余は兄なり
…人間が軍勢率いてやってくる。嗚呼、折角…我が天使が眠ったというのに起きてしまうではないか。
…もうこの古城も見納めかと周りを見渡し、思う。最初に来た時は完全に朽ちており、人が住めるわけもなかったが…掃除と絨毯や家具などを入れれば多少は住めるようになった。50年は住んでいたのだが…淡々と出てくるのは怒りや悲しみ…とは無縁か、ただの感情と呼ばれる何か。それすらもないかも知れない。
ベッドの上で眠る金髪の天使を眺め、一呼吸。扉を開けるとそこには熊の人形を握りしめた青髪のもう1人の天使が立っていた。
「…レミリアよ。そんなところに居ては風邪を引いてしまう。」
穏やかにそう言い放つ。
…しかし、レミリアは尚もぶるぶると震え、涙を堪えていた。
「お兄様…なんでお外は…あんなに煩いの…?」
幼気な小動物のように震える我が妹。その身体を優しく抱きしめる。寒いのだろう。我が天使よ。兄が温めてあげよう。
「…さぁ。野晒しで
…帰ってきたら目一杯、我儘を聞いてあげよう。今は外の騒ぎを無に帰すだけだ。
そろそろ暁月の晩。奴らは我らが最大限戦える場で完膚なきまでに奇襲する作戦だ。吸血鬼の弱点…銀の武器で。さて、そろそろ出向こう…か。
「お兄様…。怖い…。」
…そう思った矢先に、彼女は余の足にしがみついてきた。嗚呼…なんとも愛くるしい。我らが踏み入ることのできない流水のような煌びやかな青藍の髪、紅魔の娘に相応しい紅色の…瞳。…このようなか細い生き物は余が守らねばならぬ。
相応しい顔は笑顔。
「ふっ…。レミリアよ。」
指で彼女の涙を拭う。すべすべ柔らかな頬に垂らす一雫の涙は余の指に拭われる。頭を撫でれば、シルクのような髪が手に伝わる。キョトンとした天使。古城と言いつつも住みやすく、あつらえた赤色のドレスがよく似合う。
「汝は余の妹ぞ?闇夜のカリスマ、ヴァンパイア…スカーレット家の長女。人の仔らのざわめきなど怖がるでない。汝を恐怖せしめる者は…余が排除しよう。兄に任せるといい。」
「…お兄様。」
「ベッドで眠る汝の妹を守るのだ。その任を主にやろう。まだ汝らは200年も生きては居らぬ。此処は年長者たる余に任せよ。」
…安心したか。
微笑むレミリアの頭を撫でる。まさに妹、愛くるしい。この部屋なら安心だ。暖炉もあつらえ、絨毯もある。暖かいだろう。扉を開け、古城を出る。
「…行ってくる。」
ただ単純に最後の扉を開けると待っていたのは…銀色花火。弾丸の雨霰が騒々しくも、愉快に闇夜を舞い、余の登場を際立てる。
かつ、飛ぶは怒号。普段ならば、森の中にある純黒のこの館は闇に染まっておるのだが、朝かのように偉く眩しい。…妹らを中に潜ませておいてよかったな。
「な、なんで…!?吸血鬼には銀が…!!」
…数刻。そのまま立っていたのだが…銀の弾丸が無くなったそうな。限りなく連射できる銃などこの世にはない。馬鹿の一つ覚えだ。装束の紅い袖が土埃に汚れしまった。
さて、見たところ…70か…80か…。雑兵にかける時間は無いのだが、仕方がない。
「…聞け。人の仔らよ。汝らは何故、我らを狙う。」
低く…かつ穏やかにそう言い放つ。
吸血鬼は人の血無くして生きてはいけず。故にこの古城の地下もそうだが、奴隷を匿っている。無論、救いようの無い悪鬼のみ。善人の血は不味くて敵わぬ。
「う、五月蝿えッ!!テメェらがいるせいで…!!俺たちは安心して眠れないッ!!」
「そうよッ!!何人が貴方達のために死んだと言うのッ!!」
…聞くに堪えない戯言だ。しかも、人とは弱者。群れねば何も出来ずじまい。不便よな。しかし、荘厳な古城の前を血の海にするのも気が引ける。
「何人が…と言ったな。余は人の里を襲ったことなど一度もない。汝らが我らを敵視し、勝手に死ににきただけであろう。余らの父君、母君も人の凶弾に伏したのだ。…その理論で言えば、余にも汝らを殺す理由はある。」
「……ひっ!?」
ざわめきは消えた。
殺気に恐れ慄いたか。怖がるくらいならば、やらねばいいものを。
「…しかし、残念ながら余は優しくはない。」
地面を蹴り、距離を詰める。
先程、ピーピーと喚いていた女…赤毛の老女だ。その者の首に手をかける。指甲冑の銀色の刃が老女の首肉を食む。血がだんだんと滴り落ちるが…興味はない。腹は減ってはおらぬのだ。
「が…ぁ…ッ!?」
…ボキボキと鈍い音が響く。
喉を締め付ける悪感に老女は足を動かし、血を吐き、もがく。その様相に人々は動けなかった。
「が…ッ…。」
力無く、手が下へと降りる。ぼとりと落ちた体に正気はない。首の骨すら砕け散り、その場に力無く伏していた。
「…な、なな…!?」
「…汝らが余に勝てる未来でも見えたか?次は…こうは優しく済まさんぞ。」
地面に落ちた“それ”の頭を踏み砕く。
…老女にも家族がいたとすれば、余がしているのは復讐を呼ぶ愚行。なれど、余は我慢ならんのだ。我が愛する妹達が、安心して朝も眠れぬのは。
「…人の仔らよ。その矛を納め、即刻此処を立ち去れば…全員、死は免れる。選べ。英断を期待する。」
「五月蝿えッ!!」
「…忠告はしたぞ。」
横薙ぎに振り下ろされる剣。素材はまたしても銀だろう…金があるものだ。
右手の指甲冑でそれを受け止める。軽い金属音と共に剣は止まった。
「んぐっ!?」
「兄は何人にも負けぬのだ。」
そのまま手で払い、男の腹を蹴る。腰の一部は壊れたか、口から大量の臓物を吐き、その場に倒れた。
息吐く暇も無い。
一人では勝てぬと団結して迫ってきおった。鳥の囀りが聞こえる。西洋宮殿の古城の前に死屍累々が積もるのは癪だが、もう捨てる故に仕方ないか。
「余は言ったぞ。…目覚めよ。“グングニル”。」
横に差し向けた右手に赤色の槍が顕現する。自身の倍はあろう、羽を広げ、月夜に舞う。空を飛ぶ手段を持たぬ民には何をすることもできない。文字通り、手も足も出ぬ。
…妹達と同じ、紅き瞳で人々を捉える。
槍先を人々へと向け、投げるための反動をつける。
「…散れ。有象無象よ。」
…そのまま前へと投げれば、グングニルは風を切り、人々の顔を赤く照らす。
凄まじい轟音と共にドーム上の赤紫の光が森を飲み込み、人々は肉片一個も残らず、散る。
大丈夫だ。古城には消音魔法をかけてやる。何人たりとも我が愛する天使の眠りは妨げてはならぬ。…いや、もう起きる時間か。
塵一つ残っておらぬが、それもまた
一仕事終わって古城の玄関の扉を開ける。
「お兄様ッ!!」
「…レミリア。」
ボフッという音と共に腰にしがみつくレミリア。バタバタと羽を動かす様がまたなんとも愛くるしい。流石、余の妹なり。頭を撫でてやれば、目を細めてきゅ〜っと満足げな声を上げた。
「フランドールはまだ眠っておるのか。」
「そうよっ。寝坊助ね。その点、私は早起きしてたのよっ!!」
…先程の怯えなど無く、自信満々で無い胸を張るレミリア。
「そうか、そうか。」
自然と頬が綻ぶ。嗚呼、この生き物は余がなんとしても守らねばならぬ。
「…此処は明日の夜、旅立つ。支度をしておけ。次はもっと広い家に住もう。」
「う、うんっ!!」
…さて、眠り姫を起こしに行くか。