推しの生命が儚すぎる by亡霊系転生者   作:はたけのなすび

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では。


41話

 

 

 【貸し飯処】に飯粒の一つも残さず掃除したあと、料理人の兄妹とその護衛たちは【水月橋(すいげつきょう)】を目指すことになった。

 巨大な湖を抱くその街は、豊葦原では水運の要を擁しているために豊かだという。

 今年の神饌の課題として選ばれた八咫(やた)白魚(しらうお)も、水月橋近くの湖に生息しているのだ。

 そういうことなら向かおう、と旅暮らしの一行はさして迷うでもなく決めた。

 

「山越えの必要がないなら装備が軽くて済むな」

雨亭(ユウティン)くんとわたしがいる時点で、このパーティー水と火の心配ほぼ要りませんからね。そこに立体的な移動可能な風の臨淵(りんえん)と火と金のソルくんマーニちゃんと雨亭くんの索敵龍眼がいたら、野営の心配がほぼ消えます」

「わたし、はー?」

「あなたはまず霊性を自覚するところから始めましょうね、小蒼(シャオツァン)

「わか、た!」

 

 元々、霊力に目覚めた人間は並みの人間より頑丈になるため、旅はしやすい。

 とはいえ子どもが多い異界人六人、さらにうち一名が鬼火というのはどうしても目立つため、何くれと絡まれやすかった。

 市場での物資調達する際も、時折やたら値段を吹っ掛けられるのだ。

 逆に雨亭やマーニ、小蒼の見た目でおまけしてくれたり優しく接してもらえることもあるが、やはり目立つのはよくないと服を一式買って着替えることになった。

 

「で、DLCでの衣装追加パック……?しかも和風コスチューム……?」

蒼姐(ツァンジェ)、多分違うぞ」

「知ってますよー!でも皆さん似合ってますね!」

「蒼姐さんも体手に入れたら着替えようね!」

「はい!」

「あい!」

 

 蒼姐の真似をして小蒼は飛び跳ねる仔兎のように手を上げた。

 浮遊する少女とほぼ同じ作りの衣を着ていた小蒼もメヘラスの格好をしていたマーニも、小袖に袴という少年の衣装に変わった。

 旅をするなら少年の姿のほうが障りがないという臨淵の案である。

 小蒼の帯を前で結びながら、雨亭は交わされる元気な挨拶に苦笑した。

 

「ほら小蒼、できたぞ。動きにくくないか?」

「うん!雨亭、ありあとー!」

「ありがとう、な」

 

 小蒼は、雨亭に随分と懐いた。

 感覚としては仔犬に懐かれたような気分になり、纏わりつかれても煩わしいとは一切感じない。ただ、戦いの際の立ち回りは考えなければならないとは思う。

 臨淵は小蒼のことも護るべき対象に入れたが、四六時中手と目が届くわけではないのだ。

 隣では、ソルが同じように妹の旅支度を整えている。

 こちらの兄妹も、蒼姐の【知識】によれば死別してしまうかもしれないというのだ。

 いつものように、予定通りになどならないと考えながら行動するしかない。

 

「全員、荷物は持ったか?ではまず【駅】に行こう」

「はーい!」

 

 つい先ほど、【駅】について簡潔に説明してくれた蒼姐は元気よく返事をする。

 【駅】とは、蒼姐曰く豊葦原における交通の要である。要するに関所なのだが、護衛の手配や物資の補給を行う機能も備えている。

 護衛を求めている隊商や旅人と、雇い主を求める護衛を引き合わせてもくれる口入れ屋としての機能も受け持っていた。

 

「俺も口入れ屋はよく別の世界では利用したが、今回は滞りなく使えるだろうか?」

「オレたちの身分証明は銀烏から貰った木牌が果たしてくれると思いますよ、臨淵さん」

「いや、俺は一度ここの警邏に拘束されたからな。記録が残っていたらと思うと」

「冤罪だったんでしょう。変に委縮して怪しまれて突かれたら諸々やばくなっちゃいますよ、わたしたち。堂々としましょう、堂々と!」

 

 ひょっとすると、龍神に由来する力で無理やり虚海を渡ってきたかもしれない小蒼が増えているのだ。

 ソルとマーニも、マーニの【金】の霊力の高さが知られたら武人の実家が引き取りに来るかもしれないという。

 そうなれば、兄と引き離されてしまうマーニは当然実父の迎えなど全否定していた。

 

「あたしは料理人になるもん。武人には絶ッ対ならない!そりゃあ食材を仕留めるために武術を習うのは良いけど!」

「モンスターをハントしないと作れない料理が罷り通っている魔境ですからね、この世界。料理人だろうが何だろうが、持つべきはシンプルな暴力になっちゃってますよ」

「あ、あははは……」

 

 引きつり笑いのソルと父親の話が出ると目を三角にするマーニと共に辿り着いた【駅】の口入れ屋では、特に事件は起こらなかった。

 一人残らず異界人、それも成人に達した外見をしているのが臨淵一人という旅人たちは、誰の目にも訳ありと映る。

 なのに、足元を見て理不尽な要求をしてこない関所の番人に、臨淵が最も感動した。

 

「公的な身分証を持っていると言うのはこうも強いのか……。それに一柱の神が治めている世界は、治安がやはり良いな」

「かるーい三国志時代レベルに乱世じみていますからね、今の塵扶は。龍神ありし時代は繁栄していたそうですが、往時に比べて混乱は避けられないでしょう。……まぁそれを差し引いても、あなたの人生は治安がヤバすぎます、臨淵。のんびり行きましょうよ。別に世界を救うべき旅でも何でもないのだから」

 

 そうだそうだとでも言いたげに、臨淵の懐で宝珠が淡く点滅しながら光っている。

 相変わらず、塵扶の仙人、夜雷(やらい)は宝物越しに旅の様子を見ているらしい。

 やはり、ちょっとどころかかなり可愛らしい仙人様だと思いながら、雨亭は小蒼と手を繋いだまま馬車や牛車が並ぶ駅の敷地内を歩く。

 空気には牛糞や馬糞の臭いに加え、汗臭さや薄い血臭も漂っている。感覚が鋭いからか、小蒼は少し顔を顰めていた。

 

「小蒼、口で息をしろ。できるか?」

「うー……」

 

 よほど臭いと騒がしさに耐えられないのか、涙目で見上げてくる小蒼に雨亭は内心弱る。

 下町で生きていた雨亭にとっては、駅の煩雑な臭いも気配もむしろ懐かしい。悪臭がつらいという感覚もない。

 静かで清浄な気配に満ちていた臨淵の庵のほうが、始めの頃は落ち着かなったくらいだ。

 少し考え、雨亭は旅支度として買った薄い手巾を折って小蒼の口元に巻く。

 

「……少しはマシになったか?息苦しくないか?」

「ん!」

 

 礼のつもりなのか、屈んだ雨亭の首元に抱き着いて頬を摺り寄せてくる小蒼をやんわりと引き離して、雨亭はまた歩き出す。この子は閉じ込められていたようだが、少なくとも静かな場所にいたらしい。

 すっぽりと被った頭巾の中では、火の玉になった蒼姐がぽんぽんと跳ねていた。

 

「あああああ!もぉぉぉ!これでこの子がわたしのミニサイズじゃなかったら、幼女と少年の尊さだけ感じ取れたのにぃ!」

「蒼姐。落ちついて。凄い声が響く」

「あっ、ごめんなさい!」

 

 頭巾の上から、雨亭は火の玉をぽんぽんと撫でる。

 最近は少し落ち着き気味だったが、小蒼が現れたからかまた元のけたたましい蒼姐に戻っていた。

 彼女にとっては自分の体が自然と別の魂を宿した上、独りでに動いて追いかけてきたようなものなのだ。

 ふさぎ込むよりは、元気に騒いでいてくれたほうが有難い。

 

 槍を携える師匠の後をついて歩き、臨淵が足を止めたところで臨淵も足を止める。

 青年が止まったのは、数台の馬車の近くだった。

 生白い顔の男と日に焼けた男が、臨淵の気配に気がついて振り返る。

 細身の体躯に比較的品の良い衣を身に着けた生白いほうの男が、訝し気に臨淵と雨亭、ソルを値踏みするように見やった。

 

「……何だ、お前たちは?」

「白鈴の口入れ屋の紹介で来た。塵扶の臨淵だ。紹介状もある」

 

 やや甲高い声で問うてきた男に、臨淵は淡々と手にしていた巻物を渡す。

 それを広げ、一読した男はじろりと臨淵をねめつけた。

 

「代わりの護衛が、お前たちだというのか?」

「ああ。俺とこの少年がそうだ」

「……子どもを三人も連れて護衛だと?」

「護衛は俺と俺の弟子が担当し、料理人はこちらの少年と妹。俺の弟子は若いが塵扶の魔教出身だし、兄妹は銀烏様の木牌を持つ。連れ子はこの子だけだ。その旨もしたためてあるはずだ」

 

 【駅】を訪れたのは、水月橋を目指す隊商に護衛と料理人として雇ってもらい、目的地まで働きながら旅をするためである。

 察するに、青白い顔の男が隊商を率いる商人なのだろう。

 鍛えていなさげだが裕福そうな身なりであることから、雨亭はそう判断する。してみれば、彼の隣で臨淵を睨みつけている日に焼けた男は、護衛だろうか。

 商人の男が代わりの護衛と口にしたのを見るに、もしや今の護衛なのかもしれない。

 とすると、この状況はまずくないだろうか。

 雨亭は音を立てないよう気を払いつつ小蒼を後ろに庇い、手首の動きで子明の綱を緩める。

 臨淵も察したのか、槍の穂先をさり気なく下に向けた。いつでも鞘を払い、反撃できる角度である。

 案の定、色白の男が何かを言う前に日に焼けた大男のほうがしゃがれた声を上げた。

 

「おい待ってくれよ。俺の次の護衛がこんなのだと?青二才と餓鬼じゃねぇか!」

「だが、確かにこれは白鈴屋の紹介状だ。賭博に耽る貴様を雇い直すなどあり得ない。それに確かに、銀烏様から預かった木牌を所持している。これ以上ない身の証だ。貴様はとっとと失せろ」

 

 虫を払うような邪険な仕草で、商人は大男に向けて手を振る。

 どうやら、商人のほうはまだ臨淵やソルを雇うことに乗り気らしい。

 やはり神に連なるお墨付きを得ているのは強いのだ。魔教の鎖をかけられていた頃、街人から向けられた突き刺さるような視線を思い出し、雨亭はさらに強くそう思う。

 が、護衛の男はそうも行かないらしい。

 ぐるりと臨淵に向き直り、次いでその半歩後ろに立つ雨亭に荒んだ目を向けた。

 

「考え直した方がいいだろう、両水屋の旦那ァ。青二才はともかく、こんな餓鬼が何の役に立つんだ。食う米の量が増えるだけだぜ」

 

 嘲るように言った男の腕が動いた瞬間、臨淵が後ろに跳び退って槍を投げ、受け取った雨亭が前に出る。

 腰の剣の柄に手をかけた大男の眼球すれすれに、雨亭の握った天秤槍が突き付けられた。穂先を鞘に納めたまま、雨亭は男を睨み上げる。

 が、大男は獣じみた咆哮を上げて剣を抜き放ち、槍を弾いた。

 槍を引いて跳び避けた少年の足元からじわりと水が湧き出して広がり、大男の足元の土が濡れ崩れた。

 体勢を崩す男の前から雨亭は飛びのき、師の槍を構えて大男を睨みつけた。彼の背後に立つ臨淵が手を振るえば風の槍が数本浮かび上がり、回転する穂先を大男へ向ける。

 四方八方から己へ向けられた風刃に、片刃の剣を抜いたまま男は硬直した。

 

「動くな。お前はこんなところで武器を振るうつもりか。それ以上動くならば、俺も弟子に加勢する」

 

 うねる風を従えながら淡々と告げた臨淵を前に、大男はようやく項垂れて剣を鞘に納める。

 そのまま立ち上がり、忌々し気な舌打ちと共に雑踏へ足早に消えて行く男を見送ってから、臨淵と雨亭は商人に向き直った。

 

「荒事を引き起こし申し訳ない。俺たちは雇ってもらえるだろうか?」

「……ああ。申し分なさそうだ。だが、子ども連れでは相場の半額しか払えんぞ」

「構わない。俺たちのような異郷人は、乗せて行ってもらえるだけで有難い」

 

 実際、ソルとマーニ以外は物見事に記憶喪失かつ身元不明な集団である。退治されても文句は言えない鬼火までいるのだ。

 詳しく突かれれば面倒なことになる事情は変わっていない。多少足元を見られるのは致し方なかった。

 淡々と下手に出る臨淵に満足したのか、両水屋と大男に呼ばれていた商人は鷹揚に頷いた。

 

「良いだろう。仲間に紹介する。ついて来い」

 

 馬車へと歩き去る両水屋の背中を追いながら、雨亭は臨淵に槍を返した。

 空いた手に、待ちかねていたように小蒼が飛びつく。その頭を撫でながら、雨亭は師である青年を見上げた。

 

「師匠、ありがとうございました」

「ああ。よくやったな、雨亭」

「教えてもらってましたから。護衛をするなら、雇い主からの印象を考えろって」

 

 臨淵は微かに微笑んで、臨淵は雨亭の頭を軽く撫でた。

 

「欲を言うなら、手の指のどれかでも折れればよかったんだがな。そうすれば、報復を考えても指の骨が治るまでは満足に動けない。……とはいえ、仲間がいた場合は恨みを募らせる結果になるから一概には言えないか。今回はこれで十分だろう」

 

 平坦に告げた臨淵に、ソルがぎょっとしたような顔を向ける。

 

「そ、そこまで必要なんですか?」

「しれっと怖いですよね、臨淵は。でも逆恨みは十分考えられますから、警戒は必要です」

「多分恨まれるのはおれが一番で次が師匠だけど、ソルも気を付けろよ。マーニもな」

 

 ああいう目つきの大人は、弱みを見つけるのが嫌らしいほど上手いのだと雨亭が続けると、ソルは驚きを吹き消した目になった。

 

「わかった。……ちょっとぐらいならオレも炎で追い払えるけど」

「やむを得ない事態になったなら、一撃入れて怯ませすぐ逃げろ。俺たちは戦うことが本分だが、お前は違う。ソルが包丁を振るえなくなっては駄目だ。世の損失だ」

「食い意地二百パーセントな言葉ありがとうございますごちそうさまです。……や、それにしても護衛業とはやはり血の気が多いものですね」

 

 少し怖いです、と小さく明滅する蒼姐をそっと撫でながら、雨亭は小蒼と手を結んだまま足を前に進めた。

 

 




就職難易度を自分でアホほど跳ね上げている子連れ狼ならぬ子連れ龍一行です。

雨亭からの印象が完全に【お可愛らしい】になっている某仙人。
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