごめんなさいっ!でも成功ですよ、ほら!」

 

 くるりと衣の袖を翻し、蒼姐は笑う。その体の輪郭がまたはっきりと結ばれているのを見て、雨亭はほぅと息を吐いた。

 炎を放った蒼姐は、確かに輪郭が揺らいでいた。理屈はわからないが、あれは蒼い少女を消耗させる。

 もう使わないでほしい力だった。

 そんな少年の葛藤など露知らずな明るい声で、蒼姐は彼の顔を覗き込む。

 

「今の状況ですけど、どこまで覚えてます?」

蛍留(けいる)お嬢様抱えて逃げ回って、天魔様の奥さんに攻撃されそうになったとき上から雷が落ちてきたとこまで。あれ、天魔様の力だろ?」

「そうですそうです。あれは天魔の固有技ですよ。大事な娘の危機に駆け付けて、全員打ちのめしたのです」

 

 雷を降らせてか、と雨亭は言いたくなった。

 直接打たれていないのに、まだ耳の奥には雷の音が残っていた。

 

「……蛍留お嬢様は大丈夫だったのか?」

「冰蘭華によってつけられた傷以外は。つまりきみはめっちゃ頑張って成功したのですよ。掠れば凍傷当たれば氷像の凶悪攻撃を全部躱したんですから、雨亭くん普通以上に動けてましたよ。一体どこが落ちこぼれなんです?」

「知らねぇ。師兄や師姉が言うならおれは落ちこぼれなんだろ?」

「あー、これ、嫉妬混じりの悪口を鵜呑みにしてる可能性ワンチャンありますね。そこらへんの性格の矯正もしていかなくちゃですか」

 

 ぶつぶつと呟き始める蒼姐をそのままにし、雨亭は辺りを改めて見まわした。

 鉄の格子と到底抜けられないであろう狭い天窓、冷たい石の床を備えたここは、牢獄である。

 魔教の規則に反した者を投獄する懲罰のための建物であり、雨亭の右脚にも鉄の輪が嵌められていた。

 輪から伸びた鎖は壁に固定されており、外せたものではない。

 

「蒼姐、おれ捕まってるんだけどこれで正解なのか?」

「正解ですよ。雨亭くんが寝ている間に周りの声を聞いたのですが、きみと冰蘭華は今裁きにかけられようとしています」

「裁き?」

「ええ。冰蘭華は忍び込んだ鼠が大切な娘を攫ったから取り戻そうと戦ったと主張して、きみの処刑を叫んでいます。ですが、天魔は雨亭くんの話を聞いてからと言い、きみを牢獄に入れて目覚めるのを待っているんです」

 

 そういう流れか、と少年は目を瞬かせる。

 まともな怪我の手当がされていると言うなら、こちらの話も聞くつもりはあることは察せられた。

  

「なので、雨亭くんは裁きが下るまで護られています。胡陀がきみの瞳を手に入れようとしても、今の状況のきみになかなか手出しはできないはずです。ていうか、あの糞野郎きみが眠っている間に二、三回様子を見に来てましたからね。侵入はできなかったみたいですが」

「……なんで胡陀師兄はそんなにしつこいんだ?ヒマなのか?」

「……さぁ。彼は一度執着したモノを手に入れるために、笑顔で溶岩ダイブするような精神してますからね。もう、よっぽど雨亭くんの瞳が好みだったとしか」

「……」

 

 異常な兄弟子に執着されている今、もしも裁きで負ければと雨亭は考える。

 けれど、考えるまでもなく答えはでていた。

 

 必ず自分は処刑される。

 

 死体はもしかすると、胡陀の手に渡るかもしれない。

 この閉じた魔教の世界では、天魔の決定がすべてなのだ。彼が黒と言えば、白鳥でも烏になる。

 死ぬかもしれないという状況であったが、雨亭は不思議と心が凪いでいた。

 きっと、一人ではないからだろう。

 どのみち、今更慌てたところで道は開けないと雨亭は蒼姐を見上げた。

 

「蒼姐、蛍留お嬢様に話をしてもらうことはできないのか?おれはあのときしか見てないけど、お嬢様は氷みたいに体が冷たくて、傷だらけだったぞ。昨日初めて会ったおれが、彼女にあんなことできるわけないよな」

「残念ですが、蛍留ちゃんは今も眠ったままだから証言はしてくれません。でも、天魔もその点にはとうに気がついていると思いますよ。ほら、きみの体の傷は手当されているし枷も一つだけでしょう?冰蘭華のほうも見て来たのですが、手当ては禁じられて手足をすべて拘束されていました」

 

 昨日まで妻であった女に対して、あまりに情がないやり口だと蒼姐は言う。

 天魔は既に隠されていた実の娘への冰蘭華の行いを、ほぼ暴いているのではないか、とも。

 

「そっか。蛍留お嬢様はおれたちみたいな目に遭ってないんだね?」

「安心してください。彼女はきちんと手当されて、手厚く護られています。だから雨亭くんは、自分のことだけ考えましょう!」

 

 冰蘭華との対決では勝てる可能性が高い。

 だが、すんなり解放されるかと言われれば望みが薄いと蒼姐は告げた。

 

「天魔は娘の存在を本当に厳重に隠していましたからね。ま、冰蘭華に隠し護るための術を逆に利用されて、蛍留ちゃんが虐げられる環境をつくってしまったわけですが」

「……」

「わたしが天魔を駄目親父と呼んだのは、そういう理由からですよ。で、当然ですが天魔は雨亭くんが何故あのときあの場に現れたかを聞いて来るはずです。その一点が明らかにならなければ、最悪きみを処分するまであります」

「……でも、おれは本当に天魔様にお嬢様がいることも知らなかったんだ。何故と言われても答えられない」

 

 蒼姐が教えてくれたからとしか雨亭は言えないのだ。

 しかし何となくだが、蒼姐の存在を知られてはならないような気がしている。

 そも、雨亭は蒼姐の素性を一切知らない。

 尋ねてもおらず、尋ねる気も起きなかった。

 蒼姐が知ってほしくないことを尋ねて、いなくなってしまうほうが恐ろしかったからだ。

 何より、雨亭自身己の身の上を何も持っていない。

 気がつけば、軒先で一人泥にまみれて眠っていて、いたはずの肉親も何も識らない。

 朧げな父母の思い出も、本当に繋がりを何ひとつ持たないのだ。

 どこで生まれ、どうやってここにいるのかは、雨亭には些細なことだった。

 

 少女は、戸惑う少年の頭をぽんと撫でる素振りをした。

 

「はい。なので、もう正直に語ってしまいましょう」

「正直に?」

「ええ。ここでお知らせですが、わたしの姿は雨亭くん以外の者にはただの蒼い火の玉に見えているんですよ。要は鬼火ですね。しかも力をほとんど使ってしまったので、ボヤみたいに弱々しいんです」

「え?」

「理由は後々説明しましょう。とりあえず、何故お嬢様に辿り着けたのかと言われたら、こう言いましょう。怪しげな鬼火を見つけ、追いかけていたらあそこに辿り着いていた、と。鬼火が屋敷へ侵入したので中へ入ったら、鬼火は屋敷を壊しており、そこから冰蘭華が幼い子を虐げているのが見えたと」

「……」

 

 確かに、嘘は言っていなかった。

 鬼火の正体が、よく動いてよく喋る、自称未来が見える少女であるという事実を言っていない点を除けば。

 が、本当に雨亭以外は蒼姐を人間の形と認識できないなら、いくら弁明しても雨亭の行動の理由を証明できないのだ。

 ならば、ただ余計なことは言わず鬼火に導かれて何も知らずにあそこへ行ったとしたほうがまだマシだ。

 事実、雨亭は蒼姐に言われるまで蛍留の存在も冰蘭華の本性も知らなかったのだから。

 

「嘘をつくわけじゃありません。本当のことを一部言わないだけです。それなら魔教の裁きも切り抜けられますよ」

「……あのさ、裁きって、具体的に何するんだ?おれ、一回だけ街に行ったとき裁判っての見たことあるけど、金持ちが貧乏人を罵って金を奪って終わったよ。弱いやつが負けて終わりなんじゃないか?」

「司法が終わってますねそれは!一旦忘れてください!」

 

 こほん、と蒼姐は咳払いをした。

 

「魔教の裁きは特殊なんです。嘘をつけばばれるシンプルな【天秤槍】というモノがありまして、これを用います。この槍の使い手は、この時期なら魔教にまだいるはずです」

「……全然知らなかった」

「天魔の個人的な食客……客人として逗留しているはずですから、公にはされてないんでしょう。でも裁きが必要になった際、天魔はその客人を頼りにしていたそうなので今回のケースで駆り出されないわけはないはずです」

「胡陀師兄みたいなひとじゃないよな?」

「大丈夫!最終的には天魔と訣別して、本編時には主人公パーティーに入っています!配布星四キャラクターとして!」

「?」

「あっ、すみませんつい!えーとにかく、裁きの公平性を心配する必要はありません。天秤の槍の使い手は根は善の部類には入りますし、彼は意味もないのに子どもを傷つける性格では絶対ありませんから」

 

 蒼姐の口調は明るかったが、裁きを切り抜けられてもその後はどうするのか、と尋ねたくなって雨亭は口を閉ざした。

 今はいいとしても、胡陀に狙われる理由がなくなったわけではない。

 蒼姐もわかってはいるのだろう。

 わかっていて、明るく振る舞っている。

 

「なあ蒼姐、蒼姐はどうしてここにいるんだ?」

「はい?」

「帰る道がわからないわけじゃないって言ってたろ。帰る場所があるなら、おれなんかといていいのか?大丈夫なのか?蒼姐はそんなに綺麗なんだから、家族とかに供養してもらったんじゃないのか?」

 

 死した者が渡るあの世へ────万物が生まれては還るべき虚数の天へ上って安らぎを得なくともいいのかと尋ねれば、蒼姐は気まずげに目を逸らした。

 

「あーと……わたしはその……そもそもちゃんと死んでないというか……家族らしいのが、いないんですよね……」

「……ごめん」

「あっ、いえ肉親ぽいのはいるので謝らないでください!さりとてきちんと生きているとも言い難く……社会的にはほぼ死んでいますし……えーと……どう説明したらいいんですか……虚海渡りの贄とかはまだ言えませんし……」

 

 ぼそぼそと急に聞き取りにくく声をひそめた蒼姐を見上げて、雨亭は口を開いた。

 

「蒼姐は凄い炎も出してたけど、あんなことして平気なのか?消えないのか?」

「あれに関しては平気ですよ!夜限定かつただ今充電中なので当分は使えませんが。……大丈夫ですよ、雨亭くん。わたしは雨亭くんの前からいなくなりません。きみがきみとして大人になるまで、側にいると決めましたから。……今は力がほとんど無いボヤみたいなモノになってしまいましたが!」

「……いつそんなこと決めたんだ?」

「昨日です!具体的にはきみが気絶してる間!」

「……そんなの、わからないよ」

 

 雨亭は思わず俯いていた。

 下を向くと、包帯が巻かれた足首に嵌められた鉄の枷が目に入る。

 蒼姐は、雨亭本人が諦めてしまいそうな雨亭を諦めていない。

 雨亭が、無事に大人になる方法を見つけると言ったのだ。

 己の明日のいのちも頼りない少年には、少女の言葉も、彼女の瞳の奥にある願いも、眩しすぎた。

 

 無理だ、と弱音を吐きたくなる。

 自分の一体どこを蒼姐は信じてくれているのだろうか。

 弱くて惨めで汚くて、誰に認めてもらったこともないのに。

 雨亭という名前すらも、蒼姐に与えられたのに。

 

「雨亭くん、雨亭くーん?まさか傷が痛いんですか?」

「……ん、違う。腹減ったなって思っただけ」

 

 それでも今は、ただへらりと少年は笑った。

 ひしゃげたような笑顔を向けられた少女は、あくまでも明るく手を打った。

 

「言われてみれば!雨亭くんっていつから食べてないんですか?ちなみに今は、雨亭くんたちが気絶した夜の翌日の昼ですけど」

「なら丸一日だ」

「はい?」

「昨日の昼飯、食べてないんだ。でもおれ昔から丸一日半くらいなら何も食わなくても動けるから、まだ大丈夫だ」

「大丈夫って言いませんよそれ!雨亭くん耐久力ちょっとおかしくありません?やっぱりその眼なんですか?どんな仕組みになってるかとか、わかります?」

「これ?」

 

 左眼を雨亭は指さして首を傾げた。

 少年の眼は生まれつき左が緑で、右が黒である。翡翠と黒曜石のようだと言われたこともあった。

 緑や赤、黒や茶や青の瞳は、珍しくない。珍しいのは、左右で色が異なっている点だ。

 薄汚れた浮浪児だった雨亭が魔教に攫われて捨て駒としてではなく曲がりなりにも武術の訓練を受けられているのも、元はと言えばこの眼を見られて珍しがられたからだ。

 災難を呼び込んだ瞳は、今度は胡陀に狙われる理由になっている。

 

 森で遭遇した際、胡陀は雨亭を見るや否や近寄って来て顔を覗き込み、宝石よりもきらめくその星を手に入れたいなどと宣った。

 ただ今は時期ではないから見逃す、とも。

 人間の眼に星が宿るわけないのだから、そんなに星を求めるなら、死に星を飲み込んだ世界を取り巻く虚海にでも飛び込んで探せと。

 

「この眼は、おれを傷つけたいやつがどこにいるか教えてくれるんだ。もっと力を込めたら、周りに幾つ生命があるかもわかる。人間か獣か、男か女か、死にそうなのか元気なのかなんてのも見分けてる。壁や水があってもわかる」

「だから、雨亭くんは冰蘭華の攻撃や死角から襲って来た衛兵を避けられたんですね」

「そう。でも、たくさん使えば腹が減る。おれが体力切れで動けなくなったときも山ほどあるし、わかるのはおれに近い危険だけ。今は何にも感じられない。多分体力が少ないからかな」

 

 ほー、と蒼姐は顎に手を添えて興味深そうに頷いていた。

 銀雪宮へ乗り込むとき、蒼姐はまるで雨亭が中を見通せることを知っているような口ぶりだったのに、今は素直に感心しているように見えた。

 未来が見えるという蒼姐の力も、きっとすべてを知るわけではないのだ。

 雨亭は蒼姐を、自分に手を差し伸べてくれたこの少女をもっとよく知りたい。

 この冷たい牢獄の外、輝く太陽の下でも、蒼姐はちゃんと蒼姐でいてくれるのかも、知りたい。

 何かを願うことも、望むことすらも忘れていた少年が、初めて生まれた強い欲求に戸惑いながらも、天窓から覗く格子状に切られた空を見上げたとき。

 

「ほう、随分と面白い話をしているようだな」

 

 背後から聞こえた声に、一気に肌が粟立つ。

 振り返れば、鉄の格子の向こうに一人の青年がいた。

 腰に刀を吊るした見上げるような長身の青年の名を、雨亭は震える唇で呟く。

 

「胡陀、師兄……」

 

 如何にも、と黒髪金瞳の眉目秀麗な青年は蛇のような瞳を細めて笑顔を浮かべたのだった。

 

 




顔と声がいいからギリ許されている枠。
それが【宝珠鳥啄(ほうしゅちょうたく)】胡陀。
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