本日2話目で、こちら第一章エピローグです。
では。
その少女の目覚めは、非常に穏やかなものだった。
ゆるゆると、水の中で漂うような眠りが次第に浅くなり、周囲の音がさざ波のように聞こえ始める。
起きなければ、と思う。
起きて、伝えなくてはならない言葉がある。やらなければならないことがある。
起きて、あの子に、言わなくちゃいけないことがわたしには沢山あるのだから、と。
かくして少女は、力を回復させるための眠りから覚めた。
「
だから、まさか自分の目覚めがそんな明るい声で迎えられるとは思っていなかったのだ。
ぱちりと霊体の瞼を開けた少女の眼に真っ先に飛び込んで来たのは、幼い少年の笑顔。
曇りなく、真っ直ぐにきらめく翠と黒の瞳の少年を見た少女は。
「ゔっ……か、顔が良い……!」
当然のように眩暈を起こして、ふらつく。
霊体の少女を掴むにつかめない少年は、そんな少女───蒼姐に慌てた。
「蒼姐?蒼姐!ちょっとどうしたんだよ!相変わらず意味わからないところで倒れるなって!」
「……お前たち、いつもこうだったのか?」
くらりと来ていた蒼姐は、少年───
そこにいたのは、少女にとって色々と見覚えのある存在。
漆黒の髪に青翠の瞳をした青年、
凛と精悍な面差しの彼は、今は呆れたような眼差しを蒼姐に向けている。
雨亭は少し困ったように眉を下げて答えた。
「いつもこう、というか……そもそも、おれたちは出会ってまだ五日も経っていないから、いつもも何もないです」
「それにしては随分馴染んでいるな」
「いや馴染んでるのはそっちでは⁉っていうか何で同じ服着てるんですか二人とも!」
くわん、と蒼姐は思わず叫んでいた。
その声に嬉しそうな顔になったのは雨亭。
彼には変わらず、眠りから覚めた蒼姐が少女に見えていた。声も、しっかりと聞こえている。
流れる黒髪と水色の衣の少女は、跳ね回る様に雨亭と臨淵の周りをくるくると飛んだ。
「どういうことですか、え、何があったんですか!確かにわたしは彼について行けば問題ないと言いました!言いましたけど、サイズ違いのペアルックしてるのは予想外ですよ!それに今雨亭くんは彼を何と呼んだんですか!」
怒涛の如く喋る少女に、臨淵はやや落胆した視線を向ける。
彼には、今の蒼姐の姿はただ激しく明滅して飛び回る火の玉に見えていた。
何事か喋ってはいるようだが、臨淵の耳にはぼわぼわと水の向こうから語り掛けられているようにしか聞こえなかったのだ。
以前にはっきりと蒼姐の言葉を聞き取れたのは、蒼姐の側が何某かの術を使っていたためかと判断しつつ、青年は自分の肘の辺りに頭がある子どもを見下ろした。
「やはり俺よりもお前のほうが彼女の声をよく聞き取れるらしいな、雨亭。俺には水を隔てたようにぼやけて聞こえる。蒼姐は何と言ってるんだ?」
「おれと師匠がどうして
「聞いたことがない。呪文か?」
「呪文じゃないっ!ですっ!やっぱり天然かっ!ていうか今、雨亭くん彼を師匠って呼びましたね!ほんと一体何があったんですか!」
「蒼姐、落ち着いて。体はもう平気なのか?」
少年に見上げられ、蒼姐はようやく地面にふわりと降り立つ。
雨亭の瞳には本気で心配の色が浮かんでいた。
「平気ですよ。炎を使うことはできませんが、こうやってお話をするのには問題ありません。人の形のこの姿も、続けていられます。……ごめんなさい。本当、肝心なところで動けなくなって」
本当、あんな場面で動けなくなるだなんて情けないにも程がある。
自分が自分であるための力を使い果たしかけていた少女にはただ、雨亭が
俯く少女の顔を、小柄な少年は下から覗き込む。
「蒼姐、どうしてそんな顔してるんだ?」
半透明の触れられない少女の手のひらに、少年はそれでも手を重ねた。
「おれはちゃんと生きてるよ。確かに怖かったし、痛かったけど、でも蒼姐がいたからおれは生きてるんだ。ちゃんと
ね、と首を傾げる少年に、蒼姐と名乗る少女は今度こそ何も言えなくなる。
だって推しが尊いのである。
自分への反省会はあとで盛大に一人で開催するとして、今はこの子を悲しませる顔はやめなければ、と少女はこほんと咳払いをした。
正直、聞きたいことは山ほどある。
具体的には、さっきっからずっと雨亭の隣にいるそこの無愛想ランサーとか。
一体全体どういうフラグを構築したらこうなったのかと。多分、原因は蒼姐自身だろうけれど。
「失礼しました。雨亭くん。あの、ちょっとした質問ですがわたしは一体どれぐらい眠っていましたか?」
「二日ぐらい。その間ずっと火の玉になっておれの肩に止まってたんだけど、覚えてない?」
「覚えていません……。え、わたしずっとそこに?雨亭くんの肩に?」
「いたよ。ちっとも重くなかったけど、おれが師匠に洗われてる間もくっついてた」
「ぜ、全然記憶にないです……。あの、それから、もう一つ質問です。雨亭くんはどうしてそこのひとを師匠と呼んでるんですか?」
何故だと蒼姐は首を傾げる。
そんな少女の声を聞いて、雨亭は臨淵を見上げた。
「師匠、蒼姐がどうしておれが師匠を師匠と呼んでるかって聞いてるんですが」
「師弟関係になったからに決まっているだろう。こうでもしなければ、雨亭はあの気のおかしい曲刀使いに狙われ続けるからな。まだ最下級の弟子だったから、ぎりぎり俺が弟子兼小間使いとして貰い受けることができただけだ」
当然のように言うが、雨亭は魔教の弟子であるはずだ。
そう簡単に天魔の元から抜けられるのかと蒼姐は言いたくなり、口を閉ざす。
本来の流れの通りに進んでいたら、今頃雨亭は胡陀に片眼を奪われ、その痛みと苦しみにつけいられて意志を奪われていただろう。
だけど、そうはならなかった。
雨亭は今、嬉しそうに笑っている。
本来の歴史では絶対に袖を通すことがなかったであろう服を着て、師匠、と親し気に臨淵を呼んで。
目覚めてよかった、と触れている感触もないはずの蒼姐の手を取って、笑っていた。
────本当に、よかった。
あたたかい湯のような安堵が、蒼姐の胸に広がる。
雨亭は雨亭として、ちゃんと、十の歳を迎えられたのだ。
「ねぇ、雨亭くん」
「ん?」
きょとんと首を傾げる少年に、いつか言ってみたかった言葉を蒼姐は告げる。
「遅れてしまったけど、言わせてください。……お誕生日、おめでとうございます」
傲慢だとしても、蒼姐は思ってしまうのだ。
雨亭という一人の少年に対して。
「────この世界に生まれて来てくれて、ありがとうございました」
ずっと、この言葉を言いたかった。
言われた雨亭は、寸の間意味がわからないように目を瞬き、そうして少し呆れたような笑顔になる。
きっと、いつもの与太か冗談のような言葉と思ったのだろう。それでよかった。
「どういたしまして、蒼姐」
曇りのないその声を聞いて、涙の流れない体で泣きそうになりながら、でも、と蒼姐は考える。
ふ、と黒い一点の染みのような不安が過ったのだ。
雨亭という少年の意志が今も確かにあるのは、これ以上ないくらい嬉しい。尊い。
過去の臨淵と少年姿の雨亭が並んでいるという決して存在しなかったはずの光景を目にして、何かもう正直色々爆発したい思いもある。
だって彼ら、顔立ちが似ているのだ。切れ長の瞳の形や色や、諸々が。
あり得ないとわかっていても、二人が並んでいるところを見たいと蒼姐は【前】から密かに思っていた。
それがサイズ違いの同じ服を着て立っている。もう色々情緒が狂いそうだった。
しかし、この時期の臨淵が誰かを弟子にすること、身近に置く理由は何だろうか。
臨淵は本来の流れでは、当初【主人公】たちに対して無愛想で冷徹で淡々とした態度を取っていた。
だが同時に、隠し切れない面倒見の良さを発揮してもいたのだ。
が、そも彼が本来の朗らかさを隠す冷徹な仮面を被る原因になった出来事と言えば────。
────記憶を求める旅の中、魔教の食客をした一時期に、師匠と呼んで慕ってくれた幼い少年が、目の前で生命を落としたから、では?
えっ、と蒼姐は改めて臨淵の顔を見る。
どういう経緯か、今の彼が雨亭に向ける視線には情がしっかりと乗っていた。【原作】の中の初期無愛想どこ行った状態である。
雨亭も蒼姐がぐーすか寝ている間に臨淵に懐いたのか、親し気に彼を師匠と呼んで大きさが違うほぼ同じ服まで着ている。
非常に似合っているそれは、ここではない別の小世界のものではないだろうか。
つまり、雨亭が臨淵の弟子になったという状況が意味するところは。
「洗脳フラグの次は、死亡フラグってことですかぁぁっ!どーなってるんですかこの世界ぃ!」
蒼姐の龍の咆哮のような叫びは、今度は雨亭だけでなく臨淵の頭の中にも轟いて消えて行ったのだった。
性別:男性
レアリティ:星4
属性:風
武器:槍
虚海を征く船、
槍を持つ無口な青年。朧気な自らの過去を求めた旅の果て、彼は虚海を渡る星の舟の一員となった。
昔、青年は己の過去を取り戻そうとする旅人であった。
だが、今の彼からその熱望は失せ、かつて手にしていた力を振るう意志も術もない。
己が過去を求めたことで失われた【今】を、青年は決して忘れないだろう。
メインストーリー1章クリアで入手可能な星4風属性アタッカー。
クリティカル攻撃が出やすくなるスキルを持ち、通常攻撃回数も他配布キャラより1hit多い。
素の攻撃力も星4キャラの中では最上位で、キャラが揃いにくい序盤どころか中盤まで有り難い存在。
が、【虚海航路】には配布キャラクターのピックアップガチャがないため、完凸するには闇鍋の恒常ガチャを回すしかない。
特に臨淵は、事前登録特典キャラ【■骸■主】と並んで完凸報告が少ない。
(虚海wikiより)