推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


39話

 

 

 橋の下から飛び出てマーニと合流すれば、幼い少女は息切れでむせかけながら話してくれた。

 市場に兄妹二人だけで戻ったところで、たちの悪い大人に絡まれてしまったという。

 

「に、兄ちゃんはケンカ、弱い、からっ!だから、助けて、ほしく、てっ!」

「わかっている。料理人に拳での殴り合いなどさせるべきじゃない。マーニ、こちらの道で合っているか?」

「う、うんっ!」

 

 そのようなわけで、話を聞いた臨淵(りんえん)雨亭(ユウティン)蒼姐(ツァンジェ)の三人は一目散で市場へ駆け戻っていた。

 マーニを臨淵が背負い、未だ目覚めない小蒼(シャオツァン)は雨亭が背負う。蒼姐は鬼火の形になって、雨亭の頭巾の裏側にしがみついた。

 そのまま疾風のような速度で人々の間をすり抜け、時には屋根や塀の上を使って身軽に走る青年と少年の二人を、人々は呆気に取られて見送った。

 妖怪か⁉などという声を聞き流しながら、雨亭も走る。

 道なき道しかない山の中で風を自在に操る臨淵に追われながら、麓まで走り続ける鍛練を思い返せば、背中に小蒼を乗せて平坦な市場を走り抜けるのは容易かった。

 

「臨淵さん、あそこ!」

「了解した」

 

 串焼きや焼いた餅などのいい匂いが漂う市場の一角でマーニが声を上げ、臨淵が立ち止まる。

 雨亭も勢いよく止まって目を凝らせば、体格のいい男たちに絡まれているソルの姿が目に入った。

 彼らのうちの一人がソルの両腕を後ろに捻じ曲げており、もう一人が彼の前で何か円形の牌を振り子のように振っているのが見えた。

 

「兄ちゃん!」

 

 臨淵の背中から滑り降りたマーニが叫んで駆け出すのを、臨淵が軽く腕を掴んで止める。

 

「待て。お前たちは隠れていろ。雨亭、二人を護れ。蒼姐も雨亭の側にいろ」

「わかりました」

「了解ですよ」

 

 雨亭は頷き、マーニの手を引いて路地裏の物影に入った。

 子どもらが隠れたのを確認するや、臨淵は鞘をつけた槍を手に、無造作に歩き出した。

 木箱の影から雨亭はマーニと共に見守る。今にも飛び出しそうなマーニの耳元で、雨亭は口を開いた。

 

「マーニ、落ち着いて。師匠は強いから大丈夫だよ。合図があったら、おれたちはすぐ動けるようにしておこう」

「……逃げるの?悪いことしてないのに?」

「おれたち皆、ここじゃよそ者だ。逃げるのが一番いいときもある」

 

 ごろつきの十人程度、臨淵ならば傷一つ無く軽くあしらえる。だが、ただのごろつきと見せかけて金持ちのどら息子や武人崩れが混ざっていると、後々報復されて厄介になるのだそうだ。

 臨淵曰く、昔のしくじりから学んだことだそうだ。

 それこそ、名誉を重んじるというこの世界の武人ならば話は違うかもしれないが、臨淵も雨亭も蒼姐も、逃げられるならば逃げる。

 無論、話し合いで決着がつくならそれに越したことはないのだが。

 

 どうなることかと見守る雨亭たちの前で、臨淵はまずソルの腕を捕らえている男の手首を掴む。

 多分、力任せに握ったのだろう。悲鳴を上げて男がソルの手を離すのが見えた。

 同時に、ソルの顔の前で木札を振っていた男が突風に煽られたように顔を庇って後退する。

 その手から牌が取り落とされ、不自然な軌道を描いて臨淵の手に収まる。

 ソルを背後に庇いながら、臨淵は男たちの一団と対峙していた。

 

「どうでしょうあれ。話、聞いてくれてそうでしょうか……」

「……まともな武装してるやつも変に小綺麗なやつもいないから、本当に普通のごろつきと思うけど」

「普通のごろつきって何なんでしょうね」

 

 むぅ、と少し頬を膨らませるような言い方をしてから、蒼姐は自嘲するように瞬いた。

 

「しかしわたしも、随分と鉄火場一歩手前な状況に慣れちゃったものですよ。元の世界では、あんなヤカラなんていなかったのに」

「……え?」

「わたし、とても平和な国に住んでいましたからね。……盗賊も山賊ももういなくて、子どもがほとんど全員学校に通って、文字を読める大人が九割を超えているような国です」

「……」

 

 想像したことがないような豊かさに、雨亭は思わず頬のすぐ横にある鬼火に顔を向けた。

 見知らぬ世界から呼び落とされたという少女は、既に何も言わない。雨亭はゆっくりと顔を前へ戻す。

 少女が、ああも雨亭を取り巻くものに対して、理不尽だと素直に怒りを出せる理由の一端が見えた気がした。

 本来、住む世界が根本から違っていたのだ。今は同じ世界にいても、見ているものが異なって当然だ。

 それでも今は、こうして二人並んで同じ旅路を歩いている。それがきっと、何より大切なことなのだ。

 

「あっ、臨淵が動きました!」

「どっちだろ……。蒼姐、炎幕張れる?」

「まぼろしの炎なら問題ありません」

「うん。おれも水を呼んでおく」

 

 もう少し気温が低ければ、霧も呼び起こせたのだが今は難しい。

 どうなるのかと見守る二人の前で、臨淵とソルは男たちと言葉を交わす。

 肩を怒らせている大柄な彼らと比べれば、長身と言えどそう大柄でもない臨淵は柳のように見える。 

 が、臨淵が厳しい顔つきのまま何かを述べるにつれて次第に男たちの肩は下がり、ぴりりと尖っていた空気が和らぐ。

 程なくして、臨淵が雨亭たちを振り返って手招きした。

 

「兄ちゃん!」

 

 叫んでマーニが飛び出す。

 仔鹿のように跳ね駆けて幼い少女は兄に飛びつき、男たちをきっと睨んだ。

 その視線の鋭さに応えるように、誰の手も触れていない露天の店先に並べられた金物の鍋や刃物ががたがたと独りでに動く。

 

「マーニちゃん、止まって止まって!霊力はダメですっ!」

 

 ぱひゅんと雨亭の肩から矢のように飛んだ蒼姐がマーニの肩に飛び乗り、小蒼を背負った雨亭も追いついた。

 

「師匠、ソル」

 

 どういう決着をつけたのか、槍の穂先を地面に向けた臨淵は腕を組んでいた。

 

「話はついた。彼らはどうやら、ソルを他人と勘違いしていたらしい」

「勘違い?」

 

 勘違いでソルの腕をねじり上げたのがよほど許せなかったのか、殺気こそないが刃物のような目で臨淵は男たちを睨んでいた。

 その瞳に気圧されたのか、おずおずと一人が口を開く。

 

「えぇとそのぉ……近頃市場に、その兄さんが持ってるような木牌とおんなしモンを使うよそもんがいてですねぇ」

「その木牌は、オオガミ様の御印がついてんで、何でも買える便利モンなんでさぁ。で、それに恐れ入った爺さん婆さんがよく確かめもせんで騙されちまって金をふんだくられたんで……」

「オレがそのよそ者ってやつと似てたから、捕まえに来たんだってさ。この人たち、ここの市場の自警団の人らしい」

 

 はぁ、と雨亭は声とも言えない息を吐いた。あまりに肩透かしな話だったからである。

 同感なのか、臨淵も呆れたような白い目になっていた。

 

「その木牌は、神官の銀烏がソルとマーニの兄妹に与えたものだ。名前も刻まれているし、二人が触れれば光る。間違うな」

「へい!仰る通りで!」

 

 臨淵の迫力に負けたのか、男たちの先頭にいた一際目立つ者が応えた。

 マーニの肩から雨亭の肩へふわりと戻ってきた蒼姐が呟く。

 

神印(しんいん)が入れられた木牌は、豊葦原のフリーパスですからねぇ。宿にも泊まれますし、買い物もできます。料理勝負に必要なものをこれで買い揃えるために、銀烏はくれたんでしょう」

「うん。勝負が終わったら返しに来てって言ってたよ。無駄なもの買ったらダメだよって」

「……もしかして、昼食は買ったら駄目だったか?自腹のほうが……」

「ソル、腹が減っては戦は出来ぬって師匠も言ってる。食べ物買って食うのは必要だろ。それに、ソルは豊葦原の味の勉強しなくちゃなんないんだろ?どっちみち何か買って食わなきゃ」

「……そっか。そうだよな」

 

 と、口々に話し合う少年少女を背にして、臨淵はいっそう鋭い目で男たちを見やる。

 

「お前たちは、迂闊な間違いで料理人の腕を損なうところだったんだ。二度と馬鹿な真似はするな」

 

 槍の石突きが勢いよく硬い地面を叩き、男たちを取り囲む風が冷たく研ぎ澄まされる。

 炯々と目を光らせて臨淵は告げた。

 

「理解したならば去れ。俺は彼らを護衛するよう神官、銀烏から頼まれた塵扶の臨淵だ。覚えておけ」

「ハイッ!」

 

 無駄に揃った綺麗な返事を残して男たちが散り、臨淵の眉からようやく険が取れて雨亭も手首の武器にまとわせていた水を散らして息を吐いた。

 

「臨淵さん、ありがとうございます。その、皆の分の串焼きを木牌見せて店で買おうとしてたらあいつらがわらわら出てきて……」

「どこから来たのかって言うから、兄ちゃんはちゃんと名前も家名も名乗ったのに、嘘つくなって言ったんだよ、あいつら!そりゃ、あたしたちはこの世界の人たちみたいな黒い髪も目もないけど、でも嘘はついてないよ!」

「……家名って、父方の家の名を名乗ったのか?」

「ああ。でも考えてみたら、オレみたいな如何にもなメヘラス人が、こっちの名前を名乗ったら疑われるよな。焦って間違えたなぁ」

 

 歩き出しながら、メヘラスと塵扶の血を引く金色の髪の兄は、諦めたように苦笑し、朽葉色の髪の妹は頰を丸く膨らませた。

 

「……母上殿の名前は言わなかったのか?」

「メヘラスは、貴族以上じゃなきゃ家名ってないんだよ。母さんは庶民だったから、オレはただのソルってこと。だけど家名って言われたから、父さんのほうを喋っちゃったんだ」

 

 それを聞き、蒼姐がやや低い声を出した。

 

「ソルくん、こちらで名乗るときは、もうお父様の家名は使わないほうがいいかもしれません」

「……それって、オレたちが名乗るのにふさわしくないから?」

 

 きょとん、とでも言うように瞬いた蒼姐は、頭を振るようにくるくる回った。

 

「いいえぇ!すみません、言葉足らずでした!単にお父様の家名って、人材集めに貪欲なゴリゴリの武人家系じゃないですか!やっぱり、マーニちゃんが見つかっちゃったら、大変なことになるかもしれないなと!」

「あたし?なんで?」

 

 ぱちくりと少女が目を瞬かせる。

 背中の小蒼を背負い直して、雨亭は首を傾げた。

 

「マーニ、霊性使えるだろ。メヘラスは魔力って言うんだっけ?」

「えっ」

「え」

 

 驚いたように固まる兄妹は、臨淵を探すように勢いよく辺りを見回す。

 さり気なく子どもたちから少し離れ、露天で串焼きを数本買っていた青年は視線に気がついたのか、小走りで戻って来た。

 

「どうした?」

「あ、あのっ、臨淵さん!あたしが魔力……ええと、霊性を使えるってホントですか?」

「ん?……ああ、自覚がなかったのか。使えるぞ。俺が見たところ、属性は【金】だろうか」

「わたしもそうだと思いますよ。さっきも、マーニちゃんに合わせて金属のお鍋や包丁がカタカタしていましたし」

 

 雨亭も、そのときにようやく確信を持って気がついたのだ。

 ソルからも霊性を感じていたから、兄妹揃ってその才能があるのだろうと余り気にしていなかった。

 霊性に目覚めていたとしても、戦いの才能があるかは別の問題である。現に、【土】のレーニは戦闘よりも鍛冶の技術に霊性を使おうと四苦八苦していると言っていた。

 

「ソルくんも、霊力は普通に使っているんじゃありませんか?」

「そ、そうだよ。オレは火だから、料理によく使ってる……」

「ならば、火種いらずで火力も自在か?お前は、本当に料理人に向いているんだな」

 

 昼飯のつもりらしい串焼きを全員に配りながら、臨淵は軽く肩をすくめた。

 臨淵は【風】、蒼姐は【火】、レーニは【土】で、雨亭自身は【水】である。

 【金】の霊性持ちに出会うのは、初めだった。

 

「珍しさで言うと、【空】属性と【風】属性がぶっちぎりですが、【金】属性も少なめですし、そも霊力で世界に干渉するのにも才能が要りますからね。火を起こしたり、水を操ったり、風で飛んだり。……マーニちゃんの場合、金属を操れるというところでしょうか?」

「だろうな。金属の武器を手足以外で扱える武人にもなれるだろう。武人だというお前たちの父のような────」

「ならないよ!あたしは兄ちゃんといる!兄ちゃんみたいに料理を作りたいの!父さんのとこなんて絶対行かない!」

 

 言葉を遮られた臨淵は、淡々と頷いて兄の腰のあたりに全身でしがみついたマーニの手にも串焼きを握らせた。

 肉を香草入りのタレに漬け込んで焼いたのか、香ばしい匂いが辺りに漂う。

 

「ならば、今の話はなしだ。金気(かなけ)の霊力ならば、鍋も包丁も操れる対象だろう。自由に使えたらとても楽しそうだ。蒼姐、何か案はあるか?」

「何故そこでわたしなんですか」

「お前は、発想や反応がいつも俺の想像を超えてくる」

「褒めてくれてるんですかそれ⁉」

「そのつもりだが」

 

 師匠と【姐】のいつものやり取りだなぁと、雨亭は貰った串焼きに齧りつく。

 鳥の皮がパリパリと口の中で破れ、塩味の効いた肉汁がじわりと口の中に広がる。

 美味しい、と思いながら二口目を食べようとしたときだ。

 ん、とむずがるような鼻にかかった声が耳元で聞こえ、もぞりと背中で動く気配がした。

 

小蒼(シャオツァン)?」

 

 果たして言葉が通じているのだろうか、と少し不安になりつつ雨亭は背中で目覚めた小柄な少女の顔を覗き込む。

 少女の右眼にぽつんと光が灯り、そこに雨亭が映っているのが見えた。

 眠りから覚めた直後の、覚束なくあどけない顔のままで少女は口を開く。

 

 ─────小さな唇から言葉が紡がれるより先に、薄い腹からくぅという音がした。

 

 その音に、雨亭は自然と笑みを浮かべるのだった。

 

 

 




食い意地の張り方と食事への拘りは、今のところ臨淵が一番。

食べられたら基本何でもいい早食いが弟子で、体がないので食欲がバグっているのが蒼姐です。

フレーム外には、そうしてずっと平和に食べ歩きをしていてくれ…吾はそれだけでいいのだ…と延々祈っているライブ配信視聴中の少年仙人がいます。
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