個性【ママ】 作:ゴッドマザー
僕が彼女について知ったのは、あの事件の三日前だった。
「なぁなぁ!ゴッドマザーって知ってるか?」
「ゴッドマザー……通名、愛称とかじゃないよね。うーん。ごめん、海外のヒーローなのかな?」
「ちちち、緑谷。お前って本当にヒーローオタクだな。確かにヒーローネームぽいけど、ゴッドマザーは今世紀最大と言われる最エロヴィランなんだぜ!」
「今世紀最大!……最えろ?」
まだ入学したばかりでA組のみんなとは距離感を測りかねていた時期。たまたま下校途中に一緒になった峰田君が教えてくれたのだ。
ゴッドマザー。聞いたことはない。少なくともここ20年の間に日本にそんなヒーローはいなかった筈である。さては黎明期のヒーローか、海外のヒーローかとあたりをつけて返すと、なんと相手は少し前に話題になった海外のヴィランだというのではないか。
しかも、最エロって……破廉恥だ!
峰田君が見せてきた胸を丸々露出させた(黒い線で修正されている)シスター服という正気を疑うような格好の女性にぼうっと顔が熱くなる。
「歳は俺たちと同じぐらいなのに、見てみろよ。このデカイ胸を!2.0ヤオヨロ、いや3.0ヤオヨロはあるぜ!」
「な、なんでこんな写真が出回ってるの、は、恥ずかしいじゃないか!」
「何でも街では常にこの格好で暮らしてたって話だ。いや~現地の人間が恨めし、羨ましいぜ!」
「そういうヴィランなの?でも、未成年なのにこんな画像が広まるだなんて……」
まるで聖母のような微笑みを浮かべる絶世の美女だ。それが胸だけ出しているというのだからかなり扇情的な絵となっている。
女性経験ゼロの緑谷には刺激が強すぎる一枚だが、違和感を覚えた。
この情報化社会において一度ネットに流れた写真を完全に消し去ることは不可能に近い。だが、未成年が起こした犯罪となれば、こういう悪質な悪戯は警察もかなり厳しく取り締まる筈である。
写真から目をそらしつつ、出処を見てみると自分でも利用することのある有名なヒーローのまとめサイトであった。
これは過去の凶悪なヴィランについても取り扱うことがある。
これはもしかして、単なる露出狂ではないのでは?
そう思って尋ねてみると当たりだった。
「おう。なんでも当時はスッゲー話題になったみたいだぜ。街一つがゴッドマザーの個性で完全に支配下におかれてたとか、かなり実力のあるヒーローまでもが手玉にされてたとか」
「洗脳、いや魅了系の個性ってこと?」
つまり胸を出しているのはそういうことか。それにしても洗脳系の個性一つで街を支配出来るなんて前例が無い。
思想の一つを受け入れやすくする扇動系やカリスマ性を高めて多くの部下を持った凶悪ヴィランはおれど、数千人規模を完全に支配下におくというのは個性の範疇を越えていないだろうか?
そこまで多くなると、自力で個性の支配下から抜け出す人や、反発する人も出てきておかしくない筈である。
「へへっ。ちょっと違うぜ。ゴッドマザーの個性【ママ】は触れた対象を赤子にして、その状態で血を分け与えると自分の子供として作り替えることが出来るんだ」
「なるほど。それならあり得なくはないね」
要は本能に訴える刷り込みのようなものなのだろう。
母親という絶対的に逆らい難い存在へと自分を押し上げるのだ。
それなら複雑な手順や操作もいらず、手軽に味方を増やすことが出来る。
……あれ?ならなんで胸を出している必要があるんだ?
「そりゃ!赤ちゃんにおっぱいをあげる為だろうよ!なにせゴッドマザーなんだぜ!ママなんだから、赤ちゃんにおっぱいあげるのは当然のことだろ!」
「……あ、もしかして、血って……ぼ、にゅぅ……で代用出来るの?」
「代用って言うか個性の名前からしてこっちが本来の使い方だろ!へへへっ!いいよな~あんなでっかいメロンに好きなだけしゃぶりついて、良い子、良い子って撫でられるんだぜ。そんなん誰だってママの子になっちまうぜ!」
この一連の騒動。本人に悪意がなかったことだけが幸いだが、被害者の中には著名な政治家もおり、あわや一人の少女に国を乗っ取られかねない大変な珍事件として有名らしい。
今は片田舎に移り住んでいるようだが、沈静化した今でもネットでは話題に上がることがある有名人なのだそうだ。
「でもなんでそれを僕に?」
「そりゃお前……実はむっつりなんだろ?」
「むっっっ!!!!?むっつりじゃないよ!!!!」
「ははは!隠すなって!」
少し恥ずかしかったけど、この時彼女のことを知ることが出来てよかった。
もし知らずに対処していたら僕たちA組は何も出来ずヴィラン連合に蹂躙され、そしてゴッドマザーの子供になっていたのだろう。
──USJ
「全員!ひとかたまりになって動くな!」
「なんだアリャ?」
「また試験は始まってるとか?」
「あ、あ、あの方はまさか!!!?」
「先生!それにみんな!!!!あの人のおっぱいを吸ったらダメだ!!!!」
「「「は?」」」
みんなからは白い目で見られたけど、僕たちを子供にすることが目的なら命までは奪わない筈。だから個性の発動にさえ注意を配っておけば助かると……その考えは間違いではなかった。
違っていたのは相手がゴッドマザー一人ではなかったこと。
ヒーロー見習いの僕たちでは到底敵わないようなヴィラン達が一気に攻め込んできたことだ。
『ばぶぅ(おや?オールマイトはいないのかい?)』
「おはよう!そしておめでとう兄妹達よ!今日がお前たちの新しい誕生の日だ!」
「ハァ……母の理想こそ、正しき社会の姿。それに歯向かうモノは粛清対象だァ」
「まぁまぁ、元気な子達がいっぱい。とっても愛しがいがありそうだわ!」
地獄への道は善意で用意されている。何故だがその言葉が脳裏を過った。