推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。

では。


40話

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 月神が治める国の市場の片隅にて、龍の国から渡って来た三人の旅人は固まっていた。

 彼らの視線の先にいるのは、一人の幼い少女。

 愛らしい黒い瞳をきらめかせる彼女の前には、空になった皿がいくつも重ねられている。

 器用に箸を使い、つるつると麺を吸い込んでまた皿を空にする少女を前に、呆然と蒼姐(ツァンジェ)が口を開いた。

 

「そ、掃除機ですか……?え、わたしの体、まさかの腹ペコキャラだったんです……?」

「掃除機って何?」

「何だろうな……とりあえず雨亭(ユウティン)、お前はゆっくり食べろよ」

「やろうと思ってできる速度じゃないでしょう、臨淵(りんえん)

 

 三人の言葉を聞いて、ん、と幼い少女────小蒼(シャオツァン)が顔を上げる。

 少し前まで雨亭の背中で滾々と眠っていた子どもは、目覚めてすぐ腹を鳴らし、今は凄まじい速度で料理を吸い込み続けていた。

 食べる所作は整っているのに、恐ろしい速さで食べ物が消えて行くのだ。

 何を食べても美味しいと言わんばかりの笑顔で、無言のまま食べ続ける小蒼を前に、臨淵と雨亭は気圧されたようにぼそぼそと麺を啜るしかできない。

 小蒼の体の本来の持ち主────蒼姐は衝撃から立ち直った後はふよふよと少女の形で浮いて、小蒼にあれこれと話しかけていた。

 

「小蒼、小蒼、そんなに早く食べてはいけませんよ。もっとゆっくり、味わってください。あああ、ほら、それだってソルくんとマーニちゃんが作ってくれた炒め物─────」

「あはは、大丈夫だよ。蒼姐さん。そんなに喜んでくれるなんてオレも作り甲斐があるからさ。な、マーニ」

「うん!お腹いっぱいで幸せって言うまで食べればいいんだよ。兄ちゃんとあたしで作れるもんね!」

「……材料費は後で払う」

 

 湯気を立てる追加の皿を持って現れた少年ソルとその後ろから茶の入った急須を盆に載せたマーニに、臨淵は低い声で応えた。

 市場での騒ぎを収めて一度離れたあと、六人は【貸し飯処】という建物を訪れていた。

 簡単な料理台と水回りの設備、食事処のような食卓が揃えられたそこは豊葦原特有の施設である。

 一言で言えば、簡易な貸し料理屋であった。

 神に供える料理を切らしてしまった場合や催し事で使われると聞いて、雨亭は目を丸くした。

 そこまで料理が根付いている世界があるとは思ってもみなかったのだ。

 

「いやー、ゲーム内での料理作成スポットがほぼそのまま使えるなんて思ってませんでした。さすが食べるの大好き修羅の神国。回復アイテム補給場所ぐらいにしか思っていませんでしたが、こんなに便利とは。錬金スポットとしてメヘラス人が勝手に使ってたときもありましたけども。ちゃんと掃除して帰らないとブチギレられるのも納得です」

「また蒼姐が異世界の話してる……」

 

 文字通りの異世界、蒼姐が蒼姐としてこの世界にやってくる前の世界の話に、雨亭はずずっと麺を吸い上げながら呟く。

 今まで何となく流していた蒼姐の不思議な言葉や物語が、異なる世界で生きていたときの記憶から来たものだと知ったのはつい先ほどのことである。

 文字通りの異世界人だったのかと受け入れたはいいが、たまに蒼姐が視点のずれたようなことを呟くと少し怖くなるのだ。まるで、いつか蒼姐がこの世界から剝がされてしまうようで。

 雨亭の顔色に気がついた蒼姐がひらりとその傍らに戻り、おろおろと周りを巡った。

 

「あああ雨亭くん、わたしはずっとここにいますからね?でもほらこっちの世界の知識は使って行かないと。……と、小蒼にちゃんと言葉は移せたんでしょうか?」

「?」

 

 蒼姐に顔を覗き込まれ、きょとりと小蒼は首を傾げる。

 小さな体の一体どこにそれほどの量を収めているのか、口の端に米粒をつけた小蒼は蒼姐を幼くした容姿のまま何も言わなかった。

 

「うーん……わかりませんね。ねぇ小蒼、わたしの声は聞こえていますか?聞こえているなら、ちょっとこう何かリアクションが欲しいなぁ、なんて……」

「ぅん?」

「あっ、これ少なくとも声は聞こえてますね。でも見た目が十歳……行くか行かないかなのに中身が赤子……はさすがに脱しているようですが……名前がないとこの世界の存在はこうなってしまうんでしょうか……」

「なまえ?わたし、シャオツァン!」

 

 にこりといきなり笑顔になって声を出した少女に、蒼姐だけでなくソルやマーニ、臨淵に雨亭も驚く。

 小蒼本人は彼らを気にするでもなく、にこにこと箸を持ったまま全員を見上げていた。

 

「わたし、小蒼!姉さん、雨亭、臨淵、ソル、マニ!」

「マーニだよ!」

「わたし問答無用でこの子の姉ポジなんですね。いや全然いいんですけど。受け入れますけど」

 

 覚えたと言わんばかりの得意げな様子で胸を膨らませる小蒼と、ぷくりと頬を膨らませたマーニ、仕方ないと言いたげに苦笑を浮かべる蒼姐である。

 幼い少女が眠りに落ちる前より格段に人間らしく、子どもらしくなった様子に雨亭は笑顔になる。

 

「……よかったな、小蒼」

「うん!わたし、小蒼!」

「それはもう、覚えた。おれは雨亭だ。よろしくな」

「よろしく、する!」

「うん。小蒼、お腹いっぱいになったか?」

「おなか、ぱい?」

 

 あれだけ食べてもまだぺたんと薄い腹に手を当てる小蒼に、雨亭は頷いた。

 

「お腹、いっぱい、だ。もう食べなくても平気か?」

「うん!」

 

 わかっているのかいないのか、笑顔になった小蒼は一度自分の席から降りて、机の下をくぐり雨亭の膝の上によじ登る。

 椅子のようにすとんと腰を下ろした少女は、雨亭を見上げて笑った。

 無垢な笑顔を向けられて雨亭は固まるが、おずおずと小蒼の頭を撫でる。

 それを横目に見て、臨淵は肩をすくめた。

 

「……蒼姐、何と言うか、小蒼は確実にお前の影響を受けているな」

「言わないでください臨淵!薄々そんな気はしていましたけど!あの子雨亭くん大好きですね!」

「お前も雨亭に対してずっとあんな感じだろう。確かに年上としての節度は……あったと言えばあったがな。さすがに小蒼のように甘えてはいなかったから」

「わたしがそれ以外の痴態は残さず網羅しているような言い方やめてくれますか?わたしは雨亭くんにとっては【姐】ですから!臨淵だって雨亭くんに朝起こしてもらってるでしょう!」

「それは今関係ない」

「あります!」

 

 師匠と姉の仁義なき言い争いが始まったのを察知して、そっと目を逸らした雨亭は静かに小蒼の髪を撫でる。

 気持ちいいのか、小蒼は目を閉じて頭を雨亭の胸に預けて来た。

 蒼姐の体になるはずだった少女という事情を差し引いても、小蒼に懐かれると胸の奥があたたかくなる。

 ふと視線を感じて顔を上げると、ソルとマーニが向かいの席に座っていた。

 

「ん、何だ?」

「あ、ごめん。雨亭も幸せそうな顔してるからさ。事情はよくわかんないが、皆お腹いっぱいになってよかったよ」

「うん。ありがと、ソル」

「いいっていいって。何回も助けられた恩返しができてオレも嬉しいんだ。な、マーニ」

「あたしも嬉しいよ。ね、雨亭、兄ちゃんの料理って美味しかったでしょ?」

「うん、とても」

 

 赤朽ち葉色の髪の少女に言われて、雨亭は大きく頷いた。

 それはもう、美味しかったのだ。月並みな言葉だが、一口食べて、ああ幸せだと迷いなく思えるほどに。

 美味しい料理は食べたら自然と笑顔になれるのだと、雨亭は初めて知ったのだ。

 

「おれはあれが好きだ。二番目に出してくれた野菜の味がする汁物」

「あれか。オレの故郷だとポタージュって言われてたな。野菜を砕いてとろとろにとかしてるんだ。今回のは温かくしたけど、冷めてても美味いぞ。焼き立てのパンがあればもっといいんだけど、材料と時間がなぁ」

 

 蒼姐の勧めに従って一行が借りた【貸し飯処】は、場所だけあって材料はない。

 その辺りの川で釣った魚と市場の最も安い食材だけである。

 だがそれでも、ソルの火の霊性と【宝器】である包丁は仕事を選ばなかったと言うか十全に仕事をしたようだ。

 包丁に必要な手入れをする暇がないほど酷使しても、切れ味にまったく衰えがないどころか冴え渡っていく包丁は、ソルが昔道に迷っていた旅人を助けたときに貰った宝器だそうだ。

 白銀の弓を携えた黒衣の美しい女性だったと聞いて、臨淵と雨亭と蒼姐は顔を見合わせる。

 確実に知り合いの鍛冶師であった。

 

「ブリギッドか。あいつは本当に神出鬼没だな」

「無所属で世界跳び越えて星五武器防具その他諸々を授けられるって、最強お助け便利キャラですからね。シナリオ的にも超使いやすいし。宝器が輝ける場を優先したがために、トラブルの眼になっているのもしばしばですが……」

「……レーニもそんな感じだよね」

 

 似たもの師弟の顔を思い浮かべる龍の国出身者たちであった。

 ともあれそのときの縁で、ソルは料理人と言う舞台に上がることができたのだ。

 練習も兼ねて豊葦原の食材を使って料理を一通り作ってみたソルは、興奮からか目がきらめいていた。

 

「市場で聞いたんだけど、豊葦原では生魚をそのまま食べるらしい。故郷じゃそんな料理見たことなかった。それに黒い紙みたいな干し海藻とか、豆を腐らせていくつもの料理の材料を造るとか、メヘラスじゃ絶対なかったよ!何よりさ、男だろうと誰だろうと昼間っから堂々と食材を買えるのがすごい!」

 

 技術を発展させたメヘラスでは、食事を追及する行動は制限すべき娯楽に分類されるのだと知っている蒼姐は、それでもソルの喜びように驚いた顔をしていた。

 

「す、寿司と刺身と海苔と豆類のカルチャーギャップ起きてますぅ……!」

「いくつか塵扶でも見た調味料や材料があったが、生魚の料理は確かに俺もあまり知らないな。酢でしめた飯にあわせると美味いと聞いたこともあるが」

「こ、こっちはこっちでノリノリですね。楽しいのは構いませんけど、わたしたちが挑むヤタノハクギョって本物のお化け魚ですよ?人を丸呑みできる大きさですし、実際に丸呑みされた人がいたんですから、落ち着いて挑みましょう」

「ちょっ、ちょっと蒼姐さん、それってモンスターじゃないの?人喰いなんでしょ?人間を食べた魚を食べるなんて……」

「いえ、ハクギョ種ですから食性自体は海藻や花で、他は水から霊性を吸収しているんです。ただ口が大きすぎてうっかり人を飲み込んでしまうらしく。悲惨な事故を起こしやすいので一部地域では魔獣扱いされていたかと。体の大きさの割に摂取しているカロリーや霊性の量が釣り合っていないのも謎の生態ですね」

「怖すぎだよっ!」

 

 マーニの叫びに雨亭も頷く。ここに至るまでに倒した八つ首の蛇型魔獣よりはマシだと思いたい相手である。

 そのような怪物魚を用いた料理を選定条件にするあたり、やはり神というのは視点が違うのだろうかと思う。

 月神に仕えていると言う銀烏も、今年の料理人の選定条件に付いて真剣に泣きが入った声を出していたのだ。不老長寿の神官すら泣かせるのが神なのだろう。

 龍神とて、命を落とした後も方々に爪痕を深く深く残しているのだから。

 

「雨亭?」

 

 ふに、と小さな指が雨亭の頬を摘まむ。

 小蒼が雨亭の顔を真っ直ぐ見上げていた。

 

「何でもない。なぁ小蒼、お前、本当におれたちについて来るのか?戦うときもあるぞ?」

「たたか、うー?」

「……まだ難しいのか?」

 

 小蒼についてわからないことは、まだ山ほどある。

 蒼姐の魂を呼び、小蒼の体を造った者たちが誰か蒼姐はまだ明かさなかった。一先ず追ってくることはないらしいが、文字通り生まれたての小蒼を置いて行けない。

 

「なぁ、まず小蒼はどうやっておれたちのところに来たんだ?」

「んー?」

「あー……小蒼は、ここに、どうやって、来た?」

「こえたの!」

「こえた?」

「ん!小蒼ね、ずっとじっとしてた。でもね、鳥がきて、あけてくれたの。外にいけるって、いっていいって。緑色を追いかけて行けばいいって。ずっと来るなくて、ごめんって!だから小蒼、こえてここ来た!」

「鳥?小さいか、大きいか?」

「こんなの!」

 

 広げた小蒼の手の大きさは、小鳥並みであった。

 どこかに閉じ込められていたが鳥に助けられ、緑色を目印に飛んできたと言いたいらしい。

 そんなおとぎ話のような展開があるのかと雨亭は首を傾げる。だがそれよりも。

 

「緑色って、何だ?」

「これ!」

 

 自信たっぷりに指さされたのは、雨亭の左眼、龍眼であった。

 またしてもこれかと雨亭は左眼に手を当てる。

 

「……なら、お前を生んだのも解放したのも、龍神の関係者か」

「龍ぅ?」

「うん、龍だ。おれやお前が生きてるのは、その龍のお陰だな」

「わかんない、よー」

「うん、ほんとはおれもよくわかってない。でも、お前がおれを見つけてここに来たのはわかった」

「わかった?」

「わかった」

「わかったー!」

 

 本当にわかってくれたのだろうかと、鸚鵡のように楽し気に繰り返す小蒼の頬を雨亭は軽く突いた。

 ふす、と頬を凹ませた小蒼は雨亭の指をぎゅうと握る。

 

「小蒼は、ここいるよー」

「……危ないぞ?」

「いいよ、いいのー。いるの、緑色ときらきら光ると、姉さんといっしょ!じっとしない、のー!」

「つまりおれと師匠と、蒼姐だよな?何で師匠がきらきら光ることになるんだ?」

「雨亭、臨淵、姉さん!」

 

 雨亭の膝の上を独占したまま、小蒼はきゃらきゃらと笑う。自分の言葉の意味を教えてくれることはなさそうだった。

 もう少し考えた名前を渡したほうがよかったんじゃないかと、幼い笑い声と勢いよく言い合う師匠と姉の声を聞きながら雨亭は思った。

 

 




自分のリリィ顔が推しにくっつくのを見て、情緒不安定が約一名。

ライブ配信視聴中の誰かの情緒は、今回推しがひたすら飯タイムなのでセーフ。

何故同じ幼女に懐かれて反応が違うのかは簡単に言えば、保護者の有無と言うか何というか。


鳥に関しては、何名か名前に鳥の字が入っているキャラがいますので……。
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