「グゥゥ…ガァァ…ァ゛アッ…!!」
…まさに文字通り、物理的に煮湯を飲まされたような…そんな感覚。一度陽光を見れば、目が焼け爛れ、視界がなくなる。鼻には常に炭の匂いが立ち込め、喉の奥は張り出た傷口にフォークを何度も突き刺されたような感覚。心臓がどくどくと激しく蠢き、肌がヂリヂリと焼けていく。
焦げるでも、火傷するでもなく文字通り焼けてなくなる。…再生能力もここまで来れば無いに等しい。無から有を取り出すことなど不可能。
…喉が痛いのは叫んでいるからだろうか。苦痛を感じる肌や喉などなんのそので、頭はやけに冷静だ。
次第に耳の拾う音も少なくなっていく。
勝ち誇った…ように見える天魔の顔がやけにぼやける。視界も徐々に無くなり次第には暗闇が訪れる。
無臭無色無音の暗闇だ。死とは如何に容易に…かつ、如何に突飛もなく訪れるのだろうか。生の反対は死だという言葉を聞くが、生にとって死はいわゆる隣人のようなもので。どちらも常にお互いを意識し合っている仲なのだ。…だからこそ、予期できないタイミングで訪れる。
…落ちていく。暗闇へと落ちていく。もう、手足の感覚も薄れてきた。走馬灯…なんてものはない。あれは命の消失にあるのだから、存在の消滅には無い。
…終わりか。…終わり?…妹らを置いて?
あれらが余の死を知って何を思うか…恐らくは耳を劈くほどの慟哭だ。何故だ?…あれらは余の帰りを信じているからだ。帰りを信じてやまないからだ。
…ならば、余が死ぬことはゆるされぬこと。
「ガァァァァァッ!!」
「…なんだと?」
…精神論だろうか。はたまた、ご都合展開というものだろうか。どうでもいい。だが、助かった。
身体中の失った感覚が戻っていく。目が冴え、耳に音が残り、炭の匂いも中和され、やがてなくなる。澄み切った山の空気だけが余の鼻を、口を、皮膚を通っていく。
目の前で手を動かしてみるが、特におかしな部分はない。断じて、影に入ったりなどはしていない。陽光を克服したのか…。
「ぐっ!?」
どうでもいいが、目の前のそれは待ってくれない。
頭上から落とされた薙刀を空中で宙返りし、避ける。と同時、右手の指を天魔の右目へと入れる。
「ぐぁぁっ!?」
ぶちゅりという感触と温かに濡れる指先。
天魔は一度退こうとしたが、それは許さない。
「…次は汝の番だ。」
「ゴッ!?」
首を掴み、急降下。
天魔を下敷きにし、そのまま地面へと落下する。当たった地面は爆発でも起きたかのように半球型に抉れる。中心には天魔。手の骨が軋む音が聞こえるが、こんなもの、直すのに2秒とかからん。
「ぐ…ぐ…!!」
「汝はそうはいかんだろうな。」
全身の骨が砕けたのだろう。
地面に倒れる天魔は至る所より出血をしている。あらぬ方向に向いた足。片目は潰れ、内臓に刺さった肋骨により口から血を出している。高貴な天狗様が、今や地を這う鼠だ。
…折角だ。回復するまで待ってやろう。
「立て。さっさとな。」
「ぐ…ぎ…ぎざ…。」
周りの天狗たちは信じられないという様子でその姿を見ていた。干からびたカエルのようなそれを見て、どう感じるのだろうか。
…汚れるが、地面に座り込む。
「悪政も悪政。…天狗の上流階級は無駄なことだ。」
「なんだ…と…!!」
…10秒ほどで喉が復活。なおも、枯れた声は戻っていない。下から忌々しげに見上げる間抜けヅラに自然と口角が上がる。
「貴様がやっているのはまさに一人芝居。山に入った生き物をもれなく始末する?…野生動物か何かか?」
「…貴様だって…自分のテリトリーに入ってきたものは殺すだろ…!!」
「無論だ。…だが、貴様がやっているそれと同列にするな。」
…その言葉と同時に、天魔の顔に小石を投げる。その石は天魔の額を割り、血をダラリと垂らさせた。
「ぐ…ぐぁぁ…がっ…!?」
「貴様は鎖。錆びて切れるのを恐れる鎖よ。…雁字搦めにして僅かな栄華を留めようとしている。自分のためにな。だが、その鎖を切って外を見たいと考えるものもいる。…貴様はそれを恐れている。自身がおかしいと気取られる前に。まさに…お山の大将だな?」
「黙れ…黙れェェェッ!!」
演説で時間を使ったが…45秒。全身は復活していないだろうに、よくも動くものだ。
窪みから出て、此方へと飛んでくる天魔の速度は従来の二分の一以下。片目は潰れ、左手はなんとか動かしている状況。手に持った薙刀にも以前のような勢いがない。
鬼の形相のそれを…右手の指甲冑で受け止める。
「なっ!?」
「汝のこと、深くは知らぬ。…故に…汝を殺すことでこの山がどうなるかなど…心底どうでもいい。だが、汝は死ぬのだ。なぜかわかるか。」
「…うるさい…黙れ…黙れッ!!」
「…兄は決して負けぬからだ。」
その言葉と共に、ガラ空きの天魔の顎を拳で穿つ。
脳が揺れ、体が徐々に後退していくその腹部に流れるように蹴りを入れる。
「ガフッ!?」
「強きものは盤石なその強さを砕かれた時、何が残るというか。…答えは何もだ。ならば、どうすればいいか。…砕かれるような脆い強さなら砕かれてもいい硬い弱さを持てばいいこと。弱者は諦めぬ。弱者は相手を舐めて戦わぬ。上に勝つには上を敬い、尊重し合わなければいけない。…汝は生物として余に劣っているのにそれをしなかったのだ。」
徐々に前へと近づいていく余に奴が見せたのは…無様に尻をついて後退するのみであった。奴の目にはどう見えているかは理解し得ぬが、鼠以下の奴にはその状態がお似合いだ。
「わ、私は…強いんだ…!!偉いから…天魔なのだァァッ!!」
かようにも無様を晒したのにも関わらず、天魔は立ち上がり、薙刀を抜く。
そのまま袈裟に落とそうと振り下ろす。
「…『
…しかし、それは甲高い金属音と共に止まった。
代わりに飛ぶ鮮血は…奴のもの。胸を袈裟に斬られ、そのまま後ろへとよろける。そして、灼熱感が遅れてやってくる。
「ウグァァアッ!?」
…死を呼ぶ剣…ダーインスレイヴは幻影。
5種の容貌に変わり、その役目を果たす余の従者。両手に持たれた二刀のサーベルは黒色に色づくその刃を鮮血に濡らし、染め上げていた。
「傷は魂まで落ちる。…妖怪も人間も目に見えて苦しむのだ。なんとも乙であろう?」
「あ…あぁ…悪魔めッ!?」
「…今更知ったか、小僧が。」
地面を蹴り、距離を潰す。
逃げようとする天魔の羽の付け根を刃は捕らえる。ぶちぶちといった音と共に皮を削ぐかの感触が刃越しに伝わる。
「グァアァッ!?ガアァァッ!?」
「それしか話せぬのか、下郎。」
片翼となってもプライドが邪魔をするのか、天魔は振り向き、横薙ぎに薙刀を振るう。
一度それを後ろに避けて回避。翼をもがれた最速は、その場にゆっくりと立ち上がるも、生まれたての子鹿のようにおぼつかない立ち姿であった。
「力を誇示するのは嫌いではないが、冥土の土産に見せてやろうか。… 『
その問いに答えるは我が刃。
影は溶けていき、地面に落ちるとやがて姿を変えて余の手に収まる。余より数十センチほど長いトライデントは黒色に輝いていた。振るえば地面を縦に切り裂く。
交わるように、縦横無尽に回るそのトライデントはまさに我が腕の一部かのようだった。
「…行くぞ。第二ラウンドだ。」
歯を見せて笑いかけてやる。怖くないように。地面を蹴れば、響くのは地鳴り。
よろめく子鳥は目の前の猪突猛進を迎え撃とうと薙刀を横薙ぎに振るう。芸のない一撃は…披露されることはなく、奴の左肩は円形に破裂し、腕は地面に転がった。
芯を中心に回転するトライデントの先端から血が滴る。
「は…え…?」
…無いことが理解できてない。いや、理解するのを躊躇っているのだろう。このまま絶叫は聞くに耐えん。
「なんだ?…楽しめないではないか。仕方ないな。」
壊れた玩具にもう価値はない。
…なにせ、痛めつけるのは好きではない。汚れるし、五月蝿いからだ。
戦意喪失した奴の方へとゆっくりと寄り、トライデントを向ける。
「覚えておけ。これが妖怪の殺し合いだ。人のように形式にこだわることはせん。…敗者はこうなる。」
トライデントは天魔の胸を貫通し、背へと抜ける。晴天であるにも関わらず、赤い雨が降り注いだ。そのまま足で胸を蹴り、トライデントを引き抜く。天魔だったものは力無く倒れた。
「…ダーインスレイヴは妖怪そのものも殺す武具。覚えておけ。愚鈍ども。…ルディウス・スカーレットをナメること…その意味を。」
ぐちゃりという音と共に何かが潰れる感触が伝わる。…服も焼けこげ、靴も汚れたな。何処かで縫合しなければ。
「…行くぞ。射命丸文。」
「は?え?」
放心状態の射命丸文にそう声をかける。
この娘には利用価値がある。せめて妖怪の山を案内してもらいたい。その対価として色んなものがその目で見れる。
「天魔は消えた。汝の夢とやらが叶えられるだろう。その対価として余にここを案内せよ。天狗の統制はそれからでいい。」
「…アンタ、私も殺すんじゃ…。」
「そうなりたくなければついて来い。」
生唾を飲む射命丸文に背を向ける。
今のを見て、余を消しにかかるものはいないだろう。後ろから聞こえる一つの下駄の音がそれを意味していた。
〈裏話〉
戦闘シーンは残酷にかつグロくを心がけてます。
直接的な表現がないのでマイルドかなぁなんて思いながら書いてます。槍が出たら大抵体のどこかは穿ち抜いて欠損するよね、爪が尖ってたら大抵目に突き刺して潰すよねなど考えながら。
魔法とか使いまくるのは兄上らしくないのでちゃんと得意なのは火、それ以外はそこそこという万能じゃない要素もあります。兄上はやっぱり五体全ての喧嘩って感じです。
暫くは兄上が幻想郷の妖怪どもをわからせるターンが続きます。紫さんも兄上の能力に薄々気づいているようで。似たような名前の能力が原作にもありますが、その実は全くの別物です。トランプのジョーカーのようなもの。出てからのお楽しみという奴です。
前の結界防御から、スキマ破壊、今回の日光克服も…。
ではでは。